三柱目 魔都と番長
ここはファラク。ダクネシアの居城からはやや離れた場所、血の海に浮かぶ超大陸。
その中央にある都市こそが、魔族の学校にして同時に都市でもある<魔都>。
俺達はそこに入学し、秘密裏に仲間を募る。
魔界の学校に学年はない。その代わりに階位がある。
力が全ての魔界では、年功序列などなんら意味を成さないのだ。
より強い者が弱い者を従え、強さを示しながら領地を広げていく。それはいずれ伝説級の悪魔さえをも凌駕せんと、野心を滾らせる。
学校に入学した彼らはそれをゲームで決める。
彼らは広大な学校内の領地を奪い合い、広げあい、そしてその年で最も領地を大きく広げた者が、いわゆる爵位を手に入れて、公認の悪魔貴族となる。
ソロモンの72柱なんかは大体が公爵だの男爵だの伯爵だのといった地位であり、この学校の卒業生も多い。
さて、そんな学校の歴史を、魔界の常識を覆す存在が二名ほど現れた。
その二人は他の悪魔を従えるわけでもなく、たった二人で他の悪魔を圧倒し、着々と学内での爵位を上げている。
いずれは悪霊やら軍団を一つも従えない悪魔としてその名を魔界中に轟かせるだろうと持て囃されている。
「……というわけなんです」
という話を、今チンピラ悪魔から聞いたところだ。
「そんなことになっていたのか」
場所は路地裏。
どうにも尾行されてる気配があったので、釣った。
現在は悪魔の常識に則り、タコ殴りにして情報を引き出しているところだ。
「それで、お前はどこの回し者だ?」
「わ、私はただ雇われただけで……」
「レクトー!どこだー!っと」
大通りのほうからリムルの無駄に大きい声が聞こえる。
こいつはどうするか……
「あ、あの……むぐっ!?」
とりあえず左手で掴んでおいて、体の右側だけ出すか。
「むーっ! むぅー!!」
「ちょっと静かにして」
「…………」
大人しくなったので、路地裏からひょこっと顔を出してリムルを探す。
大きなリュックを背負う幼女の姿は、奇異な悪魔の多い大通りでさえ良く目立つ。
「おーいリムルー。こっちこっち」
「んだよレクト。んなとこでなにやってんだよ」
「ちょっとこっち来て。変なのにつけられてた」
無事リムルと合流し、尾行していた悪魔を晒す。
黒い翼、黒い髪。発育があまりよろしくない胸と、生意気にもホットパンツを履いて腰周りと太腿の露出が激しい彼女を見せる。
「それじゃ顔見えないぞ」
「あっ、それもそうか」
ぱっと話すと黒いのは酸欠で飛ぶことも出来ずに地面にへたれこんだ。
「ぷはっ! ひぃー、ふぅー……」
必死に呼吸する謎の悪魔。正直種族も良く分からない。
羽があるからハーピィ的な奴だろうか。
「これ、お前が前にチンピラから助けた奴じゃね?」
「はっ? そんなことしたっけ?」
「しただろ確か」
「そ、そうです! あの時は助けていただいてありがとう御座います!」
そんな覚えはまったく無い。この世界に来て人助けなんて一度もしていないはずだが。
いや、でもこの黒い羽と髪、そして赤い目は確かに見覚えがあるような。
っていうかあれだけ痛めつけたのにもう治ってる。悪魔は頑丈だなぁ。
「ほ、ほら! この前のイーヴィルオークの領地の時に助けていただいた!」
「そうそう。お前がレベル上げと銭集めだって言って地下牢にまで行った時に陵辱されかけてた奴だろ」
「あー、あれかぁ」
そういえば十日前にイーヴィルオークを筆頭とする軍団の領地を蹂躙した時に、強い奴は地下に居るだろうということで地下に降っていったらただの肉奴隷置き場だった。
