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04機目 狸を助けたら重量挙げ

 

 

 

  ゴブリンが徐々に馬車との距離を縮めるに従い、狸商人は全身から冷や汗を吹き出しナイフを構える手の震えは一層大きくなる。

 それでも狸商人は、自身を奮い立たせる様に叫ぶ。


 「この荷が届くのを病気の人々が待っているんだ!お前ら等に、絶対に渡すものか!」


 だが時間が経つにつれ、狸商人の真っ青な顔色は土色に変わり、目の焦点も次第に合わなく成ってきた。その様を見極めたゴブリン達は歪んだ笑みを浮かべながら、敢えてユックリ時間を掛けながら包囲を縮める。 

 まるで、捕食者が追い詰めた獲物を甚振るかの様に。


 「!?!?!!!」


 遂に少し手を伸ばせば触れられる様な距離まで、血走った眼を向けるゴブリン達が狸商人に近づいた。

 狸商人は言葉に成らない音を口から発しながら目を閉じ、手に持ったナイフを無茶な体勢でゴブリン目掛けて突き出す。余りに盲且つ稚拙な攻撃とも言えない攻撃は、一歩後退したゴブリンに当然の様に届かず、目標を失った狸商人は無様に地面を転がる。

 

 「うっ!?」


 地面に転んだ拍子に手に持っていたナイフを失った狸商人の背に、ゴブリンは踏み潰さない様に足を乗せ動きを封じる。踏まれた圧迫感に苦悶の声を上げる狸商人の顔の前の地面に、手に持っていたボロボロの剣を見せ付ける様に突き刺す。  


 「!!!!」


 背中の痛みと掠れる視界の剣の恐怖に声を無くす狸商人を尻目に、ゴブリンは仲間に見せ付ける様に雄叫びを上げながら頭上まで剣を振り翳し、狸商人の首目掛けて振り落とそうとする。

 しかし。 


 「お楽しみの所悪いが、悪趣味な狼藉はソコまでにして貰おうか?」


 街道沿いの草むらから大きな銃声と声が響き、剣を振り翳していたゴブリンの頭が弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 少し時間は戻る。

 草むらに隠れ様子を伺っていた充は、狸商人を助けるかどうか迷っていた。


 「この場合、狸商人がゴブリンの集団に襲われていると考えれば良いのか?それとも、ゴブリンの集団が狸商人に襲い掛かってると考えるべきなのか?」


 目の前の事案には、二通りの受け取り取り方が有るからこそ充は悩む。そのまま見ればゴブリンに襲われている狸商人を助けるのが正しいと思える選択なのだが、世界や種族の関係に関して一切事前情報がない為中々決断出来無い。

 もし、狸商人が悪徳商人でゴブリン達が止むに止まれぬ事情で襲撃している場合、ゴブリン達を殲滅し狸商人を助ける事が正しいと言い切れないからだ。


 「今更見殺しって言うのも後味悪いしな。かと言って、無傷でゴブリンを怪我をさせずに撃退出来る自信も無いしな。困った」


 充は右手に持つM1911を眺めながら困った様に呟く。充の持つ唯一の武器であり、殺傷性が極めて高い武器である。ゴブリンに対しどれ位の威力を発揮するか不明で、自身の安全を考慮すると攻撃する場合は急所を狙うしかない。銃撃が普通に有効な場合、急所狙いの為に手加減は不可能である。

 充が迷っている間に状況は進行しており、狸商人の叫び声が聞こえて来た。


 「良い奴じゃん、狸商人」


 気丈にも意地を張る狸商人の姿に充は感心し、ゴブリン達殲滅し助ける事を決めた。

 『アイテムボックス』からもう一丁の拳銃を取り出し左手に構え、口でスライドを咥え初弾を薬室に送り安全装置を解除する。


 「さて、後は介入するタイミングだけど。……出来れば、拳銃の存在を見せない方が良さそうだな」


 先ほど逃げ出した狸商人の護衛三人組の装備を見る限り、鉄剣と要所を金属で補強に使った革鎧と言う地球で言う中世辺の技術レベルである。革鎧や金属鎧が幅を効かせていると言う事は、銃器が余り発展していない可能性があるなと充は推察した。

  何故なら、地球で中世以降フルプレート等の金属鎧が廃れた原因は銃器の発展が関係している。個人が纏える金属鎧程度では銃弾を防げ無く成ったからだ。同じ理屈が異世界でも通用するかは不明だが、全く適用され無いとも言い切れない。


