07機目 豪華過ぎる部屋は無理
マキナは女の子と目を合わせ、目的を告げる。
「宿泊をしたいのですが、大丈夫ですか?」
「はい、空室は御座います。失礼ですが、お客様は当宿を初めてご利用ですか?」
「はい。門番の方にコチラをオススメして頂きました」
マキナの言葉を聞き、女の子は笑顔を浮かべながら料金が書かれた板を持ち出し説明をはじめる。
「ありがとございます。お客様は初めての御利用の様なので、当宿の宿泊システムを御説明します。当宿では、1泊2食付きで一部屋を銀貨7枚でお貸ししています。素泊まりですと、1泊銀貨5枚です。7日以上の長期間御利用の方には、割引サービスを行っています。何泊御利用でしょうか?」
「後から宿泊期間を延長する事は可能ですか?」
「はい、可能です」
「では、取り合えず7泊お願いします」
マキナは割引と聞き少し悩んだ後、仮宿泊数を7日と決めた。
「7泊ですね?当宿は料金は前払い制に成っておりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。あっ、宿泊数が短った場合は払い戻しされるんですか?」
「はい。事前に知らせて頂けえば、日割りで払い戻し対応させて頂きます」
当日の払い戻し対応はしないと言う事である。
「身分証の提出をお願いいただけますか?」
マキナは門で発行して貰った仮身分証を胸ポケットから取り出し、受付カウンターに置く。
「お預かりします。……これは、失礼致しました。賓客の方でしたか」
仮身分証を確認した、少女の対応が少し変わる。
「御客様には、特別室の方を御用意させて頂きます」
「えっ、特別室?」
収入基盤が出来ていない状況で出費を抑えたいと考えるマキナとしては、特別室等用意して貰っても困るので早々に断ろうとすると少女に制止された。
「特別室と申しましても御宿泊料金は通常の物と変わりませんので、御安心下さい。これは賓客の方にするサービスなので、御気遣い無く御利用下さい」
少女に押し切られる形で、マキナは特別質の使用を了承した。
「7泊御利用で料金は銀貨45枚に成ります」
「では、これで」
マキナは胸ポケットから金貨を取り出し、受付カウンターに置く。
「金貨1枚お預かりします。コチラがお釣りの、大銀貨1枚と銀貨5枚に成ります」
「確かに」
「御客様の御部屋は、奥の階段を上った3階の301号室です。食事は1階の食堂でご利用出来ますので、宿の者にお申し付け下さい。こちらが部屋の鍵になります」
マキナは少女から装飾の施された鍵を受け取った。金細工が施された、シンプルでありながら見事な鍵である。
「本日は<木漏れ日亭>をご利用頂き有難う御座います。申し遅れましたが、私はヘレンと申します。ご利用期間中宜しくお願いします」
「いえ。此方こそよろしくお願いしますね、ヘレンさん」
ヘレンはマキナに一礼し、笑顔で宿の利用を歓迎した。
「ここか」
彫刻細工が施された重厚な木製扉を前に、マキナは若干気後れする。元々一般庶民のマキナとしては、宿の特別室等縁遠い物だったからだ。
故に無言のプレッシャーを放つ木製扉を開けるのは、荷が重かった。
「ええい!こんな所で押し問答していてもしょうが無い」
覚悟を決め、ヘレンから受け取った鍵をカギ穴に差し込み鍵を開ける。ドアノブに手をかけ、息を少し吸い扉をユックリ開く。
部屋の中は見事な模様が編み込まれた絨毯が敷かれ、一目で高価と分かる小物類が品良く配置されている。極め付けは、天蓋が付いた特大のベットが配置されていた。
マキナは扉を開いた状態で固まり、暫し間を置き静かに扉を閉じる。
