五十九柱目 魔王レクトの業務内容
「と、いうわけで、レクトは晴れて魔王になった。王様になったからには、王様の仕事があるわけだ」
「とりあえず有給くれ。100年くらい」
「相棒は本当に怠惰だなぁ」
俺はリステアとリムルと共に元・正教の国に来ていた。
こちらが魔境ならば、こっちは聖域とでも呼ぶべきか。
じゃあもう聖域って呼ぶことにしよう。
新しく塗装された白い城壁は眩く太陽の光を反射して、目が日焼けしそうな気がする。
「さて、どうやって入ろうか」
「とりあえず真正面からぶち破ってみたらどうだ? 楽しくなりそうだ」
「せっかく戦争が終わったのに、またひと悶着起こすのか」
「イベント起こさなきゃ退屈なんだぞー? 悪魔の生涯に終わりはないからな」
悪魔は大変だな。悪魔と交流する魔境はもっと大変だろうな。まったく。
「リステアって聖女だろ? 顔パス出来るんじゃね?」
「どうでしょう。もう魔境側の人間だと認識されてしまったので……」
「エリザの友人ってことでゴリ押せばいけるって! ずーっとここで考えてても仕方ないだろー?」
城に近い大広場、噴水の水飛沫がかかって涼しい。
とりあえず、当たって砕けろの精神で城へと向かうことにする。
もはや正教は廃れたが、人々の生活の様子が特別変わるようなことはない。
当たり前のような日常を、当たり前のように過ごしている。
洗濯物を干したり、買い物に行ったり、ペットの散歩、恋人とのデート。
呑気なものだ。あんな人生で楽しいのだろうか。
「ん、どした相棒?」
「いや、俺が普通の生活したらどんなかなぁと」
「普通の生活……妄想嫁も居ないし悪魔と交流することもない。魔法も神秘もない世界で人間と関わって生きていく……」
リムルの言葉を聞かされただけで、なんとも録でもない人生な気がする。
リステア以外の、あの頃の三次元女子と付き合う……。
蔓延るブラック企業に労力を搾取され、少ない金を二次元に満たない女性に密がされる……。
「いや、無理だ。絶対無理。というか金がない奴は相手にされまい」
「そうか、女は素で強欲か」
「おまけに傲慢だぞ。常に男を見下してるからな」
「私は私以外のヤツ全員見下してるぞ」
「同性でも確かに見下すだろうな。ビッチだのブスだの……何はともあれ、愛が足りないんだよなぁ」
愛欲の権化である俺にはもはや地獄だ。
「やっぱ人間ろくでもないな」
「そー言うなって。悪魔にとっては、そういうやつらの方が組みやすいんだから」
「お前もそうなのか?」
「私は、ただの好みに決まってるだろ?」
「楽しそうなヤツだ……」
まあ、好いて貰えるのは嬉しくないこともない。
そうこうしているうちに城門の目の前。
というか、ここの城来たの初めてだな。学園?みたいなところは行ったけど。
「私は何度か来たことがあります。エリザに案内してもらったり……」
ふと両脇に佇んでいた門番がこちらに気付いて、歩み寄ってくる。
「その銀髪と青い瞳……クリスティア・ミステア様ですね。女王様から通すように言われております。どうぞ」
俺たちは難なく城門を突破する。
花園の前庭を通り過ぎ、重厚な扉を潜る。
「うちんところと大違いじゃねえか……あーでもダクネシアの城のほうが……でもあっち全部黒曜石……」
「おっ、シンプルな嫉妬だな。嫉妬は新しい刺激を呼ぶからいいぞ。新築の城建てるか? やっぱ豪勢なのがいいよなぁ。でも実用性も欲しいし、どうするよ相棒!」
「悪魔は新しいもの好きなんだなぁ」
「刺激ってのは新鮮さが大事なんだよ。相棒もまだまだ魔道が足らねーな!」
七つの大罪を前向きに、むしろ良いこととして考えるのが悪魔流の思考回路である。
例えば嫉妬はこのように、嫉妬するからこそ何かを欲し、時に努力して新たな物事を成し遂げていく。
それは時に嫉妬する者の新たな可能性を拓いたり、未知なる才能を開花させたりする。
だから嫉妬はたくさんして良い。嫉妬して、自分を高めていこう。
特に俺は空想に憧れて、嫉妬したからこそ、妄想の力を得ることが出来た。
他者を羨み妬むこと。それは標を辿る屈強な生き様だ。
「さて、いよいよ玉座の間か」
一際重厚で、荘厳な装飾が施された扉の前で、リステアがノックの後に名乗る。
「クリスティア・ミステア。及び魔境王レクトとそのお供。南端の魔境より参上いたしました」
「入室を許しましょう。お入りなさい」
「失礼致します」
リステアが扉を開くと、その向こうには真っ赤な絨毯が玉座まで続いていた。
