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十六柱目 闇黒魔王

 それから年が明け、退学する春までは強欲に学び、また怠惰にサボりながら過ごした。

 リムルからは傲慢な振る舞いを学び、クロと銃闘ガンスリングに励み、ブッキーからは魔法を習い、ボーンからは忍者特有の武器術を教わり、ガルゥとの遊びで基礎体力と反射神経を養い、フェチシアからは性技を仕込まれた。性技といっても女性の扱い方とかそういうのだ。


 その後はダクネシアの城へと帰還した。今はダクネシアに挨拶しにいくところ。


「いやぁ、懐かしいなぁ! もう十年くらい離れてた気分だ!」

「実際はたった1年だ。永久を生きる悪魔には一瞬の出来事なんじゃないのか?」

「チッチッチ……相棒、私らは今を生きているのさ」


 最終的なメンバーは7人。

 俺とリムル、クロ、ブッキー、ボーン、ガルゥ、フェチシア。ちょうど大罪の数と一致する。

 出来ればドラキュリーヌにも仲間に加わって欲しかったが、彼女は普通に学校に通っている健全な悪魔学生なので、俺たちと一緒に退学するわけにはいかなかった。


「来てしまった」


 そして辿り着いた玉座の間。その禍々しさは一年経った今でも健在。

 両開きの扉の奥からでも分かる。圧倒的な力。

 俺がキレたとしても、恐らく消し炭にされるのはこちらだと確信させられる。


 まあ、だからといって臆したままでいられるはずもない。


「ダクネシア様。リムルとレクト、ただいま戻りましたー」

「入れ」


 扉がゆっくりと開かれる。中に入れば、黒い石畳と石壁の部屋でさえ、暗い深淵がぽっかりと口を開けているように見える。


「久しいなレクト、どうだ魔界での生活は」

「退屈はしなかったな」

「そうだろう、そうだろう」


 七人全員が部屋に入り、扉が重々しい音を立てて閉められる。

 すると俺とクロとフェチシアを置いて、リムルとブッキー、ボーン、ガルゥが並び、ダクネシアの足元に跪く。


「ダクネシア様、我ら四天王、再び舞い戻りました!」

「偉大なる闇黒魔王よ、ご健勝でなにより」

「お、お久しぶりでございます……」

「お久しぶりです!」


 ああ、こいつら本当にダクネシアの部下だったんだな。

 その様を見ていると、ふとクロとフェチシアがこちらに近寄ってくる。


「あれが噂に名高い闇黒魔王様っすか? 思ったほど迫力ないっすね」

「そうか?」

「そうよ。闇黒魔王って言ったら七つの大罪クラス。魔神の中の魔神。72柱の魔神が有名な多神蔓延る魔界でさえ、一時期は唯一神として畏怖されていたのよ?」


 ってことは、この魔界でトップクラスの大物なのか。

 そりゃそれくらいじゃないと、異世界の人間の魂攫ってくるなんて大仰な業できやしないだろうが。


「リムルよ、よくぞ仲間を集めきった」

「はい、頑張りましたよマジで」

「そしてレクト」


 あっ、なんか呼ばれた。

 迫力が無いだのなんだのと言いながら、両脇の奴は急に背筋を伸ばす。


「よくぞここまで成し遂げた」

「まだ何も成っちゃいないが」

「我が招きに応え、リムルと共にこれほどの仲間を手にした。様々な膂力と魔技をその身に蓄えた。そして聞いたぞ。怠惰に属したのだな」


 悪魔は大抵が何かしらの大罪に属する。そして俺は怠惰と愛欲の兼任である。


「あと愛欲な。色欲と肉欲は被るからフェチシアに譲る」

「本来ならばこの四人と貴様のみになると思ったが、二人も仲間を得るとは……やはり面白い」

「面白い? いや、まあいい。それで俺はこれからどうすればいい?」


 すると、見るからにダクネシアの表情は……なんだこの穏やかな表情は。

 だが俺はなんとなく感じていた。これからとんでもなくろくでもないことが起きる。いや、こいつは起こそうとしている。


「ではこちらの成果を報告しよう。お前を人間界に送る目処は立った」

「ということは、いよいよか」

「だが、その前に一つこなしてもらわねばならないことがある」


 ダクネシアの目つきが一層鋭くなると、その視線はリムルに向けられる。


「リムルよ、貴様は今日より我が眷属の座より追放する」

「……は?」

「以後は好きにしろ。そうだな、やはりレクトと共に行動するのが良かろう。お前の憧れていた人間と一緒に」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。はは、冗談きっついなぁ魔王様」


