プロローグ フグ鍋は当たると死ぬ
中央にコタツが置かれた、4畳半の部屋。天板の上には、カセットコンロと煮え立つ一人用の小鍋。部屋の隅のTVからは、お笑い番組の音が響く。
そして、床で泡を口から吹きながら痙攣を繰り返す男。
(!!きゅ、救急車!だ、誰か救急車呼んで!)
泡を吹きながら痙攣を繰り返す男、佐藤充某国立大学2年生の20歳である。充は痙攣する手で喉を掻き毟りつつ、現状の元凶たるコタツの上の小鍋を掠れゆく目で睨む。ぐつぐつと小耳言い音を立てながら、芳しい香りを漂わす“てっちり鍋”を。
掠れゆく意識の中、充は事の起こりを走馬灯の様に思い出す。
「しっ! ベリーハードモード、ノーミスクリア達成!」
充は軽快な音楽を奏でるモニターに表示される“パーフェクトクリア”の文字を見ながら、嬉しそうにガッツポーズを取る。手に持っていたコントローラを放り出し、苦難を乗り切った達成感に浸った。
「疲れた。何とか年内に、全面全機種パーフェクト達成出来たな」
充は眉間を指で揉みながら、凝った肩を軽く廻しながら解す。
「最近のフラシムはホント、良く出来てるよ。ライトフライヤーとか、何所からデータ持って来たってんだか」
放り出していたゲームのパッケージを手に取り、偏執的なまでのボリュームと完成度に心底感心した。暫し“ALL AIR CRAFT”と書かれたパッケージの表紙を見つめた後、充は意識を切り替える。
「まぁ、取り合えずこれで、今年のゲームの遣り納めは終ったんだから、一寸遅い年越しの夕食とするか。珍しく景品が当ったんだし、豪華な年越し鍋セット」
そう言って充はゲームを片付け、台所に置いてある箱を開封し始める。要冷蔵と書かれたシールが張られたビニール包装を剥し、箱の中から説明書を取り出す。
説明書に一通り目を通した後、カセットコンロと具材を入れた鍋をテーブルに設置し調理を始める。
「後は煮えるのを待てば完成だな」
暫くすると、グツグツと言う音を奏でながら蒸気と共に芳醇な香りが漏れ出る。部屋に漂う鍋の香りは、充のすきっ腹を盛大に刺激した。
更に数分待ち……。
「よしっ、もう良いだろ」
充が鍋の鍋の蓋を開けると、部屋中に芳醇な香りが広がる。彩り鮮やかな見た目は、それだけで食欲を刺激した。
「うわっ、美味そう!それでは、頂きます!」
歓喜の声を上げ、充はもう待ちきれないといった様子で具材を取り皿によそう。箸で摘み上げた具材に息を吹き掛け、適温に冷まし一気に口へと放り込んだ。
「っ!美味い!流石高級食品の代名詞トラフグ、美味いなぁ」
ふやけた様な表情を浮かべながら、名前しか聞いた事無い様な高級フグの味に感嘆の声を上げる。充は余さず鍋を堪能する様に、一口一口噛み締めながら食べた。
……この瞬間までの充は、確かに幸せであったと言い切れる状況だった。
そして、冒頭へ戻る。
(番組プレゼント用の河豚で毒に当るって、何!どんな不良品プレゼントしてんだよ、TV局!)
充は怨嗟の念を抱きながら、毒入りてっちり鍋セットを配送した年末恒例の特番を思い出す。典型的な人気店をコメントの下手な旬の芸能人が食レポをすると言う番組で、恒例の視聴者プレゼントに十中八九外れると思い軽い気持ちで応募した結果、偶さか当選した番組の事を。
無論、当選した当初は充も素直にこの数奇な幸運を喜んでいた。到着日が12月31日になると電話口で聞き、今年の年末は豪華な鍋で大晦日を過せると。そしてイザ、てっちり鍋を食べて見ると冒頭の有様である。
(あっ、やば。意識が……くそ!こんな事なら、素直に実家に帰っときゃ良かった)
充は薄れゆく意識の中、食い意地を張って予定を繰り下げ年内に実家に帰らなかった事を繰り返し後悔する。まぁ、充が実家に河豚を持ち帰って河豚毒中毒の被害者を出すと言う事態に成らなかった事に関しては、不幸中の幸いであろうが。
ただ、1人暮らしゆえに周りに人が居なかったと言う事に関しては、適切な早期治療が行えなかったと言う不幸であった。ほんの些細な選択であったが、その選択は充の生死の明暗を分けた。
(……ぁ)
一瞬大きな痙攣をした後、充の体の痙攣は止まり、喉を押さえていた手からは力が抜け床に落ちる。20XX年12月31日23時59分。享年20歳、佐藤充、食い意地が張ったゆえの悔いの残る最後であった。
充の死亡から1時間後、突きっぱなしのガスコンロが原因の小火騒ぎが起こり、河豚毒中毒死を起した充の遺体が発見された。警察は当初、小火による一酸化炭素中毒による窒息死と思ったが、直に充の本当の死亡原因が某番組がプレゼントした河豚の毒である事を突き止め、原因の河豚を食べない様に促す放送を行うよう各TV局に緊急放送を通達。幸か不幸か、充が受け取った河豚セットは当選配送第一便であった為、2便以降の配送が中止され更なる犠牲者は発生しなかった。
しかし、視聴者プレゼントによる死亡事故は年末の悲劇と各局で大きく報じられ、問題を起したTV局は蜂の巣を突付いたかの様に上へ下への騒ぎとなった。
無論、賞品を発送した店も即日営業停止、死亡事故を起した番組は即座に廃止されプロデューサーを初めとする関係者は重要参考人として複数名が警察に拘束、TV局も社長を初めとした上層部の首が幾つも挿げ替えられ、TV局の株価は連日ストップ安を更新し一時倒産の危機を危ぶまれる事態にも直面した。
だがしかし、そこは熱しやすく冷めやすい日本。2,3ヶ月もする頃には世間の関心は薄れ、1年も経つ頃には皆この事件の事を思い出す事は無かった。
《転生対象者を検知しました。システム起動します》
次話を一時間後に投稿予定です。