12機目 素人商売は上手く行かない物
マキナがポップコーンを売り始めて、はや5日。売れ行きはそこそこ順調である物の、マキナが思った程の売れ行きとは言えない。
「ケインさんとヘレンさんの反応から、もっと売れると思ったんだけどなぁ」
微妙に宛の外れた感じになったマキナは、愚痴を漏らす。今日を含めて売れたポップーン量は400食前後。八百屋のおばちゃんから購入したトウモロコシを、後少しで売り切るといった程度である。
「やっぱり、元々乾燥トウモロコシが飼料用だって事がネックだったかな?」
意外と街の人々の乾燥トウモロコシに対する既成概念が強かった様で、試食品を味見をする人も少数だった。売れた物の殆どは、偵察に来た露店同業者と物好きなリピーターだけである。
まぁ初期投資分を引いて、銀貨20枚程の利益が出たので赤字には成らなかったが。
「思い付きの商売だったから、マーケティング不足だったな」
マキナは準備不足の失敗を反省しつつも、出店した収穫はあったと思いなおす。知らずにいれば些か面倒な事態に成っていた。
「まさか武器の携行が許可制で、免許が必要だとは思わなかった」
マキナは露店を開いている間に、思い掛け無い異世界事情を知った。
どうもこの世界は、100年戦争と呼ばれる150年前の戦乱期以降、各国では一般人の武器所有を規制しているらしいのだ。武器所有規制がされた原因は、戦乱期発生の根本原因にある。武器を持った一般市民による王族の暗殺だ。
当時、緊張関係にあった敵対国に戦争を回避すべきと融和を訴えるべく、対立する一方の国の王族が表敬訪問に訪れていのだが、その王族一行を対立国の武装した一般市民が襲い、有ろう事か暗殺を成してしまった。当然、王族一行を殺された国と国民は激怒。首謀者の処分と国による謝罪と賠償を要求したが、対立国はコレを拒否、これによって両国は戦端を開き、世界各国を巻き込んだ100年及ぶ戦乱期が勃発した。
故に、基本的に武器と呼べる物を携行所有出来るのが、国や領主の管理する軍や冒険者と呼ばれる者達の一部に限定されており、武器携行には免許が必要に成っている。
その冒険者も登録に年齢制限等は無い物の、冒険者ギルドで基本講習を受け筆記と実技試験をパスした者だけが登録可能である。そして、武器携行が認められるのは低ランク依頼を規定数修めた後、依頼遂行時の行動査定とギルド職員による面接が必要と厳しい物である。
「だからディポンさんは、モンスターが出る旅路に小さなナイフしか持って居なかったんだ。可笑しいなとは思っていたんだけど、漸く納得行ったよ」
自衛の手段が小さなナイフ一本と言うのは、流石に無用心過ぎるとマキナは思っていた。だが露店を開き世間話で情報を仕入れた結果、小さなナイフ一本しか持っていなかった理由がはっきりした。
「それにしても、あの逃げ出した冒険者達、あれで一応一人前だったんだ。駆け出しかと思ってたよ」
この世界では、武器傾向を認められた冒険者は一人前と認識されており、武器傾向を認められていない冒険者は半人前の駆け出しと認識されている。
故に、逃げ出した冒険者達の非常識な行動と、激怒したディポンと捕縛命令を出した門番の行動の意味もマキナは理解出来た。
冒険者とは元々戦乱期後に溢れた人員の、再就職機関として各国共同で設立した何でも屋である。当時の構成員の殆どは戦乱期に傭兵等をしていた人材ばかりで、何の手も打たずに入れば賊に成りかね無い人材ばかりであった。当時武器規制の流れもあり、モンスターを専門に討伐する人員は必要と言う後押しもあり冒険者ギルドは不信感を向けられつつも生まれ、不信の目を鉄の掟と実績により払拭し人々の信頼を得て、現在の冒険者ギルドは成り立っている。
それを冒険者3人組は、重要物資を運ぶ依頼人を見捨てると言う行動に出た。マキナが助けずディポンが死んでいれば、冒険者ギルドの根幹を崩しかねない行為であった。
「それにしても、門番に銃の事を黙って石を投げ付けたと誤魔化したのは正解だったな。下手したらアノ場で拘束されてたよ」
マキナは武器携行の事を知った時、一番に門で危うい状況を摺り抜けていた事を知り安堵の息を漏らしていた。
