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二柱目 ゴブリンでも分かる魔界の常識・非常識

「ということで、生まれ変わったばかりの魔人間であるお前には、私が直々にこの魔界での常識を教授してやる! 感謝しろよ!」

「その前に、質問いいか?」


 俺はリムルに学校によくある椅子に座らされていた。目の前には辞典みたいな分厚さの冊子が置かれている。

 リリルカ・リムル先生は伊達眼鏡をかけて小悪魔的微笑を浮かべ、勝気な口元からチラリと八重歯を覗かせる。

 幼女教師は伊達眼鏡を指でくいっと上げ、見事になりきっている。可愛い。


「なんだよ」

「ここまでお前とダクネシア以外の人間……じゃなくて悪魔に遭遇してないんだけど、他の悪魔とか居ないの? 今日は日曜日だっけ?」

「そりゃ、ここには私と魔王様しかいないからな」

「えっ」


 なんだその少数精鋭通り越してたった二柱の伝説の悪魔みたいな、その、アレは。

 ということは、悪魔は俺を含めて三人しかいないってことか。この城に。


「そういうことになるな」

「なんで心読んだの」


 油断するとすぐ心読むんだからこの子は。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題なのは、俺がリステアに会うための作戦メンバーがまさか三人しかいないということだ。大問題だぞこれは。人材がたりなすぎてブラックなにおいがする。


「まあ話すと長くなるんだが……」

「短くまとめて」

「闇黒魔王ことダクネシア様はいかんせん強すぎてな。部下を持つ必要が無いから解散したらしい」

「えぇ……」

「強いことは強いんだが、人件費が払えないからなぁ」

 

 人件費が払えない……ブラック企業だ。ブラック企業に違いない。

 俺はとんでもないところに就職してしまったらしい。

 しかし、リステアの実体化という報酬の前には、たとえブラック企業だったとしても身を投じなければならない。


「じゃあよろしくリムル」

「先生と呼べ!」

「はい先生」


 満足そう……を通り越して、自身を抱き締め快感に打ち震えるリムル。

 ダクネシアから聞いた話だと、リムルは俺と真逆でかなりの人間好きらしい。

 俺は元人間で純粋ではない魔人間だが、それでもいいのだろうか。


「よし、では始めるぞ」


 学校の教室そのものであるこの一室、リムルは黒板にでかでかと文字を書き始めた。


「はい、これなんて読む?」

「力……って、なんで読めるんだ?」

「そりゃお前の体はそういう風に造られてるからな」


 ざっくりどころかばっさりとした説明で疑問を解決させられた。

 そんなことは些事だといわんばかりに、リムルは語り始める。


「いいか? この魔界では力こそが全て! どんな意見も意思も、力なくしては何の意味もないっ!」

「なんか、イメージ通りだな」

「まあ力って言っても色々ある。腕力や魔力、超能力や特殊能力。火力や風力、気力に武力と、それぞれのジャンルにそれぞれの頂点、いわゆる魔王がいる。ちなみにダクネシア様は闇力だ」


 闇黒力あんこくりょく

 随分とまあ適当に作った感があるな。


「それって強いのか?」

「そりゃ強い。闇黒の性質は吸収、もしくは支配だ。この力を前にしたら、神の力でもなければ抗えない」


 とてつもなく強いらしいが、いまいちイメージが出来ない。

 吸収や支配というのがそういうものなのか、もう少し詳しい説明が欲しい。

 などと思っていると、リムルは得意げにペラペラと喋りだした。


「神の力は唯一闇黒力に反発するけど、それ以外なら全部の力を自分のモノに出来るんだぞ。変幻自在のスライムの性質も、魔道を究めた魔女の魔法だって吸収して自分のモノに出来る」

「コピー能力かな?」

「ダクネシア様は児戯のようなものだって言ってるけど、言ってしまえば神以外が相手なら基本負けないってことだからな」


 俺はそんなとんでもない奴にわざわざ異世界から雇われたのか。

 そこまで力があるなら自分でやればいいのに、なんで俺なんかに頼んだのだろうか。


「でもダクネシア様は純粋な力もとてもお強いぞ。腕力は鬼神にだって負けないし、闇黒そのものだって使い方私大で相手を跡形も無く消し飛ばすことが出来る。ダクネシア様もう最高かっこいい!」

「リムルはダクネシア大好きだなぁ」

「さんを付けろ! っと、ダクネシア様の魅力はまた今度な。今は魔界の常識をお前に叩き込まないと」


 気付いたリムルは自制して話を戻す。

 