 笑うリムルに、ダクネシアは沈黙で応える。

 次第に傲慢であるリムルの哄笑すら弱々しく、やがて消えうせた。


「マジすか」

「お前は自由だ、傲慢に在るが良い。そしてレクト、リムルをお前の部下として受け入れてやってほしいのだが」


 全員がやたらと驚いてこちらを向いている。

 少し把握がしにくいが、問われていることには答えられる。


「ああ、構わないが」

「良い器だ。これなら任せられよう。では四人とも下がれ」


 リムルは何も言わなかった。

 理不尽な解雇に抗議することもなければ、泣きもせず、喚きもせず、そして笑いもしなかった。

 四人はただ無言で俺の背後についた。


「まずはおめでとう。その報酬として、お前が人間界へと行くための手段は既に整えている。その方法は、人間界での召喚だ」

「また召喚か」


 ダクネシアが俺をここの連れてきたのも、一応は召喚という体裁だったが。

 というより、悪魔召喚できるのか。この世界の人間は。


「悪魔が人間界に出張ると不味いんじゃなかったか?」

「お前の魂は人間のものだ。肉体は魔人間だが、それも悪魔とほぼ同質の人体ということになっている」

「徹底された小細工だな」

「それほどまでに厄介なのだ、神という奴は」


 つまり、俺は人間に召喚される体で人間界に行くことになるということか。

 いや、待て。


「人間が悪魔を召喚するのか?」

「人間も一枚岩ではないということだ。天上の神より欲望強したたかな悪魔を崇拝するような変わり者もいる」

「い、居たのか、悪魔崇拝者……」


 噂には聞いたことがある。

 聖女が居たり勇者が居たりするこの世界でも、やはり欲望に忠実な人間は多いらしい。


「まあ派閥同士で争っているうえに、異教扱いされて絶滅の危機だがな」

「えぇ……」

「そこで、我が友人を捻じ伏せ……もとい説得し、教徒が召喚の儀を行った際にお前を呼べるようにしておいた」


 つまり召喚の儀は普段から割と頻繁に行われているということか。


「そいつはありがたい。挨拶とかしたほうが良いか?」

「それはあとで時間を設ける。それより自分の問題を片付ける時間が欲しかろう」

「俺の、問題?」


 ふと、ダクネシアは玉座から立ち上がる。


「レクトよ。お前にとって人間界はこの魔界よりも過酷なものとなる。それは聖女の存在が大きい」

「聖女というと、悪魔に特効力があるっていう」


 リステアもなったという聖女のこと、詳しく調べないわけが無かった。

 悪魔を討ち滅ぼすための力を神より授かったという。聖女が扱うその力は奇跡と呼ばれ、悪魔は奇跡に対して極端に影響を受ける。

 悪魔由来の事象は奇跡によって掻き消され、神の威光は悪魔という存在そのものを確実に滅ぼそうとする。

 悪魔の性質上、完全消滅させられることはないが、魔人間である俺が同様かは怪しい。


 ダクネシアの言い方を見ると、恐らく耐性は無いのか。


「悪魔ほどではないにしろ、お前の体は悪魔由来、その肉体が滅べば、そのときこそお前の魂は神の元に召し上げられ、二度とリステアとは会えまい」

「俺が神の側に願えるって可能性は考えないのか」

「神は、神に一度背いたものを赦しはしない。悪魔のほうがよほど良心的だ」


 それは自分の益になる場合のみだろう。クロなんかがオークから受けた待遇が良い例だ。


「よって、我はお前の前に立ち塞がる。我が力に屈するようでは、数多くの聖女と勇者に滅ぼされるだけだからな」

