二十九柱目 暴食・努力を貪る者
ダクネシアに認められた俺の力量が、ダクネシアですら警戒させる勇者と聖女にどこまで通用するのかというのが気になっていた。
「それで、なんでお前が前に出るの」
俺を追い越して前に出る雅義は、ディエゴと相対している。俺の出番が……
雅義は振り返り、苦笑しながら言った。
「その、一応は僕の問題なので、僕が戦わないといけないような気がして」
「あー、そういうこと。でもそれは違うぞ。我らが闇黒騎士が、しないといけないみたいな義務感で戦っても意味が無い。お前の手で決着をつけたいんだろ?」
「あっ……はい! したいです!」
そういうことなら仕方が無い。一応は邪教の先導者。信徒の
「なら行って来い。露払いはしてやる」
「ありがとうございます!」
「死人の礼なんぞ要らないからな。しっかりやれ」
「はい!」
雅義の前に出て、俺は再び徒手で構える。
「さて、とりあえずは……」
彼らの実力がいかほどなものか、確かめさせてもらう。
まず一歩、二歩、相手の背後に回りこむ。
「なっ、いつの間に後ろに!?」
「うん?」
これは、思ったよりずっと……。
兵士二人の腕を掴み、遠くへと投げ飛ばす。
「さて、どうする?」
ディエゴに一瞥し、投げ飛ばした兵士の方へ向かう。
「聖騎士、如何程なものか」
<サイド:雅義>
やっぱりあの人との出会いは、僕の努力を神様が認めてくれたんだと思う。
そうでなかったら、僕はあのまま落ちこぼれのまま、夢も果たせずに終わっていただろうから。
「だから、必ず勝ちます!」
「あの男に何を吹き込まれたのか知らないが、すまない。少々手荒になる」
兵士二人と聖女はレクトさんが惹き付けてくれた。僕は彼の期待を裏切らないように……
「いや、違う。僕はやりたいようにやるんだ」
僕は僕のために、この剣を振るう。
「僕はもう勇者じゃない。闇黒騎士なん……」
ディエゴは地面を蹴って、みるみる勢いを増して突っ込んでくる。
「あっ、ちょ……!」
「ふっ、はぁッ!」
深い踏み込みから繰り出される、差し込むような振り払い。
それを、僕は造作も無く受け止めてしまった。
「あ、れ?」
「ッ!?」
ディエゴは一旦離れる。
僕は意識を敵に集中させながら、改めて自分の行動を振り返る。
あの凄まじい速度の斬撃が、唐突にスローモーションのように感じた。
あれだろうか、死の間際の火事場のクソ力的な、走馬灯並みの思考速度を得たとかそういうのだろうか。
だが次も上手くいくとは限らない。注意して、状況判断を誤らずに。
「フッ!」
再び迫るディエゴと、繰り出される斬撃をバックステップで回避する。
振り下ろされる剣を半歩横にずれて避け、追撃の斬撃も下がってかわす。
「た、対処できる……!」
相手の動きがちゃんと見える。速さにちゃんとついて行ける!
あの憧れだった勇者と言う存在に、なんとか追いついている。これなら闇黒騎士として活躍できる!
「俺の動きにここまで反応できるような君が、どうして……」
勇者ディエゴの純粋そうな問いが、僕の神経を逆撫でする。
「君の力なら十分聖騎士に……いや、勇者になることだって夢じゃないのに」
「僕じゃない! 人間たちが僕を追い詰めて、追い出したんじゃないか! 無力の時は偉そうに力を誇示して、実力を示せば嫉妬して袋叩きして……」
群れる人々、それは糞の集るハエのように煩わしくて、汚らわしくて、鬱陶しい。
「僕はもう……そっちには戻れない。戻りたくない」
この憤り、この怒り。
譲ることの出来ない努力を、感情のままに。欲望のままに。
「仕方が無い。君の行いは若さゆえの過ちとして世間に受け取られるだろう。痛い目は避けられないと思えッ!」
僕は剣を握りなおす。
僕の努力がようやく報われるのだと、確信を込めて。
<サイド:レクト>
闇黒騎士となった雅義なら、口だけが綺麗で実状をまったく把握してない勇者の戯言はさぞ効くだろう。
俺が雅義に与えたのはただの健康な肉体ではない。彼が欲する努力を受け入れられる頑丈な器だ。彼もそういう意味で丈夫な身体を望んでいた。
その結果があの急激な成長だ。普段から落ちこぼれだった人間がいきなり最優秀レベルの能力を発揮したら、そりゃ恐怖だろう。あるいは薬物使用を疑う。
だから雅義は心配ない。彼ならきっと勇者という壁を打ち破るだろう。彼の努力を今は信じるとしよう。
「さて、問題はこっちだな」
敵は槍と剣で武装した兵士が二人。その背後に聖女がいる。
戦えるのが俺一人で、アトラとシロの二人を守りつつ戦わなければならないのは辛いところだが、思った以上に聖騎士という存在が弱いので、そこはなんとか。
「加護の光あれ、その刃をもって黒を裂き、闇を拓かん」
