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五十柱目 Re.Birth Day

 レクトが山に戻ったようだな。

 なら、我もいよいよ始めるとしよう。


「いや、しかし……長かったな」


 あの戦争以降、あらゆるものが静かなものだった。

 街の喧騒さえどこか空虚であった。

 もとより人間と仲が悪く、また仲が良かった我等、元神々の悪魔らが、玩具ともを無くして幾星霜、我は……俺は魔神として君臨し続けた。きっともう一度人間と共に歩める日を夢に見ていた。


 そして、それはようやく叶った。


「案ずることはない、レクト。この闇黒魔神の加護ある限り、お前は天上の神が鉄槌を下そうとも、その愛は屈すまい」


 俺は心中で玉座の間に別れを告げる。

 長く世話になった隠れ家には、ひときわ郷愁すら感じる。


 城の頭頂部に立ち、紫色の空を見る。

 神によって隔てられたこの魔界も、かつては人間と共に生きる世界であった。

 アイツの目論見はとうに分かりきっている。そしてそれが正しいことも。


「だが、それでは満足できまい。魔も人も、正しいだけでは満たされぬ」


 大気がうねる、火花が散り、紫電が奔る。

 俺の意思に呼応するように、空間は歪み、空洞のような闇がぽっかりと眼前に浮かぶ。


「さあ神よ、もう一度勝負と行こう。魔王の名はレクト。そして彼を守護するは奈落の深淵より蘇りし黒の太陽、我が名は……ダクネシア・テスカトル」


 闇黒が尾を引いて飛翔する。

 憎き天上の主を討ち滅ぼさんと、空へ落ちる黒き流星。


「怖れよ、畏れよ、懼れよ。我はここに蘇る。右手で全を為し、左手で渥を成す我が黒き輝きを」


 流星が何かに衝突し、空が波打つ。空間が歪み、亀裂が入る。

 間も無く全ての境界が失われるだろう。


「さあ、お前の力を見せてくれ、レクト。お前の愛欲が、決して砕かれぬ不可侵の魔境であるならば……再会を楽しみにしている」





 玉座の間、というか祭壇みたいなところで貢物の果物を齧っていると、妙な違和感を感じた。

 ふとした瞬間、空気が一変した。


「おい、この空気、っていうかなんか、魔力が……」

「レクト! なんか知らんけど魔界と繋がったっぽいぞ!」

「はぁっ!?」


 リムルの言葉に、思わず声が漏れ出た。


「ちょ、ブッキー、説明頼む」

「山の頭頂部から高濃度の魔力があふれ出しているのを感じる。恐らく魔界と人界が繋がったのだろう」

「繋がったって……」


 まあ、あいつならそれくらいやるか。

 おそらく、人間と友好を築くという目的のためだけに、わざわざキーマンが現れるまで待ってたんだろう。

 そして、そのキーマンが俺というわけだ。


「ということは、全部あの連絡どおりコトが運ぶのか」


 一応、連絡されてはいた。

 俺がその場所に到達次第、結界を破り、悪魔を全員こちらに寄越すと。

 空から降ってくる天使はそれらで対応するという。


 では俺の仕事は何か。もちろん、人間である以上、俺は人間の相手をする。


「さあ来いよ人間。この国に集え。大欲と業欲をもって来い。」




 黒の太陽が住む山林から魔力が溢れ出した後、山を守るような城壁が出現した。

 ちょうどここから一番近い街、つまり勇者・剣仙鬼峰が居る辺りまでが囲まれている。


 恐らく何かしらが起こっているのだろう。悪魔がなんやかんやしているのだろう。

 だがこちらには関わる余裕が無い。なぜなら……。


「なるほど、戦争の匂いをかぎつけたと。傭兵部隊?」

「大福んところの店の広告を見てきた。俺たち傭兵は戦争がなきゃただのフリーターだからな。精神的に参っちまうし、腕も鈍っちまう」


 俺は面接をしていた。


 黒の森周辺はもはや大変貌しつつある。

 森の麓は大福によってみやこみたいな街並みになっている。

 山林の一部は開かれて移民用のキャンプスペースになっていたり、悪魔の手を借りてネット工事してたり、なるほど金が絡めば商人はここまで見境が無いのか、と思った。


 で、俺がやっているのは移民との面接。

 嘘を見抜ける悪魔を使ってスパイを見破りながら、大欲と大罪を抱く者たちを招き入れている。


「金のためなら凄惨な戦争を躊躇なく喜ぶ。なるほど強欲だ」

「よく分からんが、ここは七つの大罪? がある人間を選別して住民にしているのか?」