「いやいやいや!何だこの部屋」
マキナは自分の目で見た物が信じられなかった。
「何かの間違いだな、うん!ヘレナさんって、慌て者だな!」
マキナは今見た物が見間違いであると結論付け、階段を下り受付のヘレンに鍵を交換して貰おうとする。
しかし。
「マキナ様の部屋は間違い無く、3階の301号室ですよ」
笑顔のヘレンに否定され、マキナが見た光景は現実であると突き付けられた。
重い足取りでマキナは再び扉の前に立つ。
「現実を直視し様」
意を決し、マキナは扉を開き部屋の中へと足を進める。足の裏から伝わる絨毯の感触に、決して見た目だけの安物では無いと実感した。部屋を一通り観た後ソファーに腰を下ろすと、ソファーは硬すぎず沈み込み過ぎずと程良い感触で受け止めてくれる。
マキナは貧乏性とは言わないが、些か場違い感に苛ままれた。
「落ち着かないな」
ソファーに座りながら部屋を見回すも、元々4畳半で生活していたマキナはどうしても部屋の中に居場所がない様に感じた。
「やっぱりヘレンさんに言って部屋を交換して貰うかな?」
豪華で広い部屋に、マキナはノックダウンされそうになっていた。マキナは此の儘では精神衛生に良くないと、ソファーを立ち上がり決意する。
「よし、交換して貰おう」
部屋をで階段を足早に降り、受付カウンターにいたヘレンに直談判を行う。
「ヘレンさん!部屋を変えて下さい」
「何か不備がありましたか?」
無表情ながら焦った様な雰囲気のマキナに、ヘレンは身を強ばらせ次の言葉を待つ。特別室に気付かなかった不備がある等、宿にとって死活問題であった。
「部屋が豪華過ぎて落ち着きません!普通の部屋に変えて下さい!」
身構えていたヘレンは余りに情けないマキナの申し出に、気が抜け思わず肩が落ち姿勢を崩す。
「え、えっと?」
ヘレンの凛とした佇まいは崩れ、不味いと思いつつ珍獣を見る様な眼差しをマキナに向けた。マキナはそんなヘレンの眼差しに気付く事無く、己の主張を伝える。
「部屋の中に居場所がありません!気が休まる普通の部屋に変えて下さい!」
「は、はぁ」
「無理を言っていると思いますが、お願いします!」
必死なマキナの様子にヘレンは気圧され、空き部屋を探す。
「えっと、2階の一人部屋なら空いてるわ」
「お願いします!その部屋と交換して下さい!」
「わ、分かったわ!」
受付カウンター越しに、噛み付かんばかりに身を乗り出しヘレンに懇願するマキナ。あまりの迫力に二つ返事で部屋の交換をヘレンは了承した。
部屋交換が叶いんでいたマキナはフト我に返り、ヘレンに謝罪する。
「す、すみません!」
「はぁ、これなら初めから特別室にしなければ良かったわね?」
「いえ。私ももう少し強く断っておけば、2度手まに成る様な事にならなかったですね」
二人は暫し見詰めあった後、ヘレンが苦笑を漏らした。
「ヘレンさん?」
「ああ、御免なさい。マキナちゃんが賓客って書かれたカードを持っていたから、何処かのお嬢様がお忍び旅でもしてるのかな?って思って特別室に案内したんだけど。早とちりだったみたいね」
「私は普通の旅人ですよ。全く、門番さんのせいでトンだ騒動です」
不満有り有りと言った雰囲気を纏うマキナに、ヘレンは謝罪する。
「御免なさいね。今度の部屋は普通の部屋だから安心して」
「はぁ、良かった。これで落ち着いて休憩できます」
「今日の夕食は、お詫びに少し豪華にしておくわ。楽しみにしてて」
「はい!」
マキナはヘレンから新しい部屋の鍵を受け取り、晴れ晴れとした雰囲気で階段を上っていく。
新しい部屋はシングルベットが一つと、テーブルと椅子が一脚ずつのシンプルな部屋だった。マキナはその部屋を見て、ビジネスホテルの一室だなと感想を思い浮かべる。
