表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/82

四十九柱目 新しい女、新しい国

 ところでドラグヌスはどうしても上座じゃないといやらしいので、とりあえずはそのままとなっている。


「頼む! 一応竜人だし、黒竜だし、我を上座に置いてくれ!」

「別に席の位置くらい俺にはどうでもいいけど、そんなに重要?」

「竜にとって尊厳は命より大事だ。尊厳のためなら自分も他の命も塵に等しい」

「大変だな竜族は」


 なので食事の際は今までどおりドラグヌスは上座だ。

 凜は相変わらず自室で食っている。別に問題ない。本人がしたいようにするのが一番だろう。

 鬼人のアルマースは今日も外で飲んで朝帰りだろうし、


「えっと、今日の連絡です。今日からこの寮に新しい入居者が加わります。」

「まだ増えるのか……」


 これ以上この館の人口密度高めてどうするつもりだ。

 というか社会不適合者多すぎない?


「喧嘩をしないように、どうか仲良くお願いします」

「よろしくでーす」


 突然背後に感じた気配。

 振り返ると、そこには一人の乙女が立っていた。

 黒髪、赤いチャイナ服、程好い発育に白菊のような指先。


 無垢な表情で、俺の方を見つめている。


「ワタシ、シュンレイ。武芸者をしてるネ。悪漢を倒し続けていたらここにぶち込まれましタ!」

「なんでも暴力で解決してはいけませんよ」

「何を言ってるデス! 信じるべきは己の力、そして拳アル!」


 アルって。いやまあいいか。

 こいつも中々魔界向きな考え方してるな。


「そして、それはここでも変わらないネ。文句あるヤツ、さっさとかかって来るヨイネ!」

「血の気が多すぎる」

「特にお前、顔が気に食わないヨ」

「血の気が多すぎる!」


 なんだその視線があったときの不良みたいな絡み方は。

 だが、残念ながらここで成り上がろうとするなら大きな壁が立ちはだかるぞ。


「力で相手を屈服させる……なるほど、我もその意見には賛成だ」


 いつの間にか皿の上の料理を平らげていた竜人ドラグヌスは立ち上がる。

 新入りがでかい顔をするなんて、傲慢なるブラックドラゴンが容赦するはずがない。


「表に出るがいい人間。身の程を分からせてやろう」

「ちょ、ちょっと待ってください! 喧嘩はダメです! 決闘は法律で禁止されていて……れ、レクト様!」

「ふむ」


 助けを請うシスター。目で訴えかけてくるドラグヌス。そしてわざとらしく小首をかしげるシュンレイ。


「武芸者なら、武芸が得意なんだよな。演武とか出来るの?」

「おう、出来るネ」

「なら親睦を深めるためにいい所を見せてもらうか。相手がドラグヌスなら怪我の心配も無いだろう。なぁ?」

「なるほど、いいだろう。その要求を呑もう」

「と、いうわけでシスター。これは決闘ではなく演武だ。何も心配はいらない」

「う、うーん……勇者様がそう仰られるなら……」


 そして場所は変わり、馬鹿みたいに広い庭に出る。


「それじゃあシュンレイとドラグヌスの演武を始める。まあ適当なところでストップかけるから、あとは好きにやって」

「ふむ。ではさっさとかかって来い人間、今更怖気づいたわけでは……ぬぅ?」


 ふと目を離した隙に、シュンレイの姿が無い。

 弾丸じみた瞬発力で懐に飛び込んだというわけでもなく、ただ単純に姿が見当たらなかった。


 まさか忍者の類か? はたまた透明人間か……。


「じゃあ遠慮なく!」


 咄嗟にドラグヌスが見上げるが、視界はすぐに封じられた。

 顔面に突き刺さる一足が発した音は、あまりに重かった。


「いかせてもらうヨ」


 くるりと飛んで後ろに回転しながら着地し、即座に打ち込んだ拳。


「あがっ……ヌゥッ!」


 尻尾が鞭の様にしなり、シュンレイのわき腹にめり込む。


「フンッ……ヌゥ!?」

「ぐっふ、でも捕まえたぁあああああ!!」

「我と力比べをするつもりか!? 愚かな!」


 シュンレイが脇にでかい尾を抱えて放さない。


「マジかよ、拮抗してやがる」

「はい、怖ろしい馬鹿力ですね。鬼でしょうか」

「いや、魔物の匂いはない。アレは人間だ……信じられん。あんなのと力比べとは」

「レクトも決闘方式は腕相撲だったじゃないですか」


 いや、魔王クラスとガチバトル繰り広げたら騒ぎになるから穏便に言いくるめて腕相撲にしただけで。

 それも魔人間であることや魔力、聖女の加護もろもろを勘定に入れた上でのことだ。


 それをただの人間がなんの加護もなしにやろうなんて思わないわ。


「すっげ! 人間すっげ! ヤッバイなアイツ!」


 リムルうるせえ! 発情期の猫かと。


「しょうがないわよ。私だって生身の人間が竜と力で互角だなんてびっくりよ」

「いや、そうでも無さそうだぞ。見ろ」


 ブッキーの言葉で、ふと気付く。


「ふんぬぅーっ!」

「ヌッ、オッ、オォッ!?」

 

