三十柱目 気高き女戦士/大福商人
「いやぁ、助かりましたぁ」
目の前の小太りおっさんは汗を拭きながら俺に四度目の礼をくれた。
俺の馬車より遥かに豪華で中が広々としている。
俺たちのレンタル馬車が軽自動車なら、彼の馬車はリムジンだ。
「いやぁ、本当に、本当にありがとうございました。いやぁ、まさかレディファーストに襲われるだなんて」
「レディファースト……」
レディファースト、女性優位、女尊男卑を掲げる団体と聞いたことがある。
「いやぁ参りました。女尊男卑なんてまったく、邪教徒の考えそうなことですなぁ」
「申し訳ない。俺は田舎出身なもので、良ければそのレディファーストについて教えていただけませんか」
「いやぁ、それは構いませんが……しかし、間違っても彼女等に迎えてもらおうなどと考えてはいけませんぞ?」
「……? ええ、それはもちろん」
偶然出会ったこの大商人に恩を着せられたのは美味い。
情報も収集できる。資本主義の犬は好きではないが、まあホワイト企業かもしれないし。
「では、レディファーストというのは……」
「あ、すいません。ちょっと邪魔が入ったみたいなんで」
俺は外から向けられた異様な気配を感じ取り、馬車から飛び降りる。
「えっ、邪魔って……いやぁちょっと!?」
商人の馬車が遠ざかり、後続の俺の馬車が傍に止まる。
「あれ、レクトさん? どうしたんですか急に」
「お前は守備だ、二人を守れ。俺は攻撃、あいつらを狩る。はい、配置について」
「うえっ!? ちょ、なにがなんだか、いきなりすぎて……」
「そうだよ上だよ。判ってるじゃないか」
見上げると、三羽の飛竜が囲うように落ちて来た。
岩のような色と、滑らかな表面の鱗。そして腕の代わりに両サイドに伸びる大翼。
「さっきも見たが、これがあの飛竜ってやつかぁ」
「なるほど、我々の邪魔をしたのはお前か」
そしてワイバーンの背から降り立ったのは、褐色の肌に、燃え盛る紅蓮にも似た色の髪を持つ女戦士。
茶色の革で出来た胸当て、パンツの服一式、上から獣の毛皮を貼り付けているのは防寒対策だろうか。
腰の刀は肉厚で幅広。背負った弓矢は大きく、見るからに頑強。
女性らしいスタイルでありながら、乙女とは縁遠いはずの割れた腹筋。そして名馬にも劣らぬ逞しい脚部。
俺たちを取り囲む三人の女性は、その誰もが美しさより逞しさのほうが際立つ者たちだった。
「汚らわしく矮小で醜悪なオスザルどもめ。肥え太った豚の腸に肉を詰めて、弱き者たちに振り撒く使命を」
「えっ、なにコイツら怖い……人間ウィンナーをばら撒くなんてどんな猟奇だよ」
どうやらレディファーストというのはとんでもヤバイ団体らしい。
ふとリムルが語りかけてくる。
「あれが他所の下っ端だぞ。どうする? 宗教バトルする?」
「宗教バトルってなんだよ」
そう、あれがダクネシアが言っていた、悪魔でいうところの別の派閥。
いずれ敵対するであろうと言われた、三つの勢力の一つ。異教徒。
つまり、人間と友好を築こうとするダクネシアと対立する存在だ。
異教と一口に言っても、その派閥は多岐にわたる。
あるいは神を天上の座から引き摺り下ろし、傲慢をもって自らが成り代わらんと。
暴食をもって人間全てを食い物にしようと。
憤怒をもって人間ではなく魔物を蔓延らせようと。
怠惰をもって人間を支配しようと。
それら様々な人間への脅威として存在している。
しかしダクネシアはそれらとは逆に、守護と共存を目的としている。
人間という種族を認め、生き方を尊重し、その上で相手に自らを受け容れ、赦して貰おうとしている。
支配しようと言う傲慢でもなく、食い物にしようという暴食でもない。
まして、殺戮の元に血の海を作り出そうとする憤怒ですらない。
