楽しい肝試し
こちらは私が現在連載している作品の番外となっておりますが、これだけでも楽しめるよう、作りました。メインキャラは、
・深夜―♂。本作の語り手。ウザい。
・コーヒー―♂。白長ランの似非ヤンキー。
・ミルク―♀。女子力高い女子。
・不眠―♀。ジャージ娘。眠いが寝れない。
・アキコ―♀。幽霊。
とだけ覚えて頂ければ、大体大丈夫です。
それでは楽しんで頂けたら幸いです。
――深夜視点――
非常口の誘導ランプで全体が緑色に染まった廊下を四人で歩く。当然ながら人気はない。夜の学校というシチュエーションの為、どことなく不気味だ。
急に廊下に備え付けられている手洗い場の蛇口の一つが捻られて、勢い良く水が出てくる。しん、としていた空間に響き渡る水音に隣にいたミルクが肩を大きく跳ねさせる。
これもアキコの仕業だろうか? 絶対何かしら仕掛けてくるだろうとは思っていたけれど、予想外にハッスルしている。彼女も久し振りにキャラを生かせる場面に張り切っているのだろうか? あとで訊いてみようと思う。
「不眠ちゃん、怖いのです……」
ミルクが白くてふわふわの髪を揺らしながら不安げに不眠の腕にしがみつく。よっぽど怖いのか、若干涙目だ。同じ女の子でも、しがみつかれている側の不眠は平気な顔でズンズン進んで行くのだから面白い。 一番手洗い場に近かった、僕と反対側の端を歩いていたコーヒーが蛇口をキュッ、と捻る。水はぽた、ぽた、と数滴垂れた後、完全に止まった。
再び静かになった廊下に、今度はヒタ……ヒタ……、と後ろから何かがこっちにやって来る音が響く。振り返って様子を窺っていると、廊下の奥の暗がりから四足歩行の何者かが現れた。動物だろうか? 目を凝らしてよく見てみる。僕の美しい青色の目は視力がかなり良いから、遠くにいるそれの細部まで良く見えた。それは四足歩行の動物ではなく、ブリッジをした人間だった。ヨタヨタ歩きだったのは、無理な体勢で進んで来たからだろう。セーラー服を着ているが、ブリッジをしているせいで裾が捲れ上がって腹が露出している。
ブリッジ人間と目が合ってしまう。そいつはニタァ、と嫌な笑いを浮かべた後、今までのヨタヨタ歩きが嘘だったかのように猛スピードでこっちに突進してきた。
「きゃあぁぁぁぁぁああ!!」
ミルクが耐えきれなくなったのか悲鳴を上げる。僕も流石にあれは嫌だ。
「おい、逃げるぞ!」
コーヒーがミルクにしがみつかれて動けない不眠を引っ張る。僕も三人に付いて行く形で走り出す。
僕らが何故こんなことになっているか。その理由は今日の朝まで遡る。
****
「夏だ! 高校だ! 青春だ! つー訳で、今夜学校で肝試しやるぞ!!」
朝、コーヒーと不眠のクラスにミルクと一緒に遊びに行っていたら、二人のクラスの学級委員長――確か池峰くんだっけ?――が、教室に飛び込んでくるなりそう叫んだ。朝っぱらからこんなテンションで叫んでいたら普通なら白い目を向けられるだろうけど、教室にいる人間の殆どが池峰くんに応えるようにイエーイ! だの、フゥー! だの叫び返している所がこのクラスの凄い所だと思う。流石、お祭り好きが集まったクラスだ。まだ教室にいないメンバーにも早速電話連絡網で情報を回し始めたり、それぞれの予定を調整し始めたりしている。
「お、深夜とミルク! お前らも参加するか? 一応クラス会の延長だが、お前ら二人なら大歓迎だ」
「いいの? ありがとう。まあ、この美しい僕がいた方が場も華やぐだろうしね」
「わあ、池峰くん、ありがとうございますなのです!」
僕の言葉にコーヒーは若干イラついたような顔を見せるが、池峰くんはカラカラと笑い飛ばす。
「深夜は相変わらずだなあ。あとで詳細をラインで送っとくよ」
池峰くんは手に持っていたスマホを左右に数回振った後、再びプランを詰めている人の輪に戻っていった。
あとから池峰くんから送られてきたプランによると、クラスを驚かし役と被害者役に二分してやるらしい。被害者役はグループを組んでスタート地点で渡される、花が描かれた札を二階の理科室の指定された場所に置いてきて、スタート地点にまた戻ってくる。そして驚かし役は随所で被害者役にどんどん仕掛けていく、という内容だ。
被害者役と驚かし役は固定だから不満が出るかと思ったけど、驚かし役の方に希望者が殺到して、壮絶なじゃんけん大会で決めたらしい。無事希望が通った子達はノリノリで準備しているそうだ。
池峰くんの計らいで他クラスである僕とミルクは不眠とコーヒーのグループに被害者役で入れて貰える事になった。
で、夜。
いつもならとっくに皆帰っていて、校舎はすっかり静まり返っているのだけれど、今日はまだ活気を失ってはいなかった。講堂に皆集まって走り回ったりと大騒ぎだ。 僕達四人はいつもの空き教室でのんびりお茶を飲んで時間を潰していたけど、手ぶらの子がいるから、一旦家に帰って準備してきた子もいるようだ。
「じゃあ被害者役のグループの代表者はくじ引きで順番決めるぞー」
僕のグループではコーヒーが代表者になった。他のグループの代表者があと四人、計五人がくじを四本持った池峰くんの元に集まる。
……ん? 五人?
