02機目 何とも言えない初飛行と初戦闘
腰の後ろにある翼を撫でながら、充は思案に耽る。
「TYPE Biplaneって以上は、空を飛べるはずなんだけど……ピンキリだからな」
頭を掻く。一言で複葉機と言っても、ライトフライヤーからI-153と言う具合に幅が広い。複葉機自体が飛行機としては黎明期、発展過程の機体故に色々と問題も多い。
「基本構造が木材の布張りで、前後配置されてい無い翼の上下を繋ぐワイヤーがやたらと多い。これ、第1次以前の構造だよな?」
充は自身の知る知識に照らし合わせ、限りなくキリに近い複葉機がモデルであると判断した。
「……飛べる?」
全身から不安そうな雰囲気が漏れ出す。何故なら黎明期の機体は、良くて高度数メートルの距離数百メートル、悪ければ即墜落の危険があるからだ。
しかしこのまま何もしないと言うのでは埒が明かないと考え、充はテスト飛行の結構を決意する。
「泉の上を飛べば、まぁ死ぬ事は無い……と思いたい」
希望を口にし早速、早速準備を始める。
とは言え、何をどうすれば飛行出来るのか分からず、初手から途方くれる。
しかし、ふとある事を思い付く。
「そう言えば、何かしらの行動を取るとそれに対し通知と言う形で反応があったな。と言う事は、何かをすれば『飛行』スキルの使用が可能になるか」
充は『設定』を変更し、先ずは一番怪しい腰の翼を取り合えず壊れない様に気を付けながら弄る。ワイヤーを引っ張ったり、翼を軽く捻ったりと。
だが、幾ら翼を弄ろうと通知は表示されない。
「次に怪しいのは、これか?って、わっ!」
翼を弄るのを止め、次点で怪しいゴーグルを弄りだす。先ずオーソドックスにと、ゴーグルを目に掛けると、視界に各計器が表示される。出力計・速度計・高度計・方位計等々、その表示はフライトシューティングゲーム宛らの充実具合であった。
「随分、使用者に対して親切な表示画面だな」
充が視界に計器類が表示され驚いていると、『飛行』スキル使用の承諾を確認する通知も表示される。
一拍間を置きYESを選択すると、視界の中央にREADYの文字が一瞬表示され胸のペンダントが輝きを増した。
「後は自分の度胸しだいって事か」
目を閉じ唾を飲み込み喉を鳴らしつた後、充は顔を真っ直ぐ泉に向け走り出す。十メートル程の短い助走を付け、泉の縁から勢い良く跳躍する。
飛び出すと同時に視界の出力計の数値が上昇し100%を示し、速度計や高度計も同じく数値が徐々に上昇する。
「おお、飛べたよ」
充は驚き瞳を輝かせる。多少フラつき安定性を欠くも、概ね体を水平を保ちながら泉の上数メートルを飛行していた。速いとは御世辞でも言えない速度ではあるが、初飛行の成功に充は満足する。
数分間、泉の上を高度を保ちつつ旋回しつつ飛行していると、体調に違和感が生じ始めた。
「ん?何だか疲れてきた様な気が」
初め気のせいかと思っていた充ではあったが、次第に違和感は大きくなった。このままでは不味いと思った充は、徐々に高度を下げながら岸へと移動する。
後少しで岸と言う所で、『飛行』スキルの使用を強制中断すると言う通知と共に泉へと落下した。
「ぷはぁ!何なんだ一体!?イキナリ落ちたぞ!」
ずぶ濡れになった充が、岸へと息を荒げながら這い上がって来た。幸い着陸の為に、高度や速度を下げていたので、大きなケガや装備品の破損等は見られない。
全身から水滴を滴らせながら無表情ではあるも、充の瞳には困惑と怒りの色が浮かんでいた。
「『LOG』『LOG』!!」
『メニュー』を開き、荒っぽい手付きで『LOG』の文字に触れる。すると、そこには水中浴の原因が書かれていた。
「『SP使用限度制限抵触により、スキル使用を強制中断』Spってスタミナポイントの事か?つまり体力が無くなりそうだから、使用中のスキルを強制中止したと……」
詰まる所、安全装置が作動したと言う事であった。
充も矯正中断の理由自体は納得したが、対応の不味さには愚痴が漏れる。
「イキナリ強制中断する前に、最初に警告くらい出せよ」
念の為、愚痴を漏らしながら『ステータス』弄り倒すと『飛行』スキルの設定画面が開き、SPの使用警告ラインと使用制限ラインの再設定が可能である事を見つけた。