ダクネシアは悪魔でありながら、どの大罪にもカテゴリ分けが出来ない。未だに本当の目的が見えてこないのは、はっきり言って気持ち悪い。
だが、そんなことは俺には関係ない。
俺の愛欲のように、八つ目の大罪があるのかもしれない。それがなんであれ、俺は俺の目的を果たすだけだからそこは別にいい。
話が逸れた。つまりこの肉食系褐色女戦士は、レディファーストという異教の差し金というわけだ。
あまりいたずらに人間を襲われると、同じ異教で括られてこっちの評判にも影響してくる。
「初めましてお嬢様方。我らは<黒の太陽>。そちらに手を出したことにはお詫び申し上げる。真に申し訳ない」
「黒の太陽というと……お前は、あの魔神を祀る異教徒か」
「我はレクト。偉大なる彼の魔神に創られし者にして、使いである。そしてこれがその証」
黒曜石の鏡を取り出し、それを見せ付けるように掲げる。
黒い鏡面からは煙が吐き出されている。その煙は触れるだけで人を狂わす猛毒だ。
「俺たちは人間と友好を築くためにここに来た。だからお前たちに人間を殺されると困るので、やめて欲しい」
「お前のことなど知ったことか! 女なら話を聞いてやろうという気もあったが、お前は間違いなく男だな。悪いが男は問答無用で子種貯蔵庫行きなんだ。大人しく攫われてもらおう」
「えっ、なにそれやらし……うおっ!?」
なんの躊躇いもなく放たれた矢を間一髪で身を逸らして回避する。通り過ぎた矢は馬車の車と馬を繋ぐ紐を断ち切り、馬は驚いて走り去ってしまった。
「この野郎、人の馬車をよくもっ!」
「お前はもう逃げられない。そっちのガキともども、仲良く私たちの子孫繁栄の糧にしてやる」
三人のアマゾネスのうち、二人が刀剣を手に飛び掛ってきた。
隙を窺おうという気すらないがっつき具合で迫り来るアマゾネスの太刀を黒曜石の手鏡で受け止める。
「逆レイプも嫌いじゃないが、残念ながら今は貞操を奪われるわけにはいかない」
もう一人が懐にもぐりこみ、剣で胴を叩き切ろうとしてきたのを、俺は即座に自らの剣を抜いてそれを受け止める。
二人のアマゾネスは左右に分かれるように跳び退り、その隙間を縫うように矢が飛び込んでくる。
黒曜石の手鏡を手放し、その矢を紙一重で掴み止める。
「良い連携……」
左右に跳び退った二人は、左右から更に斬撃を繰り出す。
「良い練武だ」
前後から迫る刃を伏せて回避、俺の頭上で刃が重なる音が響く。
手を伸ばし、左の奴の手首を掴むと同時に右の奴を蹴飛ばす。
左の奴を強引に引き寄せ、首に腕をまわし、羽交い絞めにして弓矢の方に向ける。
「やめろ! 離せこの変態っ! オスザル!」
「さて、どうする?」
「……チッ」
仲間を盾にされて、さすがに攻撃は出来ないらしい。
弓兵どころか、もう一人のアマゾネスも動きを止めた。
「どうするよ。出来ればここは見逃してもらえるとありがたい」
「馬鹿な。私たちが低俗な男相手に屈するなど……」
「見た感じ、限定的だがあんたらも人間嫌いな人種だろ? 同好の士ってことで一つ頼むよ。あとでちゃんと挨拶に行くからさ」
腕が首に回されているため息がしづらいのだろう、腕の中のアマゾネスは懸命にもがいているものの、徐々に力が尽きはじめている。
三人で勝てなかった相手に、二人で挑んだところで勝てるはずもない。
彼女らは随分と男を軽蔑しているようだし、その辺りからアプローチしてみると良さそうだ。
「それとも、男臭い決死の覚悟で挑んでみるか?」
俺の問いかけに、彼女らは長い沈黙を続けた。
その間も腕の中の彼女だけはもがき、体力を消耗し続けている。
もはや些細な抵抗さえも出来なくなってきたところで、遂にアマゾネスは首を縦に振った。
「いいだろう。今回だけは、見逃してやる」
この期に及んで見逃してやるという文句が出てくるところがとても傲慢で良い。レディファーストという名に恥じない振る舞いだ。