おかしい。被害者役のグループは四つだ。なのに代表者が五人いる。一人一人をよく見てみると、黄色いスカーフを巻いた手首が見えた。なんだ、アキコか。見知った幽霊の仕業と分かった僕は一気に脱力する。そういえば今日肝試しをやるってアキコに言ったら、「そう、肝試し……よし」なんて呟いていた。アキコも久し振りに本領を発揮するつもりなんだろう。
「あれ? おかしいな。くじが足りない」
池峰くんが予想通り素っ頓狂な声を出す。なにが起こったかは分かるけれど、僕はわざわざ彼の元まで行って確認してしまう。案の定、コーヒーの手にはくじが握られていなかった。
テンプレなホラー展開に場が少しざわめくが、コーヒーの「あー、じゃあ俺らのグループは最後でいいわ。無いの四番のくじだろ?」という言葉で収まる。
「よっしゃ! じゃあ気を取り直して、始めるぞ野郎共!!」
池峰くんの音頭に皆がワーワーと歓声を飛ばす。盛り上がり方が尋常じゃない。その滅茶苦茶なテンションのままで驚かし役が配置に着き、最初の被害者役のグループが出発する。
「ああ、ドキドキしてきました……」
被害者役のグループを見送りながらミルクが胸を押さえる。女の子らしいミルクは如何にもホラーが苦手そうだ。
「なになに? ミルクもしかして怖いの〜?」
「お恥ずかしながら、そうなのです。不眠ちゃんは昔からホラーは平気なので羨ましいのですよ」
ミルクは少しはにかむと、隣にいるジャージの女の子に視線をやる。不眠はいつも通り隈の目立つ目を擦りながら、コーヒーと遊んでいる。確かに不眠はホラー耐性が高そうだ。驚かし役の仕掛けにも普段のドライな態度で対処していきそうな印象がある。
不眠と遊んでいるコーヒーも中学時代に一緒にホラー映画を見た経験から、ホラーに強いのは確認済みだ。つまり、このメンバーで反応を楽しめるのはミルクだけという事になる。少し物足りない気もするが、アキコの悪戯も楽しみたいし、これで丁度良いんだろう。
そうこうしているうちに、いよいよ僕達の番が回ってきた。見送りの池峰くんに手を振って、講堂から出る。
「思ったより暗いのです」
「ミルクは不眠に掴まってぶっ!?」
講堂を出てすぐの曲がり角を曲がった途端、豪速球で飛んできた何かがコーヒーの顔面にベチャリ、と激突する。ダメージは少なかったらしいコーヒーがそのまま床に落ちたそれを拾い上げる。
「……蒟蒻だ」
不意打ちの蒟蒻に僕は思わず噴き出してしまう。だって蒟蒻だ。豪速球の蒟蒻だ。シュールすぎる。コーヒーは取り敢えず蒟蒻を廊下の端の方に置いて、また歩き出す。
その後も鋏の音が鳴り響いたり、上からボールが落ちてきたり、冷たい手に足首を掴まれたりと、どことなく不気味でシュールな仕掛けが次々と襲いかかってきた。仕掛けの中に明らかに人間には出来ないものが何個かあった。多分、アキコの仕業だろう。
そして冒頭に戻る。
ブリッジ人間は勢いこそあったものの、持久力はあまり無かったようで、暫く走って逃げていたらいつの間にか撒けていた。ブリッジ人間の気迫に押されたのか、辺りには驚かし役の気配もない。そのスキにどんどん進んで目的地の理科室の前までやって来た。
理科室の扉のガラスが嵌め込まれている所から中を窺う。夜の理科室はホルマリン漬けの瓶や人体模型やらが射し込んでいる月明かりに照らされていて、最高に不気味だ。
「お邪魔しまーす」
僕は臆することなく、扉をカラリと開けて理科室へ入っていく。こういう場所にもふらりと入っていける所は僕の美点だと思う。他の三人も僕に続いて入ってくる。
「さーて、この札はどこに置けばいいのかなー?」
「あれじゃない?」
辺りを見回していたら、不眠が見つけたようで指を差す。そっちに目をやるとミニチュアサイズの祠のようなものがあった。祠の前には札が三枚。どうやらこれであっているみたいだ。
コーヒーがその時代遅れのヤンキーみたいな白長ランのポケットから僕達のグループに渡された札を取り出して、祠の前に置く。これだけで完了だ。
「早く戻りたいのですよう……」
「そうだね。戻ろうか」
ミルクが不眠のジャージの袖をくいくいと引っ張る。廊下でさえビビってるミルクには理科室はハードルが高すぎたようだ。促されるまま、僕達は理科室から出て行く。
最初にミルク。次に不眠。三番目は僕が出た直後、扉が背後でピシャリと閉じられる。
「え……? コーヒー?」
