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アンドロイドシリーズ

青い星よ、星の海より――

作者: 流堂志良

 彼かその惑星に寄ったのはただの気まぐれだった。

 ここが居住可能惑星であることは知識として知っていた。

 そして原住民が未だ、地に這いつくばって生きていることを。

 この惑星は彼らの星の実質的な属領だった。

 原住民はそれを知らない。

 彼らは何も知らぬままに生きて行けばよい。

 亀のような歩みで。

 技術の進歩ものろのろと。

 この星の海を泳ぐなど思い上がったことを。

 幸いにも、人間はまだこの宇宙の近辺に全て機械で作った居住空間を作るのがせいぜいだ。


「それにしても美しい惑星だ」


 この星系の星は多く見たが、これほど美しい星を未だ見たことがない。

 原住民が太陽と呼ぶ光を受けて、輝く星。

 彼は原住民に見つからぬようにそっとその星の重力圏まで、乗り物を下ろす。

 誰にも見つからずに、地上に降り立つなど造作もない。

 そのはずだった。

 問題は、偶然にも降りようとしたところで嵐に巻き込まれたからだ。

 もちろん、ただの雨や風だけなら何も問題はなかっただろう。

 問題は――原住民が雷と呼ぶ放電現象だった。


「ぐっ……」


 外の光景を映していたスクリーンが真っ白に染まる。

 続いて大音響。

 乗り物ごと振動させる衝撃。

 反転して真っ暗になった乗り物はどこまでも墜ちていった。




「やれやれ、昨夜は泊まりこんでいてよかったな」


「雷ですよね。濱野主任は上手く仮眠取れました?」


 綺麗な研究所の制服を身に着けた、研究者たちが廊下をカツカツと歩いて行く。

 朝の早い時間であった。

 こんな時間にこの研究所に彼らがいるのは、昨日の急な嵐のせいである。

 研究所には様々な精密機器があり、対策を取らねば大金を積んで作った設備がただの金属の塊になる可能性があった。

 そのせいで、泊まり込みだ。


「確か明け方ごろか。この辺に落雷があったな。研究所内の機器は無事だったが、敷地内はどうだか」


「ああ、すごい音でしたね。所長たちが来る前に見に行きましょうか。私は表門を見てきますので」


「じゃあこっちは裏を見てくる」


 通用口にカードを通し、二人は夏にしては涼しい風当たる、雨上がりの外へと出る。

 清々しい空気を胸に送り込んで、二人はそのまま逆方向に別れた。

 研究所というが、敷地は研究所の建物より、自然の方が多かった。

 狭い日本では、住宅街の近くにあってはお互いに支障がある。

 それ故に、広い敷地を確保できる都市部から離れた所にこうした研究所が建てられた。

 この周りの住宅は、もちろん研究員の暮らす寮である。


「あちゃー……やっぱりか」


 大地を揺るがした雷鳴。

 その爪痕は、しっかりと敷地に刻まれている。

 切り裂かれ、弾けた樹木が残されていた。


「火災にならなくてよかったが……」


 濱野はこの後、所長がこの後処理の為に業者を呼ぶだろうと予想した顔を覆った。

 そうなると騒がしく、精密な作業を必要とする研究が中断されてしまう。

 濱野が今担当しているのは、アンドロイドの実用化に向けた重心制御だった。

 アンドロイドを完成させるのにあたって、重心制御を簡単にする装置を考えなければならなかった。

 もっとスムーズに。もっと精緻に。

 人体の重心移動は無意識に行っていることだが、機械にそれを代行させるとなれば、常に電子脳で計算しなければならない。

 そうなると熱を生み、長時間の活動など不可能だった。

 それぞれの部分で重心移動の計算をするのも、連携が少しでもずれると意味がない。

 人間でいうと右手と右足を同時に出す行進より酷いことになる。


「だいたい何日ぐらいだろうなぁ」


 この爆ぜた木を撤去する。

 多分そうなるのだろうが、その作業の為にどれだけの時間業者が敷地に立ち入るのか。

 考えるほど頭が痛い。


「うーん……」


 腕を組んで濱野は考える。

 うるさい音はできるだけ遠ざけたい。

 しかしイヤーマフで耳を塞ぐのも集中を欠いて鬱陶しい。

 困っていると、視線の端で何かが動いた気がした。

 それだけなら、小鳥か何かだろうと気にしなかっただろう。

 しかし――。


 ピッ……ピッ……ピッ……。


 電子音のような甲高い音は放って置けなかった。


「何だろう?」


 制服が汚れるのも気にせず、濡れた草に踏み入り焦げた木へと向かう。

 覗き込んだ草の間にいたのは、手のひらに乗りそうなサイズの奇妙な生き物と、その近くに落ちている金属でできた何かの塊だった。





「そんなわけで、現住民に乗り物を修理してもらったわけですよ。考えていたより優秀で、善良でありました。まず、彼らは何をしたと思います? あの舟を綺麗に分解してしまったんですよ」