「えっと?初期設定はSP残量が30%以下になると、スキルの強制中断が掛かるっと。安全マージンを取り過ぎてるだろ、この設定。変更変更」
安全マージンを取り過ぎていたので、充は新たに警告ラインをSP残量30%、使用制限ラインを15%と設定し直した。
「これで良しって、ん?『飛行付属品収納』?」
再設定を終了した充は新しく表示された項目で、ゴーグルと翼が収納可能な事に気が付く。充は迷う事無く収納する事を選択する。選択と同時にゴーグルと翼は姿を消し、『飛行』スキルの使用が不可能になる。試しに再度『飛行付属品装備』を選択すると、元の位置にゴーグルと翼が装備され『飛行』スキルが使用可能になる事を確認した。
「良かった。これで動く時に邪魔な物が無くなった」
射撃練習の時、些か腰の翼が邪魔だった事を思い出し、これで一安心だと言う雰囲気を醸し出す。
付属品が無くなった御陰で、充の姿はサッパリとし濡れた焦茶色の飛行服と白いマフラーと言う、森の中に微妙に溶け込む格好と成った。
「SPが回復したら、取り合えず新しい設定でもう一度テスト飛行をして様子を見てみようかな」
懸念が一つ解決して気が楽になったのか、充は濡れた服を乾かそうと射撃練習の結果出来上がった木片を軽い足取りで拾い集めはじめた。そこそこの数を集めた充は、次にサバイバルキットを『アイテムボックス』から出し、コットンボールとファイヤー・スチールと火起こし道具を取り出す。
「えっと説明書によると、先ずは燃やす物を用意する?これは木片で良いよな。次に火種と成る物を用意する。これもキットに入ってたコットンボールで良いな。次はっと、ファイヤースチールを付属の金属片で削り削りカスを火種に掛ける?」
充は付属の説明書片手に火起こしの準備を進める。
辿たどしい手際であるが、何とか準備は完了した。
「最後にファイヤー・スチールに金属片を強く押し付け、勢い良く擦り火花を作り火種に火を付けるか。良し、やって見るか」
説明書を仕舞い、満は早速火起しに挑戦する。説明書通り準備を整え、ファイヤー・スチールを勢い良く擦ると盛大に火花が飛び散った。充は火花の予想外の量に腰が引けた。
おっかな吃驚しながら火起こしを繰り返すと、コツを掴んだのか火花が火種に集中して降り掛かる様になり着火に成功した。着火した火種に小さく薄い木片を加え、火の勢いを徐々に強める。
そして数分掛け、薪サイズの木片に火が着き火起しは成功した。
「やった」
力強く燃え盛る焚き火に、充は異世界転生後初めて充実する達成感を味わう。近くの平たい石を椅子替わりに焚き火の前に陣取り、充は漸く落ち着きを取り戻し濡れた服を乾かし始める。
「良く良く考えると、水に落ちても対して冷たく感じてなかったな。焚き火は暖かく感じるのに。感覚にも制限が掛かってるのか、この体?」
焚き火に手を翳しながら当たっていると、ふと妙な疑問が浮かんだ。
「TYPE Biplane、飛行機がモデルだけあって、寒さには強いとかか?」
飛行機が高度を上げれば、周囲の気温は氷点下に成る。一般的に、飛行機には十分な寒さ対策が施されていた。故に寒さに強いのかと、充は適当な予想を立てる。
「まぁそれは置いといて、墜落……不時着からそれなりの時間が経ったけど、SPは何れ位回復したかなっと」
『ステータス』を開き、SPの回復具合を確認する。そこに出されたSPの数値は、最大値の45%程だった。
「あんまりSP回復してないな。休憩だと回復効率が悪いのか?」
充は体感的にはほぼテスト飛行前と変わらないと状態なのに、『ステータス』上は半分も回復していないと言う事に首を捻る。
物は試しと、大して空腹感は無いものの『アイテムボックス』から簡易食料を一つ取り出す。
「……完全にカ○リ○メ○トだろ、これ」
見慣れたパッケージの簡易食料に文句を言いながら頬張る。口の中の水分を根刮ぎ奪って行く感覚に懐かしさを感じながら、無言で咀嚼し飲み込む。
「相変わらず片手に飲み物が欲しくなる食べ物だな。さて、SPはどうかな」
『ステータス』を開く。 そこには55%まで回復した数値が出ていた。
「回復してるな。と言う事は休憩である程度SPは回復するけど、SPを完全に回復させるには食事と睡眠は不可欠って事か。そう考えると『飛行』は、かなりコスパが悪いスキルだな」
