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十五柱目 怠惰の権化

 なるほど、と俺は思い知らされた。

 怠惰の象徴というよりは、怠惰の権化に近い。

 その存在の暴力的な堕落への誘いは、一度でも味わえば、決して抗うことはかなわない。


 いつの間にか魔界の木の葉も散った頃合、季節は移ろい、いつの間にか冬が到来していたのだ。

 そして冬という季節において、聖人さえも堕落させるであろう究極の怠惰グッズがここにあった。


「相棒ー、そこのミカン取ってくれー」

「自分で取れ」


 そう、炬燵だ。


 リムル曰く、炬燵は七つの大罪の全てが詰め込まれているという。

 まず傲慢、立っているものは親でも使えという。電話が鳴ろうが客が来ようがお構いなし。炬燵から抜けたものは敗者といわんばかりの所業が活かせるのだと。


 次に憤怒、傲慢な所業に対してかならず争いが避けられない存在だ。傲慢なリムルと本の虫であるブッキーは、絶えず茶菓子を奪い合ったり、より広くスペースを確保しようとしたりと、日々争い続けている。


 三つ目に強欲、大概炬燵というのは、ただ脚を入れるだけに留まらない。

 脚に何か当たると思って覗いてみれば、中ではクロとリムルとガルゥが三柱揃って占拠していることが度々起こり、これもやはり憤怒によって追い出される。


 四つ目に色欲、炬燵は普通に使っていれば中など覗くことはない。それゆえに、時にフェチシアが隠れながら事に及ぼうとする。側面に座る俺の方に脚を伸ばしていたり、独り占めしたと思ったら中に引き込まれそうになったり、腰をホールドされて口淫しようとしたり。


 五つ目に暴食、炬燵の上には必ず茶菓子が置かれる。ガルゥにとっては恰好の餌場であり、蜜柑や煎餅は少し目を離しているうちに強奪される。しかも犬科のくせに雪が降っても喜んで庭を駆け回ることもなければ、減った茶菓子を補給しようともしない。


 六つ目に嫉妬、色欲のフェチシアに感化されたボーンは嫉妬からか、張り合おうとする。体温が暖かいガルゥならまだしも、体温が低めのアンデッドに寄り添われても嬉しくない。ただ肉の感触は良い。フェチシアよりも迫り方がなんというか真剣なので、邪険にしにくいのも厄介だ。


