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十七柱目 最高最悪の娯楽

 かの魔王は人間が好きだった。

 好きといっても、玩具にして遊べると言う意味での好きであり、そこに友好と関係があるはずもない。


 他の悪魔も同様だった。

 傲慢は愚鈍なる人間を見下し、憤怒は神の僕たる聖者を嫌悪し、強欲は踊る道化を嘲笑う。

 暴食は濃厚な辛苦に満ちた魂を味わい、色欲は性欲の海を舞い、嫉妬は人を歪み狂わせ。

 怠惰は好色ゆえに女性を不貞へと誘う。


 闇黒魔神の異名を冠するダクネシアもまた、長く、永い自らの存在に飽きながら、人間という娯楽に興じていた悪魔の一柱ひとはしらであった。




 そこまで聞いた俺は、ダクネシアの口から告げられようとしている物語を途中でさえぎることにした。


「それで、それがどうした」

「話を急くな。どうせ今回もお前の負けだ」


 ばっさりと切り捨てるように言うダクネシアの言葉に間違いは無い。

 銃弾も魔法も効かず、リムルとガルゥも戦闘不能。ボーンも今から自分が出たところで、返り討ちにあうのが目に見えているからか、出てくる気配が無い。懸命なことだな。

 ボーンの選択を薄情とは言うまい。誰もが己の安全を最優先するのが自然だ。そこに、それを罪だというのはそれこそ人間の傲慢に違いない。


「なに、畏れなく、仲間に我と戦う決心をさせたことへの褒美として、我と我々、これまでとこれからのことを少し聞かせてやろうと思ってな」

「そいつはご親切に」


 俺は今は敗者だ。もはや俺はダクネシアを黙させることも出来ずに、ただその話に耳を傾けることしかできなかった。




<サイド:ダクネシア>


 この我ダクネシアもまた、かつては他の悪魔と同じく人間を暇つぶしに最適な面白おかしい生き物としか思っていなかった。


 ある時、悪魔の悪戯に興が乗りすぎたか、人間界を侵略しようという者達が集った。

 しかし有力な悪魔が集ったものだ。傲慢のルシファー、憤怒のサタンを筆頭に、色欲のアスモダイ、暴食のバアルゼブル、悪徳のベリアル、妄執のアスタロト……彼らは神に対抗するために、まず信徒を増やした。


