03機目 森脱出と御約束
充はスライムとの衝突事故?以来、走る事を止め重い足取りで森を力無く歩く。その様は宛ら幽鬼といった所だろうか?
「……はぁぁぁぁ」
余程スライムとの衝突事故が効いたのか、重苦しい溜息が幾度となく口から漏れる。
望んだ事では無い物の、異世界転生と言うロマン的響きにどこか期待と高揚した部分があった。しかし、充は物語やゲームの様な戦闘があるかもと密かに不安と期待を胸に森を進んでいたのだが、現実は只の衝突事故で呆気無くLVアップしてしまう。
些かなりとも期待していた分、溜息の一つや二つは漏れても仕方ない。
「何だかなぁ。英雄願望や破滅願望は無い積りけど、もう一寸こうさぁ、異世界なんだからさぁ。はぁ」
留まる所を知らない溜息の嵐。不満一杯一杯と言った様子。
只でさえ鬱蒼とし薄暗い森が、充を中心に周囲が歪んでいるとさえ表現出来る程空気が澱んでいた。
「はぁ、こんな森にいると只でさえ落ち込んでるのに余計落ち込むな。出口はまだか?」
更に30分程文句を言いながら歩き続けていると、森の端が開けているのが見える。森の中ではお目に掛かれない様な眩い迄の日差しが、木々の隙間から降り注いでいた。
「やっと出口が見えた。どんだけ大きいんだよ、この森」
口で文句を言っている割に、無自覚に歩速が気持ち早まる。『MAP』を使い一直線に進んではいたが、先の見えない薄暗い森は身体的疲労感は無いに等しいも精神的にはかなり来ていた様だ。
「ゴール!」
森を抜けた充は思わず両手を天に掲げ、喜びを全身で表現する。鉄仮面なまでに無表情であるが、纏う雰囲気は清々しいまでに晴れ晴れとした物であった。
眼前に広がるのは壮大な草原地帯、一面草が生えており緑の絨毯の様でもある。遥彼方まで見通せる、澄んだ空気と青空。
要するに、充は断崖絶壁の崖の上に居るのである。
「お約束だな、おい!森を抜けた先は崖かよ!」
悲痛とも感心とも取れる充の咆哮は、残念ながら反射する山が前方には無いので山彦の様に戻って来る事は無く周囲に響くだけで終わった。
「はぁ、まぁ日が出ている内に森を抜けられたと言う事だけは良しとしよう」
息を整えながら、大分傾いている太陽を眺め充は妥協点を見つける。日中でさえ日差しが届かず薄暗い森の事を思えば、日が沈み真っ暗で死角だらけに成る森の中に居ないだけ、まだマシである。
「見た所、街どころか村らしき物も見えないな。こっちの方向から脱出したのはハズレだったか?」
目を凝らし草原を見てみるが人口構造物らしき物は一つも見えない。更に煙も登ってい無い以上、野営している者も居ないと言う事だ。
「先に崖沿いに歩いてみるか。無策に崖を降りるより、高所からある程度目星を付けてから降りた方が良いよな」
充は崖下を覗き込み、そこそこ高さが有る事を確認し一旦崖下に降りるのは保留する。
「街か村が見つかれば、後は飛行付属品を出して滑空すれば良いだけだしな。態々崖を伝って降りるよりは楽だ」
『ステータス』画面を開き、SP残量を確認しながら『飛行』スキルの使用を一つの手段として頭の隅に置く。
「先ずはこっち側を崖に沿って歩くか。見付かると良いんだけどな」
頭を掻きつつ、目を凝らしながら充は崖沿いに歩き始める。30分程歩いていると、そこそこの大きさの川が見えた。川沿いを中心に目を凝らすと、土色の地肌が見える道らしき物が見える。
「舗装はされてい無いけど道?だよな。ソコソコの幅で結構な距離続いてるし、偶然にしては整い過ぎてるし」
人の気配に若干期待しながら、川に平行に伸びる道?を辿り崖沿いに進む。すると道?が数本増え街らしき物を見つけた。
夕日に照らし出された、大きな屋敷を中心に街の周りを石壁と田畑で囲まれたテンプレ的中世ヨーロッパっぽい異世界の街だ。
「やっと見つかった、日が暮れる前に見つかってホント良かった」
心底安堵した様に、深く息を吐き出す。緊張が和らぎ、幾許か余裕を取り戻したのか柔らかな雰囲気が漂う。
「後は、この崖を降りて草原を走れば街までは直ぐだな」
目算で街までの距離を算出し、森の中で出した走行速度を元に到着時間を逆算する。結果、夕日が落ちる前には到着出来そうだと見積もった。
