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一柱目 今日から魔人間

一柱ひとはしら

 それから五年を経て、俺は自我や記憶を取り戻す。

 ダクネシアによれば、新たに生を受けてから五年くらいは魔族としての野生を身につける必要があるとかなんとか小難しいことを言っていた。

 とにかく、今の俺は五歳児の子供の姿である。


 容姿は人間とほとんど変わらない。肌の色も青やら黒やらではない。

 しかし、純粋な人間ではない。

 魔王曰く、新たに創り出した種族であり、魔人間と名づけたらしい。

 一応、俺はこの異世界で唯一の存在ということになる。

 与えられた自室の鏡で、改めて全身を観察する。


「前世よりイケメンかも」

「あったりまえだろ。魔王様のデザインセンスなめんなよ?」


 鏡に映る俺の背後には一人の幼女。

 赤と黒のメッシュの髪、紅玉の瞳。その笑みからは常に肉食獣じみた凶悪さが漏れ出す。

 彼女は小悪魔。リトル・サタンの二つ名を持つ強力な悪魔で、ダクネシアの優秀な右腕だ。


「この小悪魔、リリルカ・リリコル・リクル・リムルが仕える魔王様のセンスは神すら及ばぬ深みがあるのだ」


 彼女は魔王ダクネシアの、いわゆる右腕というやつだ。

 五年前、俺が生まれてからは彼女が俺の世話をしてくれた。

 幼女にオムツを取り替えてもらったり、体を隅々まで洗ってもらったりと、今考えてみるとご褒美そのものだったのだが、当時に自我はまったく無かった。本当に惜しいことをした。


「いやぁ、憧れの人間を育てられるなんて、魔王様にお仕えしていて本当に良かった」

「本当に人間が好きなんだな」


 リムルは悪魔だが、人間が好きらしい。

 まるで念願であった小動物を買い与えられたに等しい彼女から、熱心に世話をし可愛がるように俺は扱われていた。


 彼女の視線が時々下半身に釘付けになっていたことだけは、乳児でありながら脳裏に焼きついている。


「私の夢は、いつか人間の相棒と一緒に悪道を極めることだからな。よろしく頼むぞ相棒!」

「相棒って誰のことだよ」

「そりゃお前以外に誰が……あ、いっけね。レクト急げ。魔王様がお呼びだ」


 自室を出て、目にあまり優しくない紫色の絨毯が続く廊下を抜けて、内装が黒曜石へと変わる頃には、眼前に両開きの扉があった。

 玉座の間。扉の向こうからすでに圧倒的な力を感じる。

 リムルは俺を見てくすっと笑う。


「なんだ、ビビったか?」

「不思議と以前みたいなプレッシャーは感じない。力を感知することは出来るみたいだ」

「なんだつまんね。でも扉ごしでビビるくらいじゃこれからの仕事は任せられないからな」


 まだ仕事の細かい内容も聞いていなかった。それに一番重要なことも。


「魔王様、入りますよ」


 リムルはノックもせずに扉を開ける。礼儀とかそういったものを完全に放棄しているようだ。

 悪魔っていうのはみんなこういうものなのか?

 そう思いながら、俺もリムルの跡に続いて玉座の間に足を踏み入れる。



「よく来たな」


 そこには五年前に見た姿のまま、ダクネシアの姿があった。

 あいも変わらず真黒な姿だ。


「久しぶりだなレクト。新しい体、魔人間はどうだ?」


 前世の俺なら、間違いなく会話も出来ずに凍り付いていただろう。

 しかし魔人間の肉体となった今は震えの一つも起こらない。

 だが俺にはもう一つ、ダクネシアを前に震えるより優先すべき用件が一つある


「ダクネシア、あんたに聞いておきたいことがある」

「ほう、強気な姿勢だな。プレッシャーにも耐性がついたのか。これは幸先の良い……」

「リステアは。俺の嫁はどうした」


 そう、本当ならむしろリステアに育てて欲しかった。授乳プレイとかしたかった。

 確かに悪魔幼女であるリムルに育てられるのも悪くは無かったが、ここはやはり……いや、それだと嫁というより母親って感じになっちゃうな。まあそれはそれで新鮮で悪くない。

 と妄想をする俺に、ダクネシアは渋い顔を示す。


「実はそのことなのだが……」


 それが決して良い報せではないことは、なんとなく察した。

 最悪のパターンに、思わず立ちくらみに襲われるが、リムルが支えてくれる。

 異性に優しくされたことなど無いからここは礼の一つも言いたいところなのだが、生憎とそんな余裕は無かった。


「お、おい大丈夫か!」

「まさか、まさかリステアは居ないのか? 俺を騙したのか?」

「いや、早まるなレクトよ。お前の嫁クリスティアは存在する。存在はするのだが……」

「もったいぶらずに話してくれ。俺が意識を保てているうちに」


 ああ、頭の中を割れ響く絶望の歌が反響する。

 なんてこった。こんなのってないだろ。一体俺がなにをしたって言うんだ……そうだ。もう一度妄想すればいいんだ。もう一度、もう一度……


「あ、あれ、妄想できない?」

「当然だ。その妄想はお前から抽出されたのだから。お前の嫁は無事にこの世界に顕現している」

「そ、そうなのか?」


 安堵した拍子に全身から力が抜け、膝をつく。

 頭は快楽物質でじんわりと痺れている。


「じゃあ、なんでそんなに言いづらそうなんだよ」

「お前の嫁は、今は人間界の聖女として生を受けたのだ」

「……もうちょっと詳しく」

 