 悪魔が神の影響から逃れる唯一の方法は、多くの信徒を従えることだ。

 信徒が多ければ多いほどに、神の下す力を押し上げて返す力が得られる。

 七つの大罪を中心に、七つの邪教は瞬く間に人間界に広まった。ついでに多数の派閥も出来た。


 あえて人間を悪魔の王とし、その一人に仕えることでまた神の干渉を更に軽減させることも出来た。

 それからはその人間を魔王として祭り上げることで人間と魔王の両方の性質を持たせ、それが侵略の要となった。


 その頃はまだ聖女などという存在は稀有な存在だった。だからこそこうも上手くいったのだろう。

 あともう少しで侵略は完了する。そう思われたときに、奇跡が起きた。

 一人の勇者と一人の聖女。そしてその二人が従える天使の軍勢が悪魔を押さえつけたのだ。


 悪魔と天使の力は必ず拮抗する。それはこの世界のバランスを保つ、神の創りだした世界の法理に他ならない。

 そして勇者と聖女、二人が率いる戦士、武士、聖騎士、魔法剣士、魔法使い、魔女、盗賊、エルフ……少数にして精鋭な勇者一行が反撃の狼煙を上げた。


 魔王は悪魔に授かった魔物の創造と使役によって捻じ伏せようとした。

 いずれも常人では決して敵わない存在だったが、勇者はそれらを打ち倒して見せた。


 我は、聖女とは魔王という魔物に相対するための存在だと考えた。実際、その頃の聖女はそのたった一人であったし、勇者は正真正銘ただの人間であったからだ。


 勇者らは吸血鬼を倒し、狼男を倒し、首なしの騎士を倒し、黒森の民を倒し、邪竜を倒し、そして魔王を討ち倒した。

 それはありえないことだった。なぜなら聖女より魔王のほうが強力だからだ。

 しかし人間はそれを覆した。

 悪魔が天使によって封じられたにせよ、人間と聖女だけの力で魔王を倒すなど、普通では考えられないことだった。


 それでも勇者と聖女は命を賭して、不可能を可能にした。0だった可能性に1を作り出したのだ。


 それがあまりにも、我が心を強く震わせた。

 人間の懸命な姿、それが奇跡を生む可能性、力こそが正義たる悪徳の魔界において、逆境を覆す奇跡を創りだすその力。これほどに愛しいものが他にあろうか。


 奇跡を起こすことが人間の力だとすれば、それは悪魔にも届きうる。現にその魔王は死ぬこと意外は並の悪魔となんら変わらない力を有していながら、打倒された。


 人間が持つ無限の可能性、それは夢幻のように儚くも美しい。

 奇跡は起こる起こらぬはあれど、それに懸命に手を伸ばす人間を好ましく、愛おしく、尊く思えたのだ。


 気付けば、我は人間に好意を寄せていた。

 面白い玩具などという意味ではなく、人間という生き物を、存在を自らに匹敵しうる、同格として並びうる者たちなのだと。



 吸血鬼は最も悪魔に近い不死性を持っていた。

 狼男は神速に近い俊敏さと鋭さを持っていた。

 首なしの騎士に匹敵する技巧などありえなかった。

 ダークエルフに相当する魔技などありえなかった。

 邪竜の黒炎は人間など即座に灰燼へと変えるはずだった。

 そして、それら全てを内包し、混沌を統べる悪魔の化身たる魔王を打ち破る人間など存在しないはずだった。


 条理と常識を覆す人間という生き物。その強さに見惚れた。

 我よりも強い者が存在しなくなったこの魔界において、我に変化をもたらしてくれる愛しき子等。

 かつて、神に追いやられた我々が置き去りにした人間たちは、抗して戦う力を持っていたのだと。

 大いなる奇跡の力を持つ人間たちと、友好を築こうと思ったのはその時だ。


 我は同志を募った。

 人間と友好を築き、覇を競ったり、天上の神を引き摺り下ろせばとても楽しかろうと。


 しかし賛同されることはなかった。

 人間にたいして友好を抱くなど、誰もが鼻で嘲笑わらい、あるいは侮辱だと憤慨し、興味すら抱かぬ者も少なくなかった。


 闇黒魔神たる我に面と向かって言うのは、特に傲慢と憤怒だった。

 ルシファーは言った。


「人間を従え、あるいは傀儡のように操るならまだしも、友好とは……ククッ、クハッ! 笑かしてくれるなよダクネシア」


 そして次にサタンが吐き捨てた。


「今のは汝が耄碌したがゆえの世迷言として聞き流してくれよう。下等な人間と同じ位に立つなど、今後、私の前で同じようなことを謳うなら、その喉を潰してくれるわ」


 力で捻じ伏せるのならば簡単だった。

 しかし、それで本当に人間と友好を築けるものか。

 雑兵の悪魔ならばともかく、力ある悪魔は必ず反逆を行う。それはそれで悪くないが、それでは我が野望からは遠ざかる。


 それから人間界を眺め続けながら悩んでいると、ふと我に元に訪問者が現れた。それがリムルたちであった。

 傲慢のリムルは密かに同胞を集め、我が元へと集えという声に応えたのだ。


「お初にお目にかかります、我らが闇黒魔王様。我ら、その御意向がもたらす響きに招かれました。どうか我らをお導きください」