「そうだ。異なる大罪を背負う者だが、同じく大欲を抱く同じ穴の狢。そして共通の敵がいるならば、己の利を守るために敵の手を払いのける。そういうための場所だ」

「いいね、クールで。外での荒事なら俺たちに任せてもらえればいい。ただ勇者関係は……」

「そこは問題ない。それ専用の戦力は揃えている」


 港町を離れる際、ドラグヌスと鬼人は引き抜かせてもらった。

 凜は戦力にはならない上にネット中毒者なので、まだ移住は出来ない。

 マジックネットと既存のネットを繋ぐ事が出来れば、奴はすぐさまこっちにくるだろう。


「まあ、とにかくよろしく。居住区は山から北の区域だが、まだ出来てないのでキャンプ場を利用してくれ。問題は?」

「別にないぜ。にしてもこの短期間でよくあんな壁を作ったな」


 山を守るように創られた壁は万里の長城みたいなことになっている。

 その地点にはあの鬼峰がいるので、並の勇者相手に負けはしないだろう。

 そしてなによりドラグヌスはあのかつての英雄と死闘を繰り広げた、魔王クラスの存在だ。


「とりあえず、最低限の備えはしてある。役割や詳細は現地の奴に聞いてくれ」

「おお、それじゃあよろしくな国王様」


 国王。そう、今の俺は国王だ。

 玉座の間は祭壇で、城は深い深緑の山林を這うようにして出来た木造の屋敷。

 立派ではないにしろ、結局俺が上に立ってしまった。なんて面倒なことに。


「レクト……」

「どうかしたかい王妃」


 リステアは俺の隣に座っている。王妃としてだ。ウィシュたちはそれぞれの仕事をしているので、この場所には俺とリステアしかいない。


「私のために、ここまでしてくださって、ありがとうございます」

「なんだ、何を今更」


 これは俺が好きでやっていることなんだって、何度も言っているのに。


「でも、一国の王なんて、あなたにとってはただの負担でしかない。そうでしょう?」

「……ふむ」

「今からでも逃げ出せませんか? 私ならどこへでも……」

「リステア」


 彼女の名を呼んで、その口を閉じさせる。


「俺はいつもお前のそういうところに心を救われてきた。礼を言いたいのはこっちのほうだ」

「はい、私はいつでもあなたのことを想っていますから」

「だがな、リステア。今回は大丈夫だ」


 その言葉に嘘は無い。

 そりゃあ、前世の俺は弱々しいし、王様なんてこなせるわけないし、人を束ねるなんてやってられなかっただろう。

 ましてやはみ出し者や社会から零れ落ちた奴らを統率して、楽園を築くため戦うなんて、どこのおとぎ話だと。


「今の俺は力を持ってる。役に立つ相棒リムル仲間あくままでいる。そして何よりお前が居る」

「レクト……なるほど、本当に強くなったんですね」

「悪魔様のおかげさまでな。真人間である俺は、悪魔の矜持に則りちゃんと契約を果たす。それに……」


 何事も楽しまなきゃ、これからの永い生を活きてはいけない。

 そうだろ、相棒?





 移民は割と多かった。

 他所の邪教や異教から鞍替えしようとして来た者、改宗しないまま纏めて参入してきた一つの邪教集団。

 戦争の匂いを嗅ぎ付けた傭兵や行くアテのない放浪者、キッカケにして仕事を辞めてきた無職までいる。


 ダクネシアがぶち開けた結界から、悪魔が魔界産の物資を次々と運んでくるため、今のところ食糧難とかにはなっていない。

 ただし、この国が悪魔崇拝の国だということを受け容れてもらえない人間に対しては手助けはしない。

 だが追い出したりもしないので、基本的にフリースペースにおいては自由と定めている。


 ちなみにフリースペースは山から北西にある地区だ。


 と、いうことで、ある程度移民が集まったところで、この国を統べる実質魔王である俺が演説をすることになった。


 フリースペースに集まった移民を城壁の上から見下ろす。

 緑色の地面は人々で埋め尽くされている。見知った顔もチラホラ見かける。

 レディファーストの奴等はなんか逆ナンしてるな。趣旨が趣旨なんでやめろとは言えない。


「あー、あっあー、マイクテス、マイクテス、本日はお日柄もよく……」


 今更、大衆の前で演説かますのにプレッシャー感じるようなこともないが。

 しかし、ひたすらに面倒くさい。どうやって楽しんだものか。


「まあいい。別に俺はお前たちを歓迎はしない。お前たちは自分の意思でここに来て、悪魔の計画に乗っかった。そこだけは称賛する。さて、ここでのルールは簡単だ。自分にあった悪魔や魔人なかまを探し、タッグなりチームなり組んで、己の大欲と大罪を深めてく」


