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そして俺が彼女と別れないことを決めた理由③

 薄暗い個室の中にはアルコールが充満している。


 それだけで酔ってしまいそうなので口をゆすぐように目の前のオレンジジュースを飲む。


 生まれてはじめて来たお洒落なクラブ、VIPルームも初体験だった。


 同じゼミの仲間達に誘われてやってきたこの合同コンパを皆は楽しんでいたが、すでに俺は帰りたくなっていた。


 腹の中で暴れているかのような低音も、騒がしく耳朶に入ってくる高音がなんとも不快で、ビートのきいたメロディとやらも騒音としか思えない。


 やっぱり断れば良かったな……。


 楽しそうなフリをして、早く時間がすぎるのを願う。


 入り口から一番近く(別名、ドリンク受け取りと注文係の席)に座って手持ち無沙汰を何とか紛らわしていくのもそろそろ限界に近くなってきた。


 かと言って、他の面々は楽しそうにしているので自分だけ帰るというのも気まずい。


 トイレにでも隠れるか?  いやそれも情けないな~。


 それじゃ白音とメールする?


 いや彼女の勉強の妨げになるから駄目だ。


 なにより自らそう言って連絡を絶った彼女を裏切るみたいで気が引けた。


 大学進学で北陸の田舎から都内に越してきた当初は面食らうことばかりだった。


 駅では構内で迷い、雑踏に出れば次々に肩がぶつかる。


 おまけに主要な駅には改札口がいくつもあってわからず、仕方なく駅員に聞いても冷たくあしらわれる。


 そしてやっと寄り道をしなければ迷わず大学に通えるくらいになった頃には親しいと呼べる友人は一人もできていなかった。


 故郷でも友人は少ない方だったけれどこんなに孤独を感じることはない。


 だからこそ合コン?という誘いにあえて乗ってみたが、酒がはいりハイテンションな彼らとのギャップに気圧されて誰とも話せずにいた。



 俺、何しに来たんだろう?


 急激に今の状況が惨めに思えてくる。 田舎の高校の生徒会長もここではただの木偶の棒じゃないか。


 なんだか無性に彼女の声が聞きたくなる。 今日は帰ったら白音に電話してみよう。 出なければ挫けてしまうかもしれん。


「つまらなさそうね……楽しんでる?」


 隣の席の女がいきなり話かけてきた。


「い、いや……楽しい……ですよ」


「……嘘が下手ね。苦労するわよ?」


 落ち着いた印象を受ける彼女に俺は曖昧に笑って返す。


「ははは……そ、そうですか」


「ええ……そうよ、きっと苦労することになるわよ……でも嘘ばかりの男よりは良いけどね」


 なんと答えていいかわからず、黙りこむ。


「沈黙は肯定と同じよ?」


「あっ、すいません!」


 思わず謝ると、そこではじめて女は笑う。


「あなたK大学の一年生よね?はじめて見るもの、私はW大学の二年の羽田麻由っていうの……よろしくね」


「……よろしくです」



 後日にわかったことだが、彼女は中々の有名人だったそうで、今回VIPルーム使用出来たのも口添えがあったからだそうだ。



 そして俺と彼女は出会うことが出来た。



 その時にはその表現が適当で、今なら出会ってしまったという表現がお似合いなのかもしれないが……。


 ちなみにその日俺は白音に連絡することはなかった。


 一晩中一緒に居てもても苦にならない人を白音以外で初めて知った日でもあったからだ。






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