四十八柱目 天外魔郷と酒池肉林。そして永遠の時間
それから、地味で地道な勧誘を続けた。
凜を仲間に引き入れ、ドラグヌスを屈服させ、そのライバルっぽい鬼人も配下に加えた。
金鬼、鬼怒川・アルマースとダクス・アルテマス・ドラグヌスは両方ともかつての戦争の生き残りであり、その頃の英雄に敗れて人間に従属した者たちだ。
金髪の鬼人であるアルマースはロリロリとした体型だが馬鹿力でドラグヌスと唯一対等の存在だ。
彼女等が望んでいるのは、とにかく力を発散できる環境だ。
そしてその力が真に称賛される世界だ。
まあ人間社会では無理だろう。人間というのは一部の物好きを除いては、争い好きの戦闘民族ではないからな。
憤怒と相性がよく、俺の提案をあっさり受け入れてくれた。
「ここまで完全な敗北はヤツ以来だ。懐かしさすら覚えた。お前には気になるところもある。俺を楽しませてくれた功労に報いてやろう」
「いやー久々に全力出せたのう! 腕力が欲しい時はいつでも言うのじゃぞ! わしが力を貸してやるからの! ところで」
よほどフラストレーションが溜まっていたのだろう。戦闘の後は傷があるのに肌がつやつやだった。
アランはナンパできる女性が増えるというなら、と大いに歓迎してくれた。
この国では未成年に対しての恋愛がしにくい。
アランはストライクゾーンが広く、また冒険家なのでもっとチャレンジしたいらしい。
太郎は社畜から公務員になれるチャンスと見たらしく、すごい媚びてきた。
なんか接待する営業マンみたいな低姿勢が、逆に好印象だ。
社畜は好きでもないことに真面目だからいけない。
だがこれは社畜太郎本人が選んだことだ。なら全然問題ない。
だが、また別の問題が発生していた。
ベッドの中で、俺はリステアの言葉を聞いて跳ね起きた。
「リステア、本気なのか。それは……」
「はい。頑なすぎるレクトを納得させるには、これしかありません」
「でも、お前は……いや、うん。大丈夫みたいだな」
魔人間は人間の欲望に敏感だ。強欲だったり怠惰だったり、大罪に基づく欲望を感じ取ることが出来る。
が、リステアは本気だった。
彼女は本気で俺のハーレムを作るつもりか……。
「目指すは大奥です、レクト」
「規模がでかすぎる」
聞きかじった話だが、前世での歴史上で大奥ほど女を囲った文化は無いらしい。
ハーレム通り越して洗脳アプリとかそういう類のレベルだ。
「……あなたの愛の形を、あなたの幸福のために使わせるにはこれしかないみたいですから」
「正気か。俺の愛想を変えるなど」
「レクト、私はあなたを愛しています。あなたの愛があなたの幸福を妨げるなら、私はあなたの愛にも楯突きましょう。それが、私の応えです」
「私の応え、か」
そうか、俺から生まれた妄想が、そこまで言うなら仕方ない。
「あーもう分かったよ。いかにお前を愛していようと、お前が言うなら逆らえない。大人しくハーレム王にでもなんでもなりましょうとも」
「それでこそ私の旦那様です」
呼び方変わってるじゃん。
まあ悪い気はしない。むしろ新鮮さを維持してくれるのはまさしく愛ゆえに。
「それでは、明日からよろしくお願いします。レクトの業務には支障が無いようにするので」
「俺がお前より業務を優先させるなどあってたまるか」
リステアは俺が働かなくても許してくれるから、リステアに労力を割けるわけだが、世の中の男女関係は大変で仕事の上で尚自分を優先させてほしいという。強欲の限りを尽くしているな。
「ところでレクト、この後はどうするんですか?」
「この後……この後かぁ」
神託の通りに仲間は作った。
きっとダクネシアの望む友好をこの世界で築くとしたら、それは人と魔の境無き国。