別途に腰を下ろし、背を伸ばす。
「やっと安心出来る部屋だ。全く飛んだ目にあったな、明日門に文句を言いに行くかな?」
騒動の原因を作った初老の門番の顔が思い浮かび、お礼参りに行くかと割りかし本気でマキナは考えた。胸ポケットからカードを取り出し、忌々しそうに問題の文字を眺める。
「賓客の文字って、どうやったら消えるんだ?」
お礼参りは冗談にしても、もう一度門に行く用事はあるなと溜息混じりにマキナは意気消沈する。
「厄介毎の匂いしかしないな」
胸ポケットにカードを仕舞い、『ステータス』を開く。
「SPは最大値の40%か。少し睡眠をとって、何れ位回復するか見ておくか」
色々気疲れてする事が続き、精神的疲労回復の意味も含みつつ睡眠によるSP回復量の検証を行おうと就寝準備を行う。
硬貨や仮身分証を『アイテムボックス』に仕舞い、マフラーを外し枕元に置く。
「夕食の時間も近いし、1時間位寝れば良いか」
アクビをしながらベットに潜り込み目を瞑ると、予想以上に疲れていたのかマキナは直ぐに眠りの世界へと旅たった。
夕日が窓から差込みマキナの顔を赤く染める頃、背伸びをしながらベットから体を起こした。
「うーん!良く寝た!」
目を覚ましたマキナはベットの淵に座り、手の甲で目を擦りながら『ステータス』を開く。
「2時間位って所かな?SPは最大値の80%か、睡眠による回復量は1時間辺り20%って所か」
マキナは回復量の検証が済みベットから立ち上がり、軽くストレッチを行い体を伸ばす。
下から漂ってくる香りに気が付き、マキナは目を輝かせる。
「そろそろ食堂に行っても大丈夫かな?」
食欲をそそる香りが、寝起きの空きっ腹を刺激する。マキナは枕元のマフラーを首に巻き、身だしなみを整え部屋をあとにする。
階段を下りる毎に食堂の喧騒の声が聞こえた。
「結構お客さんが居るみたいだな、入れるかな?」
一階に降り奥の食堂へ向かうと、賑わう店内をヘレンが慌ただしそうに給仕をしていた。
「あっ、ヘレンさん!」
「?マキナちゃん、いらっしゃい」
「今から夕食って大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、一寸待ってね。今、席まで案内するから」
マキナに断りを入れ離れるが、直ぐに手に持っていた注文の皿を届け終えたヘレンが戻ってくる。
「お待たせ。宿泊客用の席は確保してあるから安心して」
「はい」
客の混み沸く食堂をヘレンの案内で着いて行くと、少し奥まった席に案内される。周りの席も宿泊客用らしいが、まだ空席が目立つ。
「料理は持ってくるから、少し待っててね。今日はお客さんが多くって」
「何か有ったんですか?」
「さぁ?良く分かんないんだけど、何か良い事が有ったんで皆で飲みに来たらしいの」
給仕に忙しいらしく、ヘレンも何故こんなに人が多いのか原因は分からないらしい。少し話していると注文の声が響き、マキナに手を振りながらヘレンは去っていった。
「ヘレンさん、忙しそうだな。この調子だと、料理は暫く来ないかもしれないな」
店内を見回しながら観察すると、老若男女関係なく嬉しそうに酒や料理を囲んでいる。よく見ると、彼らの表情はまるで緊急手術が無事成功した患者とその家族の様だった。
「みんな似た様な喜び方だな、お祭りか何かでもあったのかな?ああでも、それならヘレンさんも知ってるはずだしな」
幸い周りの席は空席だったので、マキナは料理が来るまで頭を捻りながら店内の人間観察を続ける。
