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13機目 異変の兆候




 夕食後、マキナは部屋のベットに仰向けで寝そべりながら、今後の金策の打開策を練る。しかし、幾ら頭を捻ろうと中々名案は浮かばない。

 

 「どうするかな?」


 マキナがポップコーンを売りながら仕入れた異世界の知識は、中々衝撃的であった。

 

 「この街は既得権益が強固過ぎて、余所者が入り込むのはキツイ」


 調べた限りにおいて、ジグバラの街で本格的に商売を始めようとした場合、老舗や古参と呼ばれる店が集まりギルドや組合に加入する必要がある。この組織は街の至る所に蔓延し、各組織が連携し新参者の利益を吸い上げる構造が完成していた。

 例えば飲食店を新しく出店する場合。店舗確保から食材の仕入れ、店に必要な道具の購入に技能を有する店員の確保まで、全ての段階で飲食店ギルドが指定する業者や人材を雇う必要があると言った具合である。

 

 「広場の露店を役所が保護しているって、末期的過ぎるだろ」


 マキナが活気があると思っていた沢山の露店が並ぶ風景も、実はその殆どが街の外の村々の住人が出稼ぎで経営しているそうだ。少数の街の住民が経営する露店も街外の商人に自分の腕や作品をアピールし、スポンサー契約やスカウトをして貰う事を夢見る者が大半だと言う。

 ジグバラの街のギルドでは、利権確保の為の談合や癒着は当たり前。自由競争と言う市場原理は広場の露天以外には無いと言う状況であった。

  

 「元は小さな街の中で商売争いをしない為の、利益分配の仕組みだったんだろうけど。腐敗し過ぎ」


 マキナがジグバラの街での金策は難しいと感じ、別の街を目指そうと考え始める。

 だが幸い、マキナが仕入れた知識の中に地理も含まれて居り、旅立つ事自体は無理ではなかった。


 「資金に余裕がある内に、ジグバラの街を出るか。そうなると、最低限食料と旅道具の確保はして置かないといけ無いな。準備に3日、いや2日有れば良いか。ヘレンさんに宿泊日数の変更を伝えとかないと」


 マキナは先日、宿泊日数の延長を7日とヘレンに言っていたのだ。返金対応の為にも事前申告は必須だ。


 「確か隣街まで馬車で2日、歩いて5日位って言っていたな。多めに買い込んで『アイテムボクス』に入れておけば良いか」


 ジグバラの隣にある大きな街までは凡そ200km程離れており、間に小さな村が5つ程点在している。村で補給や休息を取る事も可能ではあるが、道中何があるか分からない以上は多めに準備して置こうと決めた。

 

 「そうと決まれば今日はもう寝るか」


 色々とあり疲れたと、マキナは両手を頭上に上げ背を伸ばした後、目を閉じ就寝する事にした。

 

 

 

 

 

 朝食を済ませたマキナはヘレンに宿泊日数の変更を申請した後、宿を出て広場に向かった。 

 広場の露店を中心に食料品と旅道具を買い歩きをしていると、何時もに比べ露店の数が少ない事に気が付く。しかも、出店している露店の店主達も何処か顔色が今一優れない様子だ。

 マキナは最近馴染みになった、串焼き屋のオヤジに話を聞く。 


 「お早う御座います。何か何時もに比べ露店の数が少ないみたいですが、何か有ったんですか?」

 「ん?ああ、お嬢ちゃんか、お早う」


 マキナが声を掛けると、焼串屋のオヤジは顔を上げ挨拶を返す。


 「えっと、それで露店の事なんですが……」

 「露店の数の事か?いやな、俺にも良く分からないんだよ」

 「ご存知無いんですか?」

 「ああ。だだ、朝から冒険者の連中の動きが少し変だったな」

 「冒険者、ですか」


 難しい顔をする焼串屋のオヤジの様子に、マキナもどこか嫌な感じがした。特に冒険者絡みと言う部分が。


 「聞いた話だと、武器持ちの連中が朝早くから街の外に何人かで出掛けたって噂だ」

 「武器持ちがですか」

 「ああ。朝から皆で仲良く、薬草採取って訳じゃねえだろ」


 武器持ちの集団が朝早くから街を出る。それは十中八九、モンスター絡みであるとマキナは判断した。


 「朝早くと言う事は、緊急性がある事案と言う事ですね」

 「だろうな。露店の状況と冒険者の動きから考えると、街道にモンスターが出たって所だな」

 「そうですか」

 「まぁ、武器持ちの連中が複数で動いてるんだ、直ぐにモンスター達も駆除されるさ」

 

 何処か楽観した様な焼串屋のオヤジの様子に、割と有り触れた事なのかとマキナも安堵する。


 「それよりどうだい、お嬢ちゃん?何時もの様に、一本食べて行くかい?」

 「そうですね。一本下さい」

 「あいよ、毎度!」

 

