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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
2.人間界行脚の章 不朽羨望
26/82

二十柱目 四人の嫁・前編

 手駒は手に入れた。方法も大体絞れた。あとは動くだけ。

 明日にでも出発して、最も近い村へと向かおう。


 部屋を出ようとすると、アトラに呼び止められる。


「レクト様、どこへ?」

「散歩」

「お供してもよろしいですか?」

「構わない」


 コミュニケーションも大事、とはいえ人間嫌いの俺にとってはまさに大仕事である。


「…………」


 木々の中にはポツポツと木造の民家があり、開けた場所には食糧を生産する広い畑もある。

 これは獣を誘い出すための餌にもなり、釣られた獣を狩って食糧にする。

 鬱蒼とした森を抜けると、山々を見渡すことの出来る見晴らしの良い崖に出る。


「これは森から出るのにも一苦労しそうだな」

「そうですね。山を越えなければなりませんから。少なくともここから最寄の村までは徒歩だと五日、馬でなんとか二日で辿り着けるというところです」


 アトラは中々よく俺の言葉に反応してくれているが、俺の方が反応を返せない。

 俺のコミュ障具合に、悪魔共も笑い転げている。殺すぞ。


「まあいい。突き進むだけだ」

「さ、さすがですレクト様」


 それにしても、青い空なんて何年振りか。いや九年ぶりなんだろうが。

 魔界の空も良いが、やはり空は青が良い。


 この空の下、どこかにリステアが必ず居る。

 そう思うと、やはり心が躍る。


「待ってろリステア。必ず迎えに行く」






 散歩を終えてコテージに戻る途中、やたら物騒な怒号と勢いのある雄叫びが聞こえたので立ち寄ってみると、そこには広場があった。

 広場では老若様々の男が剣や槍などの武器を手にして戦っている。


「アトラ、あれは?」

「あれは訓練です。ベテランの戦士が若手の戦士に稽古を付けているんです。ここは黒いジャガーによって神の信徒からは守られていますが、食べるためには狩りをしないといけませんから」

