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十八柱目 人間嫌いの真(?)人間

「今度は随分と時間をかけたな、レクト」

「準備は万端に、用意は周到に。お前を討つ算段はついた」


 ダクネシアの不敵な笑みは、やはり人間への期待の表れだろう。


「そも、俺に出来ることは唯一つだ。何も変わらない」

「ほう」


 ダクネシアの期待に応える気はない。悪魔らしく、裏切ってやるとしよう。

 しかし長かったな。ここまで来るのに半年もかけてしまった……




 自室にて、俺はようやく最後の一冊を読み終え、ベッドに倒れこんだ。


「長編にも程がある」

「いやぁ、なかなか面白かったな!」


 勇者と聖女が魔王を倒すまでの物語は、百冊を越える文庫本の塔となって俺たちの前に聳え立った。

 読み終えるのと分析で半年かかった。


 しかし、その甲斐はあったかもしれない。


「確かに面白かったな」


 意外なことに勇者は敬虔な信者というわけではなかった。

 ただ聖女を守るために、神を信じる聖女を信じ、戦った。


 勇者と聖女は魔王と共に光と闇に狭間に消えたらしい。

 とはいえこれも数百年くらい前の話なので、どっちにしろ生きていないだろう。

 

 俺がこの物語から得たヒントは……なんのことはない。前世でも何度か見たことがあった。

 だが、今の俺がそれを出来るのか。していいものか。


「迷ってる場合かよ相棒。お前はリステアに会わないといけないだろ?」

「お前は人間好きだから……人間嫌いが人間を見習ってどうするよ」

「じゃあ聞くけどな、相棒の嫌ってる人間がこの物語にどのくらい出てきた?」


 人の話をまったく聞かない独善的な氷の女王、やたら排他的でえげつない東の民族。中央大陸の肥え太り、悪魔に魂を売り渡した教皇や権力者、互いに偏見で侮蔑しあう人間とエルフ。


 それはもうぶっ殺したくなるほどにドロドロした、陰湿な人間どもが蔓延っている。


「見失うな相棒。お前が見るべきは、見習うべきを見極めろ」

「……分かってる。非常に癪だが、この主人公たちは俺が憧れるべき対象で、しかも現実に存在していたんだな」

「そういうこと。なーんだ、まだめくらじゃなくて安心したぜ」


 空想の存在でしかありえないと思っていた、気高き人間の有様がそこには綴られていた。

 俺が空想の世界に生まれ変わったのか、それともこれも現実の一部なのかは分からないが、俺がやるべきことは定まった。

 この勇者には感謝しなければならないな。






「……というわけで、ダクネシア。この遊戯も今日でお終いだ」

「そうなってくれることを願おう」


 相変わらずの余裕さを見せ付けて、その漆黒の体躯は闇黒へと回帰し、黒曜石の大斧を携えた首無し巨躯へと変貌を遂げる。

 鼓膜を叩く咆哮はどこから出ているのやら、斧を振り回しながら大きく飛びかかってくる。


「相変わらず狂暴さが溢れてるな……じゃあ始めるか。リムル!」

「おう相棒! 任せとけって!」


 飛び掛るダクネシアを迎え撃つはリムル。

 ロケットのように飛び出したリムルはその巨躯の腹部に強烈なタックルをかます。

 


「かった……クロォッ!」

「うっす!」


 落下するリムルを即座に掴むは、羽ばたくクロの鳥足。

 そのまま攻撃機のように弾き飛ばしたダクネシアへと向かっていく。


 それを見届けて、俺は精神を集中させる。


「これで終いにする」

「ならば意志を強く持つことだ。魔人間」

「……悪魔の魔法は意志の体現、だったか?」


 ブッキーは俺のすぐ横で、リムルたちの戦いを眺めていた。


「人の身では魔法は扱えない。術式を用いたオートマチック式で模倣するのが精々だ。しかしお前は人ならざる魔人間。お前ならば魔法という名の奇跡を起こせるかもしれん。というか、ここでそれくらいしてくれないとつまらない」