検証の結果、回復促進手段が判明した事に安堵しつつ、『飛行』スキルの燃費の悪さに溜息を吐く。食事と睡眠を十分に取りSPを満タンにした状態で十数分の『飛行』が限界。
「しかし、まぁ何だ。これで検証は一通り終了かな」
現状確認出来る事は終えたと、充は焚き火を眺めつつポツリ呟く。そして、現状の懸念も続けて漏らす。
「服が乾いたら取り合えず、この森の脱出にかかるか。水場で盛大に銃声は響かせたし火も炊いたからな、猛獣かモンスターが居たら縄張りを荒らしたって襲撃してくる可能性もあるか。流石に、どんな生き物が縄張りにしているか分からない水飲み場で野営って訳にいかないな、リスクが高過ぎる。……日の高い内に、この森を出れれば良いんだけど」
充は少し頂点を過ぎた太陽を眺めながら、些か不安な雰囲気を漏らしながらを希望を口にしする。
暫く焚火に当たっていると、速乾性の生地で出来ていたのか不明だが、かなり短時間で服が乾いた。充は焚火に水や砂を掛け火の始末を行い、サバイバルキットからウォターバックを取り出し泉の水を汲みとる。飲料水用の滅菌錠剤タブレットをウォターバックに放り込み、『アイテムボックス』に収納した。
そして最後に、護身用にと『アイテムボックス』から拳銃を取り出し、安全装置を外し人差し指を伸ばしたまま右手を下に向け、何時でも撃てる状態で構える。
「さて、これで最低限の準備は出来たかな?」
自身の変化した状態を粗方把握し食料と水を確保、携行火器を即時使用可能な状態で装備。準備万端といった出で立ちで、充は鬱蒼としげる森の中へと足を進める。
鬱蒼としげる薄暗い森を歩き始め、早1時間。周辺へ意識を向けながら慎重に歩みを進める充は、ポツリと口から言葉を漏らす。
「何も出無いな」
そう、充は森を歩き始めて1時間、モンスターどころか野生動物とさえ遭遇していなかった。まるで警戒しながら進む充を嘲笑うかの様に、まるで何も無い。
「出ないなら出ないで一向に構わないんだけど、出口はコッチでいいのかな?無駄に覆い茂った大木ばっかりで、太陽さえろくすっぽ見えないし」
延々と続く薄暗い森に次第にイラ立ち始めた充は、次第に歩速が増し始め注意力が散漫になり始める。警戒し避けていた小さな草むら等を、無造作に踏み潰しながら道なき道を進む。
「……走るか」
前方を眺めながら、ポツリと呟く。そして満は憂さを晴らすかの様に、『MAP』を確認し一直線に森の中を駆け出した。比較的障害物の少ない場所を選びながら、充は向上した身体能力任せに当てもなく駆ける。
始め不整地を駆ける事に苦戦していたが、次第に森の中を駆ける事に慣れた充はモトクロスバイク並みの速さで平地を走り、時には大岩や木々を足場にし足を止める事無く森を駆け抜ける。
「このスピードなら、その内出口に……ん?」
小川を飛び越え着地した瞬間、何か柔らかい物を踏み砕いた様な感触が充の足の裏に伝わった。土煙を上げながら慌てて急停止し、百数十メートル手前の何かを踏み砕いた川辺まで確認に引き返す。
河原に到着し辺りを見回すと、ゼリー状の物体が一面に四散していた。
そして充には、その四散する物体に心当たりがあった。テンプレ的初期遭遇モンスターの代表格、その名も。
「……もしかして、これ、スライム?えっ、マジで?」
充は唖然とした様子でゼリー状の残骸、スライムを凝視する。何かの間違いだろうと2度3度目を擦り見直すが、間違い無く四散したゼリー状の残骸であった。
「……ああ、そうだ。こう言う時こそ『LOG』を見れば」
動揺で細かく震える指先で『メニュー』を開き、『LOG』画面を開く。そこには見間違う事無く『未設定はスライムを討伐した』と明記されていた。
更に『未設定の獲得経験値が一定値に達した』『飛行付属品が進化した』とも表記されている。
「こんなの有り?可能な限り準備を整えた異世界での初戦闘が……」
充は放心する。真逆、異世界転生最初のモンスター戦が、テンプレ的馬車襲撃でも無く、森の中で村人救助でも無く、気付かぬまま起きた只の偶発的衝突事故。
気合を入れ備えていた分、何とも言えない結末であった。
初飛行はライトフライヤーレベルです。