 そして最後に怠惰。俺がここから離れる理由は無い。俺は怠惰であるが故にこの炬燵と共にある。

 もとより怠惰な俺が、怠惰の権化と親和性が高いのは考えるまでも無く当然の結果だ。


 だが、意外な人物が俺を炬燵の外へと誘ったことで、怠惰よりも好奇心の方が勝ってしまった。


「番長! 私とデートしましょうよ」

「……えっ?」


 この魔界に転生して八年余りになるが、さすがにここまでストレートに誘われたことは無い。

 リムルはあの性格なのでデートなんて言われたところで、からかわれているのだと分かる。

 ガルゥは散歩、ボーンならショッピング、ブッキーは基本的に独りで本を物色するのが好きだから誘われることは無い。

 フェチシアはサキュバスなので毎回断りながらも迫ってくるので撃退している。


 しかし、まさか金にがめつい強欲のクロから誘われるなんて珍しいどころではない、初めてのことだ。


「デート代は俺持ちか?」

「やだなー。番長に身銭を切らせるなんてそんな恐れ多いっす。貢がせてくださいな?」

「……何を企んでいる」


 金の絡むことというのは、大概裏があるものだ。

 クロとて例外ではあるまい。いや、クロだからこそ警戒しなければならない。


 そう思っていたのだが。





「ほらほら、どうですか?」

「驚いたな、まさか鳥もお洒落をするとは」

「もう……まだ疑ってるんすかぁ?」


 黒い双翼を羽ばたかせるクロは、レザー系のブーツやビキニの服で着飾っている。


「地が黒いからむしろ地味なんだよな。とはいえ、ただ露出を増やすというのも安直……」

「真剣に考察するタイプだったんすねぇ。生真面目な番長らしい」

「……やはり金目の物好きのクロにはこの金色のドレスを」

「!」


 思った以上に目を輝かせる。アテが当たり過ぎたか。

 傍から見ると悪趣味と言われかねないほどの過剰装飾っぷりだが。


「わ、我が番長ながら恐るべき洞察力っすね。流石」

「お、おう」


 案外乙女なのだろうか。煌く黄金の布と銀色のフリフリ。ここまでくるともっと飾りたくなってくるな。

 それも色とりどりの宝石で色鮮やかに。


 いや、それよりも……


「えへへ、ふふっ!」


 本当に楽しそうだ。まるで子供のように純粋な瞳を輝かせはしゃいでいる。

 強欲という言葉がそう邪悪とは思えなくなりそうなほどに、それは……


「っ!? ちょ、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいっすね。へへっ……」

「いや、よく似合ってるぞ」

「そ、そうっすかぁ?」

「ああ。せっかくだから買うか」


 クロに手を伸ばすと、その体がピクンっ、と跳ねた。


「な、なな、何をなさいますっす!?」

「いや、値札見ようと」

「あ、そうっすか……」


 襟についている値札を摘んでひっくり返すと、俺はゆっくりとそれを伏せた。

 顔に出てしまったのか、クロは苦笑を浮かべて首を傾げる。


「…………」

「分かってますよ。見るからに高そうですもん。計画のためにも無駄使いはできないっすからね」

「いや買う、買うぞ。ちょっと持ち合わせがないだけだ。ちょっと取ってくるからそのまま待ってろ」


 俺の預金通帳にはいわゆるへそくりがある、小さい辺境の土地なら買えるくらいのものだ。

 ATMまでそう時間もかからないだろう、クロには少し待ってもらうとしよう。





 無事にドレスを購入し、どうせだから着せて歩かせることにした。

 奢ってもらって上機嫌になるかと思いきや、むしろ気乗りしていないように見える。


「あの、なんかすごい観られてる気がするんすけど」

「そりゃそんな派手なドレスなら目立つだろう。まあ似合ってるから気にしなくても」

「くっ、まさかこんな羞恥プレイをさせられるなんて思ってもみなかったっす」


 着慣れないタイプの服に途惑っているらしい。しかし満更でもなさそうなのはなんとなく分かる。実際こうして着て歩いているしな。


「そろそろ昼飯にするか」

「だめっすねぇ。服買った後に昼食なんて、服を汚さないように神経質になっちまうんすよ。順番がダメダメっす」

「そのためにわざわざ二着買ったんだろうが。気兼ねなく喰え」


 ちなみにクロはハーピィだが、鶏肉は躊躇なく食べる。まあ厳密に言えばクロは悪魔であって、純粋な鳥類ではないからな。


「何が食べたい?」

「焼き鳥っすかね」

「次からはちゃんと順番考えとくよ」


 ドレス姿で焼き鳥串を頬張るなんて、それはそれで良さそうだが。

 ともあれ、俺たちは真昼間から居酒屋に入ることになった。


 魔界の居酒屋には昼も夜もない。西部劇のバーだろうと時代劇の居酒屋だろうと、24時間やっている。


 カウンター席に並んで座ると、筋骨隆々の身に赤い肌、頭部に二本の角を生やした巨漢が酔って来た。


「こいつぁ驚いたな。あのからすが金ぴかにおめかしするなんて。隣に男も居るし、ついに金より男に興味が湧いたか」

「煩いんすよ、いちいち情報掠めようとして。金払えってんですよ」


