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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
8.魔王のおしごと
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六十九柱目 科学の国の石造密林

 ジャングルというとクソ暑いイメージがある。

 だがコンクリートジャングルとなるとまた別の暑さのイメージがある。


 灰色のコンクリート、黒色のアスファルト。密林のごとく立ち並ぶ摩天楼は、空を穿つバベルの塔。

 その景色は最早懐かしさすら覚える、かつて現代と呼んでいた、自身が生きた世界、その時代。


「いやぁ、感慨深いなぁ」

「そうですね。あなたにとっては憧れの場所でしたね」


 人々や車が行き交う現代都市を歩き回り、公園で一休み入れる。

 ここは西方の国。神秘や魔法と決別し、科学と利便を追求した超効率の具現。


「しかし、見事に迷子だな」

「ええ、困りましたね……」


 そう、俺たちはただいま絶賛迷子中なのだ。

 正教と深い関わりを持っていたこの西方の国への遠征には、魔境側とホーリーリード側の共同で行うことになった。

 魔境からは俺、リステア、リムルの定番メンバーに加えて、花園凜が加わった。

 ホーリーリードからエリザと数名の護衛。もちろん雅義も居る


 とはいえ、はぐれてしまっては共同もクソもない。さっさと合流したいところだが。


「どうだ花園凜、憧れの西方の国、楽しめているか?」

「もちろんですよ! こんなにグッズも揃って……」


 ベンチに座る凜の両脇には、愛らしいイラストの紙袋が二つずつ並んでいる。


「魔境はもっとこの国ともっと親密に友好を結ぶべきですよ。というか魔境じゃ転売屋しかいないじゃないですか! 品揃えも悪いし、魔境に支店出してもらえれば……」

「いいじゃないか。定期的にこっちに旅行してたっぷり買い物すれば。たまに外に出る理由があるのはいいことだ」

「それはまあ……でもパソコンの前から離れるのイヤだしなぁ」


 凜は筋金入りだな。

 しかしいつまでも迷子のままというのはまずい。

 下手したらこっちが西国と交渉する機会が失われてしまう。

 そろそろちゃんと考えないと。


「リステア、聖女の力でエリザと連絡取れたりとかしない?」

「そういう能力はないので……すいません」

「参ったな。打つ手無しか」

「なあ相棒、お前雅義と契約してたよな。その辺りちょちょいっと頑張れば何とかなるかもしれないぞ?」


 そういえば、エリザの隣には雅義がいる。

 悪魔は契約者の元に召喚されることができるが、悪魔次第では召喚しなくても会いに行くことができる。

 つまり、ばれなくても行くことができる。


「そもそも悪魔が契約で送る力は元々悪魔のものだからな、こう、なんとか出来るかもしれない」

「なるほどなぁ……よし、試すか」


 本来、悪魔を召喚するときは魔法陣を書く。

 それは自分の身を守る結界であったり、悪魔を捕縛しておくための檻であったりする。

 とはいえ俺は悪魔側なので、そういったことは必要ない。

 問題なのはこの人数。


「三人かぁ……」

「やっぱ多いよなぁ」

「ああ、多い」


 俺だけならともかく、リムルやリステア、そして凜まで引っ張って行かなければならない。

 まあ、なんとかすればいいか。


