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四柱目 魔窟図書館

 魔界は血の海に浮かぶ島のほかに、空にもいくつかの島が浮かんでいる。

 この魔窟図書館がある島も、空に浮かぶ島の一つである。

 島全体が図書館になっており、住人は司書のみ。司書が居ない場合は封印され、誰も出入りが出来ない。


「で、その司書がお前の昔の同僚というわけか」

「悪魔の魔本・ブッキー。奴はこの魔界に伝わるあらゆる魔法・魔術に精通し、その正体は魔本そのものだと言われている。というかそうだ」


 外観は図書館というよりは神殿という印象だったが、中に入るとしっかりと図書館だった。

 ただし、その中はかなり広い。


「って広すぎだろ。廊下の先が地平線になってるぞ」

「魔法で空間を操作してるのさ。魔本なんて増えるしな。実質無限に収容できるぞ」

「……で、どうやって探すんだよ」


 この馬鹿げた広さを誇る図書館で、たった一冊の魔本を探すなど不可能だ。その前に人間が滅びそうだ。

 俺は魔人間だから寿命なんてないに等しいが、リステアがどうか分からない。


「マガツクロ……クロはここまで俺達を運ぶのに体力使い切っちゃったし」

「も、もうだめです……一思いに殺してやってください……」

「悪魔は基本的に死なねーぞ」


 振り返る先には黒い羽のハーピーがくたばっている。

 荒い呼吸に合わせて上下するそこそこ育った胸が扇情的だ。実は淫魔の類ではないか。

 黒い羽毛で出来たサラシみたいなものを巻いているだけなので、余計にエロい。


 マガツクロは本当に優秀だった。ここまで俺とリムル、二人の重量を抱えてこんなところまで羽ばたいたのだから……




「というわけで、魔窟図書館は空にある」

「空か。どうやって行くんだ?」


 寮にて、俺とリムル、クロはこれからのことを話し合っていた。

 魔窟図書館は空中にある。

 ということは、飛ぶかワープでもしなければ辿り着けない。


「まあ私は小悪魔だから翼があるんだが、お前は……」

「人間に翼はないからな」


 そう。魔人間の俺に翼がない。

 しかりリムルの小さい翼では俺の重さには耐え切れないし、捕まろうとしたらセクハラ扱いされて殺されかねない。


「だからクロ、お前の力が必要だ」

「なるほど、私が貴方の翼になればいいんですね?」

「そういうことだ。よろしくな」

「合点です!」


 そして俺たちは何の問題もなくたどり着くことが出来た。

 リムルが疲れるからという理由で、俺と一緒にマガツクロに引っ付いてきた事以外は何の問題もなく。




 クロの尊い犠牲によって、俺たちはこの魔窟図書館にたどり着くことが出来たのだ。冥福を祈ろう。


「死んでませんってば」

「ふふっ……さて、本当にどうしようか」


 俺は改めて内部を見回す。

 回廊の奥は闇に飲まれ、階段は上も下も無限に続く絵画のように果てが見えない。

 見渡しきれない広さに見通しきれない奥深さは、まともな方法では決して探し出せないことが容易に想像できるが。


「じゃあ問題だ。悪魔ならこういうときどうする?」

「むっ、そう来るか。悪魔的な意地の悪さだな」


 人に聞いてばかりではなく、自分で考えろということか。

 そうだな、悪魔ならこういうとき……

