08機目 財政危機とショッピング
窓から朝日が部屋に差し込む。ベットの上の丸まった布団がモゾモゾと動き、暫くして動きを止めた。
「……朝、か。眠い」
顔を布団から出し朝日が差し込む窓を見て、間の延びた声で呟く。暫く寝ぼけ眼で窓を見ていたマキナは、布団から這い出てベットの端に腰掛ける。
軽く頬を両手で叩き、手を伸ばして体を伸ばす。
「ふう。一日経っても、宿のベットの上か。夢オチって事もなさそうだな」
部屋の中を一周眺めた後、マキナは諦念のため息を漏らした。
「クヨクヨしててもしょうが無い。朝飯を食べて、今後の方針を固めよう」
自分に言い聞かせる様に呟き、手櫛で乱れた髪を整え部屋を後にする。階段を下り食堂へ向かうと、昨日の喧騒の影は無く至って穏やかな様子だった。
「お早う御座います、ヘレナさん」
「お早う、マキナちゃん。ユックリ眠れた?」
「はい、御陰様で。やっぱり身の丈にあった部屋が一番落ち着きますね」
給仕をしていたヘレンに出会い、マキナは部屋の件を冗談交じりに礼を言う。普通なら貶していると取られかねない言葉であるが、言葉の裏の事情を知っているヘレンは苦笑しつつ、マキナをテーブルに案内する。
「そう、それは良かった。直ぐ料理を持って来るわ」
「はい」
ガランとした静かな食堂に、ヘレンの足音だけが響く。食堂を見渡すと数人の宿泊客らしき人影が疎らに見える。
昨晩の様に客で混雑している訳ではないので、ヘレンは然程時間を掛けず料理を持って姿を見せる。
「お待ちどうさま」
ヘレンが運んで来たトレーにはベーコンと卵を挟んだバケットと野菜スープ、そして紅茶が載っていた。
「有難う御座います」
マキナが礼を言うとヘレンは手を振りながら去っていった。
マキナは先ず、野菜スープを一口飲む。丁寧にアクを取っているのか、澄んだ野菜の旨みと塩味が程好く舌を楽しませてくれる。
次にバケットに齧り付く、柔らかなバケットにカリカリに焼かれたベーコンと半熟に仕上げられた卵の食感が心地良い。塩味の効いたベーコンを卵がまろやかにし、熱々の香ばしい風味のバケットが一つに包み込む。
「これも美味い。シンプルなメニューだけど、完成度が半端ないな」
料理長の腕に心底感心しながら、マキナは幸せそうに朝食を平らげていく。マキナは朝食という事もあり、然程時間を掛けずに残さず食べ終わり、紅茶で一服を入れる。
「御馳走様でした」
紅茶を飲み終わり、マキナは満足そうに小さく呟く。目覚めた時の憂鬱さは吹き飛び、活力が湧いてくる様だった。
「さて、取り合えず部屋に戻るか。ヘレンさん、御馳走様でした大変美味しい朝食でした」
「それは良かった、夕食も期待してて」
席を立ちヘレンに一声かけた後、マキナは自室へと戻る。
自室へ戻るとマキナは椅子に座り『コンソール』を開き、『アイテムボックス』から硬貨を全て机の上に並べる。
「所持金の残りは金貨が49枚、銀貨が104枚、銅貨が100枚か。泊まるだけなら778日泊まれるか」
マキナは単純計算で、現在の所持金から宿泊可能日数を算出した。これ以外に必要物資を購入するならば、更に宿泊可能日数は減少する。
「必要最低限の消費で無駄な出費を避ければ、最低1年は宿暮らしが出来るかな?」
マキナは机の上の銀貨を一枚摘む。
「1泊2食月で宿泊費が銀貨7枚とすると、これ一枚で日本円で1000円位の価値かな?」
マキナは宿泊費から、硬貨の日本円での価値を推測する。
すると、金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚と成るので。金貨=100000円、銀貨1枚=1000円、銅貨1枚=10円となる。
「と言う事は、今500万前後持ってるって事か。ヤバくね?」
マキナは意外と深刻な資産状況に焦る。全くの異世界で何も生活基盤が無い状況で、500万だけしか持たされていない。異世界の一般的な知識も常識も無ければ、親しい知り合いも居らず、前世の学歴職歴が全く意味を持たない状況でだ。
「余裕がある内に、何らかの収入源を作らないとヤバイな」
無表情から変化しない鉄仮面な顔にも、一筋の冷や汗が流れる。
「最初の一月を全て街での情報収集に使うとすると、最低金貨数枚は出費するな」
現状を考察するに従い、手持ちの資金が1年持つかも段々怪しくなって来た。マキナは一先机の上の硬貨を、手持ち分を除き全て『アイテムボックス』に収納する。