両脇の衛兵、並ぶ円柱の裏から人の気配がにおってくる。
用心のためにリステアより前に出ようとするが、リステアに手で制された。
「大丈夫ですレクト」
「分かった。任せる」
俺たちは一歩ずつ軽やかな足取りで、しかし神経を研ぎ澄ませながら進む。
縦長の部屋の七割くらいを進んだ頃、衛兵が厳しい声で俺たちを止める。
「そこで止まれ! 膝を着き、頭を垂れよ」
「エリザベス女王、私たちを歓迎していただけて、恐悦至極です」
「クリスティア様といえど、女王様の御前です。膝を着いていただきたい」
やけに高圧的な言い様だが、まあ無理もない。
正教一強をひっくり返した黒幕が目の前にいるのだから、心穏やかではいられないか。
さすがにあのエリザといえど……。
「クリスティア。あなたは私をエリザベスと呼ぶのですか?」
その問いに、俺は心の中で驚いた。
そしてリステアがその後、即座に対応してみせたことも。
「ならばエリザ、あなたは私たちを友人として歓迎しようというのですね?」
「あったり前でしょっ! リスティ!」
するとエリザは跳ねる勢いで立ち上がって数段の階段を下りて、リステアに飛びついた。
「ああ、合いたかったわリスティ! 私の大親友!」
「苦しいですエリザ。あなたはいつもそうやって大げさな反応をする」
「ほら、これで分かったでしょ。私とリスティは心を赦しあえるお友達よ。これ以上文句をつけるなら、さすがの私も怒るわ。具体的にいうと魔境に一ヶ月くらい出張に行ってもらうことになりますことよ?」
「しょ、承知いたしました……」
すると柱の影に隠れていた兵士は次々と出口から去っていく。
なるほど、エリザはもう完全にリステアを信頼しているのか。妬けるな。
「レクトもよく無事で。あの白い巨神も貴方が倒したと伺っているのだけれど?」
「まあそんなところでさぁ、女王様。本日はひとまずは隣国の挨拶というか、連合の会議というか」
「今までどおりに接してくださいな。貴方も王なんでしょう? なら遠慮する必要はありませんでしょう」
「そういうことなら遠慮なく」
どうやら身構えすぎたらしい。
女王エリザベスかと思ったが、エリザはエリザのままだった。
リステアの親友、エリザであった。
「では、場所を移しましょう。いつまでも立ち話というわけにもいかないでしょうから」
会議室は広すぎて、もはやダンスパーティが開けそうなほどだった。
戦時のミーティングもここでやるらしいが、今は俺とリステア、リムル、エリザ、エリザの護衛となった雅義だけ。皆仲良く卓を囲む。
「つまり、お互いに不可侵と」
「そういうことだ。こっちはほら、混沌と戦乱が憑き物っていうか、悪魔の力でどうこうするから」
「こちらのことを悪く思っている者たちが一斉に進撃してきたりとかされると困るのですけれど、そのあたりは?」
「規模がでかけりゃこっちで対処で対処できるけど、あんまり小規模だとな……だがそれは逆もありうることだ。そこは二つ目の共闘ってことでどうだ?」
「そうですね、内にも外にも敵が居ないとは限りませんものね。あまり考えたくはありませんけれど」
「なー、いっそ結婚でもして合併でもしたらどうよ?」
「リムル、一応は真面目な話なので」
リムルがあまりの退屈さに遊びを入れ始めた。
リステアをつれてきて正解だった。すまないが子守をお願いしよう。
「えー、だってほら、エリザも中々美女だし? こっちの子息も必要だろ? レクトの子供ならさぞ丈夫な子が……」
「あの、魔人間と人間で子供は創れるんですか?」
「えっ、あー、まあ……うん。それを確かめるという学術的な疑問も解消しようという」
エリザか……発育はそこそこ。女王とはいえ胸部は未だ子供ってところか。
しかしあの赤いドレスが描く美尻のラインはかなりいい。
ここまで案内してもらう間、ずっと視線を釘付けにされていた。
「意外と分かるんですよ。視線」
「えっ、あっ、いやまあ……いい物をお持ちで」
「絶世の美女である嫁を目の前に、浮気なんてダメでしょう」
「んまあ、俺も前はそう思っていたんだけどなぁ」
「悪魔たるものダメで元々。良し悪しに左右されるのは己の嗜好だけなのさ! そもそも悪魔なんて正義や善性の側から見てのものだからな」
秩序という基準値、正義という標をアテにした生き方。
時に誰もが求め、絶望する者は決して少なくない理。
それに倣うなら、魔境で暮らす意味はなく、必要もない。
「少なくとも、我が国ホーリ・リードでは流行らせたくないですね」