「でも力が全てなら、もう魔界の常識編はこれで終わりだろ」

「いやいや、力が全てだからこそ覚えておかないといけない法とかがあるんだよ。机の上にテキストがあるだろ。開いて」


 本に見せかけた鈍器なのではないかと邪推させる代物を開く。


「ふむ……法典?」

「魔界って言っても広いし、地区ごとに治めている魔王も違うからな。もちろん法律も変わってくる。力があれば問題ないけど、今のお前に魔王クラスと戦う力は無いからな」


 なるほど、と法典に書いてあることを流し読みする。

 ほとんどが力を大前提とした取り決めであり、取り締まる者に勝れば許されるという物だった。


「まあ原則として領主に実害が及武でもない限り、律儀に取り締まる悪魔も居ない。ばれないように隠れてやれば、基本的になにやってもいいんだ」

「へぇ。それはそれは悪い輩だな。悪魔らしい」


 しかし取り決めを見ていくと、やたらと人間と言う言葉が目に付く。


「気が付いたみたいだな」

「人間が随分と粗雑に、丁重に扱われているな」


 魔界では人間が家畜として扱われている。純粋な家畜として。

 法典に書かれている人間の扱われ方は数少ないものの、しかしどれもが過激だ。


「基本的に食肉加工かぁ」

「悪魔が食べるのは人間の魂から抽出される感情だ。魔人間なら食えるかもなぁ。ただ……」


 魔人間。悪魔でも魔物でもない魔人という存在。

 それがこの世界にとって非常識な存在であることはよく分かった。

 そして何より、こんな悪魔共と人間で友好関係を築けるとは思えない。


「これ無理なのでは」

「心配するなって。そのあたりはダクネシア様が考えてくれる。私たちはダクネシア様の駒として忠実に任務を遂行していけばいいのさ」

「じゃあ別に俺でなくても良かったのでは……ああ、そういうことか」


 俺がこっちに来ることで、人間側にリステアが出現することを見越していたのだろう。

 魔界側の俺と人間側のリステア。対極の立場に居ながらも惹かれあう二人を、友好関係を築くための鍵にしようといったところか。


「で、ダクネシア様にとって大切な鍵であるお前には、ぜひとも魔界最強になってもらいたい。というかなってもらわないと困る」

「ええ……」


 いや理屈としては分かる。

 力が全ての魔界なら、魔界の悪魔たちを納得させる最も手っ取り早い方法は力で捻じ伏せることだからな。


「実力行使はダクネシアがやればいいんじゃないのかよ」

「よく分からないけど、ダクネシア様は他のことで忙しいらしいぞ」


 他のことってなにやってんだ。

 まあいい。リステアに会えるなら俺はなんだってやるさ。


「要するに、強くなればいいんだろ?」

「おっ、やる気になってきたな! それじゃあ私が特別な稽古をつけてやるからな!」


 やる気に鼻を鳴らすリムルは、まるで遊園地に連れて行ってもらえることになった子供のようだ。

 ちょっと興奮しすぎではないか。


「お、お手柔らかに……」

「なぁに。ダクネシア様が造った体だし、多少無茶したって大丈夫だって!」

「そういうもんかねぇ?」

「そうそう。2、3回死んでも大丈夫だって!」


 この悪魔幼女とんでもないこと言ってのけたな。

 ちょっと先行き不安になってきた。


「ということで、お互い頑張ろうな。相棒?」


 リムルの笑顔はやはり小悪魔のようで、小悪魔だった。




 さて、この魔界で注目するべき常識は以下の通り。


 ひとつは、力こそが絶対の理であること。

 どんな理不尽も、あらゆる立場も、いかなる問題も力でひっくり返り、解決する。

 許しを乞うのではなく、許しを乞われる側になる。それが魔界での常識であり、弱肉強食である。


 ひとつは人間への扱いは冷酷に、残虐に。

 人間は複雑な思考と感情を有する生き物であり、それが恐怖に染まった時、その血肉は甘美なものになるという。

 だから人間への扱いはただの家畜と比べるべくも無いほどに酷く、容赦が無い。

 魔人間である俺に対する風当たりは相当強いものになると予想される。


 また、悪魔は他人を助けるということをしない。

 基本的に、何かがもがき苦しんでいるのを鑑賞するのがメジャーな娯楽であり、悪魔の価値観は大体そういうものらしい。


「だから人間の頃みたいに人に親切にしたりとかするんじゃないぞ。学校でも教科書貸さないで笑ってやるといいぞ」

「生憎と俺はそんな親切な人間じゃない。リステア以外に優しくするつもりはない」

「へぇ」


 そう、俺にそんな情はなかった。

 まだ人間を嫌いになる前は……まだリステアもいなかった頃は、俺も人並みに、人に優しくしたことがあったのかもしれない。


「なんだどうしたレクト。浮かない顔して」

「いや……なんか複雑な気分だ。人間嫌いの俺が人間との友好の架け橋になろうだなんて」

「あー、なるほどなるほど……はっ?」


 驚愕しているのか、リムルは唖然とした顔をしていた。


「えっ、うっそだろお前。なんで元人間なのに人間嫌いなんだよ。同族嫌悪か?」

「人間が好きな人間のほうが珍しいと思うけどな」

「えぇ……じゃあ、人間じゃなくなったことへの後悔とか無いのか!?」

「いや別に」


 本当に信じられないという風にリムルは見てくる。

 悪魔から見てこういう人間は珍しいのだろうか。もしくはこの世界ではよほど人間賛歌が盛んなのか。


「リムル?」

「…………」


 よほどショックだったのか、リムルはがたがたと体を震わせている。


「あーっと」


 こういう時は同情するのではなく笑ってやるといいんだったか。


「はっはっは」

「何笑ってんだテメェ」

「えぇ……」


 ものすごい睨まれてる。まだ訓練の一つもしてないのにいきなり実践か?