「おい、ダクネシア。ちょっとまさか、お前」


 そういう展開か、まさかの。

 そんなのゲームかアニメでしか見たこと無いぞ。


「我に力を示せ。この身に傷一つ付けられれば、お前の勝ちとし、お前の望みを叶えよう」


 俺の冒険はまだ序章も序章だというのに、いきなりラスボスが現れやがった。






 戦ってみた感想だが、あれはラスボスというよりは裏ボス。もしくは強制敗北イベントに近い気がする。

 俺はもちろん惨敗し、今はこの城の自室で作戦会議を開いていた。


「情け無いなぁ、私の新しい主人あいぼうは」

「……とりあえず、情報を整理しよう」


 まず俺とダクネシアが戦う理由は、自分に傷一つ付けられない奴が人間界に行ったところで簡単にやられてしまうから、という非常にスパルタンなものだ。

 まあ理由はどうあれ、俺の前に立ちはだかるというのなら、俺はその障害を排除しなければならない。


「まあ、七人がかりを一瞬にして排除されたわけっすけどね」

「さすがは闇黒魔王。勿論本気ではなかろうに、本魔王たる私ですら寄せ付けんとは」

「手加減するって言ってたしなぁ……」


 次に戦闘のルール。

 幸いにも、リムル、クロ、ブッキー、ボーン、ガルゥ、フェチシアの参戦は有り。

 1割程度の力も出していないというダクネシアを相手に、傷一つでも付ければ勝ちというもの。


「条件だけ見ればこれほどの温さも無いと思えるんだが……」


 俺はその後のことを上手く言葉に表現できる自信が無い。

 黒衣に身を包んだその王は、ふとした瞬間に既にその形を崩していた。

 如何様にでも変貌を遂げられるその王の素顔だけは変わらず、百獣の王すら視線で射殺す、鋭い目をしていた。強者にして豪奢。屈強にして孤高の存在は、誰もが認める絶世の美男でもあった。

 しかしそれすらも闇へと溶けて一つの闇の水滴となって、それがもう一度人型へと姿を変えた。

 闇はそれだけでなく、大きな黒い得物までも形作った。


 それはついに首なしの戦士となった。

 黒い宝石のような物を彫って作ったような巨斧は、鏡のように磨かれた刃から得体の知れない煙を吐き出していた。

 それを持つ体躯もまた屈強にして頑強そうな肉付きをし、しかし胸に大きな傷口があり、黒い外套を羽織り君臨した。


 それは化身である。そう心の中で確信した。

 神の化身。そんな言葉が頭の中を過ぎった。魔神という言葉が相応しく思える。


 口がどこにあるかもわからない姿のまま、ダクネシアは続けて言う。


「我を打倒して見せろ。力を示し、この我が身に一片の傷でも、あるいはこの胸の大傷に一突きでも討ちこめたならばお前の勝ちとしよう」

「……随分と」


 なめられたものだな、と言おうとしたが、躊躇が俺の口を噤ませた。

 あの自分よりもはるかに大きい体躯を持つ男に、一体どれほどの力がある?

 自分とアレの力量の差がどれほどのものか。リムルから学んだ傲慢でさえ折れそうになった。


「なんだよあれは。あんな気迫があったのか、アレは」


 まるで自分が人間に戻ってしまったのかと思うほどに、俺はダクネシアに圧倒されていた。

 それほどの力をダクネシアが持っているということも確信できた。

 

 それでも俺は全力でその闇黒魔王に挑んだ。

 極太の熱線のような火柱を放ち、俊敏な動きにかわされる。身の丈を越える巨斧を持ちながら即座に接近してくるのを、クロの援護射撃と共に銃弾を打ち込むが、黒い斧が盾の様にダクネシアを守る。