 こういう時、リムルはかならず意地の悪い笑みを浮かべてこちらを面白そうに観察する。悪趣味極まりない。


「じゃあヒント。私たちが探しているのは魔本で司書をやってて、そいつはこの空間のどこかにいる。そして、魔本がたくさんある」

「……そうだな。じゃあこうか」


 俺は本棚から適当に一冊本を取り出し、適当に本を破り捨てた。


「こうかな」

「あー、いいよいいよ。良い感じに悪魔って感じ。でも60点だな。正解は……」


 心底楽しそうな笑みをしながら、リムルはどこからかマッチを取り出し、破られた紙に火を点けた。


「点火っ!」


 勢い良く燃え出す魔本から、もくもくと煙が上がる。

 ああ、なるほど。さすがにそこまでするとは。


「お前本当に悪魔だな」

「いや、悪魔だよ私は」




 無惨にも炭化した魔本を見つめる、一人の少女。


「…………」


 哀しげな瞳は一気に豹変し、二人の悪魔に向けられる。


「入り口にブザーあったんだけど」

「えっ」


 俺は思わずリムルを見る。


「いや、こっちの方が面白いかなって」

「お前ぇええええええ!!!」

「あひゃひゃひゃひゃ!! ほらなっ!」


 紫色の髪の少女はリムルの首に掴みかかるも、リムルはケラケラと涙ぐむほどに笑っている。

 いや、ほらなっ! じゃない。さすがに不憫すぎる。でもここで謝ってはならない。なぜなら俺も悪魔だから。


「お前ほんっッッッと!!! 昔っからそうだよねぇ!? いい加減ぶち殺すぞッ!?」

「まあまあそう怒るなよぅ。久々の再会で気分が舞い上がっちゃって、ちょっとおふざけしちゃったんだって」

「馬鹿かテメェ! ここの魔本一冊とお前のおふざけじゃ釣り合いが取れてねぇんだよぉっ!」


 ひとしきり怒り、疲れ果てた彼女はうんざりとした様子で炭を回収し始めた。


「いいじゃんか。魔の火じゃないからそのうち元通りになるんだろ?」

「そうでなきゃ、お前はこうして喋ることすら出来なかったよ。それで、手紙の件で来たんだろ?」


 紫色のショートヘアに縁なしの丸眼鏡をかけた、半目の少女。外見年齢はリムルより少し年上のようにも見えるが、魔界では外見で年齢のアテなどつけられない。

 ゆったりとした服装のため、肉付きの加減は分からない。


「で、そっちが件の魔人間か」

「そうそう。元人間の悪魔だ」

「レクトだ。よろしく」


 昔なら稚拙ながらも丁寧な言葉遣いをするところだが、リムルの悪魔教育によって立派に悪魔的な挨拶が出来るようになっている。


「まあそれはどうでもいいや。私が興味のあるものは一つだけだ」

「どういうことだ?」

「言ったろ? ブッキーは同人執筆してるんだよ。人間のマンガのな」

「おいちょっと待て。私はブッキーではない。そうだな、君が毒されないうちに私もきちんと名乗るか」


 するとブッキーはマジックのように手にしていた炭を本へと変え、それを空中に浮かせて腰を下ろす。

 浮遊する姿はさながら魔女のよう。


「私は魔本の悪魔、ブッキング・ブッカーブックス。大いなる契約によりて、この世に存在するあらゆる魔本の力を貸与する本魔王」

「本魔王……魔王?」

「いかにも。私は魔王だ。本来、そこに転がっている駄鳥が私の空間に入ってきたならば即座に魔本の餌となるところだが、ダクネシア様と関わりがあるというので特例として入館を許可している」