人間観察と言う暇潰しをしながら時間を潰していると、程なくしてヘレンが料理を持ってきた。
「マキナちゃんお待たせ。時間掛かっちゃって御免ね」
「いいえ。この込み具合ですから、多少の時間は掛かるだろうと思ってましたので、構いませんよ」
「そう言って貰えると助かるわ。はい、これが当店料理長自慢の料理、ロック鳥の煮込みシチューセットよ」
ヘレンが運んできた木製トレーには蓋付のココットと皿に乗ったクルミが練り込まれたバケット、ドレッシングの掛かったサラダが載っていた。
ヘレンがココットの蓋を取ると、フツフツと沸騰するシチューの上に大ぶりの野菜とロック鳥の肉が浮かんでいた。複雑な香りがテーブルに広がり、マキナの嗅覚を刺激する。
「あとでオマケのデザートを持ってくるから。ユックリ味わってね」
「はい!」
ヘレンが去るのを見送り、早速マキナは料理に齧り付く。
まずシチューを吐息で覚ましながら一口。煮込まれた野菜や肉の旨味が口一杯に広がった。また、ロック鳥の肉を口に入れると、身は直ぐに解れる程軟らかでありながら確りとした肉の旨みを伝えてくる。
次にバケットを千切りシチューに浸し食すと、濃厚なシチューの味をバケットが受け止めクルミの食感が程好い。
最後にサラダを食すと、酸味の効いたドレッシングが口の中を爽やかにし、次の一口を誘う。
結果、マキナは夢中になってシチューセットを食していった。無言で次々料理を口に入れて行くが、決して下品と言う訳では無く、寧ろ美味そうと言う印象を周りに与えた。
「マキナちゃんは、随分美味しそうに食べてくれるわね」
「?」
声を掛けられ、マキナは初めて近くに誰か居る事に気が付く。視線を向けるとそこには、微笑ましそうな表情を浮かべる、デザートの乗ったトレーを持ったヘレナであった。
「はい。これがオマケのデザート、リンゴのパイと紅茶よ」
ヘレナが持ってきたデザートは、パイ生地に包まれたリンゴのパイであった。甘い香りとバターの香ばしい香り漂う。
「有難う御座います」
「そんなに美味しそうに食べて貰えると、私達も作り甲斐があるってものよ」
ヘレンは嬉しそうな笑みを浮かべ、マキナのテーブルを離れていった。
シチューセットを食べ終わったマキナは、パイに手を伸ばす。デザート用の小さなフォークをパイに刺すと、何層もの生地を断ち切る触感を伝えてくる。切り出したパイを食すと、仄かなリデムの甘みとバターの香ばしさが口に広がった。
紅茶を口に含むと、仄かな苦味が口の中に残る甘味を洗い流す。
「御馳走様でした」
食事を終え口元をナプキンで吹きながら、マキナは満足したと言わんばかりの幸せそうな雰囲気を撒き散らしていた。
そして、いつの間にか近づいて来ていたヘレンが、マキナに声をかける。
「満足して貰えたみたいね」
「はい。とても美味しい料理でした。美味しい食事を有難う御座いますと料理長にもお伝え下さい」
「そうね、伝えておくわ」
嬉しそうな笑みを浮かべたヘレンは、マキナの食事済みの皿を持って厨房へと戻っていった。
「良し、部屋に戻るか」
マキナは未だ混雑し続ける食堂を後にし、自分の部屋に戻る。
「うーん!最初はどうかと思ったけど、門番さん本当に良い宿を紹介してくれたんだな」
マキナは余計な事をしてくれた門番を少し見直しつつ、ベットの端に腰掛け『ステータス』を開く。
「SPは最大値まで回復か……チャンとした食事と睡眠が不可欠って事か」
マキナは今後の課題として、食住の確保の重要さを痛感した。
「良し!難しい事は明日考えよう。今日は一日色々有り過ぎて疲れた。もう寝よ、お休み」
微妙に現実逃避気味の結論を出しつつ、マキナは布団に潜り込み寝息を立て始めた。