「いやぁあそこは雄臭かったなぁ。で、恩をストーカー行為で返されてたのか、さすが悪魔」
「違う! そうじゃないんです!」
「じゃあなんなんだよ」
すると黒ハーピィは改まって腰を落とし、まるでせこい商売人のように両手をもみもみしだした。。
「その、是非とも私と契約を、と思いまして」
「……はぁ」
言葉の意味が良く分からなかったので、リムルの方を見る。
解説役のリムルさんお願いします。
「誰が解説役だ。まあこれはつまり求婚だな。吊り橋効果的なアレでお前に惚れたんだろ」
「あー、最近流行のチョロインって奴か」
「失礼ですね! 貴方はオークに陵辱される日々を知らないからチョロイだなんて言えるんですよ!」
「まあ確かにそうだな。オークは臭いからな」
リムルが同意するということは相当なのだろう。
リムルはこと拷問や陵辱に関しての知識や趣向は素晴らしいほどにエグイことが分かった。
人間界でかき集められたマンガの二次創作で彼女の出す同人誌はほぼ全てがリョナグロ。しかし愛は損なわない、ロマンチズム溢れている。
「にしてもお前、拷問下手だなぁ」
「えぇ。割と上手く出来たと思うんだけどなぁ」
「相手に恐怖を与える方法が殴る蹴るだけじゃヌルいんだよ。もっとこういう材料があるんだからさぁ」
と、言いつつリムルは黒ハーピィの翼を優しく掴む。
「ひっ……」
黒ハーピィの体が大きく跳ね、咄嗟に俺の背後に隠れる。
「た、確かにあの闇黒魔王の右腕ですね……」
「ふっふっふ、それほどでも……それで、こいつどうするんだよ、レクト」
「断る」
「えぇっ!?」
「えー」
なんでリムルまで驚いて……驚いてないな。人を舐め腐った顔をしている。
「なんでだよレクトー。この女体は中々お目にかかれないぞ。中古だろうけど」
「…………」
否定しないところがリアルだ。恐らくオークに大変お世話されたのだろう。
「いや、お前は事情知ってるだろ」
「にしてもまさか即答するとは思わなかったからさぁ。さすがに驚いたわ」
「あ、あの、なんで私断られたんですか? まさかホモ?」
「ちげぇよ」
「じゃあロリコン? そうですよね。そういえばそういう噂もありましたしね」
聞き捨てなら無いところもあったものの、しかし別に俺はホモでもなければロリコンでも、ましてやEDでもない。
俺には心に決めた妄想嫁が居るのだ。いわば既婚者といっても過言ではない。
たとえサキュバスの誘惑を前にしても浮気は許されない。
「大丈夫だレクト。側室なら大丈夫。そうだろ鴉ちゃん?」
「か、鴉ちゃんって……まあこの際それでもいいです」
「いいんかよ」
側室なら大丈夫……いやいや、俺は今や魔人間。そう簡単に悪魔に心揺さぶられるような存在ではない。
俺の意志の強さを察したか、リムルは呆れたようにため息を吐く。
「じゃあセフレでいいだろ。ただの友達だよ」
「いやそれはちょっと……」
流石にセフレはきついらしい。
俺だってそんな節操無しになり果ててリステアと再会するつもりはない。
「じゃあやっぱり肉奴隷?」
「まあ、それもやぶさかではないですけど」
「いいんかい」
当然、俺はまったくよくない。
魔人間という悪魔に近い存在ではあるものの、リステアは悪魔ではなくて聖女らしい。
ならば彼女が喜ばないようなことは控えるべきだ。俺は一途な男だ。
「抱える女が多いのはむしろ良い事だぞ。マンガでも言ってたろ」
「そりゃマンガの中での話で……しかもお前のマンガはジャンル偏りすぎなんだよ」
「じゃあお前の前居た世界には悪魔とか魔界とか居たのか?」
「うっ……」
