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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
5.魔人間と聖女、人間嫌いと妄想嫁
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三十六柱目 魔人間と妄想嫁

 というわけで、俺は晴れて勇者となった。


 神技を持たない者が勇者になる方法はたった一つ。圧倒的な実力を持つこと。

 比類なき実力の持ち主は基本的に自由な職業を求める。

 それがいわゆる賊だったり、革命化だったり、実力主義の組織だったりする。


 圧倒的な実力は、時に勇者の神技にも勝るということを証明すれば、正教も勇者を認めざるを得ないのだというから、俺は存分に力を見せ付けた。

 現役勇者を圧倒する実力者がせっかく勇者を志願しているのだ。敵に回らないうちに抱え込んでおきたいだろう。

 逆に言えば、それほどのレベルでなければ実力だけで勇者となるのはかなり難しい。

 そういう勇者が少なくとも居るということは、その分ハードルも高まるからだ。

 例え努力の化物として異常な才を発揮する雅義ですら、時を経るごとに更新されるハードルには届かなかった。


「これで納得してもらえたか?」

「ぐっ、ぎぃ……」


 そして今、俺は多くの勇者を圧倒している。正確に言えば勇者見習いだが。

 魔物や悪魔を倒す一流の勇者を育てるための一流の学校が、聖都にある此処だというのだが。

 まあ当然というか、現役の勇者のような実力の持ち主はいない。

 というより現役勇者が言うほど強くない。


「人間、大丈夫なのか……?」


 これで邪教と戦おうというのは、ちょっと無謀だ。

 まだ神技も使われて無いし、聖女のアシストもないから、これらが重なるとまた違う状況になるのかもしれないが、それにしたって技にキレがなさすぎる。魔界の蠅が止まるレベル。


「ぐっ、神技を使えばお前なんぞ……」

「それ魔界でも同じこと言えんの?」


 魔界の学校……あれを学校と呼んでいいのか分からないが、あそこの奴らは本当に容赦が無い。

 落とし穴にマグマスライムを仕込まれれば、神技なんて言ってられない。俺もオークとやり合った時に引っかかった。アレは痛い。


「じゃあそろそろお昼なんで」

「凄いね、君の実力は」


 振り返ると、そこには美少年がいた。

 エルフかと思うほどの綺麗で上品な金髪。エリザが金塊の山なら、彼は夕焼けのよう。

 青眼はアクアマリンのような明るさと鮮やかさを持つ。

 そして敵意のない無警戒な、しかも人懐っこい雰囲気のイケメン。

 これがリステアの言っていた勇者の一人。


「もしかして、お前がアダマスか」

「嬉しいな。君みたいな実力者に僕のことを知ってもらえているなんて」


 俺のリステアに声をかけた不埒者の名だ。一度聞いたらまず忘れない。

 勿論、もう一人の危険人物のこともな。


「入ったばかりで色々と分からないことも多いだろうから、ついでに一緒にお昼でもと思ったんだけど、どうかな?」

「それはどうも」


 アダマスに誘われ、中庭を後にして食堂へと向かう。

 道中、あれこれとアダマスがこの施設についてのことを話している。


「男性寮は西側の建物、東は女性寮だからあまり立ち入らない方がいいよ」

「それはどうも」

「それにしても、随分と強いんだね。その実力なら間違いなく格の高い勇者になれる」

「それはどうも……」

「格というのは、勇者に与えられる称号のことだよ」


 なにやら親切にも説明してくれているようだが、興味が無いので全く頭に入ってこない。

 昔なら人付き合い良くしようと愛想笑いの一つも浮かべていたものだが、悪魔での生活ですっかりそういった所作が抜け落ちたらしい。


「私たちのおかげだな。感謝していいぞ?」


 俺の中の悪魔は相変わらず気ままだ。自分達を殺そうという奴らがウヨウヨしてるというのに。


 食堂でミノ丼と呼ばれる牛丼を食いながら、今度は質問を浴びせられる。


「君の出身はどこなんだい?」

「地方の山奥の村だ。名を上げて村に援助してもらう」

「そこは正教のところ?」

「異教だが、正教にはくだってる……まあ行き来が難しいから、こっちに住んでもいいと思ってる」


 別に嘘は言ってない。魔界なんてここから見たら地方と呼べるほど遠いし、<黒の太陽>は山奥まで追いやられているし。


「そういえば、そろそろ聖女との見合いがあるんだ。そこで存分に力を見せ付ければ評判は上がると思うよ」

「見合い?」

「パートナーを決めるための顔合わせというか。勇者と聖女は二人で一組だからね」


 知っている。実際に戦ったこともあるからな。

 そして、知っているにもかかわらず、俺は彼に尋ねた。


「アダマスはもう決まってるのか?」

「うん。クリスティア・ミステアという聖女だよ。彼女はきっと凄い力を持っているような気がする」


 リステア曰く、彼は目が良い。

 なるほど、俺の嫁に目をつけるのだから、見る目はあるのだろう。

 だがリステアは俺の嫁、寝取らせるわけにはいかない。悪く思わないでくれ。


「……例えば、もう決まってる聖女が他の勇者の聖女になりたいと言い出したら、どうなる?」

「基本的には聖女にはあまり決定権がないんだ。決定権は実力や成績の良い勇者に優先されるから。一応は聖女自信の意思も考慮されるけど、最終的には成績や実力を比較して、優秀なほうとペアになるよ」