「なるほど」


 黒ジャガーがどういう存在かは知らないが、ダクネシアの使いであるとすれば納得がいく。

 あくまでも信徒から己の信徒を守るためのジャガーであり、生きていくのは自分達の力で生きさせる方針なのだろう。

 非常に、アイツらしいといえばアイツらしい。


「少し俺も腕試ししてみるか」

「えっ、レクト様?」


 広場で訓練を観察している、やたら偉そうな男に声をかける。


「おい。ちょっといいか?」

「ん? なんだお前……ってレクト様ッ!? し、失礼致しましたッ! なんでありましょう!?」

「俺もちょっと参加してみてもいい?」

「分かりました! おいお前ら! レクト様がお相手してくださるぞッ!」


 声がでかい。耳を傷めそうだ。

 しかしそのおかげで訓練の音は即座に止んで、全員が俺の方を注目した。


「得物は本物で良いのか?」

「はっ。しかし……やはり挑戦者が負けた場合は生贄になされるので?」


 そういえばダクネシアはそういう方針だったらしいな。

 力ある者を相手に挑発し、挑ませ、勝てば力を与えるも、負ければ命を喰らう。

 とはいえ俺は神ではなく魔人間だし、命は喰えないし食う気も理由も無い。


「ただの腕試しだ。練習だよ練習。我らが神が復活した時に、少しでも神に楽しんでもらうためのな」


 我ながら上手い言い回しをしたものだと思う。

 自画自賛していると、どうやら彼もそう思ってくれたらしい。


「では僭越ながら私めがお相手しましょう! おい誰か武器もってこい!」

「いや、俺は自分のがある」


 黒水晶モリオンで出来た剣を、さっと手元に顕現して握り、切っ先を向ける。

 すると周囲の戦士が感嘆の声を漏らす。面白いな。


「愛欲の黒水晶、モリオンオブジソード」


 魔力を練っていない分、あの時よりかなり小さいが、むしろこの場では丁度良いだろう。

 ダクネシアと戦った時は大剣だったが、可変自在の俺の剣はショートソードのサイズに収めることが出来る。その気になればナイフにも銃にも出来ると思うが。


「お手柔らかに、遠慮なく来い」

「なんて難しい注文を、これが悪魔の力か……ではッ!」


 男の深い踏み込みから繰り出されるは速攻の刺突。

 なるほど中々に見事な動き。刀身にブレは無く、まっすぐに俺の胸に向かって無遠慮に放たれる。

 だが酷なことに、悪魔と比べると幾分遅い。


「ムゥッ……!?」


 モリオンで軽く突き出される剣を横に弾き、滑らせるように足を前に出して喉元に刃を添える。

 ただ一度の刹那、一瞬で迎えられた決着。


「っと、隙だらけでつい」


 あっ、いけない。意識せずにこの態度は傲慢すぎる。

 恐らくこの場で最も偉い人間であろう彼の面目が……


「さ、さすがは我らが神の御使い様!」

「おっ?」


 彼の言葉を口切りに、周囲から歓声が上がる。思いのほかに好感触だった。


「なんというお力、羨ましくて仕様がありませぬ。どうすればこれに近づけるやら!」


 俺は既に刃を退いたが、彼は未だに興奮している。

 力を美徳とするダクネシアの信者だけあって、力への憧れというのが予想以上に強い。

 これなら多少見せても、むしろ良い効果が期待できそうだ。


「そんなに見たいなら見せてやる。魔界で鍛えられた力と技ならいくらでもな」






 邪教徒たちは生き延びるため、狩猟に建築、農耕と様々な技能を身につけていることが分かった。

 悪魔と友好を築くための初手として、これを使わない手は無い……とアテを付けたところで、俺は彼らとこれからのことについて話すことにした。


 都合のよいことに食事に呼ばれ、俺は山のような果物と例の四人に囲まれて食事を取ることになった。

 黒い石で出来た暗い部屋ではなく、むしろ木造ながらも精一杯に石と蔓と葉で飾られた室内で、まるで俺は王のように食事をさせてもらっている。


 ふとこちらに身を寄せる黒髪の乙女……ショチケツァルが問う。


「お味の方はいかがですか?」

「申し分ない美味さだが……お前たちはもう食べたのか?」

「いえ、私たちはまだ」

「なら一緒に喰おう。俺は小食だからこんなには食えない。お前たちもだ」


 彼ら彼女ら、全員が何を言われたか分からないという反応を示していた。


「どうした? 異世界だからと、今更言語が通じないと?」


 俺の問いの方が意味分からないだろうに、彼らはすぐに食事を開始した。

 どうしてそういう反応をされたのかは判っている。彼らは偉い者の後に食事をしなければならない。

 だがその掟さえももはや意味を成さないと最初の方に説明した。それを理解しているからこそ、彼らは俺の言葉を優先してくれたのだ。


 それはともかく、誰かと一緒に……人間と一緒に食事をしたのは何時以来か、これは八年や十年ではきかないな。


「食いながら聞け。俺はダクネシアから全てを任されている。よって、これより新しい教義を作る。古い教義は破棄する。いいな」


 どよめく教徒の中、先頭に居る一人の男が目立って反応する。


「へっ!? し、しかしレクト様」

「心配するな。大体はそのまま。修正するのは細かいところのみだ。例えばそう……やたら生贄を使うところとかな」


 一年のうちに何人も生贄を使ってしまうような宗教形態が人間に受け入れられるわけが無い。

 そのためには多少の修正が必要だ。


「四人の嫁は最終的に生贄になるというのも」

「し、しかし」

「神託を忘れたか? お前たちの命はもはやお前たちの物であって、そうではない。生き方は好きにさせてやるが、死に方は選ばせん。魔と人の友好のためにだけ死ぬことを許される」