「さてと、街も見付かった事だし崖を降りるか。『飛行付属品』が進化したって言ってたけど、どう変わったんだ?」
『アイテムボックス』二拳銃を仕舞い、『ステータス』を開き『飛行付属品装備』を選択する。直ぐに頭にはゴーグルが出現し、腰にも2枚の翼が装備される。前回の装備した時の付属品との違和感は特に無い。
「見た目も特に変わった様には見え無、ん?」
首を捻り腰を見ながら良く翼を観察すると、小さな昇降舵と方向舵の補助翼が追加されていた。
『今回の進化は、たわみ翼から補助翼になって操縦性が上がったって事か?なら、少しは燃費も良くなったのかな?』
航空史的に見れば、補助翼を備えた動力飛行機は最初期の頃であっても、数十キロから百数十キロは飛べていたと記録されている。
充は『飛行』スキルが些かなりとも、使い勝手が良くなっている事に期待した。
「まぁ取り合えず、滑空は楽になったと思えば良いか。詳しい検証は崖を降りた後だな」
頭の上のゴーグルを目の位置まで下ろす。テスト飛行の時と同じ様に、視界に各種計器類が表示されREADYの文字が一瞬表示される。
「SP残量が一緒に表示されれば、飛行中のSP管理が楽なんだけどな。表示設定変更とか出来ないのかな?」
愚痴りながらゴーグルを弄るも変化無し、次に胸のペンダントに触れ弄ると飛行付属品に関する『設定』画面が開いた。
一瞬驚くも今日一日散々繰り返し行った操作なので、モノの十数秒で表示設定変更を済ませる。
「良し。燃料計ならぬSP計も表示出来た事だし、行くか!」
意気込み充は早速飛び立とうと崖際に立つが、改めて見下ろす崖の高さに恐怖心が湧き出し、後一歩踏み出す足を躊躇する。無意識に唾を飲み込み、知らず知らず一歩後ずさった。
テスト飛行で飛べると頭で分かっていても、崖から飛び出す事を本能的に体が拒否する。
「……よ、よ~し」
崖から十数メートル距離を空け、目を閉じ呼吸を整える。数回深呼吸を繰り返し、目を開け全力で走り出す。数歩でトップスピードまで加速し、その勢いで崖から跳び出す。
一瞬感じる無重力による浮遊感に恐怖するも、出力計の数値が上昇し自立飛行状態に成ると同時に恐怖感は消え失せた。
「ふぅぅぅう。上手くいった」
安定飛行を取れる様になり、充は漸く息を吐きだし安堵した。
頭を軽く振り気を取り直した充は出力を絞り、一気に急降下はせず旋回を繰返しながら徐々に低速降下する。初期の複葉機で急降下なんぞすれば、十中八九空中分解しかねないからだ。
人型複葉機と言って良い充自身に適応されるかは不明であるが、ぶっつけ本番で試す訳にはいかないので用心に越した事はない。
「飛行姿勢も安定しているし、SP消費もそこまで酷くは無いな。これなら準備を整えれば、短時間ならそこそこ使えるな」
有用ではあるが使い勝手が微妙だった『飛行』スキルが、進化したお陰てある程度の見通しが付き一安心する。
「この降下率だと、着陸まで後数分は掛かるな」
旋回半径を大きく取りながら低速で滑空降下しているので、降下完了まで時間が掛かる事を愚痴った。まぁ、それでもフリークライミングしながら崖伝いに降りるよりはマシである。
途中、SP残量警告が通知されたが、何週目の旋回に成かは分からないが充は漸く地上付近まで降下してきた。
「後は着地だけだな。上手く行くかどうか」
地面が近づき緊張したのか、右手で口元を拭う。実質、最初の着陸は墜落と言える物であり、マトモな着地は今回が初めての試みであった。
「地上まで後3メートル。着地のコツは降下角を可能な限り小さくして接地する、だったよな。イメージは、パラグライダーの着地みたいに降りれば行ける、よな?」
不安が沸き起こるが着地は目前であり、充も覚悟を決め両足を地面に向ける。
「残り1m……60センチ……30センチ……接地!」
設置の瞬間、慣性に従い大きな歩幅で地面を蹴り歩きながら徐々に歩幅を縮めスピードを緩めて行く。数メートル歩いた所で慣性も消え、無事着地に成功した。
「ふぅ、成功!」
右手を天に突き上げ、着地成功の勝鬨?を上げる。初着陸にしては見事な着陸を決め、大きな怪我もしなかったので十分及第点は貰えるであろうと自画自賛の評価を下す。
