六十二柱目 祭りの後の祭
このイベント、完全に金を搾取するためのものだった。
まさに賭場、カジノ、博打。
性欲を前にした男達は、クロの悪魔の囁きに抗うことさえ忘れて金を借り、多額の負債を被った者も多い。
しかし哀れむなかれ。結局のところ、悪魔の誘惑に乗せられた時点で自業自得なのだ。
会場の客席では未だショックで立てない奴等が多く居る。
「まるでFXで有り金全部溶かした奴等みたいだ」
「欲に踊らされたヤツってのはいつ見ても惨めだな。ゾクゾクするよな!」
「この悪魔め」
「えっへん」
負けた奴はともかく買った奴もそう喜べたものではない。
慰安アイドルのファンらしい戦場の男達は、しかし手痛い出費に顔をしかめて帰り支度を始めている。
慰安アイドルもやはり不満なのだろう。よくよく考えればキツイ話だ。自分の価値が500万程度なんて。
まあ、それも自惚れて祭で騒いだ代償といえば代償なのだろう。
「お待ちしておりました、レクトさん」
ふと声をかけられ、振り返るとそこにはなんとも、こう、見慣れたというか。
型にはまったような姿だった。チェック柄のシャツ、青いジーンズ、リュックサックに突き刺さるポスター。
もはや哀愁の念を覚えるほどに
「ああ、ロリコーンの人らか?」
「はい、転輪する妖女精霊。私達ロリコンの偉大なるロリコーンに目をつけられたこと、敬服を禁じ得ません」
「あのセッティングをしたのはお前か? あれほど機微に気を配り、繊細なところまで丹精を込めたコーディネート、まさに巧みの技だ。あれほどの者を見せられて挨拶もしないではな」
「いかにも、拙者こそ今回のコーデ責任者でござる。しかしもう二度とごめんですな。宣伝とはいえこれきりに致したい」
「だろうな。俺もそうしてもらえると助かる。ああいう少女は理解できる賢人だけが愛でればいい」
「その通り。しかし驚きましたな。魔境の長にして、神を降した魔神王レクトが我々と同じロリコンだとは」
「悪いがお前達ほど一途ではない。俺にはもう愛すべき人がいるのでな。今回は偶然通りがかったというか」
「それでは尚更、あなたのような良識人を異端だからなどと退かせては正教の二の舞。ぜひとも共に愛で、ロリコーンの魅力を語り合いましょうぞ」
どうやらあの二人、というか少女のことをロリコーンと呼び、その教徒である自分達をロリコンと呼んでいるらしい。
ロリコーンってユニコーンみたいだけど、似た様なニュアンスか。
「ロリコーン、根城はどこに?」
「西区でござる。東は少々女性が粗暴気味ゆえ」
「なるほど確かに。いずれ近いうちに拝謁給わりに伺うとしよう」
「デュフ、お待ちしておりますぞ。ああ、ロリコーンが貴方に挨拶がしたいと仰っておりましたゆえ、少し待っていただきたい。おーいロリコーン様! 我々以外の同志が来られましたぞ」
「はーい」
すると、制服のように揃ったチェック柄シャツの男達が道を開き、二人の少女がこちらを見つけて走り酔ってくる。臭くないのだろうか。
黒シャツ白髪の少女は弾ける笑みで挨拶する。
「こんにちわ、お兄さん」
「どうも、ロリコーン。俺はレクト。この魔境の長、ということになってる」
「私達はロリコーン。仲良くしてね、お兄ちゃん」
「ロリコーン……名前は無いのか」
「私達は孤児なんです。名前をつけてくれる親もいない……でも寂しくはありません。彼らは私達を愛してくれますから」
白いドレスの落ち着いた雰囲気の少女が丁寧に語ってくれる。
「ローリング・ロリコーンは、私達のような可愛い孤児を救うために出来た邪教なんです」
「可愛い孤児……可愛くない孤児は?」
「いくらロリコンさんたちでも、すべての孤児を助けられるほどの財力や膂力はありません。ならばせめて、自分達が崇めたいと思う尊い子供たちだけでも、愛の限り救おうという人たちの集まりなんです」
可愛い孤児だけを助ける団体。
孤児院のすべてが子供に優しく清く正しいところ、というわけではない。
時には売り飛ばされたり、金持ちなだけのクズに引き取られたり、孤児院そのものがえぐい場合もあるらしい。
「愛か。そうさな、これも立派な愛欲。愛するが故に、欲しいと願う愛欲そのものだ」
「おじさんたちは時々ちょっとえっちだけど、孤児院の時みたいに意地悪じゃないし、痛いこともしないから好きだよ。可哀想っていうだけで、何もしてくれない人たちとは違うんだよ?」
