五十一柱目 Re.bone of loveless
「うおおおおおおお!!! 人間界だぜぇええええ!!」
「リムルうっさい。玉座の間では静かに頼む」
「煩いぞリムル。執筆の邪魔だ」
「玉座の間で執筆もおかしいぞ」
魔界との結界が破られ、悪魔が当然のように蔓延ると、リムルたちもわざわざ俺の妄想に隠れている必要は無い。
なので、今では普通にそれぞれこの国で自由に活動している。
リムルは人間たちにちょっかいを出す。ここに移住してきたのは欲望に忠実な奴等ばっかりだから、あいつも退屈しないだろう。
ブッキーは執筆をしている。用意していた作品が難しすぎて、評価が芳しくなかった。
本魔王の膨大な知識を120パーセント詰め込んだ結果、人間には複雑怪奇、意味不明なものにしか感じなかったのだ。
クロはその悪知恵で更に金儲けを始めた。
曰く、娯楽を食い物にするのが強欲であると。
レディファスト、フェチシアと連携した水商売。個人資金で開設したカジノ。狙撃や技巧を競う遊技場と、実際にぶつかり合う闘技場。
とにかく血の気の多い奴から金をふんだくる娯楽を充実させに来ている。
フェチシアは前述のついでに男を漁っているし、ガルゥは害獣駆除のついでに暴食を満たしている。
それぞれがそれぞれ、思い思いのままに。
だが、ただ一人だけ、満足に遊べていない奴が居る。ボーンだ。
ボーンは嫉妬の素養がある。
他の女性を抱くことが公認されてしまった俺がハーレムを築くのは必然。
よってボーンは嫉妬に狂うことになったのも当然だといえる。
面倒とはいえ、嫉妬に狂いすぎてリステアに当たられては困る。
ハーレム管理も主の仕事ということで、俺はボーンを探すことにした。
「が、全然見つからなかったんだ。何か知らないか」
「いやーわかんねぇなぁ」
「こちらも同じだ。そもそも奴はシェイドの魔物を模した奴だ。探し出すのは手間だろうな」
「なんか、どうにかならんか」
リッチー&シェイドのTボーン。
ぶっちゃけ影が薄くて、あまり印象に無い。
嫉妬は大罪の中でも特異だ。誰も得しないという点で。
「あー、まだお前は嫉妬が分からないのか。ならいい機会だ。ボーンに教わったらいいぞ」
「お前は知ってるのか傲慢」
「いや、全然?」
ツッコミもそこそこに、俺はボーン探しを再開する。
城の中をもう一度隅々まで探す。その上、信者の奴等にもとりあえず声をかけた。
だが、悪魔はそうそう見つからない。ここに訪れた者でさえ、人間が悪魔を探すのではなく、悪魔が人間を一方的に勧誘するのだから。
そして、今日も収穫の無いまま夜を迎えた。
っていうかあいつら全然こねえじゃんどうなってんの。
まさか全員が鬼峰のところで詰んでるんじゃないだろうな。
落胆が激しすぎて俺はバタリとベッドに倒れこむ。
「せっかく消化試合感でも楽しめそうだと思って念入りに用意したのに……」
「どうかしましたか、レクト」
「あ、リステアおかえり。どこ行ってたの?」
「はい、大福商店街で食材を。夕飯は鴨肉ステーキで大丈夫ですか?」
「大丈夫。手伝うよ」
ベッドから起き上がり、リステアの後を追って台所に立つ。
「訓練でお疲れでしょう。休んでいてもらって構いませんよ?」
「だらだらしているよりは、リステアと一緒に居た方が癒されるからいいんだよ。天井や壁を見ているよりはよっぽど目の保養になるしな」
好きな人を見ていたい、側に居たい。触覚で触れ合って、聴覚で語り合って、視覚で見詰め合って、嗅覚で確かめ合って、味覚を共有する。
好きな人と台所に立つ。ああ、こんな至福の時があるとは、過激でジャンクな妄想ばかりだった俺では思いもしない、日常にある幸福。
「やはり愛欲は素晴らしい」
「それは何よりです。ですが、ちょっと困りました。材料が足りないかもしれませんね」
「うえっ? なんかあった?」
「いえ、まさかお客さんが居るとは思わなかったので」
お客さん? 何を言ってるんだリステア。
この部屋には俺とリステアしかいないはず……。
「気付いてないんですか? ほら、そこに」
えっ、なにそのホラーっぽい演出は。
落ち着いてリステアの視線を追うと、そこには俺の影があった。
俺はそこでようやく思い出した。
「そこに居たのか、ボーン……」
「……ご、ごめんなさい」
しゅるしゅると影が俺の者とは別に分裂して、それが立体的に立ち上がったかと思うと、それはボーンに変貌した。
受肉した時と変わらない贅沢な女体を忍装束に包むのは、非常にマニアックで色気がある。
フェチシアのようなあからさまな露出とは異なる。服の上からスタイルが浮き彫りになるのはまことに、慎ましくエロいな。
「俺としたことが、お前の特性を考えればそれくらいやろうに、察しが悪すぎる……でもどうしてそんなところに」
「それは……」
「……なるほど」
