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五十三柱目 親愛出来る悪魔と最愛の妄想

 今更過去のことをぐだぐだと引きずることも無い……なんて、言ってしまえば簡単だ。

 だが引きずりたくて引きずっているわけではない。


 ああ、クソッタレ。現実なんてクソ喰らえだと思ってたのに。


「どうしたレクト」

「いいや、そういえば、空想イマジナリにも惨い話ならたくさんあったなと、思い出した」

「へぇ、それで?」


 まるで可憐な少女のように微笑みかけてくるその小悪魔は、上目で覗き込みながら言う。

 こいつ、あざといな。あざとさで言ったらフェチシア以上だ。


 これほどあざとい奴を相手に、リステア以外の美少女に心撃たれてしまうとは。

 空想を眺めていた頃でさえ、こんなに胸ときめくのは稀だ。


「クソッ、このやろッ……」

「な、なんだなんだ! くはは! くすぐったいって!」

「ブッキー、いい加減元気出しなさいよ。今更でしょ」

「いや、ありえんだろ……レクトはともかく、お前たちに見られるのがこれほど堪えるとは……」


 ブッキーは羞恥のあまりリムルとは反対側で背を向けている。

 それをフェチシアがアフターケアしている。あーいう恥じらいもツボに来る。

 そしてフェチシアもああ見えて面倒見が良いらしい。


 ボーンはというと、俺が教えたイマジナリーフレンドと頑張ってやりとりしてるところだ。


「ふぅ……で、どうだよ相棒。私たちは信頼に値するか?」

「見込みはあるってところかな」

「辛いなぁ」

「いや、むしろ大躍進だ。俺の心をこんなに動かしたなら、あとはたった一つのキッカケだけだ」

「キッカケ?」

「ああ、いざという時ってヤツ。俺が頼ったときに、本当に頼らせてくれるか……」


 そういえば、どうしてここまで好かれてるんだろう、俺は。

 最初はただの契約相手だったはずなのに。いつの間にこんな関係になった。


「リムルはともかく、ブッキーやフェチシアはなんで……」

「フェチシアは分かりやすいぞ? 相棒はアイツのサクブスとしてのプライドをズタズタにしたんだ。お前みたいな難敵は初めてだろうし、いわばライバル視までしてる」

「でも、それならもう……」

「言ったろ、もうアイツだってお前に溺れてる。ところで、リステアとどっちが良かったんだ?」


 俺はあえてその問いには答えず、体を起こす。

 すると、ちょうどクロが水を持ってくる。


「はい、番長。水分補給してくださいっす」

「サンキュ」


 水を受け取り、ぐいっと一気に飲み干して手渡す。


「いやぁ、念願叶った感じがして、感慨深いっすねぇ」


 ふわりと浮き上がったかと思うと、すっ、と膝の上に座る。


「しかしまあ、番長もなかなか難しいことを考えるんっすね」

「どういう意味だよ」

「何はともあれ、一緒に過ごしたんっすから。もうなんとなくで頼ったり頼られたりでいいと思うっすけどね」

「その経験が出来てればなぁ……信頼は親愛から生まれるものだが」

「そもそも人間と悪魔の友好を築くための使者が、人間不信じゃあなぁ」


 それは最初から言ってあるだろ。俺は人間嫌いだと。


「私たちにすら偏見の目を持ってるなんてな。お前の嫌いな人間そのものじゃないか」

「ぐぬ」

「すね。まあでも無理もないっす。信じれば足元すくわれるのは確かっすから」

「……悪かったよ」


 悪魔を相手にしているなら、普通は謝らない。

 だが、今のこいつらは一応は親友。謝っても問題はないだろう。


「だが、俺はもう決めたぞ。いちいちリステアと比較するのはもう意味が無い」

「っす!?」

「おわっ!!」


 柔らかくてさらさらとした少女を二人抱き寄せて、俺は決意を口にする。


「お前たちも俺の信頼するに値する相手として認めよう。まとめて俺の愛欲に溺れてもらう」

「リステアからの愛に溺れるヤツが偉そうなことを……」

「あー、そこでバランス取ってるんすね。まあ、とりあえずこれから仲良くやりましょう。大罪仲間として」

「仲間……あっ、そうか」


 ふと、頭の中に浮かび上がった単語に、俺自身驚いて、納得した。


「なんだ相棒、もう一発ヤっとくか?」

「いやそうじゃない。俺が望んだものがなんだったのか、だ」

「はっ? どういうことだよ」

