まとも
いよいよ出産が近づいてきた。サムには、側にいて欲しいけれど、そういうわけにはいかないみたい。実はあのアルバムが予想以上に売れてるみたいで忙しくなったのだ。私が吹き込んだ歌はシングルではないのだけれど、その歌が売り上げに貢献しているんだって。みんな、幸せに群がれば、幸せをおそそ分けしてもらえると思ってるんだ。情けないけれど、私たちにとっては好都合だ。気づけば、にやけ顏になってしまうのも許してね。
麻里『いよいよですね、お嬢様。』
私『いや〜先を越しまくっちゃって悪いね。召し使いさん。』
麻里『・・・私は召し使いじゃなくて、お手伝い!!色葉の陣痛が始まったとき、佐村がいない場合は、すぐにタクシーを呼ぶ為だけに住み込み中なの!!』
私『現実のお仕事はどうなんだい?(にやにや)』
麻里『にやにやしやがって・・・ちっ・・・そろそろって感じはあるの?』
私『 来る、来る、って感じはあるよ。』
麻里『こわい?』
私『やっぱりサムがいないときに陣痛がきたらこわいかな。麻里が頼りないって意味じゃないよ。』
麻里『最近、情けなくなったとか言ってたのに、なんだかんだで側にいて欲しいんだ。』
私『そういえば、反松の件はどうなったの?週刊誌もワイドショーも無視なんだけど。』
麻里『ごほっ、ごほっ・・・。』
私『なるほど・・・うっ、陣痛が!!』
麻里『えっ!?えっ!?こんなにいきなり来るものなの!?た、タクシーって、どう呼べばいいの!?』
私『嘘だよ。』
麻里『うわっ!!こっちは真剣なのに!!』
私『いざという時のことは、ちゃんと確認しておかないとね。』
実は本当にズキっときたんだけど・・・急に来たくせに、急に引いたりするから困る。
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人見『ここか・・・普通の家じゃないか・・・栽培場にしては綺麗だな、新築か?』
佳奈『普通の家やもん。ハゲのおっさんが住んでた。』
人見『一人か?』
佳奈『多分・・・ここで買ったのは1度だけやから、わからへんけど・・・。』
人見『声をかけたのはハゲなのか?』
佳奈『人見くらいの年齢の兄ちゃんやったかな・・・。』
人見『(新庄か・・・?)』
佳奈『・・・あっ、ドアが!?』
人見『しっ・・・。』
栽培場から人が出て来た。
人見『あの風貌からすると、あれが日比谷だな。』
佳奈『あのハゲに『お前は裏切るなよ。』って言われたんや・・・ただの脅し文句かもしらんけど・・・。』
人見『盗聴なんかされていないよな?』
佳奈『草しか受け取ってないから、大丈夫やと思う・・・。』
人見『そうか・・・場所は分かったから、もう帰ろう。』
人見と佳奈は車に乗った。
佳奈『人見ってさ、人生をやり直したいって思ったことあんの?』
人見『そりゃあるよ。俺、高校時代、馬鹿だったから、何度も停学になってしまったおかげで、馬鹿を治せなかった。学校って馬鹿を治すためにあるのにな。』
佳奈『私も馬鹿やった・・・高校にも入れんくらい馬鹿やったもん・・・馬鹿やったから、初体験も中学生やった・・・兄ちゃんの友達にレイプされたんや・・・。』
人見『・・・。』
佳奈『そんなこと恥ずかしくて、家族に言えるわけないやん・・・だから、私は家出したんや・・・人見みたいに守ってくれそうな人を見つけて生きようと思った。でも、中学生の私は馬鹿やから、制服のまま夜の街を歩いて、補導されて、家に連れ戻されて、何度も親からぶたれた・・・。』
人見『俺はそんなことをしてくれる親なんか既に居なかった。』
佳奈『実の親からぶたれるって虚しいよ・・・母さんはフォローなんかしてくれんやった・・・むしろ、母さんのビンタの方が痛かった・・・女って手加減を知らないから・・・。』
人見『クスリと草に手を出したのは?』