「えっと、なんだ。気を落とすなよ」

「もういい」


 リムルは駆け出して教室を去ってしまった。

 俺は置き去りにされたまま、どうすればいいのかも分からない。


 と思っていたら、再びリムルが何かを山のように持ってきた。

 乱暴に置くかと思えば、大切なものを扱うようにそっと俺の机に積んだ。


「本……マンガ?」

「この世界で人気のマンガだ」


 この世界にもマンガがあるのか。しかしどうして今ここに持ってきたのか。

 学校にマンガは持ち込んではいけない物の一つでは……あっ、それは人間の常識か。


「魔界の常識は、さっき話したので概ね全部だ」

「そうなの? じゃあ今日の授業はこれで……」

「こっからは人間の素晴らしさについてだ」

「えっ?」


 聞き間違いかと思ったが、詰まれたマンガを見るに、どうやら人間が主人公の作品のようだった。


「人間ってのがどれほどイカしてる存在か、お前にみっちり叩き込んでやるからな!」

「なんで悪魔が人間賛美してんの」


 どうやらリムルは人間のことが大好きな、非常識な悪魔だったらしい。




 教卓の上に座って、ニヤニヤとしながらこちらを見ているリムル。

 なるほど、こういう系統が好みなのか。


「……割と面白い」

「だろ? この作者はいい感じに反社会的なんだよ。特にその本は私のお気に入りだ」


 リムルの紹介するマンガは全てがいわゆる大きな勢力に立ち向かう系のマンガだった。

 それは例えば神に対する反逆であったり、周囲の反対を押し切って駆け落ちする話だったり、村の古い習慣に囚われている娘を救い出すようなものだったり。


 ちなみに今読んでいるのは、一人の少年と悪魔の少女が世界と戦う物語。

 少年と少女は恋に落ちたが、身分の違いから結ばれない運命にあった。

 少女は自分の屋敷の奥深くに眠る魔本を見つけ出し、魂を対価に魔本と契約し、悪魔となる。

 悪魔となった少女は少年と共に魔界へと逃避行。しかしそこでの生活も上手くいかない。

 そこで魔本は人間界を支配し、人間を贄に捧げることで少女の魂を対価の代わりにしてやると提案する。

 人間界を支配することは他の悪魔のメリットとにもなるため、たくさんの協力者を得ることに成功し、やがて……


「悪魔の癖にハッピーエンド作品ばっかり集めてるんだな」

「んだよ、悪いか!?」

「いや、俺は好きだけど……でもこれで人間好きになれってのは無茶だろ」

「なんでだよ」


 これらの作品は主人公が偶然にも特別だったというだけの話。

 人間という種族の中で言えばむしろ希少レア特異性イレギュラーな存在としてみるべきだ。


「だって、この主人公とかは大概が特別な存在だろ。人間って種族で言うなら、これの神の信徒とか、あれの村人とか多数派のことを言うだろ」

「……お前までそんなことを」


 リムルは呆れた顔で溜息を吐く。

 どうやら俺以外の誰かにも同じようなことを言われたらしい。


「此処に出てくる奴等は人でなしだからいいんだよ」


 またすごい理屈が飛び出してきたな。


「人でなしって」

「主人公が自分のやりたい放題やってるから、これは悪魔的に神作なんだよ」

「悪魔的に神作」


 とはいえリムルの言うことも分からないでもない。

 力が全てである悪魔の常識に則れば、最終的に成功した主人公こそがもっとも人間らしく、それ以外は人間と言う種族の面汚し、つまり雑魚であるという解釈が出来る。

 リムルからしてみれば、自分の願望や欲望を貫いている主人公という存在は、まさに悪魔好みの存在だというわけだ。


「最近流行なのは神をぶっ飛ばす奴だな。悪魔的にいいぞ」

「流行……ってことは、人間に良い印象を持つ悪魔も居るってことか?」

「そんなに多くは無いけど、比較的若い悪魔に多いな。ただ若い悪魔ってのは弱いからなぁ。私みたいなのは例外だがな」

「ふーん」


 なるほど、少数派とはいえ人間に好印象を抱く悪魔も居るというわけか。

 仲間……人間好きの悪魔を味方につければ、人間と友好を結ぶのに使えそうだな。


「でも、仲間は多いほうがいいよな?」

「まあな、でも探すの大変だぞ? 人間好きな悪魔なんて大きな声で言えるわけないし」

「そこは問題ない。力があればいいんだろ?」


 拳をチラつかせると、リムルはニヤリと笑って応えた。


「そういうことだ。理解できたみたいだな」


 リムルがマンガを置いて、教卓から降りる。


「じゃあこれで座学はおしまい。次はいよいよ戦闘訓練だ。ビシバシ行くからな!」


 こうして俺は入学までの間、リムルによる英才教育によって、悪魔のなんたるかを叩き込まれたのであった。

 ちなみに、3年かかった。

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