 随分と険悪な……でもないな。むしろこれ以上なく慣れ親しんでいるような。

 ふと2メートル以上はある赤鬼の目がこちらを見る。


「俺は……」


 ふと俺は口を噤む。

 先ほどのやりとりからして、情報は金になりうる。

 もしかして……


「おっ、漏らさなかったな。偉いぞ坊主」


 そう言うと、赤鬼は透明なコップに透明な液体を注いで差し出す。


「…………」

「遊びはもうお終いだ。ただの酒だから安心して飲みな」

「大将、ぼんじりとハツ。あと砂肝っす」


 隣でクロが注文している間、俺は透明な液体の匂いを嗅いで、慎重に少量口に含む。

 ……普通の日本酒だった。淡麗辛口。


「まあ、悪魔だからな」


 外見は八歳の少年だが、俺は元人間の人外だ。そもそもここは異世界なので飲酒が成人限定のものなのか、そもそも成人が八歳と言う可能性も……流石にないか。


「ここの焼き鳥は美味いんっすよ!」

「そうか。にしてもやっぱりこう、あれだな」


 鳥の羽を持ってるやつが鶏肉喰ってるのは、すごい絵だな。


「まあ、俺も人肉には興味あったけどな」

「じゃあ嫁探すついでにつまみ食いしてみたらどうっすか?」


 確かに、どうせ悪魔になったのだし、人肉食にチャレンジしてもいいかもしれない。

 でも人間と友好を築こうというのに、人間を食ってもいいものか。


「罪人だったらいいんじゃないっすか? って番長がなんか言ってませんでした?」

「そうだっけ?」


 言ったような、言ってないような。細かいことは覚えていない。


「まあでも、強欲なのは良いことっすよ。極限まで欲を満たしてこそ、存在は輝くんっすよ?」


 そういうキャラじゃないだろうに、しかしクロの言い方は自然で、怖ろしいほどにしっくりと心に響いてしまう気持ちの良さがあった。

 潔癖を重視する神と、欲望を肯定する悪魔。二つの狭間で無数に存在する多種多様の人間。神を妄信するのも、悪魔に魂を売り渡し欲望を肯定するのも、きっとそこに違いは無いのだろうな。


 それが、自らの意志でもって、定めた存在り方ならば。





 食後の運動ということで、とある運動場を紹介された。

 しかし、こんな場所は初めてなので、何をどうしたものか。


「あっ、射撃場は初めてっすか?」

「なんで魔界に銃があるんだ……」

「魔界も時代を追い続けてんすよ。道具があれば魔道具があるように、銃があれば魔銃だってあるっす」


 黒い自動拳銃を両手にキメるクロ。

 手羽先であるはずのクロがどうやって銃を扱うのかといえば、そこはもちろん変化だ。

 手羽そのものを腕に変化させ、腕から羽が生えるフォルムにしている。先端には手が新しく出来て、銃を握るくらいなんということはない。

 ボーンが行ったような種族そのものに手を加える変化は無理だが、こういった細かいパーツの変化は融通がきくらしい。


 コンクリートの広い室内には人型の影が描かれた紙がぶら下がり、射撃する台からはかなり離れた位置にある。

 恐らく素人の俺には当てられまい。


 そんな俺の心境を知ってか知らずか、クロは左手の一丁を差し出してくる。


「銃に魔力を通わせれば勝手に魔力を弾丸に変換してリロードしてくれるんで、じゃんじゃん撃って大丈夫っすよ」

「ああ、なるほど。魔力がそのまま弾丸になるのか……」


 それなら悪魔にも通用するだろう。さすがにただの鉛玉が悪魔に効くとは思えないし。人間相手なら問題ないが。


「まあ、せっかくだし、楽しませてもらうか」


 俺は定位置に立ち、片手で構えて遠くに垂れ下がった紙に照準を定める。


 まずは一発撃ってみると、驚いたことに反動がほとんど無い。手の中で軽く跳ねるくらいのものだ。

 しかしやはりブレるのか、紙には当たって無さそうだ。


「むぅ」


 続けて二発、三発と撃ち続ける。魔力を弾丸に変換しているので、装填作業は要らない。


「ふぅ。どんなもんかな」

「そこの台にあるボタンを押せば、紙がこっちに来ますっす」

「んっ、これか」


 台に置いてある大きくも簡素なボタンを押すと、割と速い動きで吊るされた紙がこっちに接近した。

 台のところで止まった紙には人型の影が描かれているものの、大半の穴は影から外れたところに空いていた。


「あらら、だめだめっすねー」

「初心者捕まえてシビアなことを言うな」

「じゃあここは一つ、私がかっこいいところを見せるしかないっすね!」


 俺から銃を取り上げ、腕をクロスさせる。そういえば本当に引き金に指はかけないんだな。

 隣の定位置に立ち、集中している。


 なんだか、目が据わったような。


「ハァッ!」


 突如、見開かれた目と、釣り上がる口角。

 狂暴な笑みを湛えながらクロは銃を連射した。


「Fuァアアアアアckin 'Jeィィsuウァアアアsゥッ!! HYA! HA! HA! HaaAAA!」

「うわなんだこいつ」


 けたたましい銃弾の音と同じくらいにやかましい声を上げるクロ。

 しかしこんな乱雑な、しかもマシンガンみたいな連射をして、ちゃんと的に当たるのか?