 焼串屋のオヤジは、マキナの注文通り串焼きを一本焼き始める。ここ数日毎日の様に食べ付けている串焼きに、マキナは待ちどうしそうにオヤジの手元をじっと覗き込む。数分で串は焼き上がり、マキナは店長と別れ買い出しの続きに繰り出した。

 マキナは焼串を食べ終えた後、自炊用にと調味料屋に顔を出す。 


 「おや?お久しぶりですね、お嬢さん。今日も、塩と砂糖をお求めですか?」

 

 以前来店した時に接客した同じ男性店員に笑顔で声を掛けられ、マキナは少し驚く。 


 「一度しか来てないのに、良く覚えていますね」

 「客商売ですからね。一度御来店されたお客さんは、出来るだけ覚える様にしてますので」

 「それは、凄いですね」

 

 男性店員の記憶力に感心するマキナに、男性店員は誇るでも無く変わらぬ笑顔を浮かべながら接客を続ける。


 「いえ。お嬢さんは中々印象的でしたので、覚える事は苦ではありませんでしたから」

 「?何か印象に残る様な事をしましたか私?」

 

 不思議がるマキナに、男性店員は曖昧な笑みを浮かべ誤魔化す。


 「それで、本日は何をお求めに?」

 「そうですね、塩と砂糖を以前と同じ様に1ヘクずつ。それと香辛料はありますか?」

 「そうですね。失礼ですが、御予算は如何程をお考へですか?」

 「取り合えず、50ヘク当たり大銅貨1枚前後で」

 「その御予算ですと、そうですね。この辺の品ですね」


 男性店員は、幾つかの種や葉のサンプル品を取り出しマキナに見せる。


 「こちらが山椒の実、山葵の葉、唐辛子、ローリエです」


 日本のスーパー等で見た事のある品々なので、マキナはさほど迷う事無く購入を決定した。 


 「では、それ等を下さい」

 「毎度あり」

 「それと後、油を下さい」

 「油ですか?大豆の油が1レス(1リットル)銀貨1枚ですが?」

 「それで」

 「御会計は全部で銀貨6枚です」 


 男性店員が購入した商品を瓶に詰める間に、マキナは店に並んだ他の香辛料も眺める。良く見ると、何処と無く見知った香辛料が並んでいた。

 商品の準備を終えた男性店員に,マキナは疑問を投げかける。

 

 「随分沢山種類がありますね、この調味料類はどうやって見つけられたんですか?」

 「調味料自体は比較的昔から有ったらしいんですが、ココまで種類が増えたのは戦乱期末期頃からですね。伝説の料理人と呼ばれる人物が、食の探求の過程で見つけ広めたと言われています」 

 「伝説の料理人?」

 「ええ。何でも戦乱期末期は皆が戦いに明け暮れていた為、食文化が大分悲惨な事に成っていたらしいんです。そんな中、伝説の料理人と呼ばれる様に成る人物が“食文化が荒れれば、人身の心は更に乱れる”と言って立ち上がったそうです」

 

 マキナは随分アグレッシブな料理人だなと思いつつ、男性店員の話の続きを聞く。


 「当初、彼は志を同じくする料理人達と、戦争で失われそうな料理のレシピ収集と食糧難を解決する為の食材開拓を行ったそうです。その内、彼らの活動は各国で広く知られる様に成りました。そして遂には各国上層部を招いた晩餐会を開く様に成り、終戦交渉への道を開いたと言われる迄に成ったそうです」

 「つまり、当時の各国上層部は料理目当てで宴席に集まり、宴席の場で終戦交渉への参加を約束をしたと?」

 「はい。まぁ、一種の餌付けですね。それだけ当時の食文化は壊滅的なまでに乱れており、各国上層部の人間でも美食を食せる機会を逸したく無かったと言う事でしょう」


 何とも言えない舞台裏の事情である。


 「終戦後、彼?は共に活躍した料理人達と料理ギルドを立ち上げた後、戦争で荒れた世界に料理の美味しさを伝え広めてくると言い残し旅に出たと言われています。今の食文化があるのは、彼の功績と言っても過言では無いと私は思います」

 「立派な方ですね」


 理由はどうあれ、伝説の料理人と呼ばれる人物の御陰で、異世界でも美味いメシが食べれるのだとマキナは心底感謝した。ヘタをすれば、メシマズ世界で一生を過ごす羽目に成っていたのだから。


 「ええ。全てはコウスケ=キラハラの御蔭です」

 「……は?」


 男性店員が聞き捨てならない言葉を言い、マキナは一瞬耳を疑った。  


 「コウスケ=キタハラ?」

 「ええ、伝説の料理人と呼ばれている人物の名前です。彼が昨今の様々な調理技術の基礎を作り、見向きもされなかった食材の活用法を見出しました」

 「……」


 伝説の料理人とは自身と同じ様に、この世界に来た元日本人だったのでは無いかとマキナ疑う。そうすると、マキナは先程まで聞いていた逸話がコウスケ氏の食い意地から出た物では無いかと疑った。