「親愛だ。信頼するには愛せるほど親しくなる必要がある」






 誰もいなくなった部屋で、俺は窓を開けて室内のこもった空気を追い出す。


「レクト、私です」

「気兼ねなく入ってくれていいのに。俺の嫁なんだから」

「では……失礼します」


 扉の方を見ると、リステアはまるで戦場にでも赴くような覚悟を決めた顔だった。


「どうした」

「いえ、その、この度は……」

「謝るなよリステア。俺は感謝すらしてる。妄想のお前が俺に、現実に改めて価値を感じさせてくれたなんて」

「レクト……」


 なんて言えばいいのか分からないのか。

 最愛の嫁にこんな顔をさせるなんて、俺は悪いやつだな。


「おいで、リステア」

「しかし……いえ、はい」


 優雅に悠々と歩を進めるリステアの印象とはまったく違う。

 上辺は取り繕っても、俺の目には際立って映る。戦々恐々とした歩み。

 怒られることに怯えている子供みたいに不安そうな。


「す、すみませ……!」

「謝らなくていいと言ってるのに」


 両手を彼女の体にまわす。

 安心する匂いだ。太すぎず、細すぎず、柔らかないつもの感触。


「ありがとう。本当に」

「良かったのですか。私の我侭で、レクトを振り回してしまって」

「ムキになって、お前に固執して。現実を無価値だと必死に信じ込んで……怖かったんだと思う」


 俺にとって無価値だった現実。だからこそ価値があった妄想。

 でももし、現実に価値を見出してしまったら、妄想が無価値になってしまうんじゃないか。

 俺が現実を謳歌したら、妄想を失ってしまうのではないか。

 そんな漠然とした不安が、あったといえばあった。


「でも、それももう終わりだ。妄想だろうと現実だろうと、俺にとって大切な物だという真実は変わりようがない」

「その通りです、レクト。あなたが現実を堪能しようとも、妄想が色あせることなどないのです。貴方は愛欲を司っているのでしょう? なら、尚更ありえない話です」


 きっとこうなるまえに、そんなことを言われても、俺は俺自身を信用できなかっただろう。

 現実を危険視しながら、妄想に固執し続けただろう。


「現実を憎むべきと、妄想のみを愛すべきとしたあの頃の現実とは、もう違うのだと知ってほしかったのです。こうでもしないと、きっとレクトは心を開かないでしょうから」

「なんでもお見通しだな。さすが俺の嫁」


 自然と笑みが零れてしまう。

 頭を撫でると、リステアも心地良さそうに微笑む。


「そうですレクト、五人も相手にしたのですからお疲れでしょう。お風呂でお背中を流しましょう。さあ、こちらへ」

「お、おう、り、リステア?」


 優しくも、やや強引な力で手を引かれる。

 自室に備え付けられたバスルームへと連れ込まれて、リステアが扉を閉める。


「リステア、どうかしたのか?」

「レクト、私は貴方の嫁であることに胡坐をかくような女性ではありません」


 するりと服を脱ぎ、はらりと籠に落す。

 あられもない姿で、豊かな白い膨らみを腕で隠し、こちらに身を寄せてくる。


「不安です。でも信じています。信じているから、私は貴方の愛欲へと飛び込んでみようと思います」

「リステア……そうか」

「こうなった以上、私も全力でいきます。受け止めてくれますか?」


 まったく、リステアには敵わない。

 さすがは俺の嫁。さすがは俺の妄想。


 俺にとっての現実に、再び価値が生まれた。

 それでもなお、妄想の輝きは追随を許さない。


 心配なんて要らなかった。怖れることなんてなかった。

 現実がいくらその価値を輝かせようと、リステアは俺の嫁であることに変わりは無い。

 この世界でリムルが俺にとってかけがえの無い相棒なのと同じように。


「受け止めるとも、最愛の人。確かにアイツラとは親愛の感を抱けたが、お前への愛想は変わらず最愛だ」

「はい、レクト。私もです」


 現実と親愛を築くなんて、俺には無理だと思っていた。俺が俺じゃないみたいだ。

 だがもはや、現実と妄想の区別など意味が無い。

 俺だけの真実だった妄想は現実に顕現し、空想みたいな世界に俺は再誕した。


 今ここにある現実は俺が生きていい世界だと、確信させてくれた奴らに報いなければならないと思った。

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