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十八柱目・裏 聖なる徒

 ごきげんよう、クリスティア・ミステアです。今日は勇者が通う学校に来ています。

 勇者と聖女の交流は、いずれ来るべき時のため。つまり魔を討滅するための相棒バディを組むためのものです。


 勇者と聖女は二人で一組。魔女や戦士、護衛の騎士がいても、この二人が揃っていない限りは悪魔にはどうやっても対抗できないというのが、この世界の常識です。

 悪魔討伐の遠征に向かうにせよ、都市や辺境を守護するにせよ、かならず聖女は勇者と組むことは必須事項。誰もがより良い勇者と組めるようにと躍起になっています。


 現在は白い校舎に囲まれたグラウンドで、勇者同士の剣闘が行われており、私たちはその見学中です


「ふっ、はぁっ!」


 単騎同士の剣闘訓練が行われている中で、もっとも注目を集めているのは、かの有名な二人の勇者。

 アダマス・アレクサンドとアルス・ティラノレックス。

 あの二人は他の勇者とは違い、制服ではなく私服で参加している。

 とはいえアダマスは高価そうな白地に銀の刺繍が施されたスーツのような。

 一方アルスは金の刺繍が施された黒地の服に、赤いコートのようなものを羽織っていた。


「相変わらず激しいね、君の剣筋は」

「テメェもなッ! 堅ッ苦しい型に嵌まったまんまじゃ、俺様は止めらんねえぞッ!」


 アルスの一見乱雑に見える剣捌きは、その一振り一閃が確かに強力な一撃です。あの天才と呼ばれたアダマスが攻めあぐねているのが何よりの証拠。

 剣で受けることなく、回避に専念しているのは、それを一度でも受ければ剣を折られることを知っているあからでしょう。


 しかしアダマスの目も良く、相手の攻撃を完全に見切っていた。


「ッウルア!」


 アルスが勝負を付けにかかり、相手の首を狙って深く踏み込み斬撃を放つ。

 アダマスは屈んで回避し、刺突のカウンターを見舞う。

 しかし、アルスは恐るべき反応速度をもって、剣の柄で刺突を弾いて逸らす。


「っ!?」


 瞬間、アルスの左手が伸び、アダマスの胸ぐらを掴み、強引に引き寄せた。

 そして首筋に刃を当て……お互いの動きは止まる。


「終いだぜ。天才」


 講師の勝負ありの宣言と共に、二人は距離を取り、礼を交わして……どうやら終了のようです。


「おう、しっかり目に焼き付けたか、クリスティア・ミステア」

「……はい、お見事でした。アルス様」

「なら決まりだ。お前は俺の女になれ」


 先ほどの勝負は、どちらが聖女としての私を引き取るか、というのを賭けた勝負だったのです。

 が、私としては返答は決まっています。


「お断りします」

「オマエに拒否権はねぇよ。俺様が来いと言ったら来い。じゃなけりゃ力ずくで連れて行く」


 本来なら許されない行為でしょうが、どうやら講師でさえそれを止めることはできないようで、私から目を背けてしまいました。


「最強の勇者の相手は最高の聖女で決まりなんだよ。俺様だって必要もないのに女に手を上げる趣味はねぇからな、もう一度だけチャンスをやる。俺と一緒に来い」

「アルス、いい加減にしないか」

「あっ? うるせぇぞ負け犬ゥ」


 立ち塞がるアダマスに、アルスが顔を寄せています。

 正直、私としてはどちらでも構わないのですが、一応は先約を優先する姿勢を見せねばなりません。

 連れて行ってくれるというのであれば望むところなのです。


「アルス、確かに君は勇者として最強の力を持っている。単騎ではね」

「当たり前だろうが。最強は一人で良い。俺だけが最強で良い。それ以外は雑魚だ。雑魚はすっこんでろ」

「でも君は団体戦で僕に勝った事は無いはずだ。さっきの試合は君が一方的に宣言したことで、僕は同意していない」


 アルスの眼光が一層鋭くなり、今にも噛み付きそうな狂犬のように歯を剥き出しにする。


「負け犬風情が俺様に口答えとは、良い度胸じゃねえか……ぶっ殺されてぇかッ!!」


 その声と気迫はまるで爆発のように。いまだ談笑していた聖女も、対戦中だった他の勇者でさえ動きを止めてアルスを注視していた。

 しかし、アダマスはなんら動じていないように続けた。


「アルス、君は強いから良いかもしれないが、聖女と言う存在を君の自己満足で貸し与えるわけにはいかないんだ。聖女とは、僕達人類の希望であり、僕達勇者にとって背を預けられる大切な相棒バディだ。クリスティアには、クリスティアとして聖女の力を発揮して頂かなければならない」