聖女ハナが祝詞のようなものを口にした途端、聖女本人と聖騎士二人に神々しい光が纏わりつくようになった。あれが加護というやつだろう。
「それじゃあ聖女の加護ってのがどれほどの威力か試してみるか……リムル、どう思う?」
「あーん? いや、どうって、大したことはなさそうだが?」
リムルの言葉はアテになる時とならない時がある。
今回の場合は……さすがに実戦中に人を嵌めるようなことは言うまい。たぶん。
「まあいい、すぐに分かるもんな」
俺は市場で買った普通の剣を両手に握り、構える。
「さてほら、何時までそうしているつもりだ」
二人の兵士に問いかけると、その身体が小動物のように跳ねる。
「さっさと来いよ。神聖騎士ィッ!」
「う、うおおお!!」
槍一本で突撃してくる聖騎士。存外にお粗末な、そう思った瞬間、強烈な一刺しが閃光を撃ち出した。
「はぁッ!?」
だがそれは十分に見切れる鈍さ。二つの剣を振るい、左腕で一つを斬り下ろし、右腕で一つを斬り上げる。
ただの光かと思いきや、どうやら物理で対応できるらしい。魔法に少し似ている。
「なっ、加護の光が……ッ! こいつ、絶技の持ち主か!」
「この程度で驚かれてもな」
そして駆ける。たった一歩で疾風の如く、兵士二人の間に踏み込む。
反応する二人は咄嗟に槍を突きつけるが、そのときには既にこちらの刃が眼前に届いていた。
「なんだぁ、こりゃ?」
一呼吸置いてから、即座に槍の柄を切り落とす。
すると二人は間合いを取って剣を抜いて構え、それからこちらの様子を窺う。
どれだけ手強いのかと思って警戒してみれば、思いのほかにぬるくて驚いてしまった。
だが、ブッキーの言葉は俺の感想とは逆だった。
「まずいな。さっさと片付けた方が良い」
「不味いって、何が?」
「奴らの纏っている光だ。触れない限りはたいした事は無いが、当たり続ければこちらの体力を持っていかれる。それと聖女の方を見ろ」
聖女ハナの方を見ると、こちらに向ける手の平からやたら眩しい光を放っている。
「あれがアトラの報告にあったあの聖女の神通力だろう。あの光を当てられ続ければいずれこっちが追い詰められる」
どおりでさっきから異様に倦怠感があると思った。
「先ほどの槍の穂先から出た閃光もそういうものだろう。当たればガッツリ体力を持っていかれるぞ」
「すっかり解説業が板についてきたな」
「喧しい。さっさと済ませろ」
「はいはい」
個人の力量はまるで大したことが無い雑魚だが、隊列やら陣形やら組めば魔物の群れ程度は簡単に一層出来そうだ。なにせあのブッキーが直撃は避けろというくらいだからな。
そもそも神代の時代ならばともかく、今の人間は貧弱だから力を合わせて欠点を補ってやっと強者に立ち向かうことが出来る。
だが、雅義はその仲間に入れてはもらえなかった。最後には力があるというだけで追い出されてしまったのだから、不憫なものだ。
そこまで思って、俺はふと気付いた。
「ああ、なるほど、これも陣形なのか」
二人の兵士に挟まれ、正面には聖女。相手を囲って光を当て続けるこの陣形。
まあ、破るのは造作もない。
造作も無いので、ずっとだんまりの聖女に少し話を聞いてみるか。
「だからさっさと終わらせろと」
「そっちの聖女様はどう思っている?」
「……えっ。わ、私ですか?」
この場に聖女はお前しか居ないだろうが。
「貴女は彼が不憫だとは思わないんですか。身体が弱いというだけで虐げられて、夢を否定されて、今また道を遮られようとしている」
「そ、それは……」
「もし人を救い、導く聖女だというならば、彼らの武器を下ろさせるべきだと思うが」
しかしハナは曖昧な表情で途惑っているばかり。
もしや俺の話など時間稼ぎ程度に丁度良いくらいにしか思っていないのか。思いのほか悪女か。
「見てみぬ振りをするならば、それでもいい。だが俺の邪魔をするというならば容赦はしない」
「わ、私たちにも生活があるんです! ここで私たちの信用が失われたら……」
なるほど、まあそうだろうな。いかに聖人の類とはいえ、所詮はちょっと特別な能力を持っているだけ、職業適性が見合っただけの凡人だ。
つまらない、非常につまらない。こんなだから人間という奴は。
「……いよいよもって赦し難い」
「まあ待て、落ち着けって! ブッキーじゃあるまいし、そう短気になるなって」
「なんだリムル、ここまで見てまだ人間に見所があると?」
「我が身可愛いはほとんどの生き物がそうさ。お前みたいなお人好しでもなけりゃいちいち関わったりしないって。まあ私はお前のそういうところを買ってるんだけどな。それはともかく、やるべきことがあるだろ」
やるべきこと。なにか見落としがあるのかと思ったが、そういえば元々の目的があったことを思い出す。
