二十六柱目 落ちこぼれ
諸君は才能というものをどう思うだろうか。
世の人々はこれについて大概は相反する二つの意見に分かれる。
ひとつは本人の努力不足。
才能とは当の本人の努力に対する怠慢であり、現実逃避の一種であるとも。
人は才能という都合の良い言い訳のために、己の研鑽を怠け、また失敗の原因を自らの怠慢から逸らそうとする。
努力至上主義。最も努力をしたものが勝つという思想。
もうひとつは有能無能の差異。
有能な人間というのは才能を持っているからこそ有能なのであり、そこに努力は関係が無い。
無能な人間というのは才能を持っていないがため無能なのであり、そこに努力は意味が無い。
仮に努力をして成功した人間が居たとしても、それは才能があったのだという。
仮に努力に意味があったならば、誰よりも努力できること自体が才能である。
才能至上主義。理不尽と不公平の貝塚。
俺はというと、正直どうでもいい。興味が無い。
おそらく俺には才能は無いだろう。そして怠惰な質なので努力もしない。
そもそも才能や努力以前に、俺にはそこまでやりたいと思ったことが無い。
優劣を決める場で、一番になりたいと思ったことがない。
才能があったところでそれをやりたいと思わなければ宝の持ち腐れであり、才能がないからといってやりたいことをやっていればそれで満足だ。やりたいという欲求以上の努力はただの拷問でしかない。
だから俺にとって才能も努力も大した価値を持たない。
でも、そうだな。リステアへの愛欲と愛想は俺が一番だろう。
いかにこの世界で俺の嫁に恋焦がれ、愛を体現したとしても、俺の愛には及ぶまい。
もし才能や努力で俺を凌駕しようとする者が現れたならば、俺は更にそれを越えたいという意志の元、才能だの努力だのという概念などどうでもよくなって、ただそれをやるだろう。
俺が最もリステアを愛していることを証明したい。そのために。そのためだけに。
リステアと再会した後に、自分の方がリステアを愛しているからと寝取ろうとする者は現れたりするだろうか。
するだろうな。なにせこの世で最も美しい彼女だ。絶対に居る。
もし現れたなら、俺は出来る限りの力をもって彼女への愛を体現し、圧倒しよう。
さて、俺のことはどうでもいい。問題は、彼の場合はどうなのかということだ。
彼は才能など無かった。それでも必死に抗い努力を続けていたが、一向に報われる気配は無かった。
だから俺が全てを与えた。
報われるための努力を与え、欲してやまない才能を与えた。
それでも尚、彼は今こうして打ちひしがれている。
それは払うべき対価の重さゆえか、それとも己が全てを投じたにも関わらず、報われなかった現実の残酷さゆえか。
「なんでっ……どうしてだよぉッ!」
目の前に跪く彼の叫びに、俺はどう応えるべきか。
否、俺にその答えが出せるか。
<一週間前>
馬車を走らせ四日間、やっと村に辿り着いた。
というか交通機関が発達して無さすぎだろ。列車くらい無いのか。
不満を抱えながらも、今回は誰も体調を崩さず宿屋まで辿り着いたので良しとしよう。
ちなみにかかる費用はすべて老兵勇者が払ってくれることになっている。
なにせこっちの組織はついさっきまで世捨て人ニートだったんだ。資金力と言う意味では0に等しい。
英雄になる千載一遇のチャンスをモノにできるなら、横領だって出来るだろう。
「しっかしまあ、よくやるよな」
「今日もよろしくお願いします! 師匠!」
公園のベンチでくつろぐ俺の目の前には最初に見たときとは別人のような少年が立っている。
普通の黒髪で普通の瞳、顔もイケメンというほどでもなく、しかし悪くも無い。
自他ともに認める。いたって普通の少年だった。
「うーい、それじゃあ鍛錬を始めます」
俺はこいつの師匠になっていた。
なんということはない。公園で少年を苛めていた悪ガキの投げた球が弾んで俺の頭部にぶつかったので、ちょっと脅して逃がしただけだ。
それが少年にとってはよほど魅力的に見えたらしく、気付けば師弟関係になっていた。
「じゃあとりあえず基礎トレから」
「はい!」
とはいえ、俺は基本的には何もしない。手合いの相手をすること以外は、ただ鍛錬のやり方や技術を教えるだけだ。