「先ずは街の中を散策しつつ金策のネタを探そう」
痛くなり始めた頭を軽く振り、マキナは外出の準備をする。
「バックくらいは持っていた方が良いかな?」
外出準備であまりに身軽な格好に少し違和感を覚えたマキナは、『アイテムボックス』を大っぴらに使わないと決めている以上、実用性も加味し荷物入れとして肩掛けバックを購入しようと決める。
部屋をで一階に降りると受付カウンターにヘレンが立っていたので、マキナはカバンを買う店を参考にまでと聞く。
「ヘレンさん。カバンを買おうと思うのですが、オススメのお店ってありますか?」
「カバン?そうね、拡張バックなら表通りの魔法道具屋さんに置いてあるし、普通のバックなら広場の露店で探すのも良いかも知れないわよ?」
「拡張バックですか?」
「結構高価だけど見た目以上に荷物が入るから、商人や飲食店の人が買い出し用に持ってるわ」
『アイテムボックス』と似た様なバックがあると言う情報を聞き、マキナは魔法道具屋に寄ってみ様と決める。
「そうですか、有難う御座います。取り合えず魔法道具屋に寄った後、広場の方に行ってみます」
「そうね。マキナちゃんの予算が何れ位か、分からないけど拡張バックは小さい物でも高いから」
初めてのお使いに行く子供を気を遣う様な眼差しで、心配そうにマキナを見るヘレン。そんな視線を敢えて無視して、マキナは話題を強引に変える。
部屋の鍵をポケットから取り出し、ヘレンに見せる様に持つ。
「そう言えばヘレンさん、外出する時部屋の鍵はどうすれば良いんですか?持っていれば良いんですか?それともヘレンさんに預けるんです?」
「どちらでも良いわよ?部屋に荷物を置いてるなら自分で持っていても良いし、預けてくれるのなら部屋の掃除はして置くわ」
「そうですか。それなら部屋も汚れていないので、鍵は自分で持っておきます」
鍵を胸ポケットに戻し、ヘレンに一礼してマキナは宿をでる。
宿を出たマキナは、昨日宿への目印にした角の魔法道具屋を目指し、街を観察しながら歩く。
「昨日はヤッパリ、余裕が無かったんだな」
マキナの目に綺麗な石造りの街並みが入って来る。整然と敷き詰められた石畳、等間隔で配置された街路灯。
忙しそうに歩いて行く、ディポンや門番の様な獣人やヘレンや屋台のオヤジの様な人間。雑多な人種が入り混じり、街全体が活気だっている。
「旅行雑誌で見た、ヨーロッパの街並みって所か?」
マキナは、自分の知る日本の街並みと大違いの石造りの街並みに感心する。
「石造りの街並って事は、この地方は地震が少ないのかな?」
地震大国と呼ばれる日本に住んでいたマキナとしては、石を積み上げて作る石造りの建物が壊れないか不安になり気になった。
そんなこんなと町並みを観察しつつ歩いていくと、目的の魔法道具屋が目に入った。
「あった。あそこが魔法道具屋だな」
重厚な木製ドアと言う、立派な門構えが出迎える。如何にも高級店といった門構えであるが、意外に客入りは悪くないのか、軽鎧を付けた数人の客が入れ違いに店へと入っていった。
特別正装して入る様な店では無い様なので、マキナは自身の格好を見直し少し安堵の息を吐く。
「まっ、取り合えず店の中に入るか」
店の扉に手を掛け、少し躊躇した後力を入れて扉を開く。
扉から見える店内は、日差しを遠く取り入れる構造に成っているのか、石造りの建物とは思えない程明るい。店内を見渡すと、商品は余裕を持った配置で整然と陳列されており、雑多とは程遠い清潔感ある店作りがされていた。
「いらっしゃいませ、何を御所望でしょうか?」
マキナが店の中を眺めていると、仕立ての良いローブ着た男性店員が声を掛けて来た。
「えっと、拡張バックをこの店で取り扱っているとお伺いしたのですが?」
「はい。拡張バックでしたら、当店でも取り扱いしています。コチラへどうぞ」
男性店員は営業スマイルを浮かべながら、丁寧な対応でマキナの接客をこなす。マキナを店の一角、小物を扱っているコーナへ誘導する。
「こちらが拡張バックのコーナーです。商品の説明を致しましょうか?」
「あっ、はい。お願いします」
「畏まりました」
男性店員は空いてるテーブルの上に、大小3つの拡張バックを並べる。
「先ずこちらの一番小さな拡張バックですが、内部収納空間は元の2倍程の大きさに成ります」
男性店員はポシェット程の大きさのバックを手に取り、収納機能を説明をする。
