偵察と打ち上げ
佐伯さんとは式場の最寄駅で3時に待ち合わせをしていた。
昨日無理を言って時間を早めてもらったのだ。
佐伯さんは嫌な顔を一つせず快く応じてくれた。
「ごめんね、待った?」
「ううん、私も今来たところ。無理言って時間早めてもらってごめんね。」
「暇だったから気にしなくていいよ。時間までどうする?」
私たちが今日行くのは、チャペルのステンドグラスが売りの結婚式場。
料理はフレンチとイタリアンから選べ、今日はもちろんフレンチの予約をしている。
結婚式場だが、普段はフレンチレストランとしても営業しており、ランチもやっている。時々、レストランの定休日を利用してこういった試食会を兼ねた説明会を開催しているらしい。
「あの、お願いがあるんだけど…。今から会場に行ってドレスの試着をしたいんだけどいいかな?実は電話で試着の予約もしちゃいました。事後報告でごめん。」
実は説明会行くのが決まった日に予約しました…なんて言えない…。ほんと申し訳ない気持ちでいっぱいです。
佐伯さんは真面目に勉強しに来ているのに…。
「もちろんいいよ。じゃあ行こうか。」
佐伯さんはにっこり笑うと手をさし出してくれた。
「え?あの…。」
「俺たち結婚式場探してるんだよ?こっちの方が自然じゃない?」
さすが佐伯さん。
偵察だとばれないようにとハルさんも私に釘を刺すわけだ。
式場に着き、プランナーさんらしき方にドレスの試着の予約をしていることを告げると、親切に案内して連れて行ってもらえた。
「あの、3時半に予約をしている水縹と申します。」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
私たちはソファに案内され、どういったドレスが希望なのか質問された。
事前にそんなことを考えていなかった私は、焦ってしまったが、佐伯さんがすかさずフォローを入れてくれた。
「いろいろ見てたらかえってわからなくなっちゃったんだよね?カタログのようなものから選ぶことは可能ですか?」
すると、担当のお姉さまは何冊かブランドのカタログを持ってきてくださったので、その中から何となく1冊を選び、パラパラめくる。
3着選んで着ることが出来るそうなので、私が2着選び、佐伯さんに1着選んでもらった。
選ぶと、試着するための部屋に通される。
他のお客様と会わないよう完全に個室になっていて、部屋の半分がカーテンで区切られている。カーテンの中は2面が鏡張りで、カーテンの外のソファーで男性が待つ。
佐伯さんにはソファで座って待っていてもらう。
試着スペースに入るとまず、着ている服の形状を確認された。私は背中がファスナーになっているワンピースを着ていたので、そのまま簡単に髪をセットしてもらう。
今は背中の真ん中まであるロングで、軽くパーマをかけてある。仕事できっちりまとめるにはその方が楽だからだ。
そう言えば、5年前今と同じくらいだった髪をボブにしたんだっけ。失恋したから髪を切るとか今思うとベタすぎて笑える。
そう言えば佐伯さんに今日会った時、
「いつもとずいぶん雰囲気違うから一瞬わからなかったよ。」
そう言われた。それもそのはずだ。
仕事の時はたいていパンツでカジュアルな格好、靴もペタンコ、髪は一つに纏めて低い位置でお団子にして、ノーメイク。でも今日は、髪も巻いておろしているし、化粧もちゃんとしているし、服だって綺麗目のワンピース、ヒールだって履いている。さすがに場所が場所なのできちんとしないとまずいのだから当然だ。
佐伯さんもジャケットを着ているし、髪もセットされ雰囲気が違う。
担当のお姉さまは私の髪を器用に、片側に纏めて流してくれた。
それからワンピースを脱いで、下着の肩ひもを外してくれて、いよいよドレスを着る。
下着はストラップレスになるものを着けてきてくださいね、予約の際にそう言われていた。
1着目は私の選んだシンプルなAラインのドレス。ネックレスとイヤリングとティアラをつけてもらう。
造花のブーケを持たされ、カーテンが開く。
そこには口をあんぐりあけて私を見る佐伯さんがいた。
「変かな?」
彼にしては珍しく間抜けな顔に、私は少し不安だった。呆れられてるのではないかと思ったからだ。
「とってもお綺麗ですけど、少しドレスが寂しいかもしれませんね。佐伯様、いかがですか?」
佐伯さんが答えてくれないので、お姉さまが話を振ってくれた。
「うん、すごく綺麗だよ。…写真撮ってもいい?」
「もちろん、お願いします。」
佐伯さんは、いろんな角度から写真を撮ってくれた。