もっといえば、技術や知識はボーンから教えてもらい、俺はそれを伝達しているにすぎない。
彼がスクワットをしながら、まるで俺が父親であるかのように学校での出来事を喋り始めた。
「今日また先生に褒められたんですよ。剣筋がぐんと良くなったって!」
「それは良かったな」
「無手も足運びがスムーズで、前より積極的になったって!」
「こういうのは自信と慣れだからな。飽きてあくびが出るくらい繰り返せば大概のことは出来る」
それくらいやってても苦にならないことに限るだろうけど。
彼はこの村にある学校の勇者学部聖騎士科初等部の人間らしい。
彼を苛めていた人間も同じ学校の人間であり、苛められていた理由は彼がいわゆる落ちこぼれであるからだった。
「これなら勇者も夢じゃないって言われたんで、これからもよろしくお願いします!」
「んあー」
肯定とも否定とも取れない相槌で誤魔化す。
頼まれたから教えてはいるものの、別に契約とか特別なことをしているわけではない。
そもそも彼の抱く大罪、業を背負ってまで渇望するものを知らなければ、契約など出来ない。
「ところで少年、名前なんて言ったっけ?」
「えっ、雅義ですよ! 忘れちゃったんですか?」
「あーそうだった。雅義だったな。雅義雅義。それで名前負けしてるから苛められてたんだっけ?」
「そうですけど……もうちょっと遠慮してくださいよ」
正義、ならまだありがちな名前だが、雅に義とはまた思い切ったな。
まあいい。それよりこのままだと二人にサボってると思われそうだから少しは情報収集しておくか。
「ところで勇者と聖騎士って何が違うの?」
「基本的に勇者っていうのは天才な上に何かしらの神技を持っているんですよ。聖女の神通力みたいに。稀に神技を持ってなくても勇者と対等の実力を有している人間も勇者になります。かなり稀ですけど」
あの老勇者が何かしら特別な神技を持っていたという話は聞いていない。
恐らく彼こそがいわゆるかなり稀な存在なのだろう。
「そういえば最近の若手勇者候補で、神技が無いのにトップクラスの実力を持ってる人が現れたらしいですよ」
最近の若手の勇者候補……もしかしたら、聖女であるリステアと会った事があるかもしれない。
「雅義、その勇者の名前は分かるか?」
「えーっと、確か……なんとかレックス?」
「レックス? 恐竜か何かか?」
ティラノレックスだかティガレックスだか知らないが、なるほど名前から傲慢さが溢れ出ている。
ともすれば、まるで聖女をかき集めてハーレムでも作りかねない傲慢さを感じる。
まさか、リステアがその一員に加えられているなどということはないだろうが……いや、ありそうだな。というか絶対にあるだろ。彼女は愛と美の頂に立つ白銀の乙女。その魅力は天上の女神や深淵の淫魔すら届かない。ここまでくると信仰の域だな。
「すいません。僕が憧れているのはアダマスなんで」
「アダマス……それは前にも聞いた。アダマス・アレクサンド」
今世紀もっとも熱い勇者らしい。その評判はあともう少しで最前線というこの場所にも届いている。
その神業は人の才能を見抜き、仲間にしては自ら諸共育て、その才覚を開花させる。
繰り出される連携は非の打ち所無く、仲間を揃えれば完全無欠、絶対無敵、常勝無敗の権化であるという。
聞けば聞くほど大仰さが増していくアダマスの噂。いずれ俺の前に立ちはだかるであろう強敵の評判があまりにも。
「いいですよね勇者アダマス! 僕もアダマスに勧誘されたい!」
いずれ来る時と呼ばれる魔界への遠征時、アダマスのパーティに加わることは、彼のみならず誰もが望んでいるらしい。
「でもそれならお前が勇者になる必要は無いんじゃないか?」
「確かに勧誘されたいですけど、僕は彼と一緒に肩を並べて戦いたいんです。同じ勇者として、あの憧れのアダマスと対等な存在になって」
強欲だな。欲張りは望みを強くする、良いことだ。
とはいえ、それなら俺が彼に出来ることはこうして地道に鍛錬の監督をしてやるくらいだ。
「じゃあ次は剣技」
「はい師匠!」
未来の勇者を育てているのが魔神が創った魔人間だなんて、冗談みたいな話だな。