「さてと、喜ぶのはこの位にしておくか」
『ステータス』を開き『飛行付属品収納』を選択すると、ゴーグルと翼が消える。付属品が消えたのを確認し、飛行の緊張で凝っていた体を軽くストレッチし解す。予想以上に緊張していたのか、各部を伸ばすと軽く突っ張った様な感触が帰ってきた。
「もっと『飛行』に馴れないとな。毎回こんなに緊張していたら、いざって時に使えないな」
一回の『飛行』で反省すべき点が幾らでも出てくる。精神的な事も勿論ではあるが、何より。
「テスト飛行よりマシとは言え、SPの消費がやっぱり大きいな。もう何度か進化しないと、実用性って意味では使えないな」
『ステータス』のSP残量は20%を切っていた。森の中を歩き回った上での『飛行』の為、SP残量自体が減っていたと言う事もあるが消耗が激しいことに変わりは無い。
「街に着いて拠点を確保したら、余裕がある内に安全マージンを取ってモンスター狩りか何かをしよう。何が起きるか分からないし、早めにLVアップをした方が良いな」
街まで目と鼻の先と言う事もあり、充はこれまでの事を参考に頭を捻り今後の大凡の方針を立てる。街やモンスターに関する情報が無いので、細かい部分は未定のままだ。
『アイテムボックス』から拳銃を取り出し、右手に構える。
「いっそ街に着くまでに、またスライムでも出て来てくれれば話は早いんだけどな。まぁ、そんなに都合良くは行かないか」
緊張が緩み、どこかフラグっぽい事を口走りながら、充は先ず崖上で確認した街道を目指し動き始めた。街に入るにしても石壁に囲まれた城塞っぽい街並みから判断して、街道から敢えて外れた道を通て辿り着く様な人物を簡単に街に入れないだろうと考えたからだ。
想定される面倒事を事前に回避するのは、当たり前の選択である。敢えて面倒事を抱え込む必然性は微塵も無い。
「街道に出たらこの速度で走るのは、止めて置くのが無難かな?」
腰程の高さまで伸びた雑草を掻き分けながら進む充は、猛烈なスピードで過ぎ去って行く草原の光景を見ながら詮無き事を考える。自身の身体能力を含めたスペックが、異世界でドレ程位置する物か分からない状況で、敢えて無策に晒すのは早計ではないかと。
充はスライム衝突事故を教訓に、周囲の索敵に回していた意識を思考に些か分ける。今の利を取るか後の利を取るか、少し考えた上で充は結論を出す。
「目的地まで一本道だしな、街道は歩いて進むか」
後の利を取る事にした。短期的に見れば時間による入場規制に掛かる可能性があるが、長期的に考えれば手札を晒す事を避けられる。
そんな事を考えながら草原地帯を走っていると、あと少しで街道に出ると言う所で何かを破砕する音が聞こえた。
「何だ、この音は?」
充は走る速度を一気に落とし、腰を落とし草に隠れながら物音を余り立てない様に気を付け進む。更に街道に近づくと、今度は複数の人らしき声が聞こえて来た。
慎重に頭を出し覗くと、醜い言い争いの現場が目に飛び込んで来る。
「こら!依頼人を置いて逃げるな!お前ら護衛だろうが!」
「五月蝿えぇ!こんな数相手に出来るか!悪いが抜けさせて貰うぜ!」
「お、俺もだ!」
「あ、兄貴!待って下さいよぉ!」
「貴様らァ!」
木製の車輪が壊れ擱坐した幌馬車を10体程の緑色の人型……ゴブリンらしき生き物が半円状に囲い込み、ボロボロの武器を手に雄叫びを上げながら威嚇している。その包囲の中心では、商人風の小奇麗な格好をした信楽焼きの狸の様な人物が、捨て台詞を吐きながら逃げ出そうとする簡素な防具と剣を持った3人組に罵声を浴びせかけていた。
狸商人の罵声を背に、三人組は脱兎の如き速さで街への街道を駆けて行く。
「く、来るなら来てみろ!絶対この荷は渡さん!」
真っ青な顔で悲壮な覚悟を決めた狸商人は尻尾を股に挟み込み、小さなナイフを震える手に構えた。その姿を嘲笑う様に、10体のゴブリンは一斉に笑い声の様な雄叫びを上げる。
「……フラグ回収しちゃった」
こっそり草陰からそのテンプレ的光景を見ていた充は、崖前で口にした自分のフラグっぽい軽口を崩れ落ちながら後悔していた。