「そっちに迷惑はかけないさ。こっちはこっちのルール、そっちはそっちのルールで、互いが交わるのは互いに危機が迫ったときのみだ」
「そうしていただけると助かりますわ」
エリザはとりあえずハーレム要因にはならない。というか出来ないようだ。
別にそこまで欲張りではないが。
「とりあえず、そんな感じで頼む」
「はい。こちらとしてもこれで構いません。では今日はこの辺りで」
互いに立ち居地を理解し、それぞれの役割を果たすために。
「いやぁ、惜しかったな相棒。もう少しでハーレム要員が増やせたのに」
城から出て、観光がてら城下町をぶらぶらしていると、不意にリムルが言い出した。
いつもの文句で返すとしよう。
「俺にはリステアが居ればそれでいいって言ってるだろ」
いかに悪魔が俺を好こうと誑かそうと、それだけは絶対不変だ。
リステアさえ居ればそれでいい。
だが、それは必要最低限。俺にとって絶対に譲れないボーダーラインって感じになってきた。
今は貰える好意は遠慮なく貰うし、捧げられる愛は躊躇なく享受するスタイルになっている。
悪魔的にはそれでいい。リムルも、フェチシアもブッキーすらそう言う。
だが、時々こんなことでいいのかと不安になる。
リステアは俺が他の女をなんだかんだして、心を痛めていないだろうか。
「またレクトが要らない心配をしている頃ですね」
「要らないとか傷付くな……」
「偉業に相応の成果はあってしかるべきです」
「へぇ、私らはライバル視さえされないわけか。私が言うのも難だけど、傲慢で足元掬われないように気をつけたほうがいいぜ?」
「心配はいりません。むしろこうした方が私にとって利があるのです。詳細は省きますが」
リステアの考えてることはなんとなく分かる。
恋愛は欲し求め合い、捧げ与えることが基本。
だがその中でもやはり愛が及ばなかったり、欲が深すぎたりすることで恋愛は綻び始める。
それを乗り越えるための手段の一つが、許容であり容赦である。
相手の欠点を許容すること。相手の罪過を容赦すること。
これは愛を深めるというよりは、愛が深いことの証明ともいえるだろう。
浮ついた気を経てなお、自分のところに戻ってくるという確固たる信頼をもって、リステアは己の愛を示そうというのだ。
おそらく、欲望に忠実なリムルたちには少し解せないだろう。
「でもまあ、エリザみたいな聖人君子、俺にはちょっと手が出ない。もっと相性の良い相手を探すべきだ」
「エリザとの相性ですか」
「そうそう。例えば、こう実直で真面目。努力を惜しまず勤勉で、どんな危険が迫っても護りきる勇気と膂力があって、若くて頼りになるような……」
そういえば、ちょっと前に信頼できる護衛としてそんな若いやつを送ってやった気がする。
努力家なる暴食、勇者になりそこなった、元闇黒騎士を。
「さて、一仕事したし、ちょっと遊ぶか」
「とりあえず飯だろ飯! あれだ。旗の立ってるランチがいいな。ここの奴らは無自覚だけどアレはいい。最高に傲慢だ。国旗立ってる元を食うのなんか領土侵略みたいでそそるよなぁ!」
「想像力逞しいな。リステアは?」
「あまり外食はしなかったので……すみません」
「じゃあとりあえず冒険ってことで、適当に良さそうなところに入ってみるか」
そういえば、あまり飲食店とかなかったな、魔境は。
魔境は一応は邪教や異教の拠り所ではあるが、ぶっちゃけ国とか社会みたいな機能とかほとんどない。
というか魔境はコミュニティの集合地にすぎない。
邪教や異教の存在が唯一許された場所。それぞれの信教がそれぞれのあり方を許容する。
ただそれだけが目的の場所であり、魔境は外側に害悪な影響がはみ出さないようにするためのものだ。
一応は税金? 入会費? みたいなものはクロが貰ってるらしい。詳しいことは分からない。
娯楽施設作りまくってるのもあいつだし。
「やっぱ俺も多少は関わっとかないといけないのか……?」
「いやぁ、お前はそのままでいいだろ。そのほうが怠惰な性に合ってるだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「王としても怠惰で、ただ嫁を愛したいがために愛欲のまま放蕩の生活を堪能する。まさに魔王らしいじゃん。むしろその方が悪魔的に心象いいし」
そういうもんか。
まあ、こうして同盟国まで出向いているわけだし、まったく何もしてないって訳じゃないし。
とりあえず、これからも色んなところにちょくちょく顔出しておいた方が良さそうだ。