 ふと、銃声が止む。

 銃口から這い上がる、細く揺らめく煙。

 先ほどまでの一人喧騒が嘘のような静けさだが、クロは両手を下げる。


「気ぃん持ち良ぃいっすぅ……!」

「えぇ……」


 恍惚とした表情を浮かべるクロ。しかし俺が気になるのは射撃の結果だ。

 あの射撃にどれほどの精度があったのか。


「んあ、気になるみたいっすねぇ?」


 その意地の悪そうな笑みはリムルを髣髴とさせる。

 ポチっと押されたボタン。紙は素早く手元に運ばれる。

 結果は……はっ?


「どうっすか? 私の腕前、認めていただけたっすか?」

「これはお前……」


 それは一つの絵になっていた。

 黒い影に空いた双眸、左胸にハートマーク。右胸からFuckin 'Jesusの文字。

 あの距離で細かい文字まで書くなんて。

 こいつは、本物だ。


豚共オークから助けてもらって、番長についていこうと思ったんすけど、やっぱりこのままじゃ不味いと思って、ずっとここで練習してたんっすよ」


 クロが羽ばたき、空中で身を捻りながら再び連射する。

 今度は相手からの弾丸を避けるような飛び方で、身を捻り回転すら交えながら、両手の拳銃を巧みに操り宙を踊っている。


 ふわりと降り立ったクロがもう一つ隣のボタンを押して、紙を手に取る。頭部、心臓、人体の正中線。

 人間の急所がある部分には尽く穴が開いている。

 いまだ銃口から揺らめく煙が消えぬうちに、銃を掲げて。


「どうっすか? 惚れ直しちゃった?」

「か、かっこいい……」


 もはや取り繕う気も起きないほどに、その芸当はあまりにも凄すぎた。


「あ、あれ、もしかしてやりすぎたっすかね?」

「クロ、俺にもそれ教えろ。お前と一緒にそれが出来たら面白そうだ」


 クロに背中を預け、一緒にガンスリンガーとして踊ってみたい。


「番長……わ、分かりましたっす。このクロが直々に銃闘ガンスリングってものを叩き込ませていただくっす!」


 こうして今日は、デートとはなんだったのか分からなくなるほどに銃の練習をして一日を終えた。






 そして翌日。


「もっと脇を閉めて、銃はもっと握りこむっす」

「こ、こうか?」


 一発、二発、三発と撃つが、微妙にずれる。


「もっと重心を安定させて。反動と同じ分だけ力を入れるのを意識して、押し出すイメージで撃ってくださいっす」


 反動と同じ分だけ、押し出すように。

 銃口から標的までの軌道がブレなければ、必ず狙った場所に当たる。

 それを意識した上で、より素早く銃口の向きを定め、速さとその他諸々を勘定に入れて撃ち込む。


「おっ、当たった」

「精度がまだ甘いっすね。当たったくらいで満足してちゃダメっす。もっと強欲になるっすよ。今度は反動も逆らわないで勘定に入れる。あとは体で覚えるんすよ」


 幸運なことにどれほど的を外しても銃弾は自分の魔力。弾薬に金はかからない。


「ほら、また膝が曲がりすぎてる。脇もほら」


 クロが俺の背後から構えを修正する。さすがに一朝一夕でガンカタじみた動きは出来なかった。

 今はこうしてクロに指導してもらっているところなのだが。


「腰を落としすぎても安定しないっすよ。リラックスして、程よい力加減を探すっす」

「あの、ちょっとタッチ多くない?」


 クロは構えを修正するためとはいえ、やたらと太腿や腰に触れてくる。

 有り体に言えば、セクハラギリギリなのだ。


「これもガンスリングをマスターするためっす。耐えて下さい」

「いやでも、ここまで密着する必要なくない?」


 クロの体はフェチシアやボーンほど豊満ではないにせよ、ちゃんと女の子している。こうまで迫られては。


「……クロ?」

「私も悪魔ですけど、レクトさんには本当に感謝してるんですよ。あんな豚臭い場所から助けてもらったんすから」


 何を唐突に言い出すかと思えば、俺とクロが初めて会った時の事か。俺はあまり覚えていないが。

 クロはオークの要塞地下に奴隷として閉じ込められていた、らしい。