「なるほど」


 となれば、俺はこいつを実力でなんとかしなければならない。

 対人への神技の使用は禁止されているから、俺が大ダメージを受けることはない。

 つまり、今回は俺が圧倒的に有利。とりあえずは。


「つまり、俺がお前に勝てば、リステアを取り戻せる。そういうことだな」

「リステア? 取り戻すって何を……」

「お前には悪いが、聖女は返してもらう」

「えっと、なんだかよく分からないけど、リステアとは縁があったってことかな。分かったよ」


 分かられてしまった。なんだこの物分りの良すぎる好少年は。


「でも、僕も全力を尽くすよ。彼女は僕にとっても必要だからね」

「うぐっ……」


 勇者に相応しい無垢で無邪気な笑みが、閃光となって俺の欲望一色の心をぶち抜いていく。

 やばいぞここ。聖人しかいない。魔界で欲に塗れた俺にはちょっとまぶしすぎる。


「しっかりしろレクト! 傷は浅いぞ!」

「胸が苦しい。これってもしかして……恋?」

「レクトぉ!?」


 心境で倒れる俺をリムルが抱き起こす。

 その隣では味と満腹にご満悦なガルゥと読書に耽るブッキー。


「あー美味しかった! でもこのミノ丼脂っこいよ」

「胸焼けか」


 休憩が終わり、その後の授業も適当にこなして、夜はリステアに会いに行く。

 そんな生活が数日続いた。

 リステアと会える時間は短いが、なんかロミオとジュリエットのようで、それはそれ悪い気はしない。


「今日もお疲れ様でした、レクト」


 そして今日もリステアの部屋。柔らかいベッドに並んで座る。


「魔界育ちだから、ホーリーアイテムだらけの環境は辛すぎる」

「すいません。私が聖女でなければこんなことには……」

「いや、それはしょうがない。むしろ聖女だったから探しやすかったとも言える……でも本当に良かった」


 リステアと二人、同じ方向を向いている。

 前世の頃は、常に目の前にはパソコンがあった。

 この世界には、当然ながらそういうものはない。が、西の海を越えたところにあるらしい。

 ここはファンタジー色強めの地域だが、東には純和風の国があり、北にはファンタジー通り越してメルヘンな氷の国があるという。


 西の国に神はなく、人の上に人を作り、人命は何よりも尊く、人権は何よりも重んじられる。

 故に神はその地に落ち、石で出来た密林を築き、人類は王となる。


 氷の国は女王が統べる。絶対零度の絶対王政。

 氷の魔法を振るう魔女は、外なる者に容赦なく、内なる者にもまた厳格である。


 東の国は武人が統べる。烈火の如き武技の極地。

 そこに男女の差はなく、力が全ての弱肉強食、その法理をもって平等を謳う地。


 リステアが聖女の友人から聞いたのはそんな感じだったと言っていた。

 出発地点から考えて、聖女で本当に良かった。東の巫女とかになられたら大分困ってた。


「レクト、全てが終わったら、その後はどうしますか?」

「うん? もちろん隠居生活だ。前世となんら変わらない。労働なんて真っ平ご免だしな……リステア?」


 リステアは神妙な面持ちでこちらを見ていた。綺麗だ。

 やはりリステアの可憐さと美麗さに勝る物無し。今までサキュバスや淫婦に屈することなく貞操を守り続けてよかった。


「レクト、私のために、様々な誘惑や苦労に耐え、ここまで迎えに来てくださったことは嬉しく思います。感謝の言葉もありません」

「リステアが傍に居ないことほど辛いことはなかったな」

「だからこそ、私は貴方に言わねばなりません」


 なんだろう。今更になって愛の告白だろうか。それなら俺の方から言いたかったのだが。


「レクト、もう私のために我慢するのをやめてください」

「……我慢? 俺が? リステアのために?」


 やはりリステアは俺の妄想から脱してしまったから、独自の思考をしているのだろう。

 と、思いたかった。

 だが、今までの道のりの中で、もしリステアとコミュニケーションだけは取れる状況だったらと思うと、その言葉は言いそうであったし、俺が言わせそうな気もした。


「レクトは私に会うために、私を妄想することまで我慢しています。それはさぞ辛かったことでしょう」

「いや、リステア、俺は……」

「この世界に来て、私に会うまでに様々な出会いと、機会に恵まれたはずです。特に、その、女性関係とか」

「ちょっと待ってくれ。それはただの俺の自己満足で、別にそうしたいとは……」


 思っていない。思っていないはずだ。

 確かに性欲はあるし、肉欲に流されそうになった時もある。フェチシアの時とか。