リステアが何かを察したらしい。
だが、察しの悪い俺には何も見えてこない。
「レクト、ハーレムの主たる者、悩める乙女を放って置いてはいけませんね?」
「いやまあ……にしてもリステア、どうしてボーンに気付いた?」
「聖女だからでしょうか、なんとなくレクトとは違う匂いというか、気配が嫌でも分かりました」
聖女の力なのか、恋する乙女の力なのか分からないが、俺もまだまだというわけだ。
これがもし暗殺者なら俺は一杯食わされてる。
「とりあえず、私は料理を続けます。レクトは彼女の話を聞いてあげてください」
「お、おう」
ということで、俺は台所から自室に戻る。
ボーンは足音もなく俺の背後にぴったりと憑いてきている。
とりあえず、ボーンを椅子に座らせて、俺はベッドに腰掛ける。
「暫く見ないと思ったら、もしかしてずっと俺の影に潜んでいたのか?」
「……はい。そうです」
「なんでそんな窮屈そうなところに」
「……誰よりも、永く、近くに居たかったので」
そういう方向性の嫉妬なわけか。
「まさか恋敵のリステアを殺すために潜んでいたとか、そういうのではないだろうな」
「そ、そんなこと、しません。嫌われたく、ないです……」
「だろうな。嫉妬を司る悪魔が嫉妬に狂って地雷を踏むようなことはない」
ただ誰よりも近く、誰よりも永く俺の近くにいること。
それがボーンの出来た最大限のこと、ということか。
「しょうがない。お前の嫉妬を満たすにはそれしかないようだし。だがリステアは別格だ」
「だ、だいじょうぶです。でも、せめて妾の中では上を見上げたくない、ので」
嫉妬する奴は、嫉妬されたがる。
傲慢や強欲にはないものだ。だが、愛欲には通ずる。
愛欲する者は、愛欲されたがる。俺がそうだ。
「愛して欲しいというのならいいだろう。どれほど俺を愛せるのか試してみるといい。その嫉妬でどこまで愛に近づけるのか、見物だな」
「が、がんばります」
「レクト、夕飯の用意が出来ました。食べましょう」
丁度いいタイミングで、リステアが呼びに来る。
「ああ、今行く。さぁ、満腹度と満足度は比例する。嫉妬を満たす足しに出来ればいいな?」
そうして俺たちは三人で食卓を囲むことになった。
「にしても、一向に来そうにないな。戦況も拮抗状態。こっちの死人もまだ出てない」
まあ、幸いなことで、それに越したことは無いのだが。
とはいえ不気味だ。こっちは自分達の住処を守るための防衛戦、深追いも厳禁としている。
今のところ、ドラグヌスとアルマース、英雄・鬼峰の活躍で正教からの侵略は何の心配も無い。
それがまた問題なのだが、まあいい。このままなら勇者と対決しなくても向こうが慎重になって攻撃を控えてくれるかもしれないし。
「もうこっちがやっておくべきことはやりつくした。あとはこっちと向こうのアレルギー反応を穏やかにすれば、一段落なんだが」
死人は少ない方がいい。悪魔だって契約相手を失いたくない。
正教を気にしすぎても得など無いないのかもしれないが。
「レクト、気にしすぎは体に毒です」
「そうだな。せっかくのご馳走を毒と一緒に吐き出すのは勿体無い」
吐き出すなら精を、などというフェチシア好みのジョークが喉まで出掛かって、なんとか飲み込む。
俺のリステアを自分の手で毒すわけにもいかない。彼女は清く正しい俺の嫁で居てほしい。
「そうだ、ボーン。お前は戻りたがっていた。あの場所に。あの死霊と狼の屯する場所に」
「え、ええ……まあ。でも、ガルゥはそうじゃないみたいで」
ガルゥ。狼男の形をした悪魔、アンダーストーカー。
ボーンとは特に仲が良い友人の一人だ。
「ガルゥは、もう死肉で飢えを満たさなくていい。不味さの飽食、満腹の飽和よりは、獣肉のほうがいいでしょうし……」
「そうか。そいつは、辛かろうな」
「っ……」
「住む世界が違うってのは惨酷なことだな」
犬狼は日の下で森を駆け抜け獲物を喰らう。
死霊術者は黄泉に近い闇の奥でひっそりと暮らす。
よもや、そこに交わる場所はなく、親しかった友人は遠き旧き、友だったものへと変わっていく。
それはなんともいえない喪失感。時の流れの惨酷さに、誰を呪えばいいのかもわからない。
そう、何を嫉妬すればいいのかも分かるまい。
「ガルゥの空腹を満たせるのは、食べられても平気な死霊だけだったから。骨の玩具をプレゼントしたこともあったし……でも、もう、あの子は違う充実を手に入れてしまった」
自分はもう用済みなのだと、ガルゥと共に歩むことは出来ないと。
ずっと自分と一緒に居てくれると思っていた友人が、自分の居ない世界を望んだ……。
「もう死体らしく、しばらく眠っていようかと思います」
「ふーむ……もぐもぐ」
いやまあ、ぶっちゃけどうでもいい。
同情はするが、だからといって俺にとってはもはや妄想嫁一人いれば十分だし、妄想婿でも作ればいいんじゃない?