 それに言うまでもないことだが。


「人間を毎年五人以上も生贄に捧げるようなやり方で、人の理解を得られるわけがないだろうが」

「それは……」

「文句があるなら俺を打倒して見せろ。夜の斧を倒した俺が、代行してやる。それがお前たちのやり方だろうからな。そこはそのまま適用しよう」


 特に反論もなく、沈黙が続く。


「しかし美味いなこの果実は」


 緑色の艶やかな色の果実は、強い甘味とシャクシャクとした食感が心地よい。

 魔界のフルーツは大概がゲテモノの風貌と味をしていて、美味いと言えるのはごく一部のみだった。

 ただし魔力が濃いので素材には良く使われている。


 肉に関しては魔界の方が多様だ。肉の旨味は業の旨味とでも言わんばかりに脂が乗っているからな。

 生き残るために余分なものが削ぎ落とされた獣と、強者として君臨し肥え太った獣とではまた味が異なるのだ。


「安心しろ。ダクネシアの望みどおりに魔と人の友好を築かせてやる。そのためには魔を理解り、順応しなければならない。他ならぬお前たちがそれをせず、誰がする?」

「確かに、仰る通りではありますが……しかし、相手はあの異教弾圧が過激な神の信仰者。既に馴染みきってしまったこの世に魔を理解してもらうなど……」

「まあ無理だろうな」


 そう、普通なら無理だ。というか出来ると思うほうが人間に期待しすぎだ。

 人間に対して期待を抱く。これほど誰も得をしないことなどそうそうありはしない。


 期待をかけられたものは要らない重圧感に苛まれ、期待に応えられたものは期待通りだと驕り、裏切られれば恨みを抱く。

 期待、信用、信頼、希望、願望……

 それらは、人間には荷が重すぎる。


「だからこそお前たちの教義が正しいことを証明すればいい。力と自由。変化と気まぐれ。強きことのすばらしさを示すには力を見せ付けるほかない」

「して、その方法とは……?」

「最強の便利屋をやる」


 最強の便利屋とは、害獣駆除や魔物退治、農耕において力を示す。


「見た感じ、戦闘においてはエキスパートって感じだろう。これなら問題ない。あとは需要を見つければ」


 少なくとも、神も魔物も居ない前の世界よりは動きやすい。

 法で雁字搦めになり、悪を討つことも、善を敷くことも出来ず、またする必要が無い退屈な世界よりは幾分マシというものだ。


「しかし勇者と聖女には敵いません。加護を受けた勇者の戦闘力は凄まじく、聖女に魔法はほぼ通じないのです。しかも神通力に抵抗する術も、我々は持ちえません」

「そのイレギュラーのために俺がいるんだろうが」

「っ! な、なるほど! それは、おおなんと、レクト様自らが」


 食事前の手合いで、俺の実力は彼らに示されている。説得力としては十分だろう。


「とまあ方針はこんなところだ。で、そのために俺は調査に行くんだが、俺にはもう一つ目的がある」

「目的、ですか?」

「ああ、とある人間を探している。聖女で、クリスティア・ミステアという名のはずだ。聞いたらすぐに俺に知らせろ。銀髪の少女だから見ればすぐに分かると思う」

「はっ。調査のお供は……」


 やはりこういうのはお供を付けるのが普通なのか。自由に動きたい俺には余計で余分だが、連れて行く人間はもう決めてある。


「アトラを連れて行く。それでいいな」

「アトラ……えっ、レクト様。その他は」

「不要だ。移動は素早くしたいから、人数が多いと逆に困る」

「ですが、もしもの時の囮も必要です。勇者と聖女と遭遇するのが一組だけとは限らないのですよ?」


 こいつら自己犠牲の精神に満ち溢れてるな。


「悪いがお前らを囮として使うことは無い。そもそも勇者がそれほど強力な存在なら、大した時間稼ぎも出来んだろう」

「それは、確かに」

「ならばお前たちがやるべきことは、囮になることではない。逃げて生き延びることだ。一級品の逃げ足さえあれば、俺がお前たちに細心する必要が無くなる」

「逃げ足……」


 強者となることを夢見た彼らには抵抗があるだろうな。

 生き残るために逃げるなら、力を求めて死ぬ方がいい。正直俺もそう思う。

 だって弱いまま行き続けるなんて楽しくも面白くも無い。


 ダクネシアがそういう性格だったから、彼らもこうして簡単に命を捧げられるのだろう。


「じゃあそういうことなんで、明朝に出発するから」