そう言われると弱い。
今まで架空の存在だと思われていた悪魔やら何やらが、こうして実際に目の前に存在しているのだ。
創作だから、などという理由付けはもはや意味を成さない。
「頑なだなぁ。じゃあリステアが良いって言ったらハーレム作るか?」
「それは……まあ、それなら」
確かに。魔人間だから言うが、そりゃハーレム願望はある。無いわけが無い。
巨乳から貧乳、幼女から痴女まで何から何まではべらせたい。
「欲望に忠実なのは悪魔的に良いことだ。そうと決まれば、さっさとリステアに聞かないとな?」
「そうだな……?」
「あ、あの~」
いつの間にか蚊帳の外扱いされている黒ハーピィがおずおずと尋ねる。
「ああ、とりあえず保留ってことで」
「ほ、保留……」
「そういうことなんで」
「あっ、ちょ、待ってくださいよ!」
立ち去ろうとすると、腰に抱きつかれて俺の歩行を邪魔してきた。
「れ、レクトさんだって知ってるでしょ!? この学校の規則!」
「……リムル」
「いや、私も規則とか読んでないから」
「ここじゃあ負けた悪魔で配下にされなかった人は退学なんですよぉ!」
「へぇ」
そういえばそんな話を聞いたことがある。
配下にされるほどの価値もない悪魔が学校に居る理由などない。居させる理由もない。
「学校とは名ばかりだからなぁ。授業もないし生徒が減ってるっていう噂くらいしか聞いたことなかったけど」
「普通は勝った悪魔が負けた配下を諸共抱え込むけど、お二人はずっと配下を増やさないから……」
「別に配下が欲しいってわけじゃないからなぁ」
俺達の目的は悪魔と人間の友好を関係を築くこと。
だが悪魔的に見ればそんなのは変人の考えることだ。今は計画のことは表に出さず、そういう気のある奴を探そう、という方向性で活動していた。
「パシリでもなんでもやりますから! 私たちを助けてください! 退学したくないんです!」
「ん? 今なんでもするって」
「はい! なんでも!」
間違いない。言った。言ってしまった。
彼女は言ってしまった。取り返しのつかない禁忌の言葉。
悪魔ならば決して言うべきではない言葉を口にしてしまった。
「リムル」
「ああ、レクト。これなら良さそうだ」
「え、えっと、あの?」
俺とリムルは練習してきた営業スマイルの仮面を被り、黒ハーピィの肩に手を置いた。
「その言葉が聞きたかった」
「じゃ、じゃあ!」
黒ハーピィとの交渉、および契約は成立した。俺とリムルは彼女を退学から救う。
その代わりに……
「私、マガツクロウって言います。名前負けしてますけど、精一杯忠誠を誓って……」
「ところでマガツクロ君、君はマンガ読むかな?」
「マン……えっ?」
いつまでも臭い路地裏に居ることもない。
俺たちは洗脳……もとい調教するために寮へと戻る。
この学校は全寮制で、退学するか卒業するまでは出ることが出来ない。
とはいえ使い魔を使って外部と連絡するのは問題ないので、ちょくちょくダクネシアに定期報告を送ることが出来る。
寮の部屋は居間とキッチンしかなく、家具は簡素な二段ベットくらいしかない。
「ニンゲンスゴイ! ニンゲンサイコウ! ニンゲント、トモダチナル!」
一通りの洗脳……もとい教育は施した。リルムが。
一流の悪魔ともなると洗脳も一流というわけだ。
「人聞きの悪いことを言うな」
「言ってない。あと人の心を勝手に読まないでくれ」
「読まれ易い心してる方が悪い」
さて、先ほどからマンガに熱中しているマガツクロウ……クロちゃんでいいか。
クロちゃんの感想はいかほどか。
「どう?」