 「万が一、銃器が無い若しくは火縄銃レベルの世界にこんな物があったら、色んな意味で悪目立ちするだろうな」


 M1911は一弾倉で7連射可能であり、薄い鉄板程度は軽く貫通し対象物を破壊する事が可能なのだ。

 銃の有用性を見出す見識が無いであろう村人等であれば兎も角、有効性を見出しそうな商人の前で使う事は避けたいと充は考えた。


 「イッソ、恐怖心で狸商人が気絶でもしてくれるのが一番穏便に助けられるんだけどな」


 だが充の希望は、狸商人が自身を鼓舞し震えながらもゴブリンに立ち向かっているので望み薄だった。ゴブリンが近づくに従いだんだん挙動と顔色が可笑しくなる狸商人、これ以上は危ないと思い介入しようと右手の拳銃の銃口を狸商人に一番近いゴブリンの頭に向ける。

 レティクルを合わせ引き金に指を掛けトリガーを引こうとした所、一瞬早く狸商人が動いた。

 目を瞑り奇声を発しながら、狸商人は大勢が崩れる事を厭わず全身を使いゴブリンに向かいナイフを突き出す。無論そんな攻撃が当たる筈も無く、ゴブリンに躱され狸商人は無様に地面に転がる。 


 「うわぁ、ソレは無いだろう」


 倒れた拍子に、狸商人はナイフを手放し顔面を強打し悶えている。その光景を見ていた充は、何とも言えない残念な狸商人の結末に憐憫の眼差しを送った。

 だが、そんな充の眼差しも直ぐに剣呑な物に変わる。


 「気に食わないな」


 ポツリと口から不満が漏れる。

 多勢を率い弄ぶ様に追い詰める遣り口、見せ付ける様に狸商人の恐怖心を煽り殺そうとするゴブリン達の手口は充の感に触った。

 無言でレティクルを剣を掲げるゴブリンの頭部に合わせ、躊躇無く引き金を引く。銃口からマズルフラッシュと少量の煙と共に、45口径の弾丸が発射された。銃弾は0.何秒と言う時を経て吸い込まれる様に、ゴブリンの頭部に命中し破砕する。


 「お楽しみの所悪いが、悪趣味な狼藉はソコまでにして貰おうか?」


 突然の自体に絶句し押し黙ったゴブリン達の間に、充の冷やかな言葉と共に薬莢が地面に落ちる甲高い音が響く。 

 

 

 

 

 

 頭部を失い剣を掲げていたゴブリンが、力無く地面に倒れる音と振動が響く。それを合図に、唖然としていたゴブリン達は各々の武器を構え、突然現れた充を睨み付けうねり声を上げながらながら警戒する。

 そんなゴブリン達が警戒する中、充は両手の拳銃をゴブリン達に向け冷たく告げる。

 

 「まぁ、何だ?目障りだから、とっとと消えてくれ」


 次の瞬間、充の持つ両手の拳銃が豪音と共に連続して火を噴く。銃声が響く度にゴブリン達の頭部が弾け飛ぶ。

 そして、最初の薬莢が地面に落ちる前にゴブリン達の殲滅は終わっていた。


 「……思ったより、何とも無いな」


 ゴブリンを皆殺しにした事に嫌悪も動揺も感じ無い充は、自身の精神の在り方の変化に戸惑う。凄惨な惨状を作ったのに、些かなりとも取り乱しさえしない。

 自身の変化を不気味に感じながらも、イザと言う時に動け無いよりはマシと割り切る。地面に落ちた薬莢を回収し、拳銃と一緒に『アイテムボックス』に収納した。

 そして、隠蔽工作をしていると狸商人が気がつく。


 「うっ!な、何が?ひっ!」


 踏まれ痛む背中をかばいながら、狸商人は咳き込みながら体を起こし驚愕する。何故なら、つい先程まで自分の命を刈り取ろうとしていたゴブリン達が、鮮血を撒き散らしながら倒れていたからだ。

 辺り一面血と肉片の海に成っており、余りの惨状に狸商人は吐き気を催す。 

 

 「あの、大丈夫ですか?」


 吐き気に耐えていると、すぐ近くから声が響き口元を抑えた狸商人は慌てて振り向く。そこには焦茶色の服と白いマフラーを身につけた、幼さの残る白銀色の髪を靡かせる端正な顔立ちの充が心配そうに狸商人の様子を伺っていた。


 「……」


 狸商人は充の美しさにハッと息を飲み、日に照らされ輝く様に見える白銀の髪に心を奪われる。血の海と言う凄惨な惨状には、あまりに場違いな人物の登場に狸商人は暫し放心した。

 瞬き一つしない狸商人を不思議に思った充は、戸惑いながらも第一印象を良くしようと丁寧な口調で声をかける。


 「何処か怪我でもされましたか?」

 「い、いえ。特に怪我らしき物はありません、大丈夫です。えっと、あの、貴方は?」

 