「だから仲間をさっさと離せ。変態野郎」
「はいはい、お嬢様の慈悲に感謝いたします」
俺は抱いていたアマゾネスを離してやると、こちらを睨みつけたあとに仲間と合流した。
「この辱めの借りは必ず返すからな!」
「んな大袈裟な」
いや、男に人質にされたことがそれほど屈辱だったのか。プライドが高すぎる。
なんかあれだな、オークとかにすぐ負けそう。
「おいお前、何かすごく失礼なことを考えてないか?」
「最近は人間も心の中を読めるのか……」
「まったく、これだから男は油断ならん。貴様本当に覚悟しておけよ。必ず社会復帰できないくらいに辱めて獣の如く調教した後に、たんと可愛がってやる」
惜しいな。本当に口惜しい。リステアのことがなければ本当に誘いに乗っていたところだ。
いや、ここはリステアの存在に感謝すべきなのだろうが、やはり雄の性には逆らえないのか。
そこまで考えて、俺は重大な過失をしてしまっていることに気付いた。
「なるほど、レクトはそういう趣味なのね……割とマゾっ気があるのね」
しばらく出番がなかったため、意識の奥に影を潜めていたフェチシアが反応している。
余計な情報を与えてしまった。絶対そういう趣向で攻めてくるだろうから、以後は一層気を引き締めなければならなくなった。
俺は三人の逞しくも色気のある肉体の持ち主三人を睨みつけた。
「クッソ、お前ら覚えてろよ!」
「なんだいきなり!?」
思わぬ形でダメージを与えられた俺は、三人が見えなくなるまで見送った。
「さて、どうするか……」
改めて馬車を見る。馬が居ない。
申し訳なさそうにしている雅義だが、アトラとシロを守るように指示したのは俺だ。気にすることもないのに。
「す、すいません」
「いや、お前はきちんと役目を果たした。褒められこそすれ、謝る必要なんてない」
だが現状はヤバイ。この荷物搭載の荷車をどうしたものか。
「まあ俺が馬の代わりをすればいいんだが」
切れた紐を握り締め、力を込めて引っ張れば簡単に動き出す。
だがそれは目立つ。すごく目立つ。
今のところはあまり目立ちたくない。少なくともリステアに出会うまでは目立ちたくないところだが……
「仕方ないか。せめて次の町が見えるところまでは俺が引っ張る」
「えっ、引っ張る? レクトさん、一体何を……」
「大丈夫ですよ雅義くん。レクト様ならこれくらいは軽いものですから。ねっ、シロ?」
「そう、ですね……」
アトラはコミュ力が高いのですぐに雅義と打ち解けた。しかしシロは人見知りのため、常にアトラの後ろに隠れながら会話する。
シロの体調、また崩れないといいんだが。
しばらく荷車を引いて歩いていると、町よりも先に妙な軍勢と出会った。
騎兵と歩兵、馬力戦車。
まさかもう異教徒を掃滅する戦争でおっぱじめる気なのかと思ったが、その予想は一人のデブ男の登場で覆った。
俺は商人の騎兵から馬を借りて荷車を引いてもらうことにした。
「いやぁ! まさかお一人でアマゾネスを三人も撃退なさるとは、まさか高名なお方なのでしたかな?」
そして俺は再び、彼の話し相手として馬車に同乗していた。
「それにしてもこの戦力は過剰だと思うんだけど」
褐色の女戦士三人に対して、こちらは千人の軍勢。あまりにバランスが取れていない。
圧倒的火力をたった三人相手に使うなんて、コスパ悪すぎではないか。人件費とかどうなってんだ。
「いやぁ、彼らは私の私兵なのですよ。あまり散られてあちこちで死なれては、私を守る兵士が居なくなってしまいますので」
「ほう、商人にしては良心がある」
魔人間である俺にとって、もはや態度も発言も躊躇したり気を使ったりする必要はない。
大概の経営者はブラック企業という悪の組織の御大将だと思っているから、こいつもそうだとばかり。