門番が値踏みする様な目でマキナを見ていたのは、何も外見だけが理由では無かったからだ。あの時の門番は、武器の無断携行をして居る犯罪者かもしれないとマキナを疑われていた。
まぁ、ゴブリン10体を一人で倒すと言うのは、武器携行を疑うには十分な理由だろう。
「つくづく、常識が無いってのは怖いな。何の情報も仕入れずにテンプレ通り、冒険者ギルドへ登録に行ってたらと思うと」
マキナは肩を縮めながら、嫌な想像を浮かべた。
夕方前にトウモロコシの実が無くなり、マキナは早めに店を閉め買い出しに向かった。程なくして市場に着き、数日前に乾燥トウモロコシを買った八百屋のおばちゃんを見つけた。
「こんにちわ。またトウモロコシを下さい」
「ん?この間の、お嬢ちゃんか!」
「はい。またトウモロコシを買いに来ました」
マキナの事を覚えていたのか、八百屋のおばちゃんに驚く。200本ほど背負って帰った姿は衝撃だったらしい。
「トウモロコシかい?」
「?もしかして、今無いんですか?」
「ああ、実は数日前からトウモロコシが欲しいって言う客が増えてね。いま無いんだよ」
「そうなんですか、それは残念です。では、他に乾燥トウモロコシを取り扱っている、お店を御存知無いですか?」
おばちゃんはマキナの問いに、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「ああ、その事なんだけどね。実は、売り切れてるのは家だけじゃないんだよ」
「?大商隊が来て街に来て、飼料用に買い締めにでも走ったんですか?」
「いや。そういう事じゃないんだが、お嬢ちゃんは知ってるかい?向うでポップコーンて言う、トウモロコシを使った食べ物を売り出した店の事?」
「……(それって)」
「意外に簡単な作り方らしくってさ、自分で作ってみるって言う奴が乾燥トウモロコシを買って行くんだよ」
「(俺が原因か!?)」
トウモロコシの予想外の売り切れ理由に、マキナは内心驚きの声を上げる。そこそこ売れている割に、客足が増えなかった原因が発覚した!
「その上、その店も作り方も教えてくれるらしくってね」
マキナはトウモロコシが飼料用で売れ行きに影響するかもと聞いていたので、販売促進の為に購入者に簡単な商品説明をしていたのも拙かった様だ。ポップコーン自体の知名度は上がった様だが、商売としては失敗と言えた。
無表情であるが、暗い影の様な物を纏いマキナは落ち込んだ。
「まぁ、そんな事があってね。新しく仕入れて来るまでは、トウモロコシは無いんだよ。お嬢ちゃんも噂を聞いってって口だろうけど、次の入荷を待つか露店で買うかだね」
「……はぁ」
マキナの口から、思わず溜息が漏れた。稚拙な販売をした為、材料が無く自分の店を自分で閉店に追い込んでしまったからだ。
「分りました。次の入荷予定は何時ですか?」
「そうさね、3日後って所だね」
おばちゃんの言う入荷日は、マキナが役所に申請していた出店許可日数を過ぎていた。
つまり。
「……終わった」
「ど、どうしたんだいお嬢ちゃん!行き成り崩れ落ちて」
マキナは膝から崩れ落ち、見事な落胆ポーズを決めた。おばちゃんは慌てた様子でマキナに声を掛けるが、ロクな反応は無い。
暫し地に伏していたマキナは、力無く起き上がりおばちゃんに虚ろな瞳の顔を向ける。
「又来ます」
「あ、ああ。また来とっくれよ」
小さく呟くマキナの様子に、おばちゃんは引く様に怯えた。そのままフラつく足取りで去っていくマキナを、前回とは別の意味で白昼夢を見た様な眼差しで見送る。
マキナは<木漏れ日亭>の前で立ち尽くしていた。暫く立ち尽くした後、何と無く入りずらかったが意を決し扉を開け中に入る。
「ただいま」
「あっ、マキナちゃん。お帰り」
何時も通り受付にいるヘレンに声を掛けられる。しかし、今のマキナにはそれが重く伸し掛る様に感じられた。
そんな暗く落ち込んでいる様子のマキナに、ヘレンは首を傾げながら疑問を投げかける。
「どうしたのマキナちゃん?何か合った?」
「……」
ヘレンに心配され、マキナは重い口を開く。
「ポップコーンの事で、ちょっと」
「?」
「材料のトウモロコシが手に入らなく成りました。申請した出店許可日数内で再入荷出来ない様ですので、今日で露店は閉店する事にしたんです」
「閉店!?」
