四柱目・裏 聖女の役目
聖女二度目
クリスティアです。この世界で目覚めてから八年が経ちました。
一向にレクトに関する情報は得られず、それはこの<聖都>の女学園に通っても変わりませんでした。
しかし、レクトを探す手段はいくつかあることが分かりました。
聖女には何種類かの役割があり、代表的なものが各地方教会で祈りを捧げること。
聖女は地方で祈りを捧げ、聖なる力によって神聖なる結界を張ることで、外部から町に魔物が侵入するのを防ぐのです。
また、より強い聖なる力を持った聖女はこの広い<聖都>の巨大な結界を守る聖者として務めることが出来ます。聖女の進路先では最も安全となるでしょう。
しかし、聖女にはもう一つ、代表的な役割があります。
それが私が狙っている<魔族討伐の精鋭部隊>に所属することです。
<魔族討伐の精鋭部隊>とは、悪魔や魔物を相手に戦闘を行う、いわゆる勇者ご一行のことです。
勇者は世界中を旅し、魔法使いや聖職者、戦士から盗賊と幅広い分野で優秀な人材を集め、より多くの悪魔を討伐し、その名を轟かせようとしているのです。
さて、そのために聖女がまず何を身につけなければいけないのか。
それは一人でも戦える力、あるいは技術です。
基本的に聖女は聖職者と同じ回復役をこなすことがほとんどですが、それだけではありふれており、強い勇者に見込まれる可能性が低くなります。最近は回復役に加えて短刀の扱い方や簡単な魔術などを使えるようになりたいと、この女学園ではそういう部活が存在します。
では、私はレクトを探すために何の部活を選び、何の技術を習得するべきか。
「く、クリスティアさん」
「はい」
練習場へと続く道の途中、私は背後からの声に応え、振り返る。
そこには同い年くらいの少年が立っていました。
「今日も杖術の練習? 大変だね」
「いえ、私が好んで行っていることですから」
私は杖術の部活を選択しました。理由は私がレクトの妄想であった頃、私の得意分野が不殺にして最強の杖術師であったからです。
そのおかげなのか、成績はかなり良いほうです。レクトには感謝しなければいけません。
「そ、そう……あの、たまには休憩も必要だと思うんだ。良かったらこの後お茶でも……」
「申し訳ありません。杖術は日課ですので怠るわけには参りません。それに、部活の後にも予定がありますので」
「そ、そうですか。失礼しました……」
彼はそう言って去っていきました。
ここに入学してからはよくお茶に誘われますが、私はレクトを探すために一刻も早く杖術の腕を上げ、有力な勇者の目に留まるよう努力しなければならないのです。
「彼はお気に召しませんでしたか、クリスティア様」
「ハムズ、また潜んでいたのですか」
ハムズは私の周囲には必ず居ます。
常にどこかに潜み、私のことをかげながら見守り、私が話しかけられたときなどにはすぅっと傍に寄るのです。まるで忠犬のようです。
「彼は確かアレクサンド家のご子息ですね。彼に話しかけられれば、必ずお近づきになろうという女子は多いと聞きます」
ここは女学園ですが、隣に男女共学の学園があります。そこでは将来の勇者や戦士、魔法使いやその他が、それぞれの学部で魔族掃滅のエキスパートとなるべく学んでいます。
聖女が別の学校なのは、聖女という存在が特殊で、神と関わる特別な存在であるからです。
「私には興味はありません。それよりも杖術の訓練をしなければ」
「クリスティア様の杖術は、私の目から見ても凄まじいものです。到底八歳の女子が掴める技術ではありません。たまには杖を休めて、見聞を広めるために杖を休めるのも良いのでは?」
「……ハムズ」
私がハムズに手を差し出すと、ハムズは私の愛用の杖を取り出す。
それを受け取って、練習場へと向かいます。
「既に設置済みです」
畳の上に置かれた一本の丸太。高さは160、直径は30。
此処に来るまで、既に呼吸を整え、精神は研ぎ澄ませておいたので、後は杖を振るうだけ。
しん、と静寂が満ちるこの空間には、いまだ自分とハムズだけ。
私は意識を集中させ、眼前の丸太と相対する。
鳥の囀りが外からかすかに聞こえ、西日が入るこの部屋で……
「……ッ!」
私は杖を走らせ線を描く。
一間に横、斜め、横と三度の直線。
丸太は四つに分断され、その断面は名刀で舐めたかのよう。
しかし、いつまでも動かない的を相手にしていても仕方がありません。
聖女でさえなければ、すぐに外の魔物を相手に実戦訓練を行えるのですが……。
「クリスティア様、貴方の杖術はもはや格が違います。多少は他人とのコミュニケーションに時間を割いても問題ないでしょう」