 でもそれを拒絶したのは、リステアのためとはいえ、それをリステアが望んだわけではない。

 俺の自己満足にリステアが気を使う必要なんてない。


「それに性病とか怖いし」

「魔女や密教はともかく、サキュバスなら問題なかったはずです」

「それは……でもどうしてそんなことを」

「当然でしょう。私は幼少の頃から貴方を愛し、夢も希望もない世界で癒し続けたのです。それが、せっかくこんなにも恵まれた世界に生まれてなお、私の愛だけに執着するなんて無理をして……」


 俺は何も言えなかった。

 リステアは本当に俺のことを案じている。それは真剣な眼差しから分かるし、疑う余地もない。

 だが、無理をしているだなんて思われているのはちょっと納得がいかない。


「俺は純粋にしたいことをしてる。無理なんてしてないぞ」

「無理をしています。レクト、ここは前のような灰色の世界ではありません。絵の具を塗りたくっただけの世界ではないのです。ですから、私のために、私以外のことを我慢しなくてもいいのです」


 ああ、そういうことか。なんということだ。

 俺は愛欲の赴くまま、リステアを愛し、それを行動で示していた。そのつもりだった。


「私は貴方を愛するために、貴方に愛されるためにあります。それは貴方を縛るためではない」

「なら、そこまで言うんだったら……」


 だが、本当にそれでいいのか。

 俺はそれでいいのか。リステアはそれでいいのか。


「レクト、貴方にはもう様々な欲を満たすための力があります。私のためにそれを犠牲にしないでください。貴方の愛を、貴方の欲を否定する理由に、しないでください。それが貴方を愛する私が出来る、貴方への最大の愛情表現となります」

「俺は……愛欲の大罪。愛欲の徒だ。リステアを愛する、リステアに愛される、それ以外いらないはず……」


 しかしリステアは首を横に振る。


「いえ、違います。貴方は一番欲したのは私との愛。ですが、それ以外が要らないなどと言うことはなかった」


 さすがは俺の嫁だ。もはや取り繕うことも、偽ることも諦めさせられた。

 全部お見通しなんだな。


「じゃあ、リステアは俺についてきてくれるのか?」

「はい、愛していますから」

「結果的に失敗して、友人まで敵になっても?」

「ええ、愛されていますから」

「俺が挫折して、情けなくても?」

「勿論、それを癒すのが私の役目でしょう?」


 ああ、なんて、なんて愛しい、なんて心地よい。

 これほど頼っていいだなんて、これほど愛されるなんて。

 きっと俺は世界で一番の幸せ者に違いない。


「何があっても俺を愛して、俺に愛させてくれるのか」

「当然です。私は貴方の妄想嫁です。元より貴方の居る場所にしか私は居られませんよ」


 ふと、手に暖かいものが触れる。

 見ると、俺の右手はリステアの手に包まれていた。


「分かりますか、レクト。私はもう此処に居ます。貴方レクトとは違うけれど、現実レクトと同じように、一人の存在としてここに」


 俺は言葉に詰まりながらも頷いた。

 分かるとも。この温もり、柔らかさはまさに現実のものだ。

 自らで必死に創り上げた妄想とは異なる、直に体に伝わってくる感触、存在感。

 夢幻にしては出来すぎなくらいで、疑いようもない。


「もう前の世界とは違います。一緒に生き、戦い、抗い、謳い、泣き、笑い……だから心配はいりません。前世まえのように、一人で戦わせはしませんから」

「……まったく、頼もしいな、ほんと」


 前世の頃は敵ばかり。しかしあまりに平凡で、だからこそ生き辛い。

 そんな世界を、幸福と呼ぶ空想もあっただろうか。さあ、どうだか。


「共に行きましょう、レクト」


 両手をこちらに差し出すリステアに、俺は前世の頃からの行いに応える。

 柔らかで、暖かで、心地よくて、優しい香りで。


 妄想の時とは違い、やはり少し小さい。

 それでもいい。愛しい人と抱き合えるのは最高の至福だ。

 この幸福感が体中を満たし、頭の奥からじんわりと拡がる甘い痺れ。


「ああ、良かった。妄想でなくなってもこれは変わらないんだな」

「当然です。むしろもっと良いはずです」


 耳に馴染む静かな、だけど強かな声が耳元で鳴る。

 ああ、俺の二度目の人生は、この瞬間のためにあったのだろう。


 俺の欲しいものは満たされた。

 後はこの幸せを永遠にするために、成すべきことを成すだけだ。

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