10機目 役所手続きは面倒
役所の建物に入ると、入口の正面に総合案内受付が設置されていた。受付には兎耳と狐耳の生えた二人の女性職員が待機しており、先に入った鎧を着た市役所利用者に窓口案内していた。
「……どこの世界でも、役所の作りは共通してるのかな?」
マキナはふと住民票の写を取りに行った、地元の役所を思い出す。何とも異界世界観の役所内部の無い作りに、元の世界の役所に来たのかと錯覚する。
「お待ちのお客様、窓口をお探しでしたらご案内しますが?」
狐耳を付けた女性職員が入口に立ち尽くすマキナに気が付き、笑顔で窓口案内の利用を進める。
マキナも異世界の役所の使い勝手が良く分からないので、素直に誘いを受け受付に近寄っていく。
「当役所は、初めての御利用ですか?」
「はい」
「御用件を御伺いしても宜しいでしょうか?御用命の、受付窓口を御案内出来ますが」
狐耳の女性職員はマキナに、丁寧な物腰で来訪理由を聞く。手元に各界の窓口の位置が書かれた、案内看板を取り出しながら。
「えっと。広場に露店を出す、出店許可申請を出しに来たんですが」
「露店の出店許可申請ですね?それでしたら、左手の階段を上った2階にある5番窓口で受付を承っております」
マキナの来訪理由を聞き、狐耳の女性職員は案内板を指差しながら丁寧に道順と受付窓口案内をした。マキナも手元の受付看板を注視し、確認の意味も込め指で道順をなぞりながら覚える。
「有難う御座います」
「いえ。何かお困りでしたら、気軽に御利用下さい」
マキナが会釈しながら礼を言うと、狐耳の女性職員も一礼する。丁寧な対応に感心しつつ、マキナは案内された通り左手の階段へと足を進む。
途中一階の窓口手続きの順番を待つ大勢の住民らしき人々を見、どこの世界の役所でもコレは変わりないのかと、マキナは無意識に溜息を漏らす。
階段の踊り場まで来ると、人集は少なくなり幾分歩き易くなる。
「はぁ。えっと、2階だったよな?」
大理石に似た、光沢のある石作りの階段を20数段上がると2階に付く。2階は1階に比べ利用者が人が少なく、目的の5番窓口は直ぐに見付かる。
十数人が並んでいる5番窓口の近くには、目立つ様に数字の書かれた番号板が置かれていた。
「これを取れって、待って居ろって事かな?」
取った番号札の数字は86話番。先程窓口の職員が72番を読んで居た。5番窓口は2人体制で回しているが、暫く時間が掛かりそうだ。
番号札を取ってから40分程待ち、漸くマキナの順番が回ってきた。
「お待たせし申し訳有りません。本日はどの様な御用件でしょうか?」
年若い新人の様な雰囲気の女性窓口職員は、マキナに笑顔で要件を聞いてくる。
「露店の出店許可申請をしたいのですが」
「出店許可ですね。露店の利用規約はご存知でしょうか?」
「すみません、詳しい所は」
「そうですか。では申請前に御説明します」
女性職員が露店の利用規約の書かれた冊子を出そうと、机の引き出しを探るが生憎引出し内の在庫が切れていた。予備を取ろうと女性職員が窓口の席を離れると、マキナは背後から向けられる視線が強くなった様な気がする。
1分程で女性職員が冊子の束を持ち戻って来た。
「こちらが利用規約を纏めた物です。基本的な部分だけ口頭で説明しますので、出店されるのなら良く読んでおいて下さい」
「分りました」
「大きなな点は2つ。露店出店料についてと、禁止事項についてです」
女性職員はマキナの前に冊子を広げながら、2本の指を立てながら説明する。
「出店料は露店が1区画に付き1日銀貨1枚、食品や調理済み食品を扱う店舗は1区画に付き1日銀貨5枚です」
「はい」
マキナは焼串のオヤジに聞いていた通り、住民も住民以外も出店料が一律である事に安心する。
「次に禁止事項です。当然ですが御禁制品の取引は禁止ですが、生きた動植物の取引も絶対に禁止です」
「?ヤケに生物を強調しますね」
「先日の事に成りますが、この禁止事項を破り生きたポイズンラビットを持ち込んだ馬鹿が出たんです。結果、逃げ出し興奮したポイズンラビットが、討伐までに広場に居た数十人の人々が襲われ毒に犯されました」