「いやぁ、良心などありはしませんよ。必要とあらば切り捨てなければならないなら、そうしますからね。ただ人材もやはり財なので、無駄使いはせず効率的に運用するだけです」
なるほど、かなり良心的だ。
自分の欲望を最優先するのは当然だ。欲は生の原動力、必死にならねば生き永らえることすらかなわない弱肉強食の世ならともかく、平和な世界というのは欲を出さねばむしろ退屈すぎて苦痛すぎる。
無欲とはそういうものだと、俺は前の世界で痛感している。平和な世ほど、欲深でなければ生き残れない。
「それじゃあ、レディファーストについて話を聞かせていただきたい。改めまして、俺の名はレクト」
「いやぁ、そういえば私は未だに名乗っていませんでしたな。私は富沢。富沢大福と申します」
商人・富沢大福。彼は熟練のビジネスマンが如く、懐から名刺を取り出してこちらに差し出した。
レディファースト。まず彼女達のような女性優位思想が生まれたのは、ここ最近というわけではないらしい。
この国の神話、というか今の神が治めている人間が抱いている宗教というのも、どうやらかなりの派閥があるようで、レディファーストは元々その内の一派だった。
派閥によってまた教典も若干異なり、その一つに世界で最初の人間にして男女が、性交渉の末に言い争って別れたのが始まりだ
男性側は騎乗位という、女性が上に位置するプレイを嫌った。
しかし男性側は自分が満足すればそこで終わりというビックリするほど粗雑な男で、ついに愛想を尽かした女性側は楽園を出て、堕ちてたくさんの悪魔と交わった。
そこまでは割と各宗派共通だが、異なるのはこの後だ。
神は男性に新たな女性を与えたが、相変わらず男性は女性を下位に位置づけ、平等さえも嫌った。
そんな現状を知った最初の女性は、産み落とした異形や怪物を引きつれ、悪魔の夫とともに人間の男性と激しい争いを繰り広げる。
原初の女はすべての男性を下した後、女性に戦う術が記された書物を一つ残して魔界へと帰った。
それからというもの、女性は自らの力で男性を組み伏せるために戦い続けなければならない。
すべては男性からの理不尽な抑圧に抗うために……
というのが筋書きである。
「いやぁ、まったくけしからんことですな」
「だが、そのけしからん連中は割と実力派だったと」
その異教たるレディファーストの全貌はあまりはっきりとはしていない。
盗賊山賊のように通る商人やら旅人を襲っては、荷物を強奪し、たまに子供や男を攫う。
攫われた男が帰ってきたことはない。もう完全に犯罪集団だ。
「いやぁ、まったくもって厄介な相手です。攫われた男のことを思うと、本当に不憫でなりませんな」
「それで、そいつらの拠点とかはわかってないのか?」
「東の森のほうですな。いやぁ、しかしあそこはやたらと強力な魔物が生息しているので、迂闊に殲滅というのも出来ないのですな」
強力な魔物……こっちの邪教徒の山も黒いジャガーに守護されているんだったな。どことなく似ているな。
「ところで、レクトさんはなぜ旅を?」
「ああ、実は……」
俺は思わず喉から出かかった言葉を引きとめた。
よくよく考えてみたら、こいつは商人だ。場合によってはこっちと商売敵の関係になるかもしれない。
……いや、俺は命の恩人だ。そう邪険にされることもあるまい。
もし厄介な相手になるようなら、ここで消しておくというのも手だな。
「その、何でも屋の売込みをしていまして」
「ほう、何でも屋ですか」
商人だからか、妙に食い入るような反応を示す大福。
見た目はただの小太りおっさんなのにも関わらず、その眼光は肉食獣のそれだ。
「俺の故郷の者らは武芸に長けているものですから、まずはその辺りから。農作物も扱っているのでその辺りも」