「私達はみんな、おじさんたちの救いの手を握りました。一緒に幸せになろうと誓いました。おじさんは私を愛でて、私達は愛してもらえるんです」
「あと美味しいお菓子も貰えるよ!」
すると、白ワンピの子は手を差し出す。
「あなたは私達のために力を貸してくれました。手を差し伸べてくれました。そのお礼をさせてください」
「勘違いするな。俺はそうしたいからしただけだ。礼なんていらない」
「なら、私達があなたの差し伸べてくれた手で幸せだと思っていることを伝えさせてください。幸せであることを伝える。それがおじさんやお兄さんへの、せめてもの恩返しに……いえ、報酬になると思いまして」
「……まだ少女のくせに、聡いというか」
俺は少女の言う<報酬>をありがたく受け取った。
「あ、私も! ありがとね、お兄ちゃん! いつか遊びに来てね」
「ああ、元気でな」
そしてロリコーンとロリコン達を見送る。
ふとリムルが抱きついてきた。
「なんだ嫉妬か」
「そーだよばか。この私を差し置いてロリータに欲情するなんて、良い度胸じゃんよ?」
「あいつらは可憐な少女、お前はロリビッチ。種族が違うんだよな、微妙に」
「うるさいばーか。ちっぱいに反応する時点でどっちにしろド変態なんだよばか。ほればーか」
「ああもう、歩きにくい。押し付けるな」
さて、次はどこを見ようか。
散策をしていると、突然に女性の怒鳴り声が響いた。
「なんでよりにもよってお前なんだ!?」
「そう嫌うなよ。俺はテメェのことは割と高く買ってるんだぜ?
「実際買ってるじゃないか。クソ……力にものを言わせたお前が金を持っているなんて」
「いざと言う時にすぐ金を工面できるのが力のある男のいいところだ。俺は自分のモノには一応優しくする男だから安心しろ」
「やってんなぁ……」
思わず口からもれ出た言葉が聞こえてしまったらしく、レクスはこっちに気付いた。
「よぉレクト、お買い上げのロリ娘はどうした?」
「あるべきところに返した。元よりそのつもりだったからな」
「なんだ。一晩楽しんでから返せば良いのに、魔人間のくせに人がいいっていうか」
「余計なお世話だ。それよりそっちは随分不仲みたいだな」
「なぁに、最初は誰だってこんなもんだ。一晩過ごせば満更でもない。人の女でもな」
寝取られ胸糞ご勘弁、俺には辛い話だからさっさと次に行くか。
「なにビビってんだよ相棒。お前だってあのフェチシアにさんざん仕込んでもらっただろ? 自信を持てって」
「俺は寝取るのも寝取られるのも御免だ。まったく……」
一通り周って、俺はリステアと魅了の魔女の元に戻る。
が、なんだか様子がおかしい。リステアが割と本気で申し訳無さそうな表情で迎えてくれた。
「どうかした?」
「その、はい。たくさんのお金をかけて贈り物をしたつもりだったのですが……すみません、ダメでした」
「ダメ? というと?」
「その、彼女は重度の露出狂らしく、誰か一人のものにはなれないらしいのです」
「えぇ……」
ちらっと見ると、一枚ローブを羽織るだけの魔女が淫靡な笑みを浮かべてこちらを見ている。
何を考えているのかなんとなく想像はつくが。
「ああ、なんて人の良さそうな殿方、くるりと反転、真摯が逆転、異性の野生が不退転。冷めやらぬ情欲の熱に犯されて、全身隈なくマーキング、アブノーマルがエッセンシャル。どうか私を魅了してください!」
「あのように、媚薬が行き過ぎて軽くジャンキーなのです。障りになるなら森に返してきますが……」
「ふむ……」
確かに、中々キマってる。
話によればレディファーストを顧客に媚薬を提供しているという話だった。
「あっ、ヤバヤバ、やばい、薬切れて、あぁ……」
「なんか変化が起きてるようだが……?」
リステアは無言で剣に手をかけ、俺の前に立つ。
そこまで警戒する要素は無いと思うが、というか魔女の様子が本格的におかしくなってきた。
「……あの」
唐突に静かになったのだ。
今まで異常なほどやかましかった女がいきなり静かになったらそれもまた異常。
それほどにおかしいテンションだった。そして今もおかしい。
みるみる顔を真っ赤にさせて、トンガリ帽子の鍔で目元を隠しながら、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