 食に拘る元日本人であるならば、メシマズの世界で何もし無いと言う事は無いだろう。証拠に香辛料や食品の名前が日本の物と変わら無い。

 

 「ソウデスカ、スゴイヒトデスネ」

 「ええ、すごいんです」


 コウスケ氏の話に微妙に興奮している男性店員にマキナは気を遣い、棒読みながら何とか言葉を絞り出す。何とか男性店員を宥め透かし、マキナは商品の代金を払い品物を受け取った。

 店前を離れたマキナは、調味料屋から入れた情報を吟味する。


 「この世界には以前、異世界人が居たんだ」


 調べ無ければいけない新事実に、疲れた様に溜息を付きながら呟く。良く良く考えれば、役所の運用システムにしても日本色が色濃く出ていたマキナは改めて考えた。


 「この分だと、コウスケ氏以外にも地球からの来訪者が居たんだろうな。人間のまま異世界に来たかは知らないけど、中には俺と同じ様に人外転生して居る者も居るかも知れないな。長命種か短命種かは知らないけど」


 マキナは先人達、或は未だ見ぬ元地球人達に思いを馳せる。コウスケ氏を筆頭に先人達の幾人かは色濃く影響を残している以上、今現在世界に居るかもしれない元地球人が何の影響も及ぼしていないと考えるのはナンセンスと言うものである。 


 「味方かどうかは分からないけど、せめて敵対関係にだけは成りたくない物だな」


 同じ元地球人とは言え、今現在どう言う立場に立っているのか不明な者を同朋意識だけで味方と信じて行動するのは危険とマキナは判断した。  

 元地球人に関して考察しつつ、買い出しを続け必要物資を購入した後、マキナは宿へと戻る。 

 

 

 

 

 

 慌ただしそうな人の流れを横目に、夕暮れ前にマキナは<木漏れ日亭>に戻り中へ入る。中を見ると、受付でヘレンとケインが何かを激しく言い合っていた。

 二人の様子を怪訝に思いつつ、マキナは控えめに声を掛ける。


 「ただいま」

 「あっ!マキナちゃん!大変よ!」

 

 マキナの姿を確認したヘレンが勢いよくマキナに近づいてくる。


 「ヘレンさん、何が大変なんですか?」

 「大変なの!」

 「ですから、何が大変なんです?」

 「とにかく大変なのよ!」

 「少し落ち着け、バカ娘。お嬢ちゃんが困ってるだろ?」


 ケインは暴走するヘレンを落ち着かせる為に、頭に軽いチョップを振り下ろす。無防備にチョップを喋っている途中で受けたヘレンは、舌を噛んだのか涙目で口を抑え蹲ってしまった。


 「だ、大丈夫ですか、ヘレンさん?」

 「……!……!」

 「何だ、すまん」


 思わぬ結果にケインはバツの悪そうな表情を浮かべ、蹲るヘレンに謝罪した。ケインは咳払いをしマキナに先ほどの話をする。


 「俺もついさっき聞たんだがな、このジグバラの街をモンスターの集団が襲撃するっ話が流れて来たんだ」

 「襲撃ですか?」

 「ああ、今日の早朝馬に乗った冒険者の調査隊が出発して、数時間前に帰還したそうだ」

 「その話なら私も聞きました。調査と言うより討伐に行ったって形の話ですが」

 「多分の同じ物だろ。で、その調査隊は最近西門の先にあるフィヴァジ森林地帯からモンスターが続出する原因を究明しに行っていたらしいんだが、そんなに中に入らない位置で大規模なモンスターの集団を発見したそうだ」

 

 マキナはケインの言う森に心当たりがあった、自分が転生した泉があった森だ。だが、同時に疑問も抱く。


 「(あの森の中にモンスターの大規模集団?スライムにしか遭遇した事無かったけどな?)大規模集団ですか?」

 「ああ、調査隊の奴が言うには1000を超す集団らしい」

 「1000、ですか?」

 「そうよ!1000体ものモンスターがこの街に押し寄せるのよ!だから大変て言ってるのよ!」

 

 舌の痛みが治ったのか、ヘレンが復活し再び騒ぎ始めた。


 「この街にいる武器持ちの冒険者と領軍を合わせても200は居ないわ!この街単独で討伐は無理だし、援軍を要請しようにも隣街からだと馬を使っても2日は掛かるの!」

 「使いはもう出しているだろうが、援軍が来るまで最低でも3日は掛かるはずだ。だから今街の上の連中は、城壁を利用した篭城戦で援軍が来る時間を稼ぐって騒いでやがるんだ」

 「モンスターの集団が、何時頃来るか分かっているんですか?」

 「明日明後日には来るだろうってさ。つまり、最低1日は籠城で耐えるしか無いって事さ」


 マキナに現状説明を行うケインは、些か顔色が優れない。ヘレンも普段の落ち着いた態度からは考えられない程、取り乱している。 

 マキナも二人の様子を見て、深刻な事態である事を認識した。

 

 

 

 

 


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