「俺の人生を創作のネタにしようとするな」


 さて、そろそろお喋りもここまでだ。

 始めるとしよう。そして手短に終わらせる。


「我が心よ魔を湧かせ、我が力よ魔を掴め……」

「フフ……本魔王の私が、物語の一部になろうとはな。しかしまあ、それも良かろう。レクトよ、お前の物語、この本魔王ブッキングが守護まもりきろう」





 この魔界という場所では、あらゆる悪魔が己のしたいことだけを貫くために、己に向き合い、その意志を確固たるものにしている。

 それは決して敵に譲歩することの無い意志の強さを発揮するためだ。

 欲望の権化たる悪魔の存在はあやふやだ。故にこそ七つの大罪というカテゴリを作ったり、爵位を用いたり、魔王の名を冠したりする。


 それは全てが己の欲望のためである。決して他者のためではない。

 否、他者のためという意志ですら、己の欲望と言い得るのがこの魔界である。

 ここではあらゆる欲望が肯定される。善も悪も知ったこっちゃ無い。その嗜好そのものが善性を持つ者にとっては悪であろう。だからこそ彼らは悪魔と呼ばれ、人間に忌み嫌われる。


 しかし本来、人間と欲望は切っても切れる関係ではない。

 善の願望、悪の欲望、貫くべき大義と押し通すべき妄執のぶつかり合い。

 それはとても素晴らしく、素晴らしく……だからこそ、燃える。


 なるほど、あの闇黒魔王が楽しんでいたのは、コレか。

 膂力と膂力のぶつかり合い。技巧と技巧の抜かし合い。意志と意志の競い合い。

 どちらが強いか、どちらが高いか、どちらが深いか。


 下手をすれば多くの悲劇すら生み出す。それでも煮え滾り燃え盛る情動は抑え切れない。抑えたくない。

 そして、己の願望と欲望に忠実に生き、そして戦う人間をダクネシアは好む。その美しさを愛する。


 弱肉強食にして因果応報、力と自由の権化にして、変化と変遷と変貌の象徴。

 それが己を神の座から引き摺り下ろすものだとしても構わないほどに、愛好している。


 そして、俺のリステアへの想いすら、今ここで試そうというのだ。

 なんて傲慢で強欲で、嫉妬深い、私憤に燃える大食漢の好色野郎か。

 そのくせ相手が勝てるように手を抜く怠惰な奴で、力さえあれば肉欲でさえ肯定する節操のなさ。

 