と言いたいところだった。
「ぶっちゃけそういう心の問題は自分次第だからなぁ。俺に出来るのはイマジナリーフレンドをオススメすることくらいだ」
「いまじなりー、ふれんど?」
「空想の友人。前世の俺にとってのリステアだな。嫉妬なんてのは他人に向けたって無駄だ。それは自分の心の渇望なのだからな。なら、別に実在する奴らに求めなくてもいい」
虚実の如何なく、自分の嫉妬を満たしてくれるなら問題は無いはずだ。俺の愛欲もそうやって満たした。
「良ければコツとか教えるぞ。なに、リッチーって魔法得意なんだろう? なら妄想力もある。きっと上手く行くぞ」
「えっと、それじゃあ……お願いします」
これはこれは、思わぬところでイマジナリーフレンド仲間を作れるとは。
勇者共いつまで経っても来ないし、せっかくだから妄想の扱い方ってのをレクチャーしてやるか。
「それにしても、何してるんだろうな、特にアルス。あいつ真っ先に来そうなのに」
「アレは真正面から挑むでしょうから、むしろ時間がかかると思いますよ。アダマスも勝算のないうちは攻めては来ないでしょう」
なるほど、ならしばらくは邪魔も入らないか。
「エリザが女王になれば、戦争も多少は収まると思うのです。しかし、正教の大元である以上、道のりは険しいでしょう」
「まあ、そうか……心配か?」
「いえ、彼女なら上手くやるでしょう」
すごい信頼だ。少し妬ける。
だがエリザは確かに器がでかい。
正教であるにもかかわらず、魔人間である俺を簡単に受け容れる度量、まさしく王の器。
まあそこらへんは適当にやってもらう。
とはいえ必要なら手を貸すが、タダで済ませちゃいけないのが悪魔ルールだ。
こっちが提供できるのはせいぜい人手と戦力くらいしかないが。
「でも一番気にするべきは、天使を一回も見かけないことだな。悪魔が溢れると天使もやってきててんやわんやって話だったはずだが」
「た、たぶん、ダクネシア様が天上へ消えたことと関係があるんじゃないですか……?」
「あいつが天使全員足止めしてるって? そこまでやれるのか」
まあ元々ダクネシアがトップだったからそれくらい出来るのかもしれないが。
でもそこまで出来るならわざわざ俺を使う必要はなかったのではなかったんじゃ?
「まあ、それはいずれ本人から聞くとして……ごちそうさま。美味かった」
「お粗末様です。では私は洗い物を」
「じゃあ俺は風呂を沸かしてる間にボーンの相手でもしてるか。おいで」
「は、はい」
俺はリステアと分かれて、ボーンと一緒に風呂場に向かう。
社会不適合者の館にあった大浴場には劣るものの、それなりに広くて綺麗な風呂場だ。
白い浴槽は二人同時に入れるほどに広い。
そう、二人同時に入れるほどに、広いのだ。
川の上流から浄化槽を通し、竹筒のパイプをこちらまで伸ばして生活水として流している。
パイプは川に戻す方と蛇口の二種類の配管を用意し、コックをひねれば水が流れ出て、締めれば水は川へと戻る。
生活排水は、風呂の水は畑に流し、食器は紙で汚れをよく拭き取った後に水洗いで済ます。
前世のような利便性はないが、これはこれで良い。
なにせボタン一つですまない分、愛する嫁と一緒に出来るのが良い。日々これ楽しみなり。
俺は外に回って浴槽に溜まった湯を暖めるために火を起こす。
「ボーン、さっきは空想友人を勧めたが、それするとお前のアイデンティティである嫉妬が薄れるかもしれない。普通にガルゥの後を追ったほうが良くないか?」
「それは……」
「一度空想に親友を作ってしまえば、もう後戻りは出来ないかもだぞ」
恐らく、俺のようなことになりはしないだろう。
現実を捨て、空想と妄想にのみ価値を見出す。
己の中の桃源にしか価値を感じない傲慢さ、愛を独り占めする嫉妬深さ、現実で努力しない怠惰さや、望むものはなんでも手に入れることが出来る強欲さ。
妄想とはあらゆる欲を満たす万能の器、俺はそう思っている。
だからこそ、一度それに手を出したなら、それまでまともだったものは脆く崩れるだろう。
「ガルゥが充実しているなら、私がその足を引っ張るわけにはいかないから。なら、私は私だけで妄想に沈むのも、悪くないと思います」
「そうか……ならいいだろう。惨酷な現実に背を向けて、心の桃源郷に案内しよう」