「ふ、服を取りにいきたいんですけど……い、一緒に行ってはいただけませんでしょうか……?」
「……なるほど?」
どうやら魔女には魔女なりの事情があるらしい。
とりあえず更衣室まで付いて行くことになった。
そして俺とリステア、リムル、そして魔女は無言で更衣室へと向かっている。
先ほどの空気ガン無視のハイテンションだった魔女は影も形もなく、息は荒く、発汗がすごい魔女風の女性と化してる。
「媚薬を扱っているんだって?」
「えあっ!? は、はひ! そ、そうでございます!」
「凄い緊張してるな。さっきと大違いだ。それも媚薬の効果か?」
「媚薬……ええ、はい。一応、媚薬も扱っているんですけど、私は別に媚薬の専門家というわけでは……」
「ほほう。良ければ詳しく聞かせてくれ」
この魔境においては魔女の軟膏等の媚薬は自由に扱うことが出来る。
正教では危険ドラッグ扱いだが、ここでは問題ない。
彼女もそういう風に流れてきたのだろう。
と思っていると、魔女は懐から何か錠剤を取り出して、水もなしに飲み込んだ。
「ふぅ……えっと、私のお母様は魔女で、薬屋さんだったんです。私は昔からあがり症で、人見知りで、汗っかきで、体も弱くて……そんな私を見かねて、お母様は私のために薬を作ってくれました」
「精神安定剤みたいな?」
「はい。でも引っ込み思案な自分の性格がとても嫌で、ある時、私は自分で興奮剤を作ろうと思ったんです。そしたら、偶然媚薬が出来てしまって……それが本当に気持ちよくって!」
ちょっとテンションが上がり始めた。
なるほど薬の効果か。
「体がすごく敏感になって、奥がゾクゾク疼いて、心が火照って頭が蕩けて……この気持ちよさをもっと他の人に伝えるべきだって思ったんです」
「おお……」
「それでまあ、仕事とは別に趣味で興奮剤を作ってて、それでちょっと稼いだりしてて、でも一応ただの興奮剤なので、媚薬のつもりはなかったんですけど」
「結果的に媚薬で有名になったと」
「はい、魅了の魔女とか呼ばれ始めて……で、正教に邪教指定されたんで、森の奥でひっそりと暮らしていたんです。魔境の噂を聞いてからは、こっちに移りました」
「にしても、どうして魔女がこんな大会に? 魔女から痴女に転職ってわけでもないだろう」
それならレディファーストに移り住むはずだ。
あそこは初心者に優しく、玄人にも寛容だ。
「普段から言われてたんです、レディファーストの人から。貴方ならウチでもトップを狙えるでしょうって。それで、ある日この企画のことを紹介されて、一緒に出てみないかって」
「レディファーストのお墨付きか。なるほどな」
「それで、自分でも気になって、とりあえずお試しで出てみようって思って。でもやっぱり気絶しそうなほど緊張したので、安定剤を飲もうと思ったら媚薬で……」
それであの痴女モードを疲労したって訳か。社会的に死んだようなもんだなあれ。
「そうか。まあそういうことなら別に無理してこっちに来てもらうこともない。もとはと言えばフェチシア……こっちの馬鹿が勝手に企画したことだしな」
「そ、その、レクトさんはどう思いますか? 私の、体……」
「んあ? どうってそりゃあ……」
改めて魔女の体を吟味する。
ローブの上からでも分かる強烈な胸の膨らみ、ややあまり気味ながら乱れてはいないスタイルライン。
上も下もダイナマイトでビッグバン。ロリコーン教徒でなければどんな男でも一度は溺れたくなること必至。
「控え目に言って最高かと。まあリステアには及ばないにせよ?」
「そ、そうですか……」
それっきり、会話が続かなくなった。
沈黙の中、そう遠くないはずの更衣室が待ち遠しく感じ始めるころ、聞きなれた怨嗟が耳の中に漂ってきた。
「レクトぉ……探したわぁ……」
「この声はフェチシア……って、何だその格好は」
まるで現代社会に心の全てを持っていかれたOLのような、レディーススーツを着たフェチシア。
あの窮屈さはサキュバスには辛かろう。顔もアンデッドの雰囲気に近づいている。
「どうして私を買ってくれなかったのよぉ……おかげでリルンに拉致されかけたわ」
「そいつは気の毒に。それで傲慢に取り付かれ、自己顕示欲に溺れた人間の苦しみを実感するがいい」