 どうやらかなりの大物らしい。

 その魔王と対等に接するリムルは相応の力があるのか、それともダクネシアの部下だった頃からの距離感なのか。


 なにはともあれ、それほどの大物に協力願えるならなんでもいいだろう。

 とりあえず仲間になるのなら親しくしとくか。


「それじゃあこれからよろしく」

「勘違いしてもらっては困るな。私は報酬のためにお前に手を貸すに過ぎん。馴れ合うつもりなど無い」

「報酬? そういえばそんな事を言っていたな。報酬ってなんなんだ?」


 ブッキーはリムルの方に視線を流すと、リムルが頷いたのを機に語りだす。


「作家デビューだ」

「えっ?」

「作家としてデビューしたい。同人作家としてデビューし、彼らの文化の中にその名を連ねたい」


 それは至極真面目な表情で、悪魔がそんなささやかな野望を持つなんて。

 魔王と称される存在が、同人作家になりたいだなんて。


「意外そうな顔をするな」

「あ、ごめ……っと」


 いけない。謝ってしまうところだった。

 悪魔は謝らない。だから俺も謝らない。


「いや、意外だったから」

「……そういえば、お前は元人間だったな。なるほどお前が鍵というわけだ」

「まあでもあまり期待するな。俺はリステアを……一人の女性に会うためにやってるだけだからな」


 今度はブッキーが意外そうな表情をする。


「ほう、人間の割には見所がある。てっきり私は人間と悪魔が仲良しこよしでもしようというのかと」

「人間が仲良し、ねぇ」

「何かおかしいことを言ったか?」

「いや。人間嫌いの元人間から言わせて貰えば、人間ほど仲違える生き物も居ないと思ってな」


 人間は過剰に差別し、過激に排他し、苛烈に根絶する。

 人間と言う立場をやめてみて、改めて思う。人間という生き物ほど醜いものもない。


「まあ私には関係のないことだ。それで、これからどうする」

「あとリムルの友人はお前と、あと二人いるんだったな。彼らと接触を試みたい」

「で、ブッキーの力で二人の居場所を突き止めてほしいんだよ」

「なるほど」


 ブッキーは素早い動作で本を棚から引き抜き、広げる。


「見つけた」

「はやっ!?」


 話してからわずか数秒くらいしか経っていないのに、もう位置を特定したのか。

 まるで検索エンジンだな。


「奴等は両方とも、ファラクの北端にある古城にいる」

「ファラクの北端っていうと、ヴァンパイアの領土だ」

「古いぞリルム、既にヴェアウォルフの領土だ」


 ヴェアウォルフ、狼人間。

 そういえばリムルの友人も確か狼人間だったはず。


「狼人間、アンダーストーカーは150年前にヴァンパイアを倒し、見事領主となった。骨人間、T・ボーンシャドウハートもそこで門番として働いている」

「なんだ、二人とも同じところにいるのか。探す手間が省けたな。さっそく……マガツクロ」

「ぐぅ……」


 振り返ると、マガツクロは完全に熟睡しきっていた。

 するとリムルが容赦なく体を蹴飛ばした。


「おい」

「ふげっ!?」

「仕事だぞー。起きろー」

「お、起きました! 起きましたってばぁ!」


 叩き起こされたクロは涙目になりながら逃げ惑う。

 何かを苛めている時のリムルは本当に活き活きとしているなぁ。


「ま、また飛ぶんですか……」

「そう。しかも帰りは三人だ♪」

「えっ……」


 顔が絶望に染め上げられている。流石に不憫になってきたな。


「そこは魔本の力でなんとかならないのかよ」

「なるぞ。転移の魔本があるからな。それで一瞬だ」

「なーんだ。つまらねぇなぁ」


 マガツクロはほっと胸を撫で下ろす。よかったな。


「じゃあ早速その場所に転移してほしい」

「少し待て。ここを閉鎖し、封印を施す」


 30分後、魔窟図書館は完全に外から遮断される。

 外からはその存在を視認することさえ叶わないという、強力な結界を張ったらしい。


「そしてこの転移魔本だけがその鍵となる。その名もPGBパラレルゲートブック

「すごいな。そんなに豊富な魔本を掌握しているなら無敵なんじゃないか?」

「ふふ。そう思うだろう。しかしダクネシア様はこの大いなる魔本の数々全ての特異性を吸収した。そしてこちらの攻撃は全て闇黒によって吸い取られ、向こうの攻撃はこちらを確実に襲う」


 ダクネシア強すぎるだろ。チートか。

 さすがは魔王といったところか。

 それほど強力であるにも関わらず、どうして俺なんかに。

 否、そもそも、どうして人間と友好を築こうなどと思ったのか。


「なんでダクネシアは人間と友好的な関係になろうと思ったんだ?」

「さぁ?」


 リムルはあっさりと首を傾げる。


「私はあの方に憧れたから、あの肩の強さに惚れたから付き従ってる。それだけさ。人間と友好を築くのは私にとっても有益だからな。細かいことは私には必要ない」

「そうか……」

「お前もそんな難しいこと考えなくていいんだよ。お前はお前の嫁に会えればそれでいいだろ?」

「まあ、それもそうか」


 俺はリステアに会えればそれでいい。

 ダクネシアが何を企んでいようと、俺には関係のない話だ。

 悪魔はそれでいいはずだ。そうだよな?


「それでは転移するぞ。全員動くな」


 ふとした瞬間、周囲の景色はがらんと変わり、そこは既に血の海が広がる海岸沿いだった。

 見回してみれば、左手の方に見える岬に立派な廃墟と化した城が見えた。

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