「なるほどなるほど……いやぁしかしなぜわざわざこんなところにまで? 一発当てて故郷に貢献を?」
「ああ、まあそんなところ」
「ふむ、ということは、人材派遣の業務というわけですな」
そうか、俺ももう経営者か。まったくあんなものと同じ存在になるとは、思いもしなかった。
とはいえ俺たちの存在は金で利益を上げるものではなく、ただのイメージアップに過ぎない。
俺には金はいらない。この力で生き、リステアを取り戻す。そして、その後は……
その後か、その後どうしようか。
「レクトさん?」
「ああ、失礼。まあ、そんな感じです」
「いやぁ……レクト氏、貴方の目的はなんです」
狂暴な猪のような目つきで、大福は俺に問う。
「貴方からはどうにも金の匂いがしない。金への欲望も、なにかしらの野望じみた気配もない。しかし貴方からは得体の知れない欲を感じる。貴方は……」
「それをお前に話す必要があるか?」
「……いえ、そうですね。失礼、私としたことがタダで情報を得ようなどと」
俺もべらべらとしゃべりすぎた。自分を安売りしてはいけない。戒めである。
俺は彼の窮地を救い、その代わりに俺はレディファーストの情報を提供してもらった。
ここで詰み。すべてはここまで。
「番長は交渉ごとが下手っすねー」
お、お前は、かなり久々な強欲ブラックハーピィのクロ!
俺の中で、クロは意気揚々と俺に語りかけてきた。
「俺は人付き合い苦手なの、お前も知ってるだろ」
「仕方ないっすねぇ。では今こそ、この強欲のクロがなんとかしてみせましょう! 私の言葉に合わせてくださいっす」
「本当に大丈夫か……?」
強欲のクロ。魔界において金回りに困ることがなかったのは、完全に彼女のおかげだろう。
だが実際に何をしていたかというのは何も知らない。
さて、どれほどの手腕か見せてもらうか。
「さて……では商人さん。ここで商談と行きましょう」
「ほう、商談ですか。私と」
一体何をする気だ、クロ。
「俺たちは邪教だが、敵対するのは同じ邪教だろう。だが俺たちの邪教は優秀な人間が揃っているとはいえ、規模が大きくない。不安要素は多く、困難もまた多いだろう。だから俺たちが欲しいのは協力者だ」
「なるほど、そちらの活動に手助けが欲しいと」
「そうなる。だがこちらにもそちらの益となるものを用意することが出来る」
俺たちが用意できるもの。そして大福にとって有益となるもの。
俺はクロの言葉を繰り返し声に出しているにすぎない。クロが何を企んでいるのか、俺にはまったく分からない。
なんだ、何を考えている?
「聞けば邪教というのは反社会的勢力で、貴方を含める人々に危害を加えているようですね。そしてそれを撃滅するのに大変苦労していると」
「ええ……あなたまさか」
「これは貴方が何より一流の大商人と信じてする話だが……」
こいつ、まさか他の邪教を利用するつもりか。
「俺たちは他の邪教と接触する。その度に得た情報をそちらに提供しようと思う」
「……なるほどなるほど」
俺はクロを一度止めようと思ったが、クロは畳み掛けるように話を続ける。
「俺たちは邪教に対抗し得る実力があるし、同じ邪教としてやり取りをすることもあるだろう。相手の動き、拠点の位置、保有する戦力、邪教の規模から周辺の地理まで……そちらの手助けに見合う情報を、こちらから提供しよう」
「……足りませんな。貴方には命を助けられたとはいえ、つい先ほど出会ったばかりの通りすがりの人だ。もしその情報が偽りで、もしかしたら貴方たちは邪教側の人間かもしれない。事実、貴方がたはさきほど自分達を邪教であると言った」
「ああ。だからこれは投資だ。俺の言葉を信じて商材を仕入れるか、それともせっかくの機会を破談にして俺と邪教がくっ付くのを見過ごすか。好きなほうを選べ」
言う事はすべて言ったのだろう。クロの言葉はそこで終わった。