「まあ、なんとかなるだろ! 行こうぜ相棒!」

「だな。じゃあ、とりあえず……全員、俺の腕に収まれ」

「うしっ!」

「はい、レクト」

「えっ? どういう……えっ!?」


 リステアは俺の右腕におさまり、

 リムルは凜の手を引いて左におさまる。


「全員、とりあえず無事を祈っておいてくれ……」

「無事ってなんですか!? レクトさんちょっとぉ!?」

「我が心よ魔を湧かせ、我が力よ魔を掴め。契約の下、紡がれし縁を辿り、万理の道程を走破する」


 魔力が満ちる。この土地にはなぜか魔力が一切無い。

 だから魔力は全部自前で用意しなければならない。俺がただの人間だったら転移するのがまず無理だっただろう。


「そして我が身は、遥か彼方へと飛び……跳ねる」


 三人を抱いて、地面から足を離す。

 重力が反転、真っ逆さまに落ちるような感覚の後に、景色はぐるりと入れ替わる。


 新緑鮮やかな公園の風景は歪んで千切れ、赤茶けた内装と机が並ぶ大部屋に降り立つ。


「全員、異常は無いか?」

「はい、何もありません」

「全然オッケーだぞ相棒! さすが私の相棒だな?」

「なんかぐるぐるして気持ち悪い……」


 転移はクセがあって酔うことがあるらしい。


「まあ、なにはともあれ無事に辿り着いてよかった。なぁ雅義?」

「えっと……その、なんと言いますか」

「どうした、そんなどぎまぎと。もしかしてエリザに何かあった? 仕事あんまり上手く行ってない?」

「いえ、あったというよりは、今あっているというか……」


 要領を得ないな。何をそんなにやりにくそうにしているのだろう。


「すいませんね女王様、時間さえかければ超一級なんですよこの子は」

「さすがの私もその登場の仕方はびっくりですが、今はそれどころではないんですのよ、レクト」

「あーん? 何がいったいどうなって……」


 困惑していると、リステアが何か気付いたらしい。


「レクト、状況が分かりました」

「ほう、それで?」


 問うと、答えたのはリムル。


「相棒、なんか囲まれてるぞ」

「囲まれて……」


 ぐるりと周囲を見渡すと、確かに囲まれていた。

 黒いヘルメットで首から上を隠し、防弾チョッキの防具や自動小銃の武具をしっかり整えた者たち。

 重厚は間違いなくこちらに向けられており、どうにも国同士の会談や会議といった雰囲気ではない。

 この状況は、つまり一言で表すならそう。


「ピンチならピンチって最初っから言ってくれればいいのに」


 よくよく見れば、エリザの護衛をするはずの騎士は呑気に床に転がっていた。

 銃弾の跡から湧き水のように溢れる血液を見るに、助かるかどうかは分からない。


 護衛は雅義だけだ。Jが居ればまだなんとかなっただろうが、アレは今回留守番だ。

 俺が来るまで、とりあえずは大人しくしておくしかなったというわけだ。


「それで、一体なにがどうしてこうなった?」

「そちらが悪魔を従える悪い魔王か」


 エリザの真正面、俺の背後に居たスーツの男が芝居がかった言い草をする。


「正教を滅ぼし、神を降し、魔を従える大魔王。陸地の南部をまるごと支配した怖ろしい人類の反逆者」

「長ったらしい御託は結構なんだよ。さっさと用件を言え」

「……いいでしょう。そちらの要求はすべて聞きました。が、我々は悪魔の存在を断固として認めません。ましてや悪魔の国と手を結んだ国と、これ以上交流を続けるわけには行きません。大人しくお引取り頂き、金輪際こちらに関わらないで頂きたい」