苦しい表情を浮かべるながら、吐き捨てる様に女性職員は愚痴を漏らす。マキナはその様子を見ながら、どこかで聞いた事が有る様な話だなと思う。
「ああ勿論、毒に犯された人達には解毒剤が配布されましたので、安心して下さい」
「そうですか。それは良かった」
「本来、ポイズンラビット等の生け捕りが推奨されるモンスターは、専用の取引施設で取り扱う品ですが。……露店で売るなんて」
不機嫌だった女性職員は、マキナの前だった事を思い出し直ぐに笑顔に戻した。マキナも見なかった事にし話を進める。
「他に何か有りますか?」
「そうですね。基本的に露店営業中に発生した問題に関して、役所が介入する事はありません。各自で解決して貰う事に成ります。又、衛兵が出動する様な騒ぎを起こした場合、出店許可の取り消しは勿論、1年間の出店禁止措置が下されるので注意して下さい」
「分りました」
「大きな注意点はコレくらいですね。それで出店許可は申請されますか?」
女性職員は冊子を閉じマキナに手渡しながら、申請の有無を問う。
「はい。お願いします」
マキナは軽く頷きながら返答した。
「分りました。では、申請書類を作りますので身分証を提出して下さい」
「はい」
マキナは胸ポケットから、仮身分証を取り出し女性職員に提出する。
「えっ、賓客?」
マキナの身分証の一文に目が止まった女性職員は、顔を上げ珍しい物でも見る様にマキナの顔を見つめる。
「あっ、気にしないで下さい。それ、どう言う訳か門番の方に付けられたんですよ」
「ですがこれは、滅多に記載される事が無い物なんですか?」
マキナは片手を軽く振りながら、慌てて事情を説明する。が、女性職員はマキナの話を中々信じ様としない。
その様子に、先に門へ行き消して貰うんだったと些か後悔した。
「あの、その身分証だと出店申請出来無いんですか?」
「あっ、いえ。無論申請は可能です。只、賓客になると出店料が免除になる特約があります」
「えっ!?」
思わぬ申し出に、マキナは驚きの声を上げる。厄介事を運んでくるだけの存在と持っていた、賓客を一瞬見直す。
女性職員はマキナの様子を窺う様な視線を向けながら、出店の意思を再確認を取る。
「申請しますか?」
「はい。出店はしますので、手続きをお願いします」
「分りました」
漸く踏ん切りが付いたのか、女性職員は申請書の必要項目を埋めて行く。そしてマキナに幾つか質問が飛んでくる。
「出店する露店の形態は何ですか?」
「加工済み食品の販売です」
「出店期間は何日ですか?因みに、出店料の免除期間は仮身分証の有効期間と同じです」
「取り合えず7日でお願いします」
マキナと女性職員は二言三言交わしながら、出店許可申請の書類を作成して行く。書類作成は順調に進み、数分で完成した。
「では、これで出店許可の申請は終了です」
「有難う御座います」
「後はこの番号札を持って隣の交付窓口、6番窓口で出店許可書を受け取って下さい。出店場所の地図が一緒に貰えます」
女性職員は32番と書かれた番号札を、笑顔でマキナに手渡す。
「有難う御座いました」
マキナは番号札を受け取り、一礼し隣の窓口へと移動する。
その際に、順番待ちで後ろに並んでいる人達の姿が見えたが、恨みがましそうな視線で見られた。どうやら、一人時間を使い過ぎた様だった。
マキナは不機嫌そうな雰囲気を纏いながら、役所の階段を下りていた。
「申請してから許可書の発行までが遅い」
許可書が手渡されたのは申請終了から、30分以上経ってからだった。他に待っていた人達も同じ様であり、一様に不機嫌そうな表情で足早に去っていった。
「まぁ取り合えず、コレで明日から出店出来るな」
購入した材料と道具類を思い出し、明日から始めるポップコーン屋に意気込みをかける。
「ああ。そう言えば、日本の役所って情報コーナーが設置して合ったけど、ここは設置してあるのかな?」
ふと思い付いた事柄を確認する為、手続き待ちの人で混雑する1階部分を潜り抜け、総合案内受付に顔を出す。