コーヒーが急に乱心して自分が出る前に扉を閉めたのだろうかと考えたが、驚いた顔をガラス越しに見せているから違うだろう。じゃあ、誰が? そこまで思考を巡らせた瞬間、背筋を悪寒が走る。急いで扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていてガチャガチャと忙しない音をさせるだけだった。そして、こっちを見ていたコーヒーだったが、何かを感じたみたいに背後を振り返る。彼が完全に背中を向けたのを見計らったように、ガラスが黒い何か――これは髪の毛?――に覆われる。最後に見えたその後ろ姿が僅かに固まったのを僕は見逃さなかった。
「コーヒー! コーヒー!!」
異常性に漸く気付いた不眠が扉をガンガンと叩く。僕は他の入口を探すフリをして、二人から離れる。
「私じゃないわよ」
僕が呼ぶ前にアキコが弁解してくる。
「でもさっきから悪戯していたのは君だろ?」
「だから私がやったのはくじ引きの時だけ。他はあの子よ。私、ずっとあの子を説得してたんだから」
アキコは飽くまで自分じゃないと主張している。それじゃあまるでアキコ以外にも……あ。
「ねえアキコ。もしかしてさ、君以外にもいるの?」
アキコは僕の問いにキョトンとした顔をした後、あっさりと答えた。
「当たり前じゃない」
――コーヒー視点――
一体どうなってんだ。いきなり扉が閉まりやがった。おまけに何かの拍子に鍵が掛かったみたいで、開かない。めんどくせー事になりやがったと頭をガシガシと掻いていた俺だったが、背後に冷たい気配を感じて振り返る。そこには黒い毛玉に手足を付けたような物体がいた。字面にしたらマヌケな見た目だが、そいつは明らかにヤバかった。
「ウザい」
「頭カチ割れば」
「あいつってさ」
「黙れ」
「あはは」
「偉そうに」
「ちょっと可愛いからって」
「バァカ」
「死ね」
色んな種類の声がそいつから聞こえる。毛玉の隙間から見えた口は大きく吊り上がっていて、黄ばんだ歯がずらりと並んでいた。
そいつは数回バウンドした後、俺に向かって――
――深夜視点――
アキコの言葉を聞いた僕は大いに焦っていた。このままじゃコーヒーが危ない。こうやって中に入ろうとしている間にも、中からガタガタと凄い物音がしている。
「大丈夫だと思うわよ。だって――」
アキコが全てを言い終わる前に扉が不眠によって打っ飛ばされる。彼女の両手には消火器がぶら下げられていた。
不眠は消火器をぽいっと投げ捨てると中に突入した。僕とミルクもそれに続く。
「コーヒー!!」
勢い良く中に入った僕は目の前に広がる光景に拍子抜けする。コーヒーは黒い毛玉に手足を付けたような生物を殴り飛ばしていた。
それはもう、ボッコボコのフルボッコだ。
「な、殴っ……!?」
アキコの怯えた声が耳元でする。どうやらアキコも自分達に物理が効くと知らなかったようだ。
「お、お前ら扉開けてくれたんだな」
嵌めるのは俺がやるわ、とコーヒーがくるりと振り返ってそう言う。そういう問題じゃないと思うのは僕だけだろうか。
「いたい……」
殴られて床に倒れていた毛玉はか細い声でそう言い残すと、溶けるように消えていった。
「あれ? いない。あいつも我に返って恥ずかしくなったのか」
コーヒーが実験机の向こう側等を覗きながら、一人で納得したように頷いた。どうやら彼はあの毛玉を最高にハイになった驚かし役の誰かだと思っているらしい。
「とてもリアルな演出だったのですよ。私、怖かったのです」
「うん、流石にあたしもびびった」
まあ皆がそう思っているならそれでいいだろう。変につつくのも野暮だ。
それから、不眠が外した扉を嵌め直して僕達は来た道をまた戻っていった。帰り道も驚かし役の仕掛けは続く。
「ねえアキコ」
「なによ」
僕は三人から少し距離を取ると、小さな声でアキコに話しかける。すぐにアキコの声が隣からする。姿は見えない。気を使ってくれているようだ。
「さっきの毛玉、なんだったの?」
「私の友達よ。今夜の事教えてあげたら自分も参加したいって聞かなくって。普段はもっと可愛いんだけど、随分張り切ってたみたい。力の強い子じゃないからそんなに心配していなかったんだけど。……それにしても、殴られるとは思わなかったわ」
アキコはまだ自分達に物理が効いた事を引きずっているらしい。
「僕も初めて知ったよ。あとさあ、アキコの友達ってまだいるの?」
「いるわよ。有名なのだと、トイレの花子さんとか透明なピアノニストとか」
アキコは他にも有名な学校の怪談に出てくる幽霊の名を上げる。普段過ごしている学校にもそんなのがいたなんて、なかなかに興味深い話だった。
「意外といるんだね」
「そうね。だってあんたの後ろにもいるくらいだから」