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レコーディング

私『私、説得力がないんだって・・・妊婦さんって気楽に見えちゃうのかな・・・。』


佐村『正気じゃない奴の言葉なんて気にするなって。』


私『私も子供が産めない体だったら、公子を憎んでいたのかな・・・。』


佐村『・・・。』


麻里『ごめんね・・・また、一人で突っ走っちゃった・・・もし、ドアを開けたのが色葉だったらと思うと・・・。』


麻里も落ち込んでいる・・・こんな気分でレコーディングなんて出来るのだろうか・・・。


ガチャ・・・。


佐村『よう。』


仲谷『遅かったね。』


佐村『ちょっと、人見のとこに行ってたんだよ。色葉だ。』


私『どうも。』


仲谷『仲谷裕美(なかやひろみ)です。バンド時代からサポートメンバーとして、佐村と共同作業してます。堀から聞いてますよ、夫思いだって。』


私『いえいえ、そんな・・・サムはライブの打ち上げの飲み会で食べ過ぎたり、飲み過ぎたりしてませんか?』


麻里『夫思いだ(笑)』


仲谷『だよね。あれ?麻里、アザが出来てるよ。』


仲谷さんが麻里の首筋を見ながら言った。


麻里『人見の家で転んだんだ。あいつの家汚いから。多分、そのときに出来たアザだと思う。』


麻里はそう誤魔化した。


いよいよレコーディングが始まる。でも、人見の不在のためにサムのギターだけで、まずは私たちの歌声を録音することになった。サムは一発録りの予定が狂ってしまって、ちょっとガッカリしてるみたい。もしかしたら、麻里を起用したのはバンド時代が懐かしくなったからじゃないのかな。自分が解散させたのにね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


パチパチパチパチ・・・拍手だ。私と麻里が歌い終わると拍手が鳴り始めた。すごく気持ちがいい。


私『わ、私の歌声、大丈夫だったかな?』


佐村『良かったぞ。麻里は・・・まあ・・・アコースティックだと、とんでもないな・・・。』


麻里『”アコースティック”だとね。ひろちゃんが何とかしてくれるから大丈夫。』


仲谷『でも、この曲は特別だから、なるべくボーカルには手を加えないでほしいって佐村から注文がついてるよ。』


麻里『えっ・・・録り直させて!!』


佐村『自然な歌声が欲しかったから、これでいいんだよ。あくまでもメインは色葉だし。』


私『自分の歌声が作品になるって不思議だなぁ・・・知らない人が私の歌声を聴くんだよね・・・本当に大丈夫だった?』


仲谷『良かったよ。音程を調整する必要ないんだもん(笑)』


麻里『はあ・・・デュエットなんて欲張らなけりゃ良かった・・・。』


佐村『落ち込むなよ・・・わかった、わかった、頑張ってるところが可愛いかったぞ。』


私『(甘いよサム。そんなフォローじゃ・・・。)』


麻里『本当に!!』


麻里は幸せに飢えてるんだね。そういえば、幸せに飢えてた頃の私も、サムに可愛いって言われて心がときめいたんだった。


私『レコーディングは終わり?』


佐村『他のパートの録音があるけど、今日はもう終わりだ。』


仲谷『こっちはまだ仕事があるんだよ。』


佐村『わかってるよ。麻里を置いとくから。』


麻里『は?』


仲谷『それじゃ、佐村たちは誕生日のラブラブを楽しんできてね。』


麻里『は?』


佐村『ありがとう。じゃあ、お疲れー。』


私『お、お疲れ様です。頑張ってね、麻里。』


麻里『は?』


ガチャ・・・。


麻里『はあ・・・。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今年は暖冬になるだろうっていう噂があるけれど、どうなんだろう。所詮は天気予報だ、何度も裏切られたことがある。