 なるほど、これほどの大業、これほどの我欲。リムルが憧れるのも無理は無い。

 俺もそこまで知ったときはダクネシア信仰に染まりそうになった。




 だが、それでも。

 それがたとえ神に匹敵する存在だとしても、んなことくらいで、俺とリステアの再会を阻まれるなど。

 俺の大罪、愛欲は、彼の闇黒魔王を前にして、なお怯むことなく、劣ることなどありはしない。


 だから俺は、俺の意志より魔を湧かし、俺の力で魔を掴み、俺の愛欲は全てを穿ち抜いては貫き通す。

 そんな俺の愛欲を形にするのだ。意志を形にしたとき、真の魔が降臨する。いざ降魔の時は来たらん。


「降魔君臨の刀剣」


 掲げた右手に凝縮された魔力の色は闇黒。ダクネシアのような、光沢のある漆黒とは異なる。一切の妥協なく、自らの我欲一色に塗り潰す、愛欲の化物。


「愛欲の黒水晶、モリオンオブジソード」

「……なるほど」


 ダクネシアが突如、リムルを吹き飛ばし、ガルゥに二の腕をかじり付かれながらも俺の方へと飛び出す。

 クロの援護射撃を大斧で捌きつつ、槌のような拳を振り抜く。

 だがそれは見えない壁によって、ブッキーの眼前で阻まれる。


「なるほど、まさかそう来るとは」

「ダクネシアよ、どうやらこいつの人間嫌いは筋金入りのようだ。見誤ったな」


 そう、俺は人間嫌いの魔人間。人間を見習うなんて……真似るなんて出来ない。

 人間だろうと魔人間だろうと知ったことじゃない。俺は俺だ。俺のやり方で押し通す。


「お前はこいつが力を合わせ、幾重もの策を積み上げて敵を出し抜くことを期待していたのだろうが、生憎とこいつは人間ではない。魔人間レクトは素晴らしい事よりも、凄まじい事を選んだ」