「ぐっ、色欲が傲慢に取り付かれるなんて……ていうか、なんで皆そっちの魔女を選んだのよ。確かに魅せ方は上手かったかもしれないけど、美しさは私の方が上でしょ!?」
「そりゃ単純にスタイルで比較したらお前に軍配が上がるだろうが、あの投票の肝は一発ヤれるって所だからな。サキュバスなんて勝手に向こうから食いにきそうだし、それよりレアなダイナマイツバディのほうがそそられたんだろ。つまり……」
「フェチシアさんは男の体は分かってても、男の心が分かってない。そういうことですね」
フェチシアの後ろからリルンがひょっこりと顔を出す。
リムルとフェチシアの「ゲッ」という声が重なった。
「ほら、さっさと移動してくださいよ。フェチシアさんの時間を買えるのは今日だけなんですから」
「やーだー! 行きたくなーい! どうせ実技とかやらせるつもりなんでしょー!?」
「もちろんです。レディファーストもそろそろ世代交代を考えないといけない時期なんですから」
「どーして私が金で女を買えると思ってるお粗末な男の相手をしなくちゃいけないのよー! 実技ならせめてレクトも一緒に来なさいって!」
「俺を巻き込むな負け犬。今日一日は大人しく雌犬として従事することだな」
「くぅ、なんでこんな時にそんな良い罵倒をしてくれるの!?」
リルンはついにフェチシアの首に首輪をつけて地面に引きずり倒した。
「はいはい行きますよ。それじゃあレクトさん、私はこれで」
「ああ、またな」
「ぐえっ、クッソ……いいそこの魔女! 私が帰ってくるまでせいぜいレクトの体を楽しんでおくことね! 私が帰って来た時、あなたの居場所は無ぁあああああ……」
インプリアルの面影は微塵も残っていない。敗者は常に惨めなものだな。
「で、どうする? ぶっちゃけ俺はリステアさえ居れば他はオマケ程度にしか考えていない。抜けるなら今だぞ」
「……あの、リステアさん?」
「すみません、レクト以外にそう呼ばれるのは……クリスティア・ミステアと言います。もしくはリスティと呼んでいただければ」
「す、すいません……その、リスティさんはその、他の女性と肉体関係を持ってても嫌ではないんですか?」
「別に、レクトは私を愛してくれています。私にはそれで十分です」
「そう、なんですか……」
解せないだろうな。普通は解せない。
他の異性と肉体関係を持ったら、それは浮気とされるのが通常なのに、リステアは愛しているからそれを許せるという。
じゃあ俺はそれを許せるのかと言うと……。
「性欲は食欲と同じ。同じ献立では飽きてしまうでしょうし。でも愛欲はそうではありません。愛欲だけは、これでなきゃいけないというこだわりがあるのです。それに比べれば、他の者を性欲の捌け口にするくらいなんということはないでしょう」
「愛、ですか……」
「はい、愛です。私はレクトを愛し、レクトは私を愛する。その前にはあらゆることが取るに足らないことです」
強すぎる。愛が強固すぎる。俺も劣らぬ愛で応えてやりたい。
ああ、なんて愛おしいのだこの嫁は。
「そもそも、私はレクトを幸せにしたいのです。私が独占欲でレクトを縛るのは矛盾しています」
「その愛に応えて、俺はリステアの独占欲を満たす。俺の最愛はリステア以外には無いと断言できる」
救うためなら誰でも巻き込み犠牲にするし、守るためなら誰をも裏切る。自分の思想さえ切り捨てることを厭わないだろう。
「その、お邪魔にならないのであれば、側に置いていただけると……」
「ほう……して、その心は?」
「興奮剤とはいえ、自分であそこまでするなんて思わなくて、そういえば私も欲求不満で、その、成り行きですけど、つ、使っていただければ」
「あー」
「ははーん、ムッツリさんだったのか。これはそそるな相棒?」
なるほど、媚薬でトランスするとオープンスケベだが、デフォルトはムッツリなのか。
「そういうことなら遠慮は要らないな。リステア、歓迎会の準備をしよう」
「おっ、パーティだな?」
「そうですね。もしかしたらお別れ会も兼ねるかもしれませんけど」
鋭い一刺しは挨拶代わりか。
とかく、新たな仲間が加わったことは喜ばしい。それは新たな刺激を生むからだ。
フェチシアという悲しい犠牲は出てしまったが、奴の分も精一杯楽しんでやるとしよう。