 ドラグヌスの重量のある図体が動き始めている。

 これはもしかして、武芸者というのはプロレスラーか。このままジャイアントスイングに移行して派手な武芸を披露してくれるのか。


「チョワーッ!」

「おおっ!」


 ずりずりと地面に跡が出来る。


「あっ、もうだめ」


 ちょうど九十度くらい回ったところで、ドラグヌスは停止して困惑した。


「ふぅ……さすがに無理がアルネ」

「この期待はずれガァ!」

「あいやー!?」


 ドラグヌスが見事な一本釣りでシュンレイを釣り上げた。


「久しくマトモな強い奴が来たかと思えば良いところでバテおって、すり潰してやるッ!」

「ちょ、ちょと待つネ! 今日はまだご飯を食べてないからエネルギー不足だっただけで……」


 そういえば食ってなかったな。ドラグヌスも飯の途中だったし。


「問答無用、ならばお前が朝飯になれ」


 爆発音かと思うほど、尾を叩き付ける音はヤバかった。

 常人だったら確実に即死だぞあんなの。地面にクレーターできてるし。

 だが、ミンチになったシュンレイの姿は無いな。


 と思っていると、ふわりとシュンレイが着地した。

 叩き付けられる前に尻尾を放していたらしい。


「ふぅ、危なかったネ」

「すばしこい奴め。だがいつまでも逃げられると思うな」

「そっちが鈍いだけじゃないアル?」

「貴様……」


 シュンレイはことあるごとにドラグヌスを煽っている。

 冷静さを欠かせようという魂胆だろう。

 魂胆だろうけど、正直ドラグヌスには逆効果だ。


「あいつは……むしろそういうの喜ぶから」

「いいぞ人間、その調子で来い。我を追え、我を凌げ、我に匹敵しろッ!」

「えぇ……」


 さて、今のところ有利も不利もないが。

 とはいえ、どう考えても生身の人間どころではない。

 一応、警戒しておくか。


 さて、次はどちらが攻めるか。


「遠慮なくやらせてもらうネ」


 シュンレイは一歩前に踏み出すと、深く腰を落し、両の拳を持ち上げる。

 リラックスしたシュンレイの体。だが、ただものではないことはこれまでの流れから想像できる。


 本来なら警戒するところ、しかしドラグヌスが臆することは無い。

 強靭にして柔軟な尾を地面に突き刺し、自らの体を浮き上がらせる。

 