 それは人間界への侵略をした際に、人間の創作に興味を惹かれた者達の集いであった。

 何かを成すために群れる。それはまるで人間のように。


 そして我々は行動を開始した。

 長く永い時間に飽いて、刺激に飢える悪魔を創作と言う刺激で人間への印象を好くする。

 執筆者として魔本王ブッキング、ストーリー構成はリムル、その他の仕込みにTボーン、荒事にアンダーストーカー。


 彼らを中心に人間の真似事そうさくを続けた。

 リムルの持ち込んだ本を元に、二次創作を続け、やがて一次創作に手を出し、創作という娯楽は少しずつ魔界に広がっていった。

 結果、野良悪魔や低級・下級の悪魔の大部分はその文化に染まった。

 レクトが仲間に引き入れたマガツクロもその一柱だろう。


 大概の準備は整った。あとは人間を一人誑かせば、それで終わり。そのはずだった。


 しかし人間界は大きな変化を起こしていた。

 創作をしていた当の人間たちが、それを焼いていたのだ。


 もう二度と、悪しき魔王を生み出さないように、欲をもたらす悪書を焼き尽くそうとしていた。つまり焚書だ。

 人間自ら創作を手放し、その代わりに神より聖女の奇跡を賜った。

 二度と悪しき存在が生み出されないように、焼いた創作の数だけ、天の御使いとして聖女を賜った。

 天使が顕現すれば、同じように世界に悪魔が顕現する。ならば神のもたらす奇跡と言う形で、人間そのものを変質させる。それが聖女。

 その代わりに魔物が多く生まれるようになったが、魔王を倒すよりは遥かに容易いことだ。


 焚書から逃れんとする者たちは邪教と認定され、迫害され、火刑に処される。つまり魔女狩りのような真似が行われた。

 安定と安寧を求める人間は、あまりに醜く、見るに耐えない。

 邪教徒の烙印を押された者は狂信者に追い詰められ、窮鼠は狂乱に堕ちて反逆する。それもまた変化の一つで、力振るう凶行は美しいのだが。



 しかしこのままでは我が計画は滞るばかり。解決策も編み出せず、聖女という存在は完全に人間界に馴染んでしまった。






 ある時、リムルが慌てて玉座の間に現れた。


「ダクネシア様! これどうですか! これっ!」


 リムルが我に手渡したのは、一冊の漫画本。

 一人の男が異世界に転生し、己の理想を遂げるという者。


「異世界から人間呼べませんかね!?」

「異世界の人間か」


 そもそも異世界など本当に存在するのか怪しいところだったが、魔界は神からの観測外。試すのに躊躇うことはない。

 この魔界において、最も神に近しい力を持つ我が手によって、異世界を覗くというのは存外に容易く行えた。


 しかし、数多くある異世界のなかで、直接干渉できるのはごく一部であった。

 更にその中から、人間と友好を築いてもらうための人間を得るためには、人間をやめて構わない人間でなければならず、また相応の意志を持ち、何よりも我が嗜好と合致する面白い人間であることが好ましい。


 悪魔と人間を繋ぐ。それは並大抵の労力では済むまい。

 その大業を成す意志。あるいは、それを成すための交渉材料をこちらが用意できる人間。

 魔界で過ごすための肉体に馴染みそうな魂は少なく、またその中で悪魔にそこまでの嫌悪感を抱かず、欲望のままに在る人間……




 長い年月の果てに、我はそれを見つけた。

 その人間は既存の社会にまったく馴染めず、自分の生きる現実に対してなんら価値を見出せない人間だった。

 特に強いわけでもなく、しかし弱いわけでもないのに、あらゆる常識に抗って労働を忌避する傲慢さと怠惰さを持っていた。

 自分の望むものは決して現実では手に入らないにもかかわらず、妄想で全てを手に入れようという強欲さと暴食さ。自分より幸福な環境に居る者に嫉妬と憤怒を向け、色欲は妄想嫁で満たす。


 言うなれば、それは奇人だった。

 奇人だがしかし、彼にとって妄想とは現実よりも重く尊い価値を持ち、それはともかく自分の欲望を最優先にする様はあまりに独善的な悪魔であり、しかし他者を否定するわけではない無害さは偽善的で人間。


 我は直感した。こいつは面白い奴だと。こいつこそが、魔界の頂点なる我の、異端なる理想を託すに相応しいと。

 すぐにリムルを呼びつけ、丹念に練り上げた計画を実行するために下準備を進めさせた。

 人間の命は軽く儚い。落とされる前に、こちらで掴んでしまわなければならない。


 散っていった仲間達に通達を出しながら、神や他の悪魔に悟られぬよう、慎重に異世界へと干渉した。

 妄想嫁という特殊な存在を有しているからか、こちらからの干渉もスムーズに行えた。

 現実に退屈している彼の姿は、長い時間に飽いた悪魔と髣髴とさせ、我とすら被るようだった。






 レクトを召喚して、すぐにクリスティア・ミステアの存在をレクトから抽出した。

 しかし神の眼は届かなくとも、世界の法理は作用してしまったのだろう。クリスティアの存在はレクトから強制的に引き剥がされ、魔人間と対を成すように聖なる存在へと転生してしまった。