 性欲解消の道具として乱暴に扱われ、とてつもない悪臭と不潔さに精神を蝕まれる、それはそれは壮絶な環境だったというのは聞いたことがある。


「あれはただの偶然だ。恩なら仲間になって金を稼いでくれてるだけで十分すぎる」


 クロのおかげで資金面ではもはや完全に不安は無い。

 さすがに人間界の通貨手に入らないが、魔界でしっかりと準備をすることは出来る。


「こうやって射撃場で銃を扱う経験だって、お前がいなきゃ出来なかった。変な利子でも請求されそうで怖いくらいだ」

「……私、結構本気なんですよ、だいぶ出遅れましたけど」


 本気と言われてもな。クロだって俺の目的くらい知ってるはずだ。そのために相手がサキュバスであろうと男色の狼男だろうと、その誘惑を拒んでいることも。


「クロ、俺は」

「分かってますよ、番長がやたらその嫁にゾッコンなのは。でもね番長……」


 クロの手が俺の体を愛撫するように這う。

 銃を扱っている最中にやっていいことではないが、悪魔だから仕方ない。 


「私はね、強欲なんすよ」


 強欲。嫉妬よりも暴力的で、憤怒より執念深く、傲慢にも届きうる強さ。

 暴食でもないのにかき集め、行動は怠惰とは程遠いがもたらす結果はそれだ。

 そして肉欲とは異なり、それは必ず独り占めを好む。


「まあ、さすがに独り占めは無理かもしれないっすけど、それでも私はレクトさんの傍に居たいんすよ」

「金になるからか?」

「もちろんそれもあるっす。とんでもないことをしでかそうとする人間には金が流れてくるものっすから。でも、純粋に、レクトさんを愛したい、力になりたいと思ってるのも本当っす」


 悪魔が純粋だなんて言葉を使うと違和感しかないが。

 いや、考えようによっては純粋なのか。彼らは純粋に欲望に忠実だ。


「悪魔が純愛するって?」

「あのベルゼブブでさえ、人間ビヨンデッタに化けて人間と愛し合ったんすよ? いいじゃないっすか、悪魔が純愛したって」


 悪魔が純愛。聞けば聞くほど違和感しかない。

 悪魔のイメージなんて、人の苦しめたり、苦しんでいるところを眺めたり、結果的に人を苦しめることになったりする、そういう存在、じゃないのか。

 いや、それこそが人間の勝手なイメージに過ぎないのか。


「そうだな」

「そっすよ」


 クロの手は、ゆっくりと俺の腕を這い、俺の手と重なる。


「まあいい、何が真実ほんとうで、何が虚偽いつわりかは……」


 的をしっかり狙う。よく見て、よく観て、視て、看る。


「これから見定めていく」


 真実を視抜みぬき、虚偽を観通みとおし、敵を見定みさだめ、看破みやぶる。

 そして引き金を引けば、視線の先に自然と穴が開く。


「ほらな」

「そっすね」

「素っ気無いな」


 そのまま射撃を続ける。

 眉間、心臓、急所という急所に風穴をあける。


 そして、最後に。

 心臓、心臓、心臓、心臓……しかし心臓の穴は一つだけ。


「って、なにさり気なくミラクルショットかましてるんっすか」

「コツは大体掴んだ」

「覚えが早くて便利っすね、その体は」


 ダクネシアが創ったという魔人間の肉体。

 人間の体では決して不可能であるはずの、魔力を通わせるという芸当を軽々とこなし、脳は想像力がたくましく、人間だった頃の肉体と比べても遜色ない。

 もはや自分は人間ではないかのように。


「いや、人間ではないな。魔人間だ」


 なら人間の部分はどこなのかと問われれば、魂と言わざるを得ない。ただ、その魂というのが目に見えないものなので、実感がまるで湧かない。

 悪魔には違和感として感じ取れるらしいし、ガルゥも匂いで丸分かりだというが。


 まあいいか。この体でも問題ない。

 リステアは必ず俺を一目見て分かってくれるし、心の底から愛してくれるだろう。

 今は再会を実現させるために、得られるものは強欲に、時に怠惰も忘れずに。

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