 しん、と静まり返る中で、アダマスの声だけが響く。

 静寂と共に沈黙していたアルスが、口を開いた。


「……なるほど。弱ぇ奴の意見だな。だがまあいいや、人を顎で使うことの才能だけはオマエのほうが上だからな。何せその才能は俺様には必要がねぇ」


 愉快そうに言うとアルスは剣を地面に突き刺して、こちらを向く。


「気が変わった。オマエはもう少し後に迎えに行く」


 私が返答に迷っていると、アルスは踵を返して立ち去ってしまった。

 アルスを道を遮るどころか、止めようと声をかける者さえ居ない。


 なるほど、これが勇者、アルス・ティラノレックス。噂に勝る自由人ですね。


「お待ちなさいなッ!」


 ああ、と私は、聖女にもとんでもない自由人が居ることを思い出しました。

 しかもそれは私の友人であり、最も友人が多い、神聖さよりも華美さが際立つ。

 それも当然、彼女は王家の人間なのですから。


 花王エリザベス。この国の王女にして、聖女。


「次は私たちが奇跡をお披露目する番でしてよ。しっかり目に焼き付けていきなさいな」

「……呼び止められたのは五年ぶりかぁ? 世間知らずのお姫様よぉ」


 私より前に歩み出て、エリザベスは裾を持ち上げて礼をする。

 気品を醸しだしながらも、威風堂々とした態度。


「私は」

「エリザベス。知ってるぜ。オマエの名はどこに言ったって聞こえてくる。鬱陶しいくらいにな」

「感激ですわ。あの名高きアルス様が私をご存知だなんて」

「それで、この悪名高きアルス様になんて言ったんだ?」


 その殺気を前に、エリザベスは一切臆することなく復唱した。


「私たち聖女の活躍を目に焼き付けていきなさいな。と言ったんですのよ。貴方の認識を正すチャンスですもの」

「へぇ……俺様が何か勘違いをしてるって?」

「ええ。どうやら人を見る目がないと言うのは本当みたいですから、教えてあげますわ。この聖女の中で最も優秀なのは、この私ですのよ?」


 嘘……ではありません。確かにエリザベスは聖女の中でトップクラスの成績と神通力を持っています。

 エリザベスの神通力、黄金号令の魔物や悪魔への特効力は凄まじく、単純な攻撃系の奇跡とは一線を画しています。その一言で相手を行動不能にし、あるいは退け、操ることさえ出来る。その上、他の奇跡を模倣するのが上手く、私より扱える奇跡は多いのです。