「すみません」
「あら?貴方は……ああ、出店申請は無事に済みましたか?」
狐耳の女性職員はマキナの事を覚えていた様だ。
「はい。御陰様で迷う事無く受付まで辿り着けました」
「そう、良かった。それで今度は何用かしら?」
「一寸、お聞きしたい事が。この役所には情報コーナーって有りますか?」
「情報コーナー?」
狐耳の女性職員は首を傾げながら、マキナの質問の意味を考える。
「実は私、昨日この街に来たので街の事が良く分から無いんですよ。それで何か情報が有れば、早めに知って置こうと思いまして」
「ああ、そう言う事。それなら右手の壁の公示板に、色々貼られているから見て見ると良いわ」
「あっ、そうなんですか。有難う御座います。早速見に行ってみます」
狐耳の女性職員に一礼し、マキナは公示板の方に歩いていく。
「結構一杯あるな。えっと、何々?」
公示板は数個設置して有り、それぞれ数枚ずつの紙が貼られている。
・周辺街道にて、モンスターが多数出没。
・ギョギィル山の街道にて山賊出没。
・再来月、王都にて国王生誕祭が開幕予定。
・
・
etc
「街道近くにモンスターの出現が多発?ディポンを襲ったアレの事か」
ゴブリン集団の事を思い出しながら、マキナは次の紙を読む。
「山賊が出るんだ。ギョギィル山がどこだか知らないけど、物騒だな。国王の生誕祭か、余裕が出来たら行ってみるのも良いかな」
公示板の用紙を斜め読みしながら、情報収集を行う。それなりの時間を公示板の前で過ごしていたマキナに、狐耳の女性職員が話し掛けて来た。
「随分熱心に見ているけど、どう?何か得られそう?」
「あっ、受付の」
「受付より、キリカって呼んで」
「えっと、キリカさん?」
キリカと名乗った女性は、マキナに軽く頷きながら話しかけてくる。
「マキナです。断片的ですけど、それなりに収穫は有りました」
「そう」
「明日から広場で露店を出すので、お客さん相手の話題作り位には使えそうです」
「マキナちゃんは、どんな露店を出すの?」
キリカは熱心に情報収集をするマキナの出す露店に、幾分興味がわいた。
「地元で良く食べられていたお菓子を出すつもりです。今日広場を回ってみたら、似た様な物を出す露天は無かったのでそれなりには売れると思います」
「そう、どんなお菓子なの?」
「出来立ては香ばしい風味がする、軽い口当たりで食べ易いお菓子です」
マキナはポップコーンのイメージを伝えてみるが、実物を見た事がないキリカには上手く伝わらない。
「それだけだと、一寸想像が付かないわね」
「明日から7日間程お店を開くので、時間が出来たら食べに来て下さい」
「そうね。休みの日にでも寄らせて貰うわ」
「はい」
マキナとキリカが世間話を少ししていると、総合案内受付に居たもう一人の兎耳の女性職員が声を掛けて来た。
「キリカ!そろそろ戻って来て!」
「分かったわ!それじゃぁマキナちゃん、私はそろそろ戻るわね」
「はい。色々有難う御座いました」
キリカはマキナに一言断りを入れた後、少し足早に受付へと戻って行く。マキナはその後ろ姿を見送り、再び公示板の前に陣取る。
数分で残りの貼られていた紙を読み切り、マキナは首と肩を回しコリを解す。
「終わった。結構な色々な事が起きているな。やっぱり暫くは街中で情報収集と、資金稼ぎに集中した方が良いな」
チョットした情報に触れただけで、自身の無知さ加減に危機感が沸く。
「この体が若干チート気味仕様だからって、モンスター討伐で稼ごうにも最低限の常識は仕入れとか無いと危ないな。色んな意味で」
マキナは当初、剣と魔法のファンタジーの様な異世界だから、力こそ全ての様な世界かと思った。
しかし公示板の内容を精査すると、冒険者業にも法律と言う壁がそびえ立って居る事に気付き、無知のまま冒険者業を営むのは危険だと判断した。
「安全第一、死亡フラグの立た無い異世界ライフ。うん、良い標語だ」
マキナは一人頷きながら公示板の前を後にし、受付作業に忙しそうなキリカと目が合ったので軽く会釈をし、意外な程長く滞在していた役所の建物から出て行った。