 青い惑星に乗り物を墜落させてしまった彼は、仲間の一人に語る。


「これで戻れないと私も思ったんですが、驚いたことに原住民は分解して中身を見た後、壊れた部品と全く同じ物を作ったんです。ええ、重さもサイズもピッタリ同じ物です。誤差なんてほとんどなかったのです」


 興奮を隠しきれずに彼は、言葉を止められない。

 元々彼は辺境の星々を巡って、ひっそりとその星の文明を一段階上げる技術を提供する仕事をしていた。

 地に這いつくばって生きるだけの、あの青い惑星はその範疇に入っていなかったのだが。

 それを改める必要があると彼は報告した。


「私が出会った原住民は自らに似せた自動機械を作る研究をしているのだと私に言いました。それを争いの為に使うのであれば、私も放っておきました。しかし彼らは良き隣人を欲しています。ほんの少し彼らの手助けをしようと思うのです」


 彼の報告はすぐに共有されて、審議に掛けられた。

 本来なら捨て置く下等種族の住む惑星だ。

 そのまま捨て置いてもいいのだが、その原住民は触れても理解できないであろう彼らの舟を修理した実績があった。

 やむを得ず、技術に制限を掛けた形で渡すことにした。

 対象は報告を上げた彼の乗り物を修理した原住民個体に限る。

 転用すれば宇宙に進出する鍵にもなるが、しばらくは原住民がそれに気づかないようにする。

 そうして、彼らが日本にもたらした技術は三つ。

 一つは、使い方次第では空を飛ぶことも可能とする反重力システムの技術。

 一つはその反重力システムを稼働するのに必要な動力を生み出す、可視光線を莫大なエネルギーに組み替える技術。

 最後の一つはそれを制御するのを可能にする電子脳の技術だった。



 これらの技術によって初めてのアンドロイドが実用化された。

 そうして現地時間では二十年もの歳月が過ぎ――。



「困るんですよね。この惑星は我々××××の属領なんです。勝手に入られても困るんです」


 星の海に浮かぶ青い星を目がけて、見知らぬ舟が進む。

 別の星系からやって来た、慈悲無き略奪者。そう揶揄される種族の星の舟であった。

 略奪者の舟に警告の通信を発信して、その前に彼の舟が立ちはだかる。

 二十年もの間、彼はこの星を見守っていた。

 あの技術をもたらした原住民は、技術の中身を秘匿して簡略化した物をアンドロイドへと転用した。

 理解する事自体に何十年もかかると彼は思っていたが、ずっと速いスピードで彼はそれを再現して見せたのだ。

 略奪者たちは、基本的に原住民を絶滅させて、その星ごとを乗っ取る悪質な種族だった。

 その原住民はまだ、略奪者に対応するだけの技術を持たない。

 彼のもたらした技術は星の海に繰り出し、攻撃するだけの事を可能とする。

 それを原住民に禁じたのはそもそも彼だ。

 星の空に旅立てぬ種族は同じ星の中で争いあう。

 そうして滅びた星を彼らは何度も見てきた。


『ソレガドウシタ? 奪ウノガ我々ノヤリ方ダ』


 返って来た答えは、予想通りの物だった。

 だから彼は、青い星にもたらした技術の一つを使う。

 可視光線を莫大なエネルギーに変換する、システム。

 それを攻撃に転用すると、星ひとつを粉々にするだけの威力となる。

 しかし彼の舟では、舟が壊れてしまう可能性があった。


「相手が一隻で助かりましたね」


 彼は迷わずに、システムを起動する。

 彼の位置は恒星の見える位置だ。

 ある種の信号を発すると、舟の全システムの制限が取り払われる。

 恒星からの光を動力に変換する。

 普段はその変換率には制限がかかっているが、制限を取り払えばそれは変換率も100%となる。


「この舟のデータの送信は終わりました」


 彼はスクリーンに映った船影を認めて、砲を起動する。

 集めたそのエネルギーが砲に点り、光を発する。

 ガタガタと嫌な揺れ方をする舟を推進システムで制御するが、それも限界に近い。

 最後に彼は、かつて技術を贈った原住民に短い通信文を送り、砲撃を行った。


 短い交錯。


 実のところ、それぞれの舟の大きさには雲泥の差があった。

 しかしそれでも、彼らの砲撃は凄まじい。

 発射したエネルギーは光の軌跡となり、何百倍、もしかしたら何千倍もの大きさの舟を貫く。

 その代償に、小さな舟は力尽きたように反動で後方に消えていった。

 撃たれた舟は、見た目こそ無事そのもので少し進んだところで光の花を咲かせて、宇宙に破片をばらまく。

 やがてそこに地球が近づき、破片は流星群となって降り注いだ。




 ――青い星の原住民よ、星の海より愛を込めて。自らの手でこの星の海に貴方たちがやってくるのを私は待っています。

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