 この世で最も悪魔に近く、悪魔ならざる存在である魔人間の対を成す存在。天使に近く、天使ならざる存在。つまり聖女だ。

 我はすぐにクリスティアを居場所を突き止めるのに、そう時間はかからなかった。

 聖女というのは幼少の頃に必ず、一度はある場所に集められるからだ。


 それは人間界では皇国と呼ばれる場所。神を崇拝する信徒が最も多く、悪魔にとっては敵地のど真ん中とも言える場所であるが、クリスティアは必ず一度はそこに居た期間があるはず。居なくとも、そこから道をたどることが出来るだろう。


 しかし、もしクリスティアと再会する確立を少しでも上げたいのならば、人間と友好を築く好意が最も効率が良いはずだ。だからこそレクトはそうせざるをえない。


 悪魔に対する悪いイメージを、邪教徒と共に覆す必要がある。

 神の使いならぬ、悪魔の使いたる魔人間レクトは、邪教の徒を救済し、守護し、利用し、活用しなければならない。


 例えば魔物の討伐に、あるいは圧制への反発に同調し、欲を抱く者に力を貸す。

 クリスティアと再会することを確実にするなら、レクトはそうせざるを得ない。






 ダクネシアの企みは、この説明で大体分かった。


「俺がリステアと再会するための手段として、人間との友好を築くことが最善だというわけだ」

「そういうことだ。人間と全面戦争をしても構わないが、悪魔に対して特効力を持つ聖女は、もはやお前や幾柱の悪魔で対抗できるかどうか」


 確かに、戦いにおいて属性の相性は大事だからな。

 それにリステアはきっとこちらに寝返るだろう。そのときにリステアを危険に晒すのも賢明ではない。


「だが、万が一に戦いになった時には、お前は敗北するわけにはいかない。この試練はそのためのものだ」


 ダクネシアにとって、俺は計画の要であり、失われることは避けなければならないものだろう。

 そして俺もまた、リステアのために死ぬわけには行かない。


 ダクネシアとの勝負は、それを実現させるためのテストだ。

 つまり、この極限まで手加減されたダクネシアに勝てないくらいでは、俺はリステアを取り戻せない。


「にしてもまあ、俺にとってはありがたいことだが、本当に良い趣味だな」


 俺はダクネシアを見上げる。

 首無しの戦士は、上機嫌に不敵な笑みを浮かべているだろうと、なんとなくそう感じた。


「アンタは自由奔放で、気まぐれで、強い奴が大好きな戦闘狂ウォーモンガーの魔神様で、アンタが人間に求めているのは、強いことだけだ」

「否定はしない。またいつでも挑みに来るがいい。そして我に見せてくれ、人間の可能性を。お前の力が起こす奇跡を」

「まったく、愉快な話だな。おい」


 こいつの人間好きって、そういう意味かよ。イカしてる。





 二度目の敗退。俺たちは再び自室に退散させられることとなった。


「ぐぬぬぅ……んがぁああああ!! ダクネシア様強すぎだろぅがあああああ!!」

「どうどう」


 人のベッドの上で暴れまわるなよ。まったく。

 