大志の代わりに大欲を、秩序を壊し、混沌入り混じり、なおも同じ欲の持ち主だからこそ繋がれる。
同類相憐れみ、同族嫌悪で競い合い、同好の士として享楽する。
其の名は天外魔郷。天の定めた理を外れ、欲望抱きし者が集う魔窟なる郷。
個が個を尊重し、ゆえにそれは集団となって強固なる。
それは俺にとっての理想郷だろうか。それとも、田舎で静かに細々と暮らすのが合っているのだろうか。
分からない。分からない。こうして最愛の嫁と再会して。
これから先、俺はどうしたいのだろう。
なんてことを相談したら、盛大に笑われると思ったのだが。
思いのほか、リムルは真剣に受け止めてくれた。
別にいいんだけど、やっぱ普段ふざけまくってるやつが急に真剣になると気持ち悪いというか、不気味だよな。
「お前、今すごい失礼なこと思っただろ」
「さあ、どうかな。心を読めば分かるかもしれないぞ」
「言ってるようなもんじゃん……でもま、それは全ての悪魔がぶち当たる命題だよな」
そういえばそんなことを言っていたか。
悪魔に死はない。だから記憶をリセットしたり、擬似的に生まれ変わりしたりする。
「たまに狂ってるヤツとか、根っから悪趣味な真性もいるけど少数さ。つっても、それを実際に解決できるのはお前自身だ。お前は自分の心にある本当の答えを探り当てなきゃいけないんだぜ、相棒」
「そいつは、気の長くなることだ」
「そうでもないだろ。相棒には最愛のお嫁さんがいるんだからな。正直びっくりだよ。あの発想は」
まさか、リステアは俺の心がそうなることを見越していたのだろうか。
だとしたら、俺が妄想で想定していた以上のスペックを持ち始めているな。
「それを正しいって決めるのは結局のところ自分自身だし、正しかったことも風化してく。ずっと、永遠に、享楽を探し続けるんだぜ。私たちは」
それは、ひどく惨酷な話に思える。
だが、それは終わってしまうことよりは何倍もマシとも思える。
終わってしまったほうが幸せと言うことでも無い限りは。
「まあ、じっくり探っていけばいいさ。時間はいくらでもあるんだからな」
「ははっ、皮肉っぽいな」
「へへっ、皮肉だよ相棒」
それはきっと、手放せない罪業を背負った報いなのだろう。
永遠であるがゆえに、その飢えは決して終わることなく満たし続けなければならない。
上等だ。ならやってやろう。とことんやってやる。享楽と悦楽と快楽の限りを尽くして、俺は飢えを満たし続けてやるさ。
そして翌朝、俺はデートの待ち合わせ場所で待機している。
白い噴水からの飛沫が太陽の光を受けて虹を映し出す。
「すみません、お待たせしてしまったようで」
ふと声の方を見れば、一人の女神と二人の美女がそこに立っていた。
まあ言うまでもなく女神はリステア。そして二人はショティとウィシュ。
三人ともグラマラスボディなので思わず目移りしてしまうのは男として仕方ない。
いや、これは……違う。
三人ともそれぞれの服が、俺を誘惑せんと乾坤一擲の勝負を仕掛けてきている。
まずリステアのドレスは谷間が見えるデザインだが、それは上から見えるものだ。
胸を一周ぐるりと布に囲まれて、唯一の逃げ場、よりによって最も目に付きやすい上部。
これではどれだけ健全な心を装っても、目線は少し下に流されてしまう。
誘惑という一点において、これほどストレートかつ強力な見せ方はない。シンプルイズベストとも言う。
では次にショティ。
リステアとそっくりだが、黒髪の乙女。
その服には脇に大きな裂け目があり、胸のラインがよく露出していた。
クッソ、なんてこった! こいつは痴女じゃないか!