 なるほど、そこまで嫌うか。

 どうやらブッキーの話は本当だったらしい。


「持ちうる科学では悪魔に対抗出来ない以上、関係を断ちたい。臭い物に蓋をしたい……そんなところか」

「遺憾ですがそういうことです。ご理解頂けて何より。銃口を突きつけているのはそちらの女性があまりにもしつこいので、少し脅させてもらったまで」


 悪魔、というか魔法との相性が悪いのだ。

 ブッキー曰く、条理を使って繰り出す科学にとって、条理を捻じ曲げる魔法はまさに天敵であると。

 条理に沿った科学がどれほどの威力を発揮しようとも、魔法によって条理を捻じ曲げられればそれまでだと。

 魔力の優位性とは、それほどまでに強い。


「我々はもう神だの悪魔だの、魔法だの神秘だのといったことには関わらない。そうでなければこの世の全てを焦土に変えてしまわなければならなくなる」

「なにがそこまでさせるのか分からないが、それは困るな」


 人間と友好を築くのがダクネシアの望みだ。地上を人間の住めない環境にされてしまっては、コレまでの労力がすべて水の泡だ。

 しかし関わらないというのも困る。ネット環境はこっちにしかないのだ。魔境まで回線引いてもらわないと。


「科学の国としての指針は分かった……が、本当にそれだけでいいのか?」

「何が言いたい……?」

「国の意志と国民の意思は、まあ基本的にズレてるってことだ。心当たりは無いか?」

「ぬぅ……」

「労働者を簡単に死なせる企業、増える老人に減る若者。働いたら負けとほざくニート、価値観が多様であるがゆえに秩序を乱す犯罪者」

「ぐぬぬぅ……」


 アウトサイダー、アンダーテイカー。クズゴミカスはどこにでもいる。

 そしてそいつらは魔境にとって非常に都合が良い。


「こちらの魔境は極めて自由。島流しには最適だぞ?」

「し、しかし、いくらなんでも人権を無視することは……」

「それがズレだ。そういうやつらは必ず悪魔の誘惑に乗っかる。そして自業自得に死ぬ。そっちは余計な荷物を降ろせるし、こっちは人口を増やせる。双方損をしないと思うが?」