さて、彼にとっては俺は世間知らずの実力者という認識らしく、俺は彼から順調に情報を得ることが出来た。しかし……
俺が彼の名前をちゃんと覚えてから四日後、その変化は唐突に訪れた。
その日の空は分厚い雲に覆われ、今にも降り出しそうな天気だった。
「……おい、どうした」
「えへへ、すいません。やられちゃいました……」
その姿はとても鍛錬など出来ようはずもなく、あまりに痛々しかった。
雅義は車椅子を慣れない手つきで転がしてやってきた。両足には包帯が巻かれ、利き腕もやられている。
左手だけで車輪を回して、ようやくここまで辿り着いたのだろう。
「ごめんなさい。せっかく強くしてもらったのに、ぐっ、こんなっ……うぅっ!」
雅義の取り繕った笑みなどすぐにはがれてしまった。
彼の泣き顔から目を逸らし、後ろに回って車椅子を転がしてベンチの隣に置いてから、横に座った。
「落ち着いたら話せ。それまで待つ」
「はいっ……ありがっ、どうございまず……」
彼の口から聞かされた内容は、早い話がいじめだった。
しかしただのいじめではない。彼の身に降りかかったものは、あまりにも行き過ぎていた。
そもそも、雅義という少年は落ちこぼれであったがゆえに、同じ聖騎士科から日頃酷い扱いを受けていたらしい。
教科書を隠される、体操着を汚される、靴に画鋲を仕込まれるなどしょっちゅう。
実技授業では手ひどくやられ、煽られていた。
彼は親にそのことを話していたそうだが、むしろ親はそれを黙認していた。
元々、彼の親はシングルマザーで、夫は剣士だったが死んでしまったらしい。
そんな母親は雅義に傷が出来るような職業についてほしくなかったのだろう。学校を辞めるように説得されてしまったという。
だが、彼にとって勇者になることはかけがえの無い夢だ。
彼はこれまで、誰一人として味方のいないままに自分の夢を追いかけてきた。
幼少の頃に抱いた憧れ、ただそれだけを頼りに、孤独な戦いを続けてきた。
そんな過酷な人生の中で唯一、自分以外に頼れる存在に出会えた。それが俺だと彼は言ってくれた。
成績も良くなく、教師からも才能が無いと諦められている状況で、これまでの人生で初めて自分の味方をしてくれたのだと。
頼るならこの人しか居ないと直感した、とまで言われた。ちょっとむずがゆい。
そして彼の目論見どおり、彼は力を付け、諦められていた教師に再評価されるほどに躍進した。
ようやく彼は、夢に一歩近づいた。これからこの想いが報われるのだと信じていた。
彼は強かだった。地面を這っていた虫が、蛹となって、ようやく羽化し、飛び立とうというところであった。
だが、蛹から出たばかりの虫こそがもっとも虚弱であるように、雅義は悪意によってあっけなく出鼻を挫かれてしまった。
元々落ちこぼれであった雅義の躍進する姿が非常に目障りだったのだろう。
しかし力を付けた雅義に、胡坐をかいていた傲慢が勝てるはずも無し。傲慢は常に覆される運命だ。
だから傲慢なる彼らは卑劣にも、ある伝手を使い、上級生に頼った。
上級生との合同練習。しかもリアルな戦場を想定した集団戦闘。
雅義は敵味方に尽く痛めつけられた。
彼を庇い守る者も、彼の手を取り救う者も、彼がやられた分を復讐しようという者もいない。
彼は最初から一人で、これからも独りで居続ける。
だが、もし彼がそれを拒むというのなら……彼の望みを叶えようとする者だけは唯一、彼のすぐ隣に居る。
<サイド:雅義>
ある人は言った。努力は自分を裏切らないと。
ある人は言った。才能とは努力の成果と生み出した結果であると。
だから僕は、この憧れを捨てずに努力を続けた。
昔から虚弱な体をようやく人並みにまで育て上げ、その成長力と誰にも負けない努力量で見込まれ、勇者学部に入学できた。聖騎士科だけど、ここからもっと頑張ればいいと思っていた。
誰もが一月で得られる技量を、僕は三ヶ月もかけなければならない。だからあらゆることに三倍の努力を要して、僕が目指しているのは六倍の努力の先にあるものだった。
しかし限界というものはなんにでもある。僕が出来る努力は2から4倍が精々だった。
「……えっ?」