「ハムズ」
彼の名を呼び、その言葉を遮ります。
彼の言うことは確かに正しいのかもしれません。でも、今の私にはこれしかないのです。
「他の聖女を比較にしても仕方がありません。私は聖女として出来ることを尽くすのみです」
愛するべき人が居ないのに、どうして私がこんな場所で、こんなことをしなければならないのでしょう。
彼を愛する妄想であった私が、彼無しにどうしろというのでしょうか。
私は必ずレクトの元へと舞い戻ります。しかし、今の心細さを、この孤独を埋めるためには、これしかないのです。彼が与えてくれた杖術の才だけが、私に残された彼の証。
私は杖を振るう手を止めます。
「それともハムズ、彼らとの関わりが私のためになると思いますか?」
私の問いに、ハムズは一切の躊躇なく答えました。
「はい。必ずや貴女の目的を達成するための足がかりとなるでしょう」
「……わかりました」
私は待機していたハムズに杖を返し、外へと出ます。
「ハムズ、貴方の言葉を信じましょう」
己を慰める時間はお終いです。
「改めまして、僕はアダマス・アレクサンド。勇者学部二年です」
「……私は」
「クリスティア・ミステアさん。今世紀最高の聖女の筆頭にして、神聖女、聖母と成り得る人」
聖母。確か悪魔を滅ぼすための、究極の神の子を授かる役目を担う選ばれし聖女のこと。
この世界の大半がその神を信仰し、その神の子を孕むということは、もはや半分は神と言っても過言ではない。
特に信仰篤い聖女は、聖母を目指して日々祈りを捧げているようです。もっとも、私が祈りを捧げている相手は神ではなくレクトなのですが。
「勇気を出して誘ってよかった」
「こちらこそ、アダマス様のご活躍は耳にしております。他に類を見ない守りの技巧と、実戦での判断力。今期最有力候補のお一方」
アダマス・アレクサンド。
ハムズから聞いた話によれば、守りに特化した戦法を好む勇者志願者。勇者学部にて最高の成績をおさめている少年。
守り一辺倒かと思いきや、それは必殺のカウンターを繰り出すための布石に過ぎず、相手が攻めてこなければジリジリと魔法で相手の体力を削っていく完成された戦術。
しかし、彼の真価は目であるという。
勇者学部では、自分で仲間を集めてチーム戦を行うことがあり、彼はチーム戦においては敗北したことがない。
勇者学部にはもう一人、無双を誇る勇者がいるが、チーム戦においてだけはアダマスに後れを取るという。
「無双の勇者を挫いたという逸話、忘れようと思って忘れられるものではありません」
「あはは、これはこれは……でも、僕だけの力というわけではありませんから。皆の力をあわせて、初めて強大な力を相手に出来るんです」
勇者か戦士か、いずれかの中にレクトがいるのではと思ったこともありましたが、私の名はどうやらかなり有名らしく、レクトならば私の名を聞いたら是が非でも会おうとするはずです。
聖女としてクリスティアの名が広まった今でさえ、こうも音沙汰がないと言うのなら……少なくともこの国にはいないと見るべきです。
「そこで相談なのですが……貴方に、皆の一人に加わって欲しいのです」
「魔物討伐の戦力増強、といったところでしょうか」
彼に見初められたメンバーは、チーム戦において負けたことがありません。
私も彼のお眼鏡にかなう実力を持てたということでしょうか。
「僕は将来、魔界に行きたいと思っています」
「魔界、ですか」
魔界。
この世界の人間は、誰もがその存在を知っており、その名に恐れ戦きます。
私たち聖女の役割は、魔族に対する抵抗力。聖女の加護あれば、農具でさえ悪魔と戦う武器になり得る。
「此処だけの話なんですが、十年後、魔界への侵攻を行う計画があります。十字軍を組織し、聖騎士が悪魔の根絶を掲げて」
「その一員に私が選ばれたということですか?」
「いえ、これは囮です。僕達は別ルートから侵入し、魔王を討ちます」
つまり、大規模な軍を魔界へと投入し、悪魔たちがそれに対応しているうちに潜入、敵の頭を潰す。
「それで、私は具体的には何を?」
「十年後に備えて、五年後に優秀な人材を選出するために旅をすることになりまして」
「はい」
「外には様々な魔物が居ます。万が一ということがないように、最高のメンバーで臨みたい」
「旅のお供をしてほしいと」
「有り体に言えば」
優秀な人材を発掘するための旅。
これはレクトを探すための、願ってもない好機です。是非ともご一緒させて頂きたいところなのですが。
「私としては広い世界を見られる機会、ぜひともお受けしたいところではございます。しかし……」