 体に魔力を通わせ、高速で接近戦を行うと、速度的には互角だが、多様な技で翻弄され、斧の柄で突き飛ばされる。


 フェチシアとボーンの柔らかい体になんとか受け止めてもらうが、その圧倒的な力量の差を前に、俺は思考を働かせることが出来なかった。


「さあ、力を見せろ。抗って見せろ。魔人間レクトよ」


 だが、このまま引き下がるわけにもいかない。

 上等だ。この俺の、リステアへの道を邪魔するやつは何人たりとも容赦すまい。

 全力で臨み、そして、敗れた。

 完膚なきまでの敗北。黒き斧の一撃は、俺の愛欲の力さえ砕いて見せた。


「敗者よ。本来ならその血と魂を我が贄とするところであるが、お前には我が大望を叶える使命がある。よって生かそう」


 そして、いつでも力を示しに来るが良い、と。

 正直死ぬほどかっこよかったな、あれは。


「だろっ!? だから私はダクネシア様にずっとついていくって決めた……んだよなぁ」


 リムルはダクネシアから解雇を言い渡されて割とショックだったようだ。


「でもまあ、次に仕えるのが相棒おまえなら、そう悪い話でもないけどな! ダクネシア様に向けるのは信仰だったが、相棒になら私が信頼を向けるに足る!」

「そいつはどうも」


 随分と高く評価されたものだな、人間好きの悪魔からは。


「私もお前に使役つかえるのには構わん。どちらにしろ、私が人間と友好を築くための手助けをすると契約をしたのはお前だ。ダクネシア様は関係が無い」

「私も、大丈夫です。だって私は……」

「僕も大丈夫でーす」

「そもそも契約してるんっすから、決定権は元々番長にあるはずじゃないっすか。もっと自信持ってくださいよー」


 それもそうか。こいつらが契約した相手は俺であり、ダクネシアではない。俺がダクネシアと契約を交わしたにすぎない。


「それで、相棒おまえはどうしたいんだ?」

「決まってる。あいつを倒す。ダクネシアを、倒すッ」

「なら、やれることをやればいいさ。なぁ、レクト?」


 その表情、あまりに挑発的。

 俺は深呼吸し、心を落ち着かせて告げる。


「お前たちの力を貸してくれ。頼む」

「……はぁ、相棒は根っこのところは人間なんだなぁ。それが味わい深いと言えば味わい深い」


 リムルは不満そう様子で呆れた表情を零す。


「レクト、私たちとお前の契約は、力の貸与ではない。協力だ。その意味を考えてみ?」

「……ああ、そうだったそうだった。悪いな、間違えた」


 俺はベッドから立ち上がる。


「俺に集まった悪魔よ、俺に力となれ」

「そうこなくっちゃな!」


 今度のリムルはさぞ満足そうな笑みを湛えて、俺の正面に立つ。


「いいのかリムル。ダクネシアはお前の憧れだったんだろう?」

「憧れだからこそ、越えたくなるんだろ!」


 自信満々のリムルの姿は、まさに傲慢そのものだった。





 そしてもう一度、俺はダクネシアの前に立った。


「再び挑むか」


 相変わらずどこから喋っているのか、首なしの黒豹戦士。

 勝算はあまりない。勝機も万に一つあるかどうか。


「ああ、それ以外、出来ることが無いんでな」


 俺の隣にはリムルがいる。

 背後に銃を構えるクロ、数多くの宙に浮いた魔本を従えるブッキー、唸るガルゥと、どこかに潜むボーン。フェチシアはその更に後方から応援している。


「いや、応援って」

「だって、よくよく考えたら私サキュバスだし、さすがに顔もない相手を誘惑するなんてハードルが高すぎるわ」

「いやいや、なんか他に無いのか? 実はすごい武術家だったり、武闘派だったりとか」

「一体私にどういうキャラを期待しているの?」


 というわけでフェチシアは戦力外となった。

 気を取り直し、俺はダクネシアと対峙する。


「相棒、覚悟はいいか?」

「リムルこそ、途中で逃げ出すなよ?」

「私を誰だと思ってるんだ? この傲慢のリムル様が」


 リムルはちらりと目配せした次の瞬間に飛び出していた。


「退くとでも、思うかッ!」

「だろうな!」


 俺も後に続く。

 クロは横に回りこみながら銃撃し、ブッキーは左側に瞬間移動してから炎や氷の魔法を叩き込む。


「来るが良い、魔人間。悪魔を率いて、人間との友好の御旗を打ち立ててみせろ」

「ダクネシア様、今までお世話になりゃしたァッ!」


 リムルの右手に発生するのは黒い球。それを突き出すと、ダクネシアの斧がそれを迎撃し、衝突し、大規模の爆発を起こす。

 黒煙に隠される二人の姿を、ブッキーが風の刃で煙もろともに切り裂いてみせる。それは間違いなくリムルも巻き添えになるが、それは合意の上だ。