 俺の愛欲は誰に屈することなく、この我欲を誰に譲ることもない。

 俺のリステアへの想いは、この魔界において最も強い。


「ブッキー、そろそろだ」

「よし、しくじるなよ」


 ブッキーが下がり、首なし戦士、夜の斧は、倒すべき敵は目の前に居る。


「我は勘違いしていた。お前は多少なりとも人間への憧れがあるかと思っていた。だが……」

「人間への憧れ? ああ、無くは無い。リムルが言うクソザコ人間でなけりゃ、あの勇者と聖女なら尊敬に値する。けどな」


 それはそれ、これはこれ。俺は俺で奴らは奴らだ。

 抱く理想の形も、妄執の根源も違う。


「俺はあいつらと違う。俺はリステアのためなら神だろうが魔王だろうが討ち滅ぼすし、正義だろうが悪徳だろうが構いやしない」

「それが、お前の最も望む人間の……否、お前自身の在り方か」

「ああそうさ。愛のために、愛欲のために。それが最強である証をここに」


 ここでダクネシアを打ち破ることで、俺の意志が最強である証明としよう。


「ところでダクネシア、手加減してくれるんだったよな? 言い訳にしてもいいぞ」


 黒水晶の剣は凝縮され、結晶化した魔力であり、具象化した俺の意志そのものだ。

 そこに込められた、俺自身の力を俺は信じる。


「これこそが俺の信じるに足る独我の力。魅入るがいい」


 ブッキーの魔力障壁が霧散した瞬間、俺はダクネシアへと飛び込む。

 黒水晶の刃を差し込むと、黒曜石の刃が弾く。


「良かろう、ならば膂力比較ちからくらべだッ」


 魔法による力の増強、技の切れ味、身の速度こなし

 すべてが既に常人を遥かに越えて、並の悪魔すら一瞬で無力化できるほどの強化魔法がブッキーによってかけられている。

 その上、全身に魔力を通わせ、ディスペル対策も万全だ。

 それでも、力は拮抗する。鍔競り合うモリオンとオブシディアン。


「全く人間とは、なぜこうも我が予想を、ここぞというところで凌駕してくれる。我が愛しき人間よ」

「一緒にするなクソッタレ、俺は魔人間だ」

「そうだ、それでいい。なにせお前は悪魔側の人間だ。人間側は勇者に任せておけば良い」


 人間など知ったことか。悪魔など知ったことか。勇者など、神などどうでもいい。

 リステアという目的を前にして、そんな些事がなんだ。


「ああ、それこそがお前の、真なる人間の美しさだ。その頑なさと強さこそ、譲れぬ意志の体現こそが」

「言われなくても、そんなことは教えてもらったさ。お前の元右腕からなあッ!」


 愛欲モリオンの刃を叩きつける。

 薙ぎ払い、振り下ろし、切り上げる。その大斧に亀裂が走る。


「そうだ。我に奇跡を見せろ。我を打ち破ってみせろ。お前の正しさを、お前の強さで持って肯定して見せろ!」


 ダクネシアの表情は心底楽しそうな笑みを浮かべながら、押されている。

 ああそうか、こいつにとって、もはや自分が敗北させられることがもはや奇跡なのだ。

 人間が起こす奇跡の芸当を待ち望むが故に、自身が倒されかかっていることすら楽しんでいる。


「まったく、はた迷惑な!」


 深く踏み込んで薙ぎ払い、そこから両断する渾身の一撃を食らわせると、斧に更なる皹が広がる。


「俺は人間が嫌いだっ!」


 俺は叫びながらモリオンを振るう。

 意志を露にすると、更なる力が体の奥底から湧き上がって来る様だ。


「弱いくせに理不尽な文句をつけるゴミ」


 ダクネシアが後退し始める。

 逃がすものか。反撃だってさせない。


「強いだけで不条理を押し付けるクズッ」


 このまま押しつぶす。俺の力で捻じ伏せる。


「我欲のために他者を不幸にするクソも、正義のために少数を犠牲にするカスもッ!」


 強引に押し込む刺突、切っ先が黒曜石の斧の身を貫通した。

 だが、あともう一押しが足りない。


「ならば、お前はどうする。お前を憤怒させるそれらを、お前はどうする?」


 右手に握る剣。その柄に、左の拳を向ける。


「こうするッ!」


 左拳に魔力を集中させ、渾身の力で、全体重を乗せ、剣の柄を殴る。

 響き渡る衝撃は斧を砕き、解き放たれた剣をさらに両手で押し込む。


「……なる、ほどな」


 愛欲モリオンの剣は深々と、傷跡が残っていたダクネシアの胸に、新たな刺し傷を作っていた。


「そうだ、それでいい。正しさを証明するのは、何時だって勝利だ。戦い、そして勝つ。それだけが何よりも確かな証明となる」


 俺は念入りに剣を捻り、傷口を広げてから抜いて飛び退る。

 するとダクネシアはクツクツと笑いながら言う。


「そう警戒せずとも良い。既にお前は試練を越えた」


 ダクネシアの体は闇黒と化し、ぐにゃりと歪み、元の漆黒の王の姿を取り戻す。


「礼を言うぞレクト。お前はこの我に奇跡を見せてくれた。我が予想していた形とは異なっていたが、だからこそお前が特に愛しく思う」

「それは、光栄だな」

「懐かしい、至極。かつて我が神だった頃は、幾度も人間と刃を重ね合わせたものだ」


 ダクネシアは過去に耽っているが、あんなのと戦わされた人間が気の毒でならない。


「悪魔と魔人間が力を合わせてようやくってレベルなのに、あんたに勝てる人間は居たのか?」