休み時間にトイレに行っている間に、机の中身が空っぽだった。横にかけていたはずのカバンもない。
僕が混乱のあまり立ち尽くしていると、後ろの方からクスクスと笑い声が聞こえた。様な気がする。
入学してから半年もしない間に、努力の量と結果が見合わない僕は落ちこぼれ認定されて、いじめの対象にされていた。
基本的に、神技を持たない人間が勇者を目指すことは、神に対して不敬であるととられてしまう。
神が与える神技がないのに勇者になろうとする。それは神の意思に反すること。
それを罰する法はないものの、神を信仰する人々にとってそれは冒涜しているようなもの。
落ちこぼれの少年が身の程を弁えず、誉れ高き勇者になろうとしているなんて、目障りこの上ない。
僕が苛められる理由は、それで十分だった。
でも、それは僕にとっての試練だと思った。
努力は自分を裏切らない。だから僕も努力を裏切らないようにと思ったから、諦めたり、逃げようとは思わなかった。
だから僕は逃げない。いじめられる自分の弱さを、いつか克服できると信じて、今日もここに来た。
「おっ、来た来た」
「今日もよろしく」
「それはこっちの台詞だぜ。俺たちの新しく開発した必殺技の実験に付き合ってくれるんだからな」
今日の相手は三人。
僕は虚弱だから耐久力と防御力を重点的に鍛えてきた。
そんな人間は僕だけだ。なにせ勇者になれない聖騎士は、せめて武勲と武功を立てる他無いから。
彼らはそんな落ちこぼれの僕を絶好の的とした。なにせ俊敏性も機動性もないから。サンドバックには最適なのだ。自分で言ってて悲しくなってくる。
「じゃあまずは俺からな」
すらっと伸びた長い手足が、木剣を抜いて構える。
「避けるなよッ、ウルトラ斬撃波!」
勢いよく振られた木剣からは何も出ない。
聖騎士が扱う武器には特殊な金属が使われていて、神聖な祝福が宿っている。その武器で祈り、破邪の意志をもって振れば光波が出るだろう。
でも木剣の剣先は僕の左腕に備わった篭手を弾き、腕を痺れさせた。
「っ!?」
次の瞬間、右頬を途轍もない衝撃で打ち抜かれた。
「あーすまんすまん。防御されちゃったからついムキになっちゃった」
さっきの一撃とはまるで比べ物にならない。
ああ、そうか。この人は確か、天才の……。
「うーんこの必殺技は駄目っぽいな。今日はこれくらいでいいや。次の奴ー」
口の中が地の味で満たされ、砂が入ってじゃりじゃりする。
でもこの程度ならいつものことだ。僕は立ち上がって再び構える。
「次は俺とスパーリングだぞ。さっさと構えろ」
「う、うん」
両腕を前に出して構えると、彼は目の前からいきなり姿を消した。
そう思ったときには、僕の体は既に地面に倒れていた。
「おいおい、そんな簡単に倒れられたら練習にならないだろうが。さっさと立てよ」
胸ぐらを掴まれ、強引に立たされる。
「ごめん……ちょっと、休憩……」
「だったら辞めろよ。辞めれば永遠に休んでいられるぞ?」
「うぅ……」
それもそうだ。僕は休むためにここにいるんじゃない。
僕の憧れた勇者はこんなことじゃへこたれない。
誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰からも頼られて、誰でも憧れるあの勇者みたいに。
「お、お願いします……っ!」
まずはガードを固めなきゃ、相手の攻撃を確実に防いで、後退すれば直撃は避けられる。
「チッ、めんどくさい避け方してんじゃねえよ」
すると彼は僕の手首を掴み、同い年とは思えない力で引き寄せられる。
そして強烈な蹴りを腹部に打ち込まれる。
「うぐぅ!?」
「ッシャァ!」
大きく足を上げ、踵が僕の脳天を叩く。
地面に顔を叩きつけられながら、今日はなんだかきついような気がしてきた。
いつもより一撃一撃が重過ぎる。もしかして彼らは、僕を壊そうとしている?
駄目だ。こわされちゃ駄目だ。耐えないと……耐えて、乗り越えないと、この試練を。
気が付くと、もう順番など気にせず三方から袋叩きにされていた。
さすがにこれじゃあ耐え切れそうに無い。どうすれば、どうすればこの窮地を乗り越えられる? どうすればあの勇者みたいになれる?