一瞬でも気を抜けば、その柔らかな肌に包まれた果実の生る隙間に手を滑り込ませたくなる。
それはあまりにインパクトが強く、一度目にしてしまえば焼きついて離れない。
怖ろしいほどにエロティシズム。リステアの入れ知恵だろうか、それとも独自の判断なのか。
どちらにせよ、完全にこっちを色欲に染めようという意気込みは伝わった。
さて、それより否が応にも俺の視線を鷲掴みにしようとするおっぱい聖人がいる。ウィシュだ。
こいつに限ってはもう限度というものを知らないらしい。
茶色のウエスタン風ハーフジャケットの下に黒い水着みたなものを着ているのだが、谷間どころか横乳と下乳、ついでに意味深な穴が中心にあけられている。
これはもうあれだ。完全に色欲に溺れるタイプ。人間界のサキュバスクイーンの称号を与えよう。
「これは……」
一応、リステアとの打ち合わせでは夜までデート、そこからが本番だということにはなってるが……
これは今から本番でもいいんじゃないかもう。
「懼れながら、これよりレクト様の琴線に触れるような女性であることを締めさせていただきたいと思います。ご容赦は不要でございますゆえ、何卒よしなに、お願いいたします」
「どう、どう? レクト様。私のスペシャルセクシーコスチュームは。昨日丸一日かけて厳選に厳選を重ねたのよ?」
態度が極端だなこの二人は。
ショティはがっちがちに固いが、ウィシュは粉々というほどに砕けている。
ふとリステアを見る。その表情が苦笑なのか、不敵な笑みなのかちょっと読み取れない。
「では、レクト。ここからはご遠慮なく。恐らく私に対しては贔屓してしまうでしょうから、私には欠点のみ言っていただければ」
謙虚に見えて割と自信満々だなリステア。
でもまあ確かに、リステアなら多少の粗相は愛嬌の範疇として俺は処理してしまうだろう。
「分かった。といっても、今までリステアに不満を抱いたことなんて無いけどな」
「これは中々に壁が高そうね、ショティ」
「やはり少し口調を砕いた方がいいのでしょうが……難しいですね」
さて、俺は好きでもない相手に合わせるなどということはしない。
なにせこの有様だ。
「レクト様、この衣装などいかがでしょうか」
「あー、よく似合うと思うぞ」
「レクト様、このアクセ、素敵じゃない? 私これ欲しい!」
「あー、いいな。宝石は綺麗だ」
二人は確かに色気がある。申し分ない。
恐らく人は媚びに媚びて、なんとかその肉欲を満たそうと、駆け引きだの餌だの光物でベッドインに持ち込むのだろう。
だが、俺にはリステアがいる。
たった一人愛すべき人間がいると、誘惑と戦うことすら楽しめるものだ。
つまるところ、俺は二人と寝るために労力を使えないのだ。なにせ怠惰なものだから。
「レクト、そろそろお疲れでしょう。少し早いですが昼食にしましょう」
「おお、そうだな。それがいい」
「むぅ……」
「っ……」
ショティとウィシュはしょんぼりしている。
どうやら上手くいってない判定だったらしい。
なんか罪悪感あるな。
「レクト、心苦しいでしょうが、そうであるなら尚のこと、これは必要なことです」
「分かってる。挑まないうちに諦めたら、この先ずっとやりきれないだろう」
せめて一か八か、駄目になるまで挑みたい。
そういうのを夢っていうんだろう。
「仕方ない。俺もとことん付き合ってやるか。そのほうが楽しめそうだ」
「ええ、レクト。きっと楽しめると思いますよ」
「だが、それなら二人にも楽しんでもらわないとな」
経緯はなんであれ、俺を好いてくれるというのなら、相応にもてなさないと。
さて、それからは飽きるほどショッピングに奔走し続けた。
するとショティとウィシュの性質というか、好みがなんとなく見えてきた。
ショティは基本的に、俺に衣装を選んで欲しいらしい。
俺の嗜好を知りたがり、俺の趣向にあわせたがる。
それは一見すると主体性が無いように見えるが、そうではない。
「黒の太陽に座する、神に等しき王の伴侶になる。私はずっとそれを夢見てきたんです」
「生贄にされるのにか?」
その王と四人の伴侶は、一年の間を享楽と快楽、傍若無人にて過ごし、その終わりに王もろとも神に捧げられる。
今でこそなくなった話だが、それを夢見るなんて、控え目に言って正気じゃない。