 つまりはこうか。

 俺という魔界側の存在が新しく誕生した結果、世界がバランスを保つために、相反して聖なる存在も生み出されてしまうという。

 俺が魔人間となり、俺の脳内嫁であるリステアは聖女として人間界に産み落とされた。


「なんでだよっ!なんでそうなるんだよ!」

「不本意ながら、世界は未だに神のものだからだ。神の作りだしたシステムには、さすがに我でも逆らえない」

「ど、どうすれば……」

「うろたえるな。聖女となれば、待遇も厚いはずだ」

「もしリステアが俺以外の男に惚れでもしたら……」


 最低最悪の寝取られ同人誌が完成してしまう。それだけは、ああどうか神様それだけは……


「魔人間が神に祈るな。なんにせよ、元はお前の妄想だ。お前への好意はそのままのはずだぞ」

「そうなのか、なら安心だな……安心か?」


 俺の妄想した嫁がそんじょそこらの戦士や勇者に負けるはずが無い。そして聖女というくらいなのだから、どこの馬の骨とも分からない男に襲われるということも考えにくい。

 となれば、あとは俺がリステアを迎えに行けばいいだけだな。


「じゃあすぐに迎えに行こう」

「レクト、それは無理だぞ」

「なんで?」


 リムルのあまりに容赦のない迅速な宣告に、俺も思わず殺意を込めてしまった。

 しかし俺は生まれて五歳の幼児。いかに魔人間の殺意といえど、一流の小悪魔には通用しないようだ。


「だって、悪魔と人間は敵対関係にあるんだぞ。それをなんとか友好関係にもっていくためにお前がこの世界に呼ばれたんだから」


 あっ、そっかぁ。

 俺は思わずダクネシアを凝視した。


「まさかこうなることが分かって……」

「どうやらお互いの利害は一致したようだ。互いに人間と交友関係を築くために協力し合おうではないか」

「この悪魔め……」


 ダクネシアは邪悪で憎たらしい笑みを浮かべている。

 俺は跪き、項垂れるしかなかった。

 この魔王、侮れない。

 いや、悪魔の言葉に耳を貸したのがいけなかったのだ。俺はまんまと騙されて……


 だが、もし成功すれば念願のリステアとの永遠のイチャラブ生活が実現できるわけだ。

 前世の時のように貯金を食いつぶし、人生のタイムリミットに怯える必要も無い。

 そう考えれば、これは愛の試練とも取れるのでは?

 そうだ。これさえ、これさえ乗り切れれば俺は幸福を手に入れることが出来る!


「愛の試練……そう、これは愛の試練だ……」

「おいレクト、大丈夫か?」

「愛の試練だッ!!」

「ひゃっ!?」


 俺は妄想から得られた高揚感のあまりに勢いよく立ち上がる。

 覗きこんでいたリムルが驚き、赤い絨毯の上に尻餅をついたようだが、気分が良すぎてそれどころではない。


「俺はこの試練を乗り越えて、リステアと結婚する!」




 最終的な目標が決まった。

 では俺はこれから何をすればいいのか。


「さて、これからの予定だが、今のお前では幼すぎてどうやっても戦力にはなりえない」

「戦力……」


 この魔王本当にストレートに言いやがるな。


「それに、魔界での常識は人間界のそれとはまるで違う。そこで、学校に通ってもらう」

「が、学校?」

「魔界の学校だ。そこで色々学ぶといい」

「学校かぁ……学校なぁ……」


 勉強は好きじゃない。むしろ苦手だ。


「不登校になろう」

「お前がこの世界のことを知ることで、クリスティアと再会する確率はかなり高くなるだろう」

「えぇ……攫うとかできないの」

「目的を思い出せ」


 聖女を悪魔が拉致したとなれば、人間と悪魔が友好関係を築くどころか、大戦争に勃発しかねない。

 俺としてはどうでもいいのだが、そこまですると後が怖い。


「仕方ないかぁ……」

「真面目だなぁオマエ、別に成績トップになれとか言われて無いだろ?」

「あ、そっか」

「気楽に行けよ、気楽にさ。そんな繊細な性格じゃあ、魔界じゃやってけないぞ?」


 得意げな笑みを寄越すリムルに、少し頼もしさと愛らしさを感じた。


「一応、リムルも共に入学させる。困ったことがあれば頼るが良い」

「へっ!?」


 すぐ横から素っ頓狂な声に鼓膜を叩かれる。


「私もうそんな歳じゃないんですが!? もう600歳ですよ600歳!」

「なに、その辺りはこちらで上手くやっておく。それに貴様の外見なら十分紛れられよう」

「くっ……」


 リムルの外見は幼女。多めに見積もっても11歳。

 いやしかし、それでは小学1年というのはちょっと無理がある。


「それに変化も出来る」

「これ以上幼少化しろと仰るのか我が魔王よ。ただでさえ幼児体型を気にしているというのに!」

「良いではないか。前から人間と共に生活してみたいと言っていたであろう」

「それはまあ……しょうがないっすねぇ、分かりましたよ」


 渋々と承諾するリムル。俺はなにか励ましの言葉をかけられないかと考える。


「大丈夫、需要はあるぞ」

「余計なお世話だ!」

「俺も嫌いじゃないぞ」

「うるさい変態!」


 リムルと冗談を交わせるくらいにまで仲を深めることが出来たようだ。

 この調子で学校でも仲間を増やしていくとしよう。


「学校に行かなくたって勉強は出来るんだからな、みっちり教え込んでやるかんな!」

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