今まで出来る限りの努力を尽くしてきた。それでもまだ足りないのか。これ以上僕にどうしろっていうんだ。
やっぱり、勇者なんて高望みだったのだろうか。僕には勇者の資格なんか無くて、憧れを捨てて戦いとは無縁の生活を送るしかないのだろうか……
朦朧としてきた。痛みを誤魔化すように、投げかけられた心無い言葉の数々が頭を過ぎる。
「勇者なんて、なんでそんな仕事をしたがるの? 怪我だけじゃすまないかもしれないのよ? お母さんは反対ですからね」
「お前みたいな雑魚は勇者どころか聖騎士だって無理だっての。さっさと辞めちまえよ」
「君には才能が無い。神技も無いのだ。早めに諦めて別の生き方を探した方が良い」
「嫌だ、そんなの嫌だ……」
「さすがに守り特化なだけあってしぶといな。だが……」
誰も認めてくれない。誰も応援してくれない。
憧れの勇者には、あんなに仲間が居たのに。僕には一人として味方をしてくれる仲間がいない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。みんな大嫌いだ。
「これで、トドメぇ!」
「ッ!」
その一瞬、僕の体は振り下ろされる木剣に対して驚くほど冷静に、そして容赦も躊躇いもなく弾き飛ばした。
虚弱だった自分の体とは思えない反応速度が繰り出した動作の振り払い。その篭手とぶつかった木剣は用意に根元から砕け、吹き飛んだ。
「……っ?」
取り囲んでいた三人は、特に剣を持っていた彼は狼狽しながら後ずさる。
そして当の本人である僕自身、何が起こったのか分からなかった。
あらゆる雑念を置き去りに、意識が研ぎ澄まされたような、いっそすがすがしいほどの感覚は一瞬だった。
当然、僕にとってそれは初めての経験だった。
また、僕にとってこれは初めての反撃だった。
誰もが困惑し、発する言葉も選べないまま時間が過ぎていくと、その静寂を打ち破る声が響いた。
「おい、そこの四人」
振り返ると、そこには風変わりな男性が立っていた。
黒髪に若そうな顔立ち。15から18の青年か、成人とまではいかない幼さが残っている。
黒衣と外套はあまりにも奇異で、ファッションにしても度が過ぎているような、この辺りではまず見ない恰好だ。
「この木の破片が俺の方に飛んできたんだが、謝罪の一つもないのか?」
「え、っと……すっ……」
「すいません!」
あの木剣を折ったのは僕だ。僕があの剣を腕で払い、篭手と打ち合わせてしまったからだ。
だから僕が謝らないと。
「本当にすいませんでした。僕たちは聖騎士学科で、その練習というか……」
「もういいやめろ」
彼は僕の言葉を遮ると、おもむろに木の枝をへし折って三人に差し出した。
「えっと……」
「先ほどから見ていた。こんな雑魚を一人相手にしたところで面白みもあるまい。どうだ。俺が相手をしてやろう。さあ」
「い、いや俺たちは別に」
見るからに三人が途惑っているのを見て、その人は優しく微笑んで言った。
「心配するなよ、俺も腕に覚えあり。手加減はするさ。それとも未来の聖騎士様は実力者を前にすると、腰が引けちまうのか?」
誰が見ても分かる挑発。でもそれは勇者になれずとも誇りだけは高い聖騎士志願者にとってクリティカルヒットだった。
「来いよ小僧。その傲慢をへし折ってやる」
「だ、黙って聞いていればっ!」
思わず飛び出した一人が彼に飛び掛る。
超近接特化、五体が武器の聖騎士候補が深く踏み込む。
彼はそれをあしらうように軽やかなステップで回避する。
「ふむ……」
「ハァッ!」
しかし渾身の一撃が顔面に直撃する。
「決まっ……」
「むごご」
むごご?
異様な反応、打ち込んだ拳は恐る恐る引かれる。
「駄目だな。軽すぎて気が抜ける」
「なっ、はっ?」
困惑の声を漏らしながら、彼は容赦なく拳を掴む。
「一撃必殺でもないのに、動きを止めたら命取りだぞ?」
「あいだだだだだ!?」
「撃ったらすぐ引く、すぐ動く。もしくは……」
逃れることも出来ず苦悶の表情を浮かべる聖騎士生徒に、大きく拳を振りかぶる。
「一撃必殺か」
「ひぃ!?」
振り抜く拳は空気をも圧して前髪を吹き飛ばす。
「あるいは気絶するまで、反撃の隙を与えることなく連打するか……」
「あっ、危なっ!」
僕は思わず叫んだ。
しかし彼は知っていたかのように一人を離し、後方に跳んだ。
背後から斬りかかろうとしていた聖騎士生徒を背面で弾き飛ばし、すぐに振り返り手首を叩き、緩んだ手から木剣を奪い取って首に突き立てる。
「まあ、こんなところか。そっちの奴はやらないのか?」
「あっ……いや、俺は……え、遠慮しておきますぅ!」
一人が逃げ出し、残りの二人も逡巡の後に逃げ出した。
「まったく……なんだ、まだ居たのか」
唐突な出来事に呆気に取られていると、彼は不意にこちらを向いて、冷めた言葉をかけてきた。
これが僕と師匠との出会いだった。