マキナの閉店という言葉に、ヘレンは驚きの声を上げる。
「それに、閉店には他の理由もあります。実はポップコーンの知名度が上がり過ぎたんです」
「上がり過ぎた?」
「はい。知っての通り、ポップコーンは作り方がとても簡単です」
「そうね」
「ですので、私の露店で買うより、いっそ自分で作ると言う人が増えてしまったんです」
「ああ、そう言う事」
「はい。その性もあり先程申した様に、材料である乾燥トウモロコシが売り切れてしまったんですよ」
マキナが疲れた様に溜息を吐くと、ヘレンもつられる様に溜息をつく。
「それに今回の事で、乾燥トウモロコシ自体の相場が上がる可能性もあります。そうなってしまえば、私が露店で売っていた様な価格では赤字に成るかも知れません。だからと言って価格を急に上げたり、一個当りの内容量を減らしてしまえば、今日までに作った固定客自体が離れる要因に成ります。結局、店を占める時期が早いか遅いかの違いにしか成りません。それなら赤字が出る前に撤収してしまった方が、幾分マシです」
「……」
「恐らくもう少し、早ければ明日にでも模倣店が出てくると思います。その店が原料の高騰を予測し多少高くして売りに出しても、私の露店は販売競争に勝つ為にも価格を据え置くしかありません。何故なら値段を上げれば、お客さんが離れるからです。ですがそうなれば、売れれば売れるだけ赤字になります」
一気にマキナは閉店を決めた理由である、今後の予想を吐き出す。その予想を聞いたヘレンは、次第に頬が引き摺っていった。
ヘレンはマキナの予測を聞き、気になる点を質問する。
「えっと。それじゃぁ、家もポップコーンを出さない方が居かな?」
「ああ、それは大丈夫だと思いますよ?」
「え、何で?マキナちゃんは露店を閉めるんだよね?」
「はい。ですが、私が露店で出していた物とココで出す物は、そもそも方向性が違います。私の露店で出していたポップコーンを買われたお客さんの印象は、おそらく安いです」
「……」
「しかし、ココで出す予定のポップコーンは、初めから高級ポップコーンと謳っています。ですので、多少価格が高かろうと高級志向の御客に売れる筈です」
マキナの話を聞きヘレンは若干の申し訳なさを覚えた。
「ごめんね、マキナちゃん。何だか後から売り出す私達が」
「いいえ。これは私の市場調査不足と今後予測の甘さから来た物です。ヘレンさん達が申し訳なく思う必要は一切ありませんよ。」
「でも」
「一応初期投資額の回収は済んでいますし、若干ですが利益も出ています。無理せず、ココで引けば問題はありません」
マキナは申し訳なさそうにしているヘレンに、気にするなと発破を掛ける。マキナとヘレンが受付で話し込んでいると、揉め事かと気になったケインがヘレンを心配し食堂から顔を出す。
「随分騒がしいな、何かあったのか?」
「あっ、お父さん」
「ん?お嬢ちゃんじゃないか、どうしたんだ?」
ケインはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべるヘレンと、何時も通り無表情であるが何処か憂鬱そうな雰囲気のマキナに戸惑う。
ヘレンがケインを呼び寄せ、マキナと話していた内容を伝える。
「あー、何て言ったら良いんだ?」
話し合いの内容を理解したケインは、どう言って良いか分から無いと言った表情を浮かべる。
「ヘレンさんにも言いましたが、別にケインさんが気にする事ではありませんよ?全部私の甘さから出た事ですから。」
「しかしだな」
「私としては寧ろ、ケインさん達の方に影響が無い事だけで十分です」
「……」
「それに、美味しい食事と言う報酬も既に貰っています」
マキナの気遣いにケインとヘレンは暫し無言で沈黙した。が。
「ふぅ。まぁ、嬢ちゃんがそう言うんなら」
「お父さん!」
「これ以上グダグダ言うのは、お嬢ちゃんに失礼だ」
まだ何か言いたそうなヘレンを、ケインは目で押し留める。ケインは場の空気を変える様に、マキナに頼み事を申し出る。
「まぁ、何だお嬢ちゃん。折角だから、売り出す予定のポップコーンの味見をしてくれ無いか?」
「ええ、良いですよ!」
憂鬱そうな雰囲気を振り払う様に、マキナもケインの申し出を快く受け入れた。