いらいら
1998年6月
2年前のクリスマス、私は佐村義一と結婚した。今は白瀬色葉じゃなくて、佐村色葉だ。いつか友達の人見大輔が言っていた、夫婦って子供が出来ると変わるって言葉が身に染みている。良くも悪くも、もう恋人という関係じゃないんだ。サムの些細な行動にも、いらいらしてしまう。そんなときには、藤浪麻里に電話をかけて、愚痴を聞いて貰ってる。彼女は最近、タレントとしては落ち目らしく大抵、携帯は繋がるからありがたい。今日は彼女とランチだ。
私『新庄と同じだよ。都合が悪くなると私に気を使うフリして外で煙草を吸いに逃げるんだよ。』
麻里『それ、色葉がいらいらしてるから、本当に気を使ってるんじゃない?』
私『二ヶ月半だよ。もうちょっと興味を持って、お腹を触ってくれたりしてもいいんじゃない?』
麻里『これからだよ。つわりはまだ軽いんでしょ?』
私『まあね。』
麻里『動けるうちに旦那に家事の”イロハ”を仕込むのも手じゃない?』
私『ダメダメ、ギターやってるんだから手先は器用なはずだけど、”自分、不器用ですから。”の一点張りなんだから。』
プルルルル・・・プルルルル・・・
私『はい・・・えっ!?もう、帰ってくるの!?ちょ、ちょっと待って、片付いてないから・・・あっ。』
麻里『あらら、レコーディング早く切り上げたんだね。』
私『家で打ち合わせするんだって。後半は宴会のくせに。』
麻里『でも、外で宴会してきて帰りが遅くなるよりはいいんじゃない・・・って帰るの?』
私『部屋片付けてないし、料理も作らないといけないから。じゃあね。』
麻里『あ、行っちゃった・・・今度会ったらランチ代請求しよ。』
麻里は二人分のランチ代を払った。
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私『良かった、まだ鍵が閉まってる。』
ガチャ・・・。
私は急いでリビングを片付け、掃除機をかけた。でも結局、間に合わなかった。靴を整えていると・・・。
ガチャ・・・。
佐村『ん?』
私『あ、ははは、打ち合わせするんでしょ?』
佐村『ああ、相手に都合が入ってナシになった・・・それより、安静にしてろって言ってるだろ。』
私『急かしたのは、そっちじゃない!!真昼間に帰ってくるなんて電話を貰ったら、慌てるに決まってるじゃない!!』
佐村『なんだよ、昼に帰ってきたらいけないのか。俺はサラリーマンじゃないんだよ。』
私『そんなことはわかってるよ!!・・・うう・・・吐き気がする・・・。』
佐村『ほら、ソファに腰掛けて。』
私『煙草臭い・・・うう・・・。』
佐村『我慢しろって。』
私『我慢、我慢って・・・。』
佐村『ちょっとは調べてるんだぜ。これから二ヶ月くらいがひどくなるらしい。それを過ぎるまで辛抱しよう。』
サムは本を買ってくれていた。でも、こういう本は5冊目だよ。
私『・・・ありがとう、マシになってきたみたい。』
佐村『そうか。』
いらいらしたくないんだけど、いらいらしてしまう・・・そんな私の看病で、サムはいらいらしていないように見えて、きっといらいらしてるはず。ああ・・・いらいらする・・・。