「明朝!? ちょ、ちょっと待っていただきたい!」

「まだ何かあるのか」

「せめて明後日まで待っていただけませんか!」


 明後日……待てないことも無いが、待つ理由も無いな。


「レクト様のご降臨を祝い、祝祭をする予定なのです。どうかっ!」

「祝祭かぁ」

「貧しさと予期せぬことゆえに当日は叶いませんでしたが、明日ようやく目処が立ったのです。どうかレクト様を祀らせていただけませんか」


 むぅ、どうしたものか。

 祝われるのも祀られるのも悪い気はしない。

 とはいえさっさとリスティアを探しに行きたいというのもある。


 考えていると、俺にしか聞こえないリムルの声が響く。


「いいじゃねーか! たくさん喰えてたくさん呑める。綺麗な女を侍らせ誑かすのも、悪魔の一興だぜ!」

「それに、ここで祭をやったほうが士気も上がるだろう。ここは受けるべきだ」


 ブッキーが言うなら確かだな。


「おい! 私は信用なら無いのか!? おいっ!!」

「分かった。出発は明後日とする。その代わり存分に楽しめ」





 その翌日は朝から晩まで、子供から大人まで大はしゃぎだった。

 無理も無い。何百年も前に神の座から落とされた自分達の主が、永い年月の果てにようやく応えてくれたのだから。

 俺はリステアしか眼中になかったからよく見てなかったが、俺の召喚はもはや奇跡のようなものだと思われているんだろう。


 奇跡か。人間の起こす奇跡。アイツの好きそうなことだな。


 キャンプファイヤーの火柱が、夜の空を焼かん猛り狂うように燃えている。

 己の主を差し置いて、天上に座する神を炙ろうと。意志の矛先、火炎の穂先を届かせんと。


 一方その頃、俺はといえば部屋に退避していた。


「んだよー、お前も祭を楽しんだらいいじゃないかよー」

「美味い飯はもう腹一杯食った」

「女は食ってないわよね」


 リムルへの返答にフェチシアがカウンターを決める。だが、何度も同じことを繰り返すこともない。


「はいはい。そっすねー」

「くっ、ついにこのやり取りもマンネリ化したってことねっ……!」

「愛を逐一言葉にしたら陳腐になるらしいからな」

「そう? 愛はいつでもどこでも何度でも、形にしてこそじゃない?」


 そういうもんだろうか。いや、一理あるかもしれない。言葉に蜂からが宿るというし、言霊というくらいだし。

 リステアと再会した後のために、そういう方向性も考えておこう。

 ふと扉がノックされる。


「……誰だ」

「ショチケツァルです。よろしいですか?」

「どうぞ」


 扉は開かれ、そこには絶世の美女、傾国の妖女、吸精の魔女サキュバスにも引けをとらない乙女の姿があった。

 扉を閉めて、優雅に一礼。


「失礼します。レクト様」

「何かあった? それとも遊びに来た?」

「夜伽をご所望かと思いまして」


 またストレートに来たな。フェチシアに何回かやられた。

 よく見れば、黒い布の隙間から腰から足のラインが見えている。あれは何もはいてないな。

 しかも外套を纏っていても分かる、その豊満さを主張する起伏を目の前に差し出されて、堪えきれる男もそう居ないだろう。

 そして何より……


「私では、ご不満ですか?」


 纏う外套を下ろし、肩を、膨らみの上部を露にしてみせる。

 綺麗な肌だ。形も間違いなく良いだろう。先端部分は最初に出会ったときに目には言ったが、シミの一つも見当たらなかった。


 俺が黙していると、静かに歩み寄り、ベッドに腰掛ける俺の前で跪く。

 そして上目で恐る恐るというふうにこちらを見るのだ。


「……レクト様?」

「ショチケツァル。そう言ったな」

「はい。私はショチケツァル。愛称はショティと」

「その名前に間違いないな。前世の記憶とか、そういうのはないな?」

「いえ、偽りなく。そういったことはありません」


 そうかぁ……初っ端からもしかしたらリステアに会えたのかと思ったが、やはり別人か。

 いや、分かりきっていたことだ。ダクネシアはリステアが聖女に生まれ変わっていると言っていたし。

 しかし、こうして見ると本当に似ている。スタイルも顔も、まるで双子の姉妹といった感じで。


 つまり何が言いたいかというと、もう俺の好みにド・ストライクなわけだ。


「惜しい。本当に」

「レクト様?」