そして今度は大福の番。
「……少し考えさせてください。なに、3分で結構です」
そして彼は沈黙した。
その間に俺はクロと打ち合わせを行う。
「おいクロ」
「っとと、焦らないでくださいよ番長。三分で説明しますっすから」
そう言うので、俺はクロの説明を大人しく聞いてやることにした。三分後がどうなるかは知らないが。
「まず、商人と聞いて色々と観察しましたっす。馬車の装飾、私兵の数、商人の服装と肉の付き方……まあ、群れをなした豚って感じでしたね」
「またドストレートな感想だな」
「でも、あの私兵の装備が充実しているところを見ると、かなりのヤリ手っすね。きちんと人を飼いならしているっす。血色もいいし、きっちりした契約内容なんすね」
ということは、前の世界で蔓延っていたブラック企業みたいなことにはなってないわけか。
良かった。飼いならされて過労死する社畜はいないんだ。少なくとも、あの中には。
「つまり、あの商人はかなりの金を持っているってことっすよ。そんなのと遭遇したんすから、活用しない手はないっす。だから考えたっすよ、出資者になってもらえばいいっす」
「あー、スポンサーね」
「そうっす! さすがに勇者うんぬんじゃ動かせるお金に限りがあるっすからね。それに別ルートからなら、番長の嫁の新しい情報があるかもしれないっすし」
恐れ入った。ハーピィの頭がここまで回るとは。
いや、正確には悪魔なので本物の鳥類ではないのだが。なるほどそうか、さすが悪魔、さすが狡猾。
「でも、向こうの要求に応えられるのかどうか……」
「私たちが提供できるのは、邪教の情報と、邪教と対抗できる戦力っす。ダクネシアの試練を乗り越えた番長なら相手が邪教徒だろうが大抵はなんとかなるっすよ」
「そう上手くいくものか……」
「向こうにとっては私たちも十分得体が知れない邪教っすから、下手に他の邪教と協力されるよりは、ここで繋ぎ止めたいと思うはずっす。それが邪教の襲撃を退けた実力者なら尚更」
強欲の大罪、富のためには何にも屈せぬ強かさを持ち、その我欲を貫き通す。
「さぁ、時間っすよ」
「さぁ、時間だ。答えを聞こう」
問うと、富沢大福の肥えた口が重々しく開く。
「一つだけ、質問を許されたい」
「どうぞ」
「貴方の目的を知りたい。貴方は、何を目指しているのです」
「俺は」
クロがまた喋りだすのかと思いきや、一切の返答がなかった。ここは俺の答えでいいってことか。
「とある聖女を探すため。クリスティア・ミステアという、俺の大切な人を迎えに行くため」
決して揺るがないこの目的は、強欲にさえ引けを取らせない、俺の愛欲。
「だから俺にはお前と争う理由はない。今のところはな」
「そうですか。私には少し分かりかねますな。女性などお金で容易く手に入るものなので……しかし、それならまあいいでしょう。私の金と貴方の力、そして双方の情報があれば、きっと数多くの成功の山を築けることでしょう。いやぁ、楽しみですねぇ」
交渉は成立したようだ。もはや何も言うことはない。クロの舌技にひたすら感嘆するほかない。
「舌技だなんてそんな大層なもんじゃないっすよー。さすがにフェチシアには劣るっす」
「唐突に下ネタを挟むな」
「番長が言ったんじゃないすかー……試してみます?」
俺はクロから意識を離し、窓の外に目を向けた。
どこまでも続いているかのような緑の平原に、大きな白い壁が大地を分断していた。
「あれは……」
「いやぁ、長かった。あそこが商業都市アキンドです。私たちは仕事でここで一旦お別れとなりますが、どうかお達者で。何かあればウチの系列の店に立ち寄ってください。私の名刺を見せれば相応の対応をしてくれるはずです」
俺はアキンドの門前で下ろされ、大福と別れた。
さて、これからどうしたものか。