私『コートとかどう?』


佐村『物はいらないんだよな・・・久しぶりにあそこに行こうか。』


私『あそこ?』


佐村『バーだよ。あそこで久しぶりに飲みたいし、マスターとも話したくないか?』


私『今の私、あまりお酒飲めないよ?』


佐村『実は俺もあまり飲めないんだ。お前に制限かけられているから。』


私『・・・行こう。』


佐村『ああ。』


岸谷のバーに顔を出すのは1年半ぶり。結婚パーティーを開いた以来だ。だから、岸谷がお腹の大きくなった私の姿を見るのは初めて。なんて言ってくれるのだろう。


ガチャ・・・。


穂『ZZZ...』


私『あらら・・・バイト、サボってるよ。』


佐村『学校行ってるから疲れてるんだろう。マスターはいないのか・・・?』


私『(のり)ちゃん、起きて。』


ゆっさ、ゆっさ。


穂『ん・・・もう、朝ですか・・・マスターって、アレ!?』


佐村『よっ、久しぶり。』


私『おはよう。まだ、夜だよ。』


穂『すっごーいっ!!ママとパパになるんだ!!』


私『ちょっと、遅かったけどね。マスターは?』


穂『寝てるんじゃないかな、全然、お客さんが来ないの。やっぱり(かおり)さん目当てで通ってた人が多かったから。』


私『そう・・・穂ちゃんって、今は何してるの?』


穂『私は受験に失敗しちゃったから、ここで働かせて貰ってるの。勝手なことやってきた罰だね。』


佐村『穂は音楽に興味あるか?』


穂『えっ!?その質問はもしかして、私をプロデュースしてくれるとか、そういう話!?』


佐村『ただの雑談だよ(笑)興味があるなら、スタジオに遊びに来てもいいぞって話。』


私『ああ、そうだ!!穂ちゃん、何か出して。今日はサムの誕生日なの。』


穂『誕生日!?プレッシャーだなぁ・・・何を出せばいいのかな・・・ワイン?』


私『私たち、今、禁酒令が出てるから料理を作ってよ。私が教えたアレの作り方、覚えてるよね?』


穂『もちろん!!』


穂ちゃんはアレを作り始めた。私が教えた特製スープに手を加えるだけなんだけどね。どうやら、特製スープは毎日作っているようだ。私は穂ちゃんに岸谷を起こしてきてと頼まれた。


ゆっさ、ゆっさ。


岸谷『どうだ、佐村は。』


私『うわっ!?もしかして、起きてた?』


岸谷『扉のベルの鳴り方でお前たちが入ってきたってわかるんだよ。』


私『超人的な能力じゃない。穂ちゃんが呼んでるよ。』


岸谷『そうか。ところで佐村はどうだ?お前は幸せか?』


私『よく見てよ。幸せを身籠ってるんだ。』


岸谷『幸せは脆くて、変化しやすい物だから気をつけろよ。変化を感じたときは佐村を頼れ。決して、我慢し過ぎるなよ。』


岸谷はバーカウンターへと向かって行った。


私『我慢し過ぎるな・・・。』


サムに対する不満は小さいことだけど、たくさんある。洗濯物を畳んでる横で寝転がっていたり、自発的にお腹を触ってくれなかったり。私、我慢してるのかな・・・。


ガチャ・・・。


佐村『そうそう、プレゼントが・・・あっ、色葉。シチュー美味いぞ。』


私『本当に?穂ちゃん、腕上がってるじゃない!!』


穂『色葉さんのおかげだよ!!これさえあれば、他が未完成でも大丈夫だよね!!』


私『そうはいかないよ。毎日、毎日、考えて作らなきゃいけないんだから。ね、サム。』


佐村『でもな・・・考え過ぎて、ジジイの夕飯の日もあるんだよ。』


穂『どんなの?』


佐村『茶色い夕飯。』


私『肉や魚ばっかりじゃ健康が心配だから、週に2度は根菜中心の夕飯を作ってるの。』


佐村『まだ、お互い三十路だぜ?』


私『サムが倒れたら家が崩れちゃうのよ。少しは感謝してよ。』


佐村『ありがとう。』


幸い、サムは健康体だ。私は過去のことや母のことを考えると、あまりよろしくないかもしれない。だから、サムには健康で長生きしてほしいんだ。煙草をやめてほしいのも、実は私や子供のためじゃなくて、サムのため。妊娠を理由にやめて貰っているのだ。産後も禁煙を続けさせなくちゃならない。


岸谷『吸わないのか?』


佐村『あ、ああ。』


岸谷『じゃあ、今日だけは俺も禁煙しようかな。』

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