「ニンゲンって意外と面白いもの創りますね! 私、気に入りました!」
「おお、そうかそうか」
事が上手く運んで何よりだ。ほっと胸を撫で下ろした。
しかし……
「なぁリムル」
「どうした」
「このペースで大丈夫なのか……?」
魔界に生れ落ちて八年。この学校に入学して四ヶ月が経過した。
季節は夏。熱に耐性を持つ悪魔が活き活きとし、熱に弱い悪魔はそれを克服するために切磋琢磨する。
「何言ってんだよレクト。運良く飛行タイプの仲間を手に入れたって言うのに。ここからが本格始動だぞ?」
「そうなの?」
「今まで使い魔に頼っていた便箋じゃあ漏洩の危険があった。でもハーピーなら上等だ。私の仲間にも声がかけられる」
リムルの仲間とは、かつてダクネシアの元で働いていた、いわば仕事仲間のことである。
その中でもマンガ好きの仲間に協力を求めようというのだ。全部で三人。
闇の魔本、ブッキー。
闇の死霊、T・ボーン・シャドウハート。
闇の不死、アンダーストーカー。
彼ら三名の悪魔、そしてリムルと共に、人間界へと向かう。
「いやぁ、これから楽しくなるぞ?」
リムルの笑みはやはり小悪魔的で邪なはずだった。それでも純粋な天使のような印象を受けた。
「ふむ……お前、まだ悪魔になれてないな」
「なに?」
悪魔になれてないとは。俺は魔人間だが。
「魔人間でも悪魔は悪魔さ。ただなぁ、意識っていうのかなぁ。足りないんだよなぁ」
「あー、そうですね。甚振られてるときもリムルさんほど怖くなかったですもん」
「嘘だろ」
精一杯、悪魔ぶったつもりだったんだが、どうやら赤点だったらしい。
「なんていうのかなぁ。冷徹なんだけど残忍さがないんだよなぁ。悪魔だったらもっと楽しまなくちゃ」
「楽しむかぁ……」
悪魔になって、いわゆる罪の意識というものがまるで無いのを実感したのは入学したばかりの頃。
入学式が終わって早々、血の気の多い悪魔に絡まれた。
「おいおい、どうして人間がこの学校に入学してんだ?」
「魂が人間くせぇんだよなぁ。お前本当に悪魔かよ!」
絡んでくる悪魔は大抵が低級、つまり貴族の出ではない奴だ。
高貴な悪魔はどうやらリムルの実力を察知して近づかないようにしているらしい。
「お前が売られた喧嘩だろ? 私は知らねーぞー?」
リムルはにやにやとして高みの見物と洒落こんでいるため、俺は初の実戦を行うことになった。
すると他の悪魔までもがわらわらと寄って来て、最終的には大乱闘。リムルは恐らくこうなることが分かっていたのだろう。
その結果、体育館は死地となった。いや、俺がしたんだけど。
「あの時のお前は、恰好だけは確かに悪魔だったんだけどなぁ」
「恰好だけ」
「あー、血の海になったあの場所で、返り血に塗れながら両手に悪魔の顔面を鷲掴みする姿はまさに悪鬼羅刹だったなぁ。ただ悪魔とは言えないけど」
「悪魔……」
悪鬼ではあるが、悪魔ではない。
その言葉の意味するところが、見えてこない。
「悪魔はもっとこう、軽い感じなんだよなぁ」
「でもそのおかげで入学式から番長って呼ばれるようになったんですよね」
「俺が呼ばれたことは無いけどな」
風の噂で番長と呼ばれていることを耳にしたことはあったが、実際に番長と呼ばれたことは無い。
弱小悪魔は俺に恐れ戦き、強豪悪魔はリムルを怖れる。
「まあ、魔界で過ごせば、嫌でも分かるようになるさ」
「ですねぇ。あっ、せっかくだから私が教えましょうか?」
「お前は仕返しがしたいだけだろ」
「チッ……なんてね」
ここは魔界。隙を見せればすぐに寝首を刈取られる場所だ。