「確かに死は怖ろしいです。ですが、それはいずれ誰もが経ること。ならば私は思うのです。生を長引かせることよりも、如何様な死をもって結末とするかを。神に匹敵する男を愛し、愛され、その果てに死ねるなら」
王に選ばれるのはイケメンで優秀なやつらしい。
なるほど、それなら好みの問題は安心といえば安心だ。
「今となっては一年どころではありませんが。ですがレクト様、この命はあなたに捧げています」
「なるほど」
俺はショティの基準ではとっくに合格していたらしい。
次にウィシュ。彼女は奔放で欲望に忠実だった。
「ねぇレクト様ぁ、この宝石、大きくて素敵じゃない? 私に似合うと思うの」
「俺も光物は好きだが、ちょっと欲しがりすぎでは?」
「女の子は綺麗に飾ってナンボでしょ? あなたのためにも、私のためにも綺麗であり続ける。それが愛ではなくって?」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
そういえばそうだな。ずっと妄想嫁だけ愛し続けていたから気にもとめなかったが、現実というのは基本的に時間経過で劣化するんだった。
それなら美貌を維持し続けるのもそれなりに労力がかかるし、愛と呼べなくも無い。
アトラやシロも、似たようで異なる藍を俺に向けているのだろうか。
「私はあなたのためなら永遠に美を司ってもいい。でもその代わり、永遠に私を楽しませてね?」
愛しているから愛してほしい。愛されたいから愛している。
本物の愛は無償の愛などという理屈は、俺は好かない。
別に無償である必要など無い。見返りがあろうとなかろうと、愛したいから愛するのだ。
そして、見返りがあるなら嬉しいに決まっているし、愛が報われるなら喜ばしいに決まっている。
だからこそ、俺は彼女たちの愛に報いたくなったのだろう。
「というわけで、ここからが本番です、レクト」
「とはいえ、本気なのか。三人と同時に寝るって」
デートの締めなんて、もちろんアレに決まっている。アソコにイって、アレをシて、アンなコトをイタすのだ。
「レクトの性格では三人同時にベッドに誘うなんて出来ないでしょうから」
「よく分かってらっしゃるな」
「というわけです。お二人も、レクトの慈愛に良く応えてください」
視線を投げられたショティとウィシュは、目を逸らしながら応えた。
「お、お任せを。このショティ、全身をもってご奉仕いたします」
「身も心も満たしてあげるわ」
「レクト、一応二人は初陣なので」
ああ、そうか。そうだよな。そうでなきゃ意味が無い。
丁度いい。寝取らせないのも愛の業。絶対に寝取られないほどの初体験にしてやる。
サキュバス仕込みがこんなところで役に立つなんて想像してなかったし、悔しいくらいなのだが。
ということで、俺は新たに四人の嫁と得ると同時に、フェチシアから言い逃れできない状態になっていた。
ここはフェチシアの固有空間。
「では、無事童貞を卒業したということで、私とまぐわっても構いませんね?」
「ぐぬぬ……」
いくら魔人間といえど、ここまで来て逃れようと思うほど往生際は悪くない。
観念するしかない。あとはせいぜい命まではとられないように気をしっかりと。
「長かった……本当に長かった。しかも最後までサクブスとしては篭絡できなかった。誇りなさいレクト。あなたはまず間違いなく、誰よりも強い愛を持った人間よ」
「魔人間だけどな」
「心配しなくても、魔人間は死なないから大丈夫よ。快楽に溺れてリステアに戻れなく生っちゃうかもしれないけど?」
「死ぬよりきついな」
でも、もしそうなったとしても死ねないんだな。魔人間だから。
なるほど不老不死、思った以上に惨いぞ。
「だから悪魔って言うのはとことん享楽的なわけよね。リムルを見れば分かるでしょう?」
「確かに」
あいつほどその場その場を楽しむヤツなら、悪い事を引きずったりしないだろう。
「羨ましい……」
「あなたは根暗そうだものねぇ」
「根暗だからな」
一人シコシコ妄想するような男が根暗じゃないわけない。
「まあ、それじゃあ私は私のやりたいことをやらせてもらうわ。せいぜい漏らさないように気をつけることね?」
「フン、舐めていろサクブス。むしろ愛欲の俺をどこまで満たすことが出来るか見物だな」
「言われなくても、しゃぶりつくしてやるわ」
夜の中、夢の中で、俺はもう一つの戦いに臨む。