「次にコチラの商品が5倍、ソチラが10倍と成っています」
順に指を指しながらハンドバック、ショルダーバックと順に用品お説明をする。
「既製品は以上ですが、時間と予算を頂けるのでしたらオーダーメイド対応も承っています」
男性店員は一通りの商品説明を終え、マキナの返答を待つ。怒涛の商品説明に気圧され、マキナは遠慮がちに男性店員に話しかける。
「あの、お幾ら位するんですか?」
「そうですね。小さい方から金貨5枚、20枚、50枚と言った所です」
詰まり日本円で、50万、200万、500万と言った所だ。マキナは予想以上の金額に、暫し言葉を失う。
「えっと、もっと安い物はありませんか?」
「残念ですが、当店で取り扱っている拡張バックはコレらだけなので……」
男性店員は言い辛らそうに、言葉尻をすぼめる。マキナは男性店員の様子を見て財布の中を思い出すが、出せない金額ではないが流石に痛い出費だと結論づけた。
「そうですか。すみません、御手数をお掛けしてしまい。又お伺いします」
「そうですか。またのご来店お待ちしています」
男性店員はマキナに残念そうな視線を一瞬だけ向けた後、直ぐに取り繕い丁寧な対応でお見送りする。
申し訳なさそうな仕草をしつつマキナは店を出、店から数歩離れた所で疲れた様に溜息を漏らす。
「ふう。予想以上に高いよ、拡張バック。あの金額、日本なら中古車が買えるよ」
予想以上に高価な結果に、思わず愚痴を漏らす。流石に収入源がない状況で手を出す訳には行かなかった。
「拡張バックがあの性能であの金額なら、ますます『アイテムボックス』は大ピラには使えないな」
マキナは自身が異世界転生した時に、救済手段の一つとして与えられた能力の高性能さに呆れながらも感心する。『アイテムボックス』の限界収容容量はまだ検証仕切れていないが、相当な物であると考えられた。テンプレ性能(容量無限・内部時間停止)ならば、それこそドレ程の価値を持つか……。
「秘密にして置いた方が良い事だらけだな」
マキナは検証すればするほど、気苦労ばかり背負い込む様な錯覚に陥った。暫し無心で広場までの道を歩く。ふと見上げた雲一つ無い青空と違い、マキナの心中は曇天が立ち込めていた。
「昨日も見て回ったけど、フリーマーケットだよな」
広場に到着したマキナは、早速散策を開始する。
露店は草むらに敷物を敷いただけの簡単な作りで、店舗毎に思い思いの品が広げられていた。旅商人らしき玄人の店主、小遣い稼ぎの子供の店主、新進気鋭の芸術家やデザイナーの卵らしき店主等様々な顔触である。扱う品も一品物から、日用品や前衛芸術的な品まで混沌としたラインナップだ。
それらの店々を歩きながら流し見て行く。
「中古品でも良いから、頑丈なバックが欲しいな。」
しかし露店の店先に並べられている品々は、デザイン優先の装飾過多なバックや繊細な生地を多用したバックが多い。売れ筋の品を目立つ所に並べるのは、商売の常套手段であるがマキナの目に止まらない品ばかりであった。
暫く露店を見ながら歩いていると、一軒の店前でマキナの脚が止まる。
「すみません。そのショルダーバックを見せて貰っても良いですか?」
「いらっしゃい。良いよ、手に持って存分に品定めして見てくれ」
若い男性店主は自信有り気に、指さされたバックをマキナに手渡す。
「そいつは分厚い麻生地製で、要所を金属で補強した丈夫さを追求した物さ。ちっとやそっと乱暴に扱っても壊れないよ。まぁ、その分デザインが無骨に成っちまったがな。嬢ちゃんにはチョット不釣合かな?」
店主の話を聞き流しながら、マキナは軽くバックを広げてみる。縫い目に解れは出ず、補強も内張りでパッと見は普通の藍染のショルダーバックである。
日用品を入れるには容量も十分で、マキナは一目で気に入った。
「これはお幾らですか?」
「お?気に入ったのか?そうだな、銀貨10枚って所だな」
銀貨10枚、日本円で1万円である。まぁ、その位かと納得し、マキナは胸ポケットから銀貨10枚を取り出し、店主に手渡す。受け取った店主は銀貨を素早く数え、頷く。
「毎度あり」
マキナは購入したショルダーバックを右肩から斜めに掛け、軽く動いてバックの掛け心地を確認する。大きく揺れ動く事も無く丁度いい収まり具合だった。
「さてと、もう少し広場を回ってみて商売のタネ探しでもしますか」
マキナは再び、露店巡りを再開する。