「なんだよ忘れてたのか?」
「いや、別に忘れてたわけではないんだけど。こいつらに聞いてもなぁ」
聖女ハナ、勇者ディエゴ。どちらも有名というわけではない下位の二人だ。あまりに期待できそうに無いのでスルーしようとしていた。
まあだが駄目で元々という言葉もあるし、ためしに聞いてみるか。
「ところで、聖女ハナ。クリスティア・ミステアという聖女を知ってるか?」
「く、くり? 何をいきなり……」
「いいから答えろ。クリスティア・ミステアという名を聞いたことがあるか?」
「き、聞いたことないです、そんな人。その人がどうかしたんですか?」
やはり駄目か。コイツが嘘をついているという可能性もあるにはあるが、情報を引き出すための手札も手段も持ってないのでは、確かめようが無い。
聖女は魔法に耐性があるという。魔法で心の中を覗くというのも微妙なところだろう。
今回もやはり駄目か……もしかして、クリスティアはまだ聖女ではない?
「でもお前の反対の性質で顕現したなら、聖女くらいだろ。ダクネシア様も聖女って言ってたじゃんか」
「もしかしたら女勇者という線もあるかも」
勇者が男性に限っているという話は聞いたことがない。もしかしたら男装しているという可能性もある。
男装の麗人……うん、リステアなら抱かれても良いな。
「レクト、迎えに参りましたよ。なんて来てくれないもんかな」
「妄想は後だぜ相棒。めっちゃ光当てられてんぞ」
「そうだった……聖女ハナ、いい加減その光を止めてもらいたい」
「で、でも、仕事をちゃんとしないと勇者と聖女への信用ががた落ちになって……」
チッ、この社畜が……。
強引に押し通るのは容易いが、ここで不祥事を起こしたら今後の邪教徒の活動にも支障が出るかもしれない。
「じゃあ一つ取引をしないか?」
「と、取引ですか……?」
「聖女様! このような者と取引など……」
横合いから口を出す兵士の方に身を翻し、即座に腰の剣を抜いて喉元に切っ先を突きつけて黙らせる。
「お前たちだって生活があるだろう。今ここで死ぬよりはその口は沈黙しといたほうがいいと思うが。まあ、どうするかは好きに選べ」
「…………」
恐怖に見開かれた目が訴えかけるのは、命乞いに他ならない。
もう一人の兵士も察して抜きかけの剣を鞘に収めたのを確認したら、再び聖女の方へと歩いて戻る。
「お前たちは信用を失わずに仕事を遂行したい。雅義は俺について行きたい。俺は邪魔されず先に進みたい。全員の望みが叶えられればハッピーだと思わないか?」
「それは、確かに……」
「俺にいい考えがあるんだが」
話をすると、聖女の顔は驚きの色に満たされた。
「そ、そんなことを、私たちにしろというんですか!」
「誰も傷つくことが無い、ほぼ完璧な作戦だと思うがな。それともお前が仕事だという理由で、彼の将来を潰すというならそれでもいい」
勇者と聖女。それは打倒悪魔、打倒邪教を掲げる人々の希望、勝利の象徴だ。
そんな彼らだからこそ、彼らは残された手段の中でより多くの人間が救われることをする以外にない。
そして、俺が提示した手段は唯一犠牲者が少ないものだ。
「大丈夫、必ず上手く行くさ」
本来ならば勇者に相談するべきこの問題。
雅義と戦う勇者をちらりと見た後、聖女は渋々頷いた。
<サイド・雅義>
交差する刃、迸る火花。現役勇者の重苦しい斬撃が僕の剣を握る手に、響いて届く。
「おら、おらッ、オラァ!」
「きっ、くっ、うっ……」
獣の咆哮にも似た掛け声と共に、襲いくる斬撃は確実に僕の体力を奪っていく。
でも、負ける気はしない。師匠から教わった。攻撃は防御よりもだるいって。
だから相手の動きは徐々に鈍くなり始める。
「クソッ、ガキのくせに、どうして俺の剣に耐えられる!?」
本当なら回避して逃げ回ったほうがもっと疲れさせることが出来るけど、動きは相手のほうが素早く、動きながらだと防御が疎かになりやすいからあえて防戦一方の状態を続けている。
叩き込まれた袈裟斬を受け止めて、鍔迫り合う。
ディエゴの息は荒いが、僕にはまだ余力がある。でもまだ攻めない。
相手を確実にしとめられるタイミングを、相手の時間稼ぎに乗らないよう素早く見つけ、突く。
たった一撃、必殺を実現する刹那を刻む。
「ウラァアッ!」
その身体が疲労の蓄積で脱力し、意識が酸素不足によって遠のいて、不用意な大技を繰り出される瞬間。
「ここッ!」
大きく振りかぶったディエゴの懐に、剣先を向けながら飛び込んだ。
必ず仕留め切れるタイミング。相手の刃の間合いより内側へ、攻撃と回避の一石二鳥。
「……なっ!?」
剣が、ディエゴの眼前で急に止まった? 押し込んでもビクともしない!