 忌まわしく危うい相手と関わるのは嫌だろうが、利があるなら食いつかざるを得ない。

 が、どうやらまだ押しが足りないらしい。追い詰めたら変な兵器を持ち出しそうだし、下手な刺激は出来ない。

 とはいえ、こちらが提供できそうなネタはもう……。


「ホーリー・リードからも一つ。もしそちらに万が一、科学で対応できない事態が起こった場合、こちらから解決の助力をさせていただきます」

「科学で対応できないこと……!?」

「魔境が反旗を翻した時、そちらの味方をしましょう。正教の時のように」


 それはなんとも、意地の悪いやり方だ俺ですら思う。

 つまりはエリザは味方になってやる、と言っている。

 それは裏を返せば敵にもなるであろうということだ。


 ただでさえ脅威の悪魔。抗うには元正教の助力は必須。

 それが敵に回ってしまえば、まずこの国に勝ち目は無い。

 そうなると、偉大な科学技術で世界を焦土に変えるという最終手段を取らざるを得ない。

 一か八か、絶滅覚悟の大博打。それに対して、余裕をもってどうぞと言い渡される衝撃。


 ではどうする。西の国の代表者。

 雑魚に銃口を突きつけさせているのは、敗北した元正教が悪魔と一緒に海を渡ってきた、つまり敵だろうからだ。

 強引にでも元正教を魔境から引き剥がす必要があった。

 エリザはおそらくあらゆる餌に食いつかなかったのだろう。その果てに待っていたのが、これだ。


「まあなんだ、魔境としては敵対の意思は無いということだけは伝えておきたかった。だから銃をおろしてくれないか」

「……分かった」


 男が手で合図をすると、向けられた銃はおろされる。


「俺たちがやるのは取引だ。だからこそ、お前が最悪を回避するには、俺たちと取引をするしかないってことさ」

「取引だと……お前達は、一体何を望んでいる」


 思わず笑みが零れる。

 ようやく果たされる。魔境にとって最後のピースが埋まる。

 悪魔を従える者の笑みなど、向こうからしたら恐ろしいことこの上ないだろう。


「答えろ、この悪魔め!」

「ネット回線を引いてほしい。それが果たされればこの国は悪魔の名の下に外敵からの完全守護を約束しよう」

「ネット回線……」


 魔境では魔力をあれこれと利用してインターネットの真似事をしているが、やはり手軽さに欠ける。

 魔境もやはり田舎、回線速度は港町より重く、このままでは凜との契約も満足に果たせない。


「あとの細かいところは女王に任せることにしよう。よろしく」

「もう、仕方ないですわねぇ……いいでしょう。でもそのネット? とかいうのは」

「そこは番長に任された私の出番っす!」


 黒い羽が舞い、黒い風が吹く。

 旋風に集う羽が一気に霧散すると、そこには強欲の悪魔がいた。

 黒きハーピィ、マガツクロ。最近の趣味は宝石類の収集で、持ちうる金を尽く宝石に変換している。

 曰く、宝石は金持ちが欲しがるからマイナスどころかプラスになる。


「こういうのは怠惰には不向きっすからね、あとはこっちに任せてくださいっす!」


 こういうところ、本当に頼りになるな。魔界に居た時助けて本当に良かったと思う。

 いずれ魔境は後にネット回線が最も充実した地域になる。これで凜も大満足の回線速度が魔境でも実現できるはずだ。


 ということで、ここでやることも終えた。雑事が済んだら此処ともおさらばだ。

 しかしまあ、似てるとはいえつまらないことを色々と思い出してしまうな。ここは……






 さすがに一国の王様が宿泊するのだから、エリザは超高級ホテルの最上階スウィートルームにでも泊まるのだろうが、俺たちは魔境というクソ田舎の長とその一行なので、そんなところに金を使うことは無い。

 凜はといえばネット環境が必須ということでネットカフェに泊まっている。


 じゃあ俺たちは適当なカプセルホテルで済ますかと思っていたが、そこに待ったをかけたのはクロだった。


「せっかくなんっすから、きちんと新婚旅行を楽しむべきっすよ! だからほら色々全部、さっさとこっちに任せて、とっととエンジョイしに行くっすよ!」

「お、おう」


 そういうわけで、凜をネカフェに預け、リムルはクロが預かり、俺とリステアはさんざん観光地を見回って、最終的に辿り着いたのがラブホテルだった。


「しかしまあ……皮肉なほどに夜景が綺麗だな」

「ええ、本当に」


 寄り添ってくれるリステアのぬくもりが、湧き出る嫌な記憶を緩和してくれる。

 俺は必要最低限、自分が生きていくのに必要な分を稼いで、ネットしながらのほほんと暮らしていければそれでよかったのに。

 親が愚者では環境も選べない。金は搾られ、逃れようにもその金をまた搾られ。


 そして労働は怖ろしく、怠惰の権化たる俺とは相容れない。

 クソ真面目をはき違えた上司、簡単に人を殺す経営者、反旗一つ翻せない労働者。

 完成されたトライアングル包囲網に、俺の勤労意欲など欠片も残らない。


「やっぱ人間怖いわ。悪魔より全然怖い」

「ええ、本当に」


 こんな夜でも怖ろしいほどの光が蠢いている。この夜景こそ、人々の営みであり、また業の証だ。

 この世界でも、サービス残業とかあるのだろうか。


「やっぱり、拭えませんか」

「あっ、いや……」


 ああ、そうとも。俺はいつまでも女々しく引きずっている。

 過去の世界の生き辛さ、生き難さを根に持っている。


 自分でもおかしいと思うほどに、前世のことを考えている。





「もし、今から元の世界に戻れるとしたら……」

「それはない。まずそれはない」


 前世は紛れもなくクソで、この世界は紛れもなく宝だ。

 得難き最愛を得、得辛き信頼を得、そして得にくき物語を得た。

 これほどの幸福を享受して、不満などあろうものか。


 そして俺はこの世界で生き続ける。

 最愛の嫁と、最深の友と……。




 だが、この時の俺には分からなかった。

 リムルも言っていた。あらゆるものには<飽き>がくると。

 暴食すらいずれ飽食と成り果てるように、飽きてしまえば誤魔化せない。もっと新しいものを求め続ける悪魔の宿命に……。

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