「ありがとう。だが気持ちだけ受け取っておく。火照ってしまっているならむしろ俺が慰めるが、それ以上のことは出来ない」


 何を言われているのか分からないという表情だ。

 まあ当然だろうな。女体を前にして反応しない男なんて、不自然極まりない。

 それが四人も嫁を作ったダクネシアの化身と名乗った奴が、まさか嫁として生まれた自分に手を出さないなんて。


「申し訳ありませんでした。仰っていただければ、誰かお好みの女を連れてまいります。それとも……」

「違う。誰も俺の性処理をする必要は無い。というより、とある事情があってそれは出来ない」

「……それは、失礼ながら、煩っているということでしょうか」


 その煩うってのはどういう意味で聞いているんだろう。

 煩いと言えば、リステアへの恋煩いではあるのだが、ショチケツァルがそれを知るはずは無い。

 とすれば、煩いではなく患いの方か。


「違う、自分の意志で控えている」

「ではなぜ……!」


 強い語調になったかと思えば、ぐっと堪えた様子で改めて言い直す。


「では、どうして旅のお供にアトラのみをお選びになったのですか?」

「それは……」

戦場いくさばの心得でしたら私にもあります。男には及びませんが、趣味ではありますが武具の扱いは一通り修めています。足手まといには……精一杯尽くします」


 ならないと、断言しないのは好感が持てる。

 しかしなるほど、これはつまり、嫉妬か。


「何か勘違いをしているようだな。まず嫁の四人の中で、俺がもっとも魅力を感じるのはお前だ。その心意気も含め、最高だと思う」

「……では」

「だが、それと今回のお供の選択は全く関係が無い」


 役に立つかどうか、と言うのは今回まったく関係が無かった。

 というか別に誰でも良かった。連絡手段で魔術師でも連れて行こうと思ったが、俺が魔道具を使えば事足りるし、勇者と遭遇する以上、実力のある戦士を失うリスクも避けたい。そういう意味ではショチケツァルを連れて行くのは確かに憚れる。


「ではなぜアトラだけなのですか」

「それは……先着一名様ってだけだ。悪いが大した意味は無い」


 間違いじゃないし嘘じゃない。

 偶然にもアトラと会話している時に思いつき、誘い、了承を得た。それ以上でも以下でもない。


「そう、でしたか」

「そうです」


 つい敬語になってしまったが、偽ってはいない。

 さて、どうするか。


「だからそんなに深刻に考えるな。俺の頭は謀をするほど物好きではない」

「はっ」


 とりあえず納得してもらえたようだ。これでようやく一人に……


「こんばんわー、ミスタ・レクト? ウィシュお姉さんの特別ご奉仕をしに参りまし……あら残念、先を越されたみたいね」

「この人間、私と似た香りがするわねぇ……キャラ被りよ」


 フェチシアがキャラ被りを気にするのも無理は無い。

 フェチシアに負けず劣らずのグラマラスボディにさらさら感のある茶髪。

 圧倒的大人のお姉さん感がひしひしと伝わってくる。

 こういうのは困る。甘えられるより、リステアに甘えることの方が多い俺だ。このままでは甘やかされ殺されかねない。


 そして何より、恐るべきは纏う雰囲気だ。

 色気というか、色香というか。サキュバスチックなそれは魅惑というよりは蠱惑。魔性と呼ぶに相応しい肉体に対し、こちらの警戒心を鎧袖一触で解きほぐし、いつの間にか相手の意識を掴む。


 間違いない。ウィシュはサキュバスに匹敵する物を身のうちに秘めている。さすがにエリートであるフェチシアには及ばないが、迫る魅力は持っている。


「でもまだ始まっていないご様子。レクト様、私も交えさせていただけませんか? 必ず満足させてみせますわ」

「その話ならもう終わった。夜伽は必要ない」

「えっ!? もう事後……」

「……ショティ、説明は任せる。あとは居るなり去るなり自由にしてくれ」


 愛称で呼んだのが良かったのか、彼女の表情はやや明るくなった。

 返事もどことなくやる気が感じられる。



「はっ、ではせめてお酌をさせていただきます。ウィシュ。ちょっとこちらに」


 夜天は未だに赤く照らされ、火柱は未だ衰えないらしい。

 いつかリステアと、あの火柱のように燃え盛り、腰の奥が煮え滾るような、熱い夜を過ごせるだろうか。

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