 狸商人は緊張に言葉を詰まらせながら、血の海の中に佇む充に質問する。


 「私ですか?私は……」 


 そこで充は言葉に詰まる。狸商人に前世の名乗るかどうかを。

 異世界転生し充は、精神性も外観も前世の面影が残らない程変わり果てているこ事を自覚していた。だからこそ、ケジメの意味も込め名前も変えてしまうかと、『ステータス』の名前欄が未設定だった事を思い出しながら思案する。

 そして。


 「見識を広める旅をしています、マキナと申します。貴方がモンスターに襲われているのが遠目に見かけましたので、お節介かも知れませんでしたが手を出させて頂きました。……もしかして、静観していた方が良かったですか?」

 「いえ、そんな事はありません!危ない所を助けて頂き、本当に有難う御座います!」


 充あらためマキナが、若干申し訳無さそうな雰囲気と佇まいで状況を説明すると、狸商人は跳ね起き深々と頭を下げながら助命の礼のを述べる。

 狸商人の例を述べる姿に、マキナは気付かれない様に小さく安堵する。 


 「申し遅れました。ジグバラの街で商人をしているディポンと申します。重ね重ね、危ない所を助けて頂き有難う御座います」


 頭を上げディポンは、マキナに丁寧な口調で自己紹介を行う。その中には、マキナが欲する町の名もあった。

 

 「いえ。私が勝手に手を貸しただけですし、御無事で何よりです。そう言えば、ディポンさんは御一人で旅を?商人の方が御一人とは珍しいですね、護衛の方は雇わなかったのですか?」


 マキナは全て知った上で、白々しい演技でディポンに事情を尋ねる。自身の事情を追求される前に、話題を逸らそうと試みた。

 そして小細工は、早速こうを奏す。


 「?!護衛!!あの役たたず共がぁ!!依頼人を見捨てる冒険者が何処にいる!!この報いは絶対に受けさせるからな!!」


 護衛と聞き逃げ出した3人組を思い出したディポンは、額に青筋を張らせり目尻を吊り上げ唇を歪ませながら、あらん限りの罵声を空に向かい履けき出し続ける。街道に響き渡る罵声の嵐は、暴風雨の様に留まる事無く吹きまくった。

 愚痴を吐き出し尽くして漸く落ち着いたのか、ディポンは尻尾を逆でたまま、命の恩人であるマキナの前で醜態を晒してしまった事を陳謝する。 


 「申し訳有りません、醜態を晒しました」

 「いえ、事情は何と無く分かりましたから、お気になさらず」


 見て見ぬふりをする大人な対応をするマキナに、ディポンは気恥ずかしそうに俯く。


 「そう言えばディポンさん、あの馬車はどうされるのですか?」


 マキナは木製の車輪が壊れ擱座した馬車を指差し、この後どうするのかと尋ねる。指の先を見たディポンは顔を青くし馬車へ駆け寄った。


 「な、何て事だ!そんな!」


 馬車の状態を確認し、ティポンは悲観に満ちた叫び声を上げる。車輪は完全に壊れており、馬車を引いていた馬は足を折ったのか、道脇で横倒しになり荒い息と悲鳴を上げていた。

 

 「どんな様子ですか?」

 「ダメです。トテモでは有りませんが、馬車での移動は出来そうにありません」


 首を横に振り絶望したかの様に心底落ち込むディポンの様子に、マキナは疑問を投げかける。


 「街から応援を読んできて、馬車を移動して貰えば良いのではありませんか?」

 「それでは、間に合いません」

 「間に合わない?」


 首を傾げるマキナに、ポツリポツリとディポンは事情を話し出す。今朝街で起きたとある事件で多数の人が毒を浴び大量の解毒剤が必要になり、その材料を街最速の馬車を持つディポンが隣町に買いに行っていた、との事だ。

 そして解毒剤の投与期限が夕刻までであるとも。


 「馬の方は用心の為に持っていた回復薬があるので何とか成りますが、馬車の車輪を交換する必要があります。ですが、トテモでは有りませんが一人で出来る事ではありません」


 擱坐した馬車は目算でも1t近くはあり、ディポンは仮にマキナとの二人がかりでも馬車の車輪を交換する事は出来無いと言う。


 「せめて、あの役たたず共が残っていれば……」


 ディポンは逃げ出した3人組を思い出し、心底悔しそうに呟く。

 そんなディポンの煤けた背中を見たマキナは、諦めたかの様な溜息を小さく付いた後、擱坐した馬車に歩み寄る。何事かと力無く顔を上げたディポンの前で、マキナは両手で馬車を持ち一気に力を加えた。


 「持ち上がりましたよ。これで車輪交換出来ますね」

 「……」


 ディポンの唖然とする視線の先で、マキナはどうという事は無いと言った様子で馬車を持ち上げていた。

 

 

 

 

 


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