私が横目にハムズの様子を窺うと、やはり良い顔はしていませんでした。
「アレクサンド様、それは困ります。クリスティア様は百年に一度の聖女様です。いくら貴方といえど……」
「選出の旅は僕が国から受けた正式な任務です。僕の目を見込んで、好きな人間を勧誘する権限を得ています。本人の承諾さえあれば、何も問題ないはずです」
「しかし……」
「良ければあなた方もご一緒いただいて構いませんよ。サフーバさん」
サフーバ・ハムズ。
目にも留まらぬ剣速と常人離れした技巧を描く剣さばき。
その実力は騎士団の中でも屈指のものだとか。
「それは、私めがアレクサンド様のお眼鏡にかなったというわけですかな」
「そう捉えていただいて構いません。貴方が旅に加わってくださるとなれば、十万に一つも起こらないでしょう」
私が言うのもなんですが、とても八歳の少年とは思えないほどに、アダマスは物怖じをしていませんでした。これが勇者としての風格というものなのでしょうか。
「……分かりました。では私と他二名、近衛隊よりクリスティア様ともども、アレクサンド様の旅路にご同行させていただきます。よろしいですな?」
「ええ。それと、気軽にアダマスと呼んでください。僕たちは既に共に旅をする仲間ですから。クリスティアさんも是非」
「はい。そうさせていただきます。アダマス」
「あはは、クリスティアさんを見ていると、とても八歳の少女とは思えない。美しい佇まいと、凛とした立ち居振る舞い」
口説かれているのでしょうか、それとも世辞か冗談?
こんな言葉、レクトに言われなければ何の意味もないというのです。
「特に、杖を振るう貴女の姿は、まるで恋する乙女のように可憐だ」
「……そうですか」
私は込み上げてくる焦りを納める様に、紅茶を流し込みました。
あれから数日。
「ねえ聞いた? クリスティアがアダマス様と歩いていたって」
「ええ、聞きました。羨ましいですわねぇ。あの美貌ですもの、勇者の一人や二人、篭絡するのなんてお手の物なんでしょう」
どうやらアダマスとの密会が誰かの目に入ったようで、今までの尊敬や畏敬の言葉は嫉妬へと変化したようです。
とはいえ、聖女にはそれぞれ衛兵が居ますから、何かされたり、いじめなどといったことは起こりません。
しかし聖女の中には田舎から強引に連れて来られ、無理矢理聖女にさせられた者も少なくはなく、そういった娘達の陰口はより大きく聞こえます。
「クリスティア様、気にかける必要はありません」
「私にはどうでもよいことですよハムズ」
私には、レクト以外に興味などないのですから。
元々この身はあの人によって生み出されたもの。もとよりあの人以外が私に価値を見出すことなどないのが自然でした。
私が私自身に名誉を見出す必要などありません。
「クリスティア!」
背後から鼓膜を打ち抜かれるような声に襲われ、私は渋々振り返ります。
そこには数少ない友人の一人が立っていました。
聖女らしからぬ赤いドレスに、金冠の代わりとでも言わんばかりの、見事にウェーブのかかった金髪。
花王・エリザベス。
「ベス」
「リズとお呼びなさいな!」
「ふふ」
彼女は不思議な魅力を持っていました。油断して会話をすると、ふとこちらからちょっかいをかけたくなってしまう。そんな柔らかな雰囲気。
「ところで貴女、噂は本当ですの?」
「どの噂ですか? 最近はあらぬ噂が多くて、私も全てを把握できては居ないのですが」
「そんな有象無象が話していることなどどうでも良いのですわ! あの勇者候補、アダマス・アレクサンドと密会をしたというのは!?」
「はい。それは事実です」
「馬鹿正直!?」
エリザベスは一々反応が大げさで面白く、見ていて楽しいです。
「くぅ~っ! 悔しいですわ! この私を差し置いて今最も熱い勇者とコンタクトを取るなんて! 見かけによらず計算高いですわね」
「…………」
偶然とはいえ、そういう目論見が無いというわけではないので否定も出来ないところが辛いです。
「まあいいですわ。出遅れましたが、私もいずれは魔を滅する究極聖女として、聖女の頂点に立ってみせますわ!」
ちなみにエリザベスは聖女の力に加え、業火部に所属し、聖火を自在に操ることが出来るようになったそうです。まだ火力はとろ火程度のようですが。
「私のホーリーフレアで、全員を魅了してやりますわっ! おーっほっほっほっ!」
「ホーリーフレア……」
「興味ありますの?」
「……多少は」
旅立ちは五年後。それまでに、手に入れられる力は可能な限り求めていくことにします。