「無論だ。あの頃は一騎打ちが条件であったから、強さもその程度に合わせた。とはいえ我に刃を届かせたのは五人も居なかったが」


 なんだ、俺が戦ったダクネシアよりは弱いのか。

 そりゃそうだ。あんなの人間が単騎で勝てるわけがない。それこそ神の加護やら魔の秘術やらが何十にも必要だ。


「いや、別にそんな話は後でも良いんだよ。これで俺は人間界に送ってもらえるんだろうな?」

「勿論だ。お前はこの闇黒魔神ダクネシアが遣わした使徒として、邪教に召喚されるだろう。その証としてこれを授ける」


 ダクネシアが懐から何かを取り出す。

 よく見ると、それは手鏡のようだった。

 しかし鏡はあの斧のように黒い宝石で出来ていた。


「オブシディアンミラー。またの名をテスカトリポカ」


 テスカトリポカ。ゲームで見たことがある名前だ。詳しくは知らないが、確か神様で悪魔な存在だ。


「煙る鏡だっけ?」

「そうだ。魔力を込めれば煙を吐き出す。選ばれし者が吸っても害は無いが、それ以外が吸うと死ぬ」

「死ぬのか……」

「先ほどの戦いはいわば、お前が選ばれし者となるための儀式だ。今のお前ならこの煙を吸っても死ぬことは無い。むしろ一時的に黒い太陽の恩恵を授かれるだろう」


 黒い太陽。その名称だけで荘厳さと強大さを感じさせる。さすがは元神。


「なにが選ばれ者となるための儀式だ。あんたが楽しみたかっただけのくせに」

「否定はしない」

「そこはしろよ」

「ちなみに次の召喚の儀は一週間後だ。望郷の念に囚われぬよう存分に魔界を堪能しておくが良い」





 ダクネシアとの会話を終えて、俺は玉座の間とは思えない気楽さで床に座るリムルやガルゥ、大の字に寝転がっているクロたちの元へと向かう。

 気付いたリムルがすくっと立ち上がり、こちらに向かって手を上げた。

 なんとなく、リムルがしたいことを察したので、俺も手を上げる。

 二つの手が交わり、音を鳴らした。


「やったな相棒!」


 かと思うと、急に抱きついてきた。本当に自由だなこいつは。ダクネシアの元右腕なだけはある。


「時間稼ぎご苦労様」

「ったく、あの方に一騎打ちを挑むなんて大した奴だよお前は! しかも勝つとか!」

「そりゃあれだけ強化魔法かけて魔力錬ればな」


 今回の戦いにあたって、俺は思いつく限りの準備はすべて行った。

 まずブッキーからの強化魔法は当然として、それより前に戦力外であるフェチシアにかなり無理を強いた。

 いや、本来はサキュバスという種族ならお手の物のはずなのだが。フェチシアはプライドの高い実力派だったがために、相手の好みに合わせるということを知らなかった。

 そう、フェチシアをリステアに化けさせたのだ。


 夜の相手をするわけではない。

 リステアにそっくりの容姿、そっくりの仕草で俺の心に活力を与える。サキュバスの変化能力を応用した、相手に勢力を与えるという、サキュバスにとってなんの得にもならないことをさせたのだ。


 それは人間界の勇者本を読んでいる時から始まっていた。


「レクト、コーヒーのおかわりいる?」

「頼む」

「はいどうぞ」

「……ミルクと砂糖が入ってない」

「もう、先に言ってよね。しょうがないから私の特性ミルクを……」

「違う。リステアはもっと親身で優しいんだよ。あとミルクと称して母乳を入れようとはしない」


 最終的にノイローゼ気味になってしまったので、とりあえずリステアの姿で黙って給仕してもらうことで、俺の心に僅かながら活力を湧かせることに成功した。

 この活力が魔力の増幅に繋がる。魔力は精神面に大きく左右されるからだ。


 クロとボーンは後方支援。

 拳銃の支援射撃と影を伸ばして死角からの攻撃を加える。しかし尽く防がれていた。


 リムルとガルゥは接近戦で時間稼ぎ。

 俺が魔力で愛欲の剣を形成するまでの間の壁役となってもらう。ガルゥの俊敏さとリムルの頑丈さでどうにかしてもらった。リムルは自分の力で勝ちたかったようだが。


 ブッキーは全体の強化魔法付与に加えて、俺にとっての最終防衛ラインとなってもらった。

 後方支援より後方に位置し、本魔王は俺専属の守護者の役割を担う。

 実際、守りに関してはダクネシア相手に完璧にこなしてくれた。


「これで人間界にいけるな!」

「……ああ、そういうことか。そうだな」


 なんでリムルがこんなに嬉しがっているのかと思ったら、そういえばこいつもダクネシアと同じ人間好きだったな。

 翌日に遊園地を控えた子供のように目を輝かせている。


「リムルは本当に人間が好きなんだな」

「うん! あっ、いや、当たり前だろ!」

「童心に帰りすぎてる」


 キャラ崩壊を起こしかけているほどだ。まあ無理もない。

 魔界は人間界と隔絶されていて、行こうと思っていける場所ではない。行ったら行ったで神に目を付けられ、逃れる術は皆無。


「生で人間を見れるのかぁ。楽しみだなぁ」





 人間界での活動は、魔界とはかなり違ってくることが予想される。


 神の目を誤魔化すためには、悪魔はオブジェクト、つまり魔道具に変化しなければならない。つまりリムルと共闘したり、ガルゥに匂いを辿らせたり、ボーンにスパイ活動させたり、サキュバスで男を誘惑して……なんてことは出来ない。勿論クロに掴まって空を飛ぶのもダメだ。