「って、お前はどうして悔しがらないんだよ!」

「いや悔しいよ。とはいえダクネシアの人間好きは、お前とはまた違うらしいな」

「……そりゃ大昔には今の神と座をかけて争ったくらいだからな」


 神と争ったって。それは天使の対としての悪魔とはモノが違いすぎる。

 まさかリムルの創作ってことはないだろうな。


「まだ天使と悪魔が別たれなかった頃、今の神に唯一匹敵したのが、ダクネシア様だったんだよ。一度は神の座に座った事だってある。その頃から人間好きだったんだろうさ」

「そんなの話してくれなかったぞ」

「人間は神に縋る。人間が大好きなあの方は、お前が自分に縋らないように正体を隠したかったんだろ」


 そりゃ随分と甘く見られたものだ。俺が神様なんぞに縋ると思ったか。

 ……いや、縋るな。いざとなったら、リステアのために手段を選ぶつもりなどないから。

 体裁だの名誉だの、いろいろなものを引き換えにしてもリステアを求めるだろう。悪魔と契約して魂を売り渡したって良いとさえ考えるだろう。俺なら。


「魔の人間が魔の神に縋らないようにってわけか」

「そうそう。あの方は人を見る目がないんだよなぁ」

「まるでお前はあるみたいな言い方だな」

「そりゃそうさ」


 するとリムルは起き上がる。

 俺の首に腕をまわしてって、なんで締め上げてくるんだ。


「どうせ人間嫌いなお前のことだ。神様だって信用なんかしないだろ?」

「さ、さぁ。どうかな。俺はリステアのためならなんでもする……おい、ちょっと緩め」

「もっと傲慢になれレクト。お前に出来ないことが、神に出来るわけないだろ」


 それは流石に大きく出すぎな気もするな。全知全能をも凌駕するのか傲慢ってのは。


「うーん……しかしな、このままじゃ勝ち目がないんだよなぁ。さすが元神候補だ」

「なんであれで負けたんだろうな。今の神様があれより強かったのか」

「いや、力はあの方が最も重視していることだ。相応に強く、最強だったと聞いたぞ」

「それには諸説ある」


 唐突にブッキーが話に割り込んできた。本魔王は何か知ってるらしいな。


「文献によれば、神として条件において、ダクネシアは神として劣勢に立たされたと聞く」

「神としての条件?」

「神は人間に信仰されればその分、存在感を増す。神というあやふやな存在にとって、存在感は直接力に影響される。だが信仰の形にも色々ある」


 ふとどこからともなく本を取り出し、パラパラとめくる。


「神の名は<黒の太陽>。力と自由の象徴であり、這い寄る死と変化であり、統べる者。其は何よりも偉大にして強大なる存在。其は孤高なる王にして、気まぐれの夜風の如く、我等は全能なる彼の奴隷」

「なんかカッコイイな。男心をくすぐる」

「ただな、黒の太陽はあまりにも物騒すぎた。毎年必ず生贄を要求したからだ」


 なるほど、生贄が必要なタイプだったのか。

 とはいえそれでも力と自由の象徴なら、強者はよく信仰することだろうな。


「対して現神は生贄を必要としなかった」


 またパラパラとページをめくり、ブッキーは話を続ける。


「神の名は<唯一変幻>。唯一絶対の存在であり、その性質は変幻自在。其はすべての父であり、統べ治める者。形ならざるはこの世そのものにおいて、超越の法と超常の理。我等は全能なる父の子である」

「スケールでかすぎるだろ」

「そしてその神には生贄がいらなかった。むしろ人を愛で、救済をもたらす存在だ。ただし人を縛る制約は多い。楽園を餌にして人々の信仰を試し、その様に愉悦を……つまり甘い蜜で釣ったわけだ」


 


「神同士の頂上決戦。唯一変幻の信仰は黒の太陽の力を凌駕した。信仰力の差は神にとっては致命的だからな」

「それまではダクネシア……じゃなくて、黒の太陽が神役を担ってたのか?」

「その通り。世は弱肉強食と盛者必衰の摂理によって、万物の流転を司る千変万化の化身としてな。だがそれは黒の太陽自身にすら及んだ」


 黒の太陽は神の座から引き下ろされ、新たな神が君臨した。

 新たな神は自らを善、その他を悪として判別し、この魔界へと閉じ込めた。


「にしても、人間はどうして急に信仰の対象を変えたんだ? それまでは黒の太陽が神だったんだろ?」

「人間が社会を築き始めた頃から、価値観は少しずつ変化していった。個の力がもたらす特権より、団の力がもたらす安寧を選んだのだ」


 人間社会が自然の摂理に反逆したのか。

 まあ人間社会も割と弱肉強食な部分はあるだろうに、恐らく当時の人間は想像できなかっただろう。


 しかし、そうか。ダクネシアはそれでも人間が好きなのか。

 いかに変化の象徴といえど、自分が魔界に落ちてなお、人間好きと自称できるのか。


 それはきっと、魔王を打倒した人間の意志と業の強さに見惚れたからだ。

 彼にとって争いと力は、それほどの価値があるのだろう。


「あの方の言うことは正しい。魔王を討った人間という種族を相手にするのだ。それに対抗するには、魔にして人間であるお前が、同等の力を発揮するほか無い」

「奇跡を起こす力って奴か」


 勝敗を覆す一発逆転、サヨナラホームラン。0の可能性を100パーセントにまでぶち上げる力。

 奇跡の起こし方、力の使い方……


「ブッキー、魔王と勇者が戦った時の記録って無いのか?」

「ある」


 あるのかよ。誰が書き残してくれたのか知らないが、ありがたい。


「ちなみに執筆者は私だ。創作の良いネタに出来ると思ってな」

「お前かよ。上出来だな」


 この世界で最も大きな奇跡を参考にしよう。

 そして俺は奇跡を起こす。ダクネシアを打倒するという奇跡を。

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