「シュンレイと言ったか。その力、もっとよく見せよ」


 ドラグヌスもまた得体が知れない。なんだあの構えは。

 尾を支柱として、ドラグヌスは宙に浮いているかのようだ。


 それを前にして、シュンレイはじわりじわりと構えを崩すことなく距離をつめる。

 すり足が蛇のように這いながら、あともう少しでシュンレイの間合い……


「ガァッ!」


 尻尾が地面を浮き上がらせ、代わりにドラグヌスの本体が両腕を広げて襲い掛かる。

 だが、あのシュンレイは即座に膝を落とし、腰を落とし、下へと潜り込む。

 そして即座に後方へ振り返り、踏み込みと同時に拳を槌のように振り下ろす。


「うぎっ……!」


 拳は強く腰を叩いた。頑強な竜人の体が僅かに沈む。


「ヌガァ!!」


 四つん這いになって尻尾を地面から引き抜き、方向転換。

 シュンレイの居る方向へと向き直るが、すでにシュンレイは真上に跳んでいた。

 ふわりと落ちて来たシュンレイの両足が首に絡みつく。


「ほあっ!」

「ッ!?」


 胡坐で固定された首は、シュンレイの体が落ちるとともに捻れる。

 見るからにヤバイ技だ。確実に致命傷、勝負あったか。

 だが、シュンレイの体は突如として停止、ドラグヌスの首も九十度足らずで止まる。


「なるほど、面白ユニークな技だ。亜人でも竜種でなくば危うかろう」

「アイヤー、これ止められちゃうとは」


 よく見れば、シュンレイの足をドラグヌスが掴んでいた。強引に回転を止めたのか。


「あいたたた!」

「竜に掴まれてただで済むと思ったか。このまま千切ってやろう」

「いぎぎ……ッ!」


 するとシュンレイは親指をぐっと立てたかと思うと、ドラグヌスの両目を襲った。

 たまらずドラグヌスは尾でシュンレイの背を打って怯ませてから、引き剥がして地面に投げつける。


 口から血が吐き出される。もうそろそろ止めるか。


「小癪な奴ッ!」


 大きく足を上げ、シュンレイの寝転ぶ場所に下ろす。

 寸前で転がって回避し、跳ね起きる。


「千切れぃッ!」

「……邪ッ!」


 迫る鉤爪を紙一重で回避し、竜巻のように回転し、天高く振り上げられた足が絡む。

 流れるような動作で、シュンレイの膝がドラグヌスの肘を打ち上げる。


「おっ……」


 あっ、今ダメな音した。

 見るからに怯むドラグヌスに対して、間髪いれずに追撃の拳を鳩尾に打ち込む。

 それもまた強烈な踏み込みから繰り出された一打。


「うぐ、ぐぐ……ヌゥアッ!!」

「破ァッ!」

「そこまでだ」


 顔面を打ち抜く寸前で止まるシュンレイの拳。

 なんとかギリギリで間に合ったか。


「もう十分だ。なるほど武芸者と名乗るだけあってよほどだな」

「レクトォッ! なぜ止めるッ!!」

「いや、演武だから……な?」


 牙をむき出しにするドラグヌスだが、ここは矛……じゃなくて爪を収めてほしい。

 ドラゴンは傲慢だ。ゆえに、いかに追い詰められようと、最後まで本気は出さない。


 だが、忘れてはいけない。あれはダークネスドラゴン系統の竜人。

 かつての戦争で英雄と死闘を繰り広げた、現役の悪魔に匹敵する力を持つ存在。

 そんなのに本気を出されたら色々と収集がつかなくなっちゃう。

 

 俺がわざわざ腕相撲で勝利した意味がなくなってしまう。

 苦しいだろうが、ここはドラグヌスに耐えてもらいたい。


「腕の治療が必要だろ?」

「戯け。この程度、数分で完治する。軽く歪んだ程度だからな」

「さすが頑丈だな」

「だが痛いものは痛い……痛いんだぞ!」


 かわいい。唐突な可愛さアピール。

 でも体格逞しいお前がそんなことやっても意味無いんだぞ。身長は俺より高いし。

 そのおかげで目の前におっぱいがある状況は喜ばしいが。


「まあいい。お前には逆らえぬ」

「悪いな」

「悪くない。自然の掟とはそういうものだ。それこそ私の求めた法則だ」


 ドラグヌスが求めたのは弱肉強食の世界。

 弱きものは貪られ、強者はより高き強者に憧れ、目指し、力を磨き、強力戦乱ごうりきせんらん

を交わす。


 血の気の多い奴が好みそうだ。

 まあ悪魔が大体そうなんだが、特に強欲や傲慢あたりが好む。

 俺みたいな怠惰にはちょっと面倒な世界だ。


「歓迎はしないが、お前がこの館に住まうことを許す」

謝謝シエシエ! これからよろしくネ」


 というわけで、この館に新しい住人が加わった。





 俺はネットサーフィンを続ける凜の横で今日の出来事を報告した。


「……ということがあった」

「また人が増えた……まあ、私は滅多に外でないんで、大丈夫です。あっ、すいませんティッシュが切れちゃったんで」

「消耗早くない? この前買ったばっかりだろう。何に使ってるです?」

「べ、別に……あんまりプライベートをまさぐらないでください」

「ほーう……」


 凜の横顔をねちっこく見つめていると、凜は顔を僅かに逸らす。


「レクト、さすがにデリカシーが」

「ちょっと遊びすぎたか」

「せ、セクハラですよ! セクハラ!」


 味方が現れた途端に主張してくる。可愛らしい臆病者だ。





 さて、いかなる力であろうと、人を束ねるために必要なのは利である。

 力は永遠ではない。必ず衰え、また力によって虐げられた力は蓄積し、反発する。

 それは底無しに……と思っていたのだが、社畜があれなんでそこまで信用ならんわ。


 早い話が、人と魔の友好の国には、人側の利点が必要というわけだ。

 それがドラグヌスでいうところの戦い競い合える場所相手であり、凜でいうところのネットである。

 適した社会であっても、既存の国と敵対する以上、相応の旨味と言うものがなくてはならない。楽だけでは満足できないのが業深き我等ってわけだ。


「で、実際のところどうなんだ? 用意できそうか?」

「ダクネシア様の神託によれば、どちらも問題ないそうです。悪魔にも好戦的な者も多く、マジックネットの用意も出来ていると」

「マジックネット?」

「大地にあるマナを利用して形成された魔法。膨大な魔力の大海と化した大地で、魔力を用いることでそのごく一部を取得、閲覧できる魔法型式インターネットだそうで」


 とにかく、ツテはあるらしい。これで安心して凜を引き入れられる。


「あと伝言です。欲望を満たす術を案ずる必要は無い、と」

「そういうことはもっと早く言え、と返してくれ」

「さ、さすがに私からそんな文句は……」


 さて、これでとりあえず一通りの下地は済んだ。

 強力な竜人と鬼人、怠惰仲間の凜、畜生から野性を取り戻しつつある太郎。

 我らが国の初期メンバーとしては申し分ない。


「俺たちは他の邪教徒より一歩先に行く。罪業深き者共の楽園、大欲深き者共の桃源郷、我等が愛恋いとこいしい魔境を築く」


 と意気揚々としていると、またテオトルから通信が入る。


「再び神託が下りました。南に下れ、だそうです」

「南? なんで」

「降り立った地に、つまりレクト様が召喚された黒の森に戻れと。そして全てを始めると」

「とりあえず準備は十分ということか。いいだろう。ダクネシア、お前の思惑にとことん乗ってやる」





 俺は翌日、リステアやショティたちと共に南下を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