 加えて人間界は色々魔力が薄い。

 余程のことが無ければ魔人間の体が魔力切れなんて起こすことはないが、人間というのは稀にやたら強いのが居たりするからな。


「天才優良児って本当に妬ましいよな」

「おっ、ついに嫉妬に目覚めたのか?」


 三日後の召喚まで本当に暇なので、俺たちは思い思いの日々の過ごしていた。

 ブッキーは自分の空間に引き篭もって何かしているし、クロは街で荒稼ぎ。

 ガルゥは狼と言うより猫なのではと思うほど、常に寝ている。


「フェチシアはどうした」

「美容室行くとかって言ってたなー」

「自分で化けりゃ良いんじゃないのか」

「エステとか気持ちいいらしいなぁ。どうせ男引っ掛けてくるんだろうな」


 俺とリムルもこうして自室でゴロゴロしている。


「あーそっか、人間にも天才とか神童とか居るからな。元人間なりに思うところがあるんだな?」

「まあ俺は凡人にして世捨て人だったからな。世を救うような勇者でもなければ、腕で稼ぐ剣士でもなかったし、国に仕える騎士こうむいんでもなかったし」


 むしろ落ちこぼれ立ったし、労働嫌いの勉強嫌い、その上人間嫌いの社会不適合者と来た。

 そんな俺に社会の居場所があるはずもない。


「まあやたら税金は高いわ堅苦しいわ、歳食っただけで偉そうにする勘違い野郎から労働礼賛の洗脳済みキチガイだのと色々居たし、あんな魔境を見たらイヤになるに決まってる」

「大変そーだな。特にお前みたいな奴は」

「どういう意味だよ」


 するとリムルが体を起こし、こちらを見下ろしながら……見下している笑みで言う。


「お前みたいなお人好しがそういう場所で生きるには、相当な理不尽を貰っちまうからなぁ。人間嫌い? 大方、損な役回りを押し付けられて、人間不信になって、自分以外がみんな敵だって気付いちゃったんだろ?」


 唐突に雰囲気を変えてこられて途惑ったが、言っていることは大体正しい。

 真面目な姿勢であるほどに、人はそれに頼りたがる。

 俺も昔は人から頼られたこともある。しかし聖人君子というわけではないし、見返りも欲しい。


「善人気質な理想の自分に固執して、現実に抗う術すら知らずに生きてしまったのだろう? 戦い方も、力の振るい方も知らず、欲望に身を任せることすら出来なかったんだろう」


 まったく耳が痛い。その通りだ。

 付け加えるなら、俺が力を振るうことができなかったのは、自分が傷付きたくなかったからだ。

 圧倒的な力があるならまだしも、たかが俺如きが足掻いたところで何か変えられるわけでもない。


 世の中と言うのは既に染まりきっていて、既にあるものを変えるのは非常に困難だ。

 隷属するのが当たり前になって、鎖自慢までするような奴らにいくら奮い立つよう声を上げたところで、弾き出されるのはこちらのほうだ。


 ならば、弾き出されてしまう前に、早々に立ち去ってしまったほうが気楽だった。


「情けの無い話だよな」

「そうだな。本当に情け無い。だが、そんなお前はとっくの八年前に死んだんだ。いつまで引きずってんだよ相棒」

「……でも、その男の魂はここにある」

「今ここに居る男は情けなくなんかねーよ。なんせお前は闇黒魔神ダクネシアの試練を乗り越えた、私の自慢の相棒だ」


 自慢の相棒か。

 それは……すごい高評価だな。


「いつまでも引きずってんなよ。まあ引きずってたいならそれでもいいけどな?」

「……ああ、善処する」

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