僕は見誤ってしまったのか。現役の勇者ディエゴの巧妙な手練にはめられた……
「って、師匠!」
「勝負あり、だ。雅義」
刃を摘む指、横合いからたった二本の指で僕の剣を止めたのは、誰でもない師匠だった。
「びっくりしたぁ……脅かさないでくださいよ師匠」
「だからもう師匠じゃないって。話はついたから剣を引け」
「えっ、でも……」
「お前は勇者に勝った。今はそれで満足しておけ。ここからは俺の仕事だ」
師匠……レクトが何を考えているのか僕には判らなかった。でもこの人のおかげで勝てた。
「分かりました」
僕は剣を鞘に納めた。一体彼はどうするのだろう。
僕に努力のできる身体をくれたこの人。僕が努力をする目的をくれたこの人。
あんな事件を起こしてしまった僕を許してくれて、行くアテのない僕を導いてくれるこの人を、とにかく信じたいと思った。
<サイド:レクト>
説明を終えると、すぐさま勇者は激昂して怒鳴り散らしてきた。喧しいことこの上ない。
「俺たちにお前の操り人形になれっていうのか!」
「悪い風に捉えないでくれ、勇者ディエゴ。これは俺とお前の対等な取引だ。それとも、この忌まわしい人間の業に見て見ぬ振りでもするつもりか」
「それは……」
そもそもこの事件は雅義が学校やその他から理不尽な扱いを受けていたからだ。
俺が居ようが居まいが、雅義は居場所を失っていただろう。
「その理不尽を暴けるのはディエゴ、お前しか居ない。一介の旅人である俺には、雅義を地獄から拾ってやるくらいしか出来ないが」
「…………」
「お前が勇者として学校の闇を暴けば、お前はますます勇者として信用を得られる。そんなお前が雅義をスカウトすれば、一人の少年の夢が叶う。そして俺はお前にこの情報を与えた報酬として、雅義を派遣してもらえればいい。それなら誘拐にはならない」
損をする人間はほぼいない。
「雅義君の母親は、雅義君が戻ってくることを望んでいるはずだ」
「そうかもしれないな。だが子供の夢をいたずらに否定するような、傲慢な愚母の欲望を尊重したいというならそれでいいが?」
苦虫を噛み潰したような勇者の顔、見てるとスカっとするな。
「一応、聖女からは賛同してもらってる。あとはお前次第だ、勇者ディエゴ」
実質敗北したディエゴに拒否権などない。これで断られたならば強制的に支配するだけだ。
それでも心証というのは大事だ。出来る限り良い方に欺いていけば、巡り巡って良い報いになって帰ってくるかもしれないしな。
「悪いが俺も暇じゃない。日没までには決めてくれ」
「……分かった」
えっ、なんのツッコミもないのか? まだ昼前なのに。
「あの、僕もう勇者になりたくないんですけど」
雅義の言葉に全員が注目してしまった。
そういえばそうだった。こいつはもう勇者への憧れをなくしているんだった。
「じゃあこうしよう、ディエゴが雅義を引き抜いたら、監視役としてこっちに派遣しろ。そうしたら形式上は俺とお前たち勇者は仲良しってことで」
「くっ、異教徒と手を組むなど、勇者としてはこの上なく恥だ」
「まあそう言うなって。加えてとある聖女の情報をくれるなら、俺の方からもいろいろ融通してやるから」
「異教徒の手を借りることなど一切無い!」
友好とは程遠い、とはいえ俺は新たな戦力を得たわけだ。