「我が心よ魔を湧かせ、我が力よ魔を掴め、全てをほろぼすは焼却の剣。終焉エンダー焼滅魔剣ソードフレアド


 太陽の如く輝く、剣を顕現する。

 魔力で作られた剣を手に持ち、煙が晴れつつある先のダクネシア目掛けて突進する。

 しかし、ダクネシアが何かを投げて俺の視界を塞いだ。

 ピンク色と黒のメッシュの髪。そして小柄でキュートな小悪魔スタイル。


「リムルッ!?」

「チッ、相棒バカッ! やれよ!」

「もう遅い」


 リムルの体は俺が受け止める前に更に追撃を受け、俺の方へと目掛けて飛んでくる。

 さながら人間砲弾のように。


「レクトさん!」

「うぐっ!?」


 襟首を掴まれ、強引に横に引っ張られる。

 吹き飛ばされるリムルの体を見送ることも泣く、俺はダクネシアの更なる追撃を見た。

 すると今度は背中を蹴られて吹き飛ばされる。


「ごめんなさい!」


 ボーンの声を聞きながら、床を転がりながらも体勢を立て直したと同時、ダクネシアの繰り出した飛び掛り斬りが床に突き刺さり、爆発的な風圧と衝撃波に吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられながらも、ダクネシアからは目を逸らさない。


「め、滅茶苦茶かよ」


 傷一つ付ければ勝ちの筈だ。魔法と銃弾をたらふく食らわせたはずだ。

 クロの銃弾、魔本王の魔法、そしてリムルの本気の黒い爆発炎上を受けたはずだ。

 なのに、どうして。


「掠り傷一つ付かないってのはどういうことだよ」


 もはや理不尽としか言いようのない強さと、不条理としか思えない結果。

 首なしの戦士はこちらに刃を向ける。

 瞬間、驚くべき速さで反転し、背後の何かを掴んだ。


「がっ、がぐっ……」


 完全に赤毛の狼と化したガルゥの速度に咄嗟の反応で難なく追いつき、首を鷲掴みしていた。

 それはまるで、俺がいつもしている時のような。


「さて、どうするレクト。これで手詰まりか」

「……今更だが、どういうつもりだ。なぜお前自身の計画を遅延させるようなことをする。なぜ俺の邪魔をする」


 いや、理由はさっき聞いた。俺が聖女と勇者に難なく殺されるから。

 しかし、だからといってこんな方法でそれが解消されるものか。


「俺たちが弱いというなら、俺たちがもっと強くなれば良いだけの話だ。それだけの話に、どうしてお前が立ちはだかる必要がある」


 すると、ダクネシアは少し沈黙し、クツクツと笑い出す。


「おい」

「もっともらしい言い訳ならいくらでも出来る。が、本心ではたった一つ」


 それが何か、俺たちにとって致命的なものなのか。その問題さえ解決すれば。

 そう思っていた俺のアテは、完全に台無しにされた。


「気まぐれだ」


 俺の中で、何かが壊れる音がした。

 こう、完成寸前の状態だったジグソーパズルを唐突に取り上げられ、壁に叩きつけられたかのような。

 なにが起こったのか、わけが分からない。意味が分からない。混乱と困惑が思考を捻じ伏せる音。


「えっ、はっ?」

「我は暗黒魔王にして闇黒魔神。我は誰にも束縛されぬ自由を得、まぐれる気のままに存在する」

「わ、わけわかんねぇ……」


 しかし俺が理解しようがしまいが、お構いなしというふうにガルゥを投げ飛ばし、俺の方へと近づく。


「ば、番長から離れろ!」

「立てレクトッ!」


 クロとブッキーが銃弾と魔法をしこたまぶつけているが、ダクネシアの巨躯はまったくぶれない。

 俺の方へと優雅に歩を進めている。


 俺はと言えば、必死に立ち上がろうとするものの、面白びっくりな答えを聞かされて力が入らない。


「自分の気まぐれで、自分の計画の進行まで遅らせるってのか。人間と友好を築くって話は、ただのお遊びか」

「いいや、ただのお遊びというには御幣がある。我は遊びにこそ真剣に取り組む価値があると思っている。そしてこれも、その一つだ」


 真剣に遊ぶか。なんとも傲慢な言い草だこと。


「お前には何一つ偽ることは無い。我は人間と友好を築きたいと思っている。我は人間が大好きだ」

「やることが滅茶苦茶なら言ってることも滅茶苦茶だ。結局、アンタはなにがしたい?」


 もはや斧を振るうに十分な間合いというところで、ダクネシアは足を止めた。

 首のない漆黒の外装と巨躯。黒曜石で出来た大斧が、目と鼻の先に立ちはだかる。


「我はかつて魔神として君臨し、人間界を侵略しようとしたことがある」

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