佳奈『中学を卒業して自由の身になったから、一人暮らしを始めて、まともなバイトについて、いい人が見つかった頃・・・18歳頃やったかな・・・この人の子供を産みたいと思って、馬鹿やから、婚約もせずに日々を過ごしていたんやけど、全然身篭らんの・・・私は彼を責めたし、彼は私を責めた・・・で、病院で検査を受けたら原因は私やった・・・。』
人見『その男は、それを知った瞬間、お前を捨てたんだよな。』
佳奈『うん・・・彼と別れてバイトに身が入らんようなって実家に帰ったんやけど、また、ぶたれた。なんで、戻ってきたんやって言われながらぶたれた・・・もう、実家には二度と帰らへんと決めた。もう補導されることもない。そやから、親が愛想を尽かすような娘を演じたくなった。演じる為の小道具として、買ったのが初めての草・・・クスリはもう少し後やったね・・・やらんやったら良かった・・・どこ、連れてくん?』
人見『CDショップ。』
佳奈『何を買うつもりなん?』
人見『佐村の新作。』
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佳奈『佐村の新作なんか買ってどうしたん?自分も参加してるやん。』
人見『聴いて欲しい曲があるんだよ。』
人見は最終トラックの色葉と麻里が吹き込んだ曲を流した。
佳奈『・・・。』
人見『これ、色葉と麻里の人生には交差点があることに気づいて佐村と3人で書き上げたらしいんだ。』
佳奈『・・・。』
人見『あいつも苦労してるんだよ。お前との交差点も多いだろ?』
佳奈『彼女は私と違って、まともに生まれてきとるやん・・・私とは違う。』
人見『お前もクスリに頼る以前はまともだったんだよ。』
佳奈『クスリを始めたのは自分の体の異常を知ってからやったから・・・。』
人見『だから、それ以前はまともだったじゃないか。レイプされて、それを家族に打ち明けるのが恥ずかしいという気持ちや、家出をしたくなる気持ちはまともだ。』
佳奈『心はまともやったかも知れへんけど、体は・・・。』
人見『生まれつき片腕がない人なんかはまともじゃないのか?』
佳奈『・・・クスリとかに手を出してなかったらまともなんかな。』
人見『だから、お前は現状を受け入れる必要があるんだよ。』
佳奈『子供を産めない体を受け入れるなんて無理や・・・それなら、死んで人生をやり直す方がマシや。』
人見『お前は子供を産みたいのか?育てたいのか?』
佳奈『どっちもや。』
人見『まあ、そうだよな。育てることに絞ることは難しいか?』
佳奈『養子を受け入れるいうこと・・・?ちょ、ちょっと待ってや、つまりそれって・・・結婚・・・。』
人見『まだまだ先のことだろうけど、お前がさらにまともに近づいたら、結婚してもいいと思ってる。』
佳奈『なんだ・・・まだまだ先のことやん・・・自分自身で壊してしまった、私はまともになれるんやろうか・・・?』
人見『俺がまともにしてみせるさ。そのぼさぼさの髪も綺麗になるぞ。』
プルルルル・・・プルルルル・・・
ピッ
人見『・・・。』
岸谷『来週だ。穏便に済ますことが出来ればいいな。何かあったときのために俺は銃を持っていく。』
人見『物騒なことをする気はないぞ。』
岸谷『日比谷の条件は色葉か佳奈を同行させることだ。』
人見『色葉か佳奈を・・・?』
岸谷『切るぞ。』
人見『あ、ちょっと待て!!』
ピッ
佳奈『マスター、なんて言ってた?』
人見『佳奈を同行させることが日比谷の条件らしい。』
佳奈『そういえば誓約書みたいなの書かされたんや・・・。』
人見『誓約書・・・内容は?』
佳奈『よく、読まんでサインしてもうた・・・。』
人見『まあ、俺もよくある。断片的にも覚えてないか?』
佳奈『裏切るなよと念を押されたことしか覚えてない。』
人見『そうか・・・来週は一応連れて行くけれど、俺から離れるなよ。』
佳奈『そういえば、何を話しに行くん?』
人見『この街から、いや、この日本から出て行けって(笑)日比谷に言うだけ言って、すぐに帰ろう。』
佳奈『うん。』