「確かにクリスティアは優秀ですわ。しかしそれは神聖力高く、付与できる加護の効果が凄まじいというだけ。神通力に関しては正直からっきしですわ!」

「エリザベス」

「それに比べて、私はほぼあらゆる神通力を扱える万能型。まさに統べる王族としての資質が出まくりですのよ!」


 無視されました。

 確かに私は神聖力という、聖女としての素質、奇跡の力はあるのですが、神通力がほとんど扱えません。

 武器や人に加護を与えたり、結界を張ることは出来ても、人の模倣に変わりはありません。オリジナリティという面で、成績はエリザベスに一歩劣ります。

 その上エリザベスは努力家で、時間をかければ相手の神通力を百パーセント使いこなすなんて


「面白い。俺様にここまで啖呵切るとは……良いぜ、久々に張り合いのある奴に会えたんだ。付き合ってやるよ」





 聖女は自身の身を守れるようにならなければなりません。

 勇者が戦うからといって、聖女は戦わなくて良い、というわけではないのです。


「悪いが、お前だけは即行で片付ける。奇跡を灯せ、清めの火……聖火焼却ッ!」

「同感。ゴルボーイ・プラーミャ」


 聖女シェンファは周囲一帯を軽く焼き払う火力の聖火を束ね、火炎放射のように放つ。

 シーニー・スヴェトラーナは触れるモノをすべて凍て付かせる青い火の玉をいくつも発生させて飛ばす。

 二人からの攻撃に、エリザベスは余裕の笑みを湛えながら待ち構える。

 そしてゆっくりと歩を進めた。


「聖火焼却、ゴルボーイプラーミャ」


 両手をそれぞれの方向へと向け、同じ神通力を放つ。

 青い火の玉は同じく青い火の玉と衝突して弾け、聖火の津波は、同じく聖火の津波と交じり合って渦となる。

 しかし、エリザベスはそこに追い討ちをかける。


「遍く響け金色の声、黄金号令!」


 黄金号令は声によって相手の自由を束縛するだけではない。

 相手の放った魔法、神通力、技巧、物理法則さえも支配する。まさに神域の力。


「ぐっ、このチートめ!」

「っ……!」


 身動きを封じられ、行使していた神通力まで支配されたのは二人だけではなかった。

 聖女という聖女が、それどころか見学していた勇者も、監督していた講師さえも自分の意思で動けない。

 今動けるのはエリザベスのみ。


「……なにやってますの? リスティ」

「いえ、貴方の神通力によって、身動きを封じられているのですが。流石ですねエリザベス」


 しばらく解せないという顔をして、ようやく合点がいったという風に手を打つ。


「あっ、なるほど。私の顔を立ててくれていますのね? 私がアルスに啖呵を切ってしまったから」

「……」

「さすがは神童と謳われた聖女にして私の親友! アダマスに選ばれし聖女! でも、それはむしろ私に対しての冒涜ですわ」

「そう、ですか。では遠慮なく」


 私は演技をやめて、腰にある杖を構える。


 私は神通力は模倣しか出来ませんが、加護の力が強すぎて黄金号令にある程度抵抗できました。

 その加護ゆえに、私はこの杖を振るうことが出来る。レクトから貰ったこの技巧を。


「行きます」

「ええ! かかってきなさい!」


 シェンファ、シーニーとすれ違うと、搾り出すような声で引き止められる。


「ちょ、私たちに加護を与えてくれれば……」

「すいません。私一人で精一杯です。他の方に加護を与えれば、もはや私の杖ではエリザベスには届かず、例えシェンファさんを動けるようにしても、やはり取り戻せる分の火力では不足でしょう」


 必死さを悟られないようにしていますが、これでもかなり踏ん張っている方です。

 加護はこれが全開。さて、どの辺りまでいけるでしょうか。


 ふらりと倒れこむように脱力し、そこから一気に駆け出す。


「ゴルボーイプラーミャ!」


 青い火の玉が次々と現れ射出されていくのを、私は加護を付与した杖で弾き落とす。

 杖がひんやりと冷たくなること以外に大した支障はない。威力は技でカバーするため、すべて神通力に対する抵抗力へと機能させている。


 乱射された青い火を打ち払いながら、あと数歩で届くほどの距離まで詰める。


「聖火焼却!」

「っ!」


 目の前に広がる炎の壁。跳び越えようと上を見上げれば、そこには青い火。

 聖火は瞬く間に私を取り囲み、逃げ場は完全に失われた。


「なるほど。さすがは花王エリザベス」


 こちらが神通力の模倣を発現しても、それはすぐに黄金号令に支配されてしまう。

 なら、私はこの杖一本でこの赤と青の火を破らねばならないということ。


「降参です。さすがにここまでされては」

「あら、もっと本気でぶつかってきても良いんですのよ? あなたの杖術、そんなものではないでしょう」


 確かに、破れないとは言いませんが、これ以上は私の体に傷が付くおそれがあります。

 私の体はレクトの物。傷跡など作っては、あわせる顔がありません。


「……さすがに痛いのは嫌ですから」

「ふぅむ……嫌がる相手と無理矢理戦うなんて見苦しいだけですわね。分かりました。ここは矛を収めましょう」


 エリザベスは本当に良い人です。聖人君子というのは彼女のことを言うのでしょう。


 聖火は止み、青い火も消失。黄金号令の効果も切れて、誰もが動けるように……


「エリザ!」


 私の声と同時に、素早い影が横を通り過ぎ、エリザベスへと走る。


「お、黄金号令!」


 再び響き渡るエリザベスの神通力。エリザベスの目の前にまで迫っていたのは、アルス。


「……チッ、この俺様に舌打ちを打たせるたぁな。誇っていいぞオマエ」

「いかがかしら、私の実力、認めてくださるかしら?」

「ああ、合格だ。むしろ黄金号令コレを克服するために、オマエには一緒に来てもらうぜ。その間、そっちの聖女はアダマスの野郎に預けてやる」


 そう言い残して、アルスはどこかへと去ってしまいました。


「エリザ、大丈夫でしたか」

「ええ。それにしてもアルスと言う勇者、凄まじい力でしたわ。余程強い意思を持っているのでしょう、私の黄金号令の影響下で、少しずつこっちに手が伸びていました。聖女の加護もなしに」


 勇者アルス・ティラノレックス。その力は今もって未知数というわけですね。

 対してアダマスは……


「申し訳ない、聖女クリスティア。勇者ともあろうものが君を守りきれなかったとは」

「いえ、アダマス。貴方の言葉でアルスは一度手を引きました。あなたは試合には負けたけれど、勝負には勝っていました。貴方は見事私を守りきったと言えるでしょう」

「さすが聖女様。そう言って頂けると僕も救われる」


 レクトに会うまでは、傷物にされるわけにはいきません。

 レクト、どうかもう一度出会えますように……。

 

 私は願いながら、きっと同じ空を見ているレクトへ思いを馳せるほかありませんでした。

これにて一章終了

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