 それは俺がリムルやクロと出会ったように。

 自分の中にある大欲を曝け出し、同じ大罪を負う者同士で友好を築く。


「俺たちは大罪という共通のものを有している、大欲を抱きし者同士だ。ここは俺たちから大欲を奪い去ろうとするものに対して、共に矛を向けるための場所だ。日々を怠惰に過ごし、強欲に積み重ね、暴食によって浪費する。色欲に溺れるもよし、傲慢を垂れ流し、恵まれた者に嫉妬し、憤怒の拳を向けるのも構わない。だが、俺たちからそれを取り上げようとする者共を許すな。俺たちの誰かがそれを奪われたら、必ず巡り来る。次に神罰を下されるのはお前かもしれない」


 そう、この場所ではほぼ全てが許される。

 厳格な秩序より、緩慢な混沌によって自由を得られる場所だ。


「一日中引き篭もってネットするのも、働かずに享楽にふけるのも、ここでは力の限り許される。悪魔の力がお前たちの欲望を受容うけいれる」


 簡単に言えば、自分にあった悪魔と契約することで、自分の大欲を満たすための力が手に入るということだ。


「魔王の元に集いし者らよ。己の大欲のために、大罪を背負う魔人となれ。この国に住むものは、皆が魔人の名を冠するだろう……そして、奴等は必ず俺たちを裁きに来る」


 正教の人間は必ず攻めてくるだろう。

 そしてかつての戦争の時と同じように、俺という魔王の目の前に勇者が現れる。

 歴史では、魔王は倒された。


 じゃあ、今回はどうなる?


「傲慢と憤怒は抗い、戦え。強欲と色欲は謀れ。暴食と嫉妬は狂え。怠惰は逃げ隠れて生き延びろ。この国は悪魔に許された慈悲深き混沌。大欲の全てを容赦ゆるしあう楽園だ。存分に欲を張れ」


 前の魔王はどうしていたんだろう。さんざん欲張ったのだろうか。

 散々欲張って、好き勝手楽しんで、そうやって最期は、笑って死ねたんだろうか。


「俺からの言葉は以上だ。とりあえず、軍なんてものは編成しない。お前らは生き残るためにお前ら自身で協力関係を結び、戦う準備をし、正教の侵略に抵抗するといい。逃げても構わない。その程度の欲だというなら此処に居られても邪魔なだけだ」


 魔王は統治などしない。そも多様な欲望の数々を統率など出来るはずが無い。

 魔王がすべきことは唯一つだ。


「俺は目の前に立ちはだかる勇者を返り討ちにするだけだ」






 そして、戦争はごく当然のごとく始まり、彼らは争い続けた。

 北方から迫り来る正教の聖騎士隊、勇者やその仲間達がこぞって押し寄せてくるのを、ドラグヌスや鬼人が迎え撃つ。

 邪教、異教の類も、伊達に正教と戦い続けてきていない。聖女の存在は厄介だが、アマゾネスなどの戦闘力でなんとか拮抗状態だ。

 傭兵のトラップや遠距離支援もよく届いて、よく響いている


 そして何より、こちらには一人勇者がいるのが良い。

 英雄になることを切望し、叶わず、しかし理想は捨てきれない。

 なんでもいい、英雄になれるなら、それが正教を敵に回すことだとしても。

 その破滅を覚悟した切望は、とんでもない老兵を生み出してしまった。


 彼は最早、正教の勇者ではない。

 悪魔にプライドを売り渡し、悪魔の力を共有しゃくようする、チートクラスの魔人は闇黒騎士。

 まさに一騎当千、どんな悪魔と契約したのか知らないが、あれなら彼の願いも叶うだろう。


 さて、楽しむとは言ったものの、そう長引かせるつもりも無い。

 俺にとってはリステアと過ごす時間こそが何より優先されるべきものなのだから。


 だから俺はこうやってテオに遠見の水晶を使ってもらって、その時が来るまでの暇つぶしをしているわけだ。


「本当によろしいので? 護衛とか……」

「ああ、いらないいらない。どうせ来るのは一組だ。それより正教の物量に少しでもあてたほうがいい」


 にしても、どうやって来るだろうか。

 あの壁を越えて来るとなると、よっぽど……まさかこちらの手駒が全員やられるなんてことにはならないと思うが。


「もしかしたらこっちから出向いた方がいいのか?」

「何も無いならそれに越したことはないのでは。リステア様はどう思われます?」

「私はそのほうがレクトとの時間を削がれなくて済むのでありがたいのですが」

「それだと困る。こうも全面戦争状態が続くと傭兵だって疲弊する。実力トップの勇者が魔王に倒されることで正教の勢いを削げれば、あとはのんびり出来るって寸法なんだが」


 さて、俺はとりあえず気長に待つとしよう。万が一、俺が負けるようなことがないように、リムルやブッキーに遊んでもらうことにしよう。


 魔王の再誕、悪魔の再臨。

 悪魔と人間の友好は、とりあえずこれでなんとかなるだろう。

 あとはこの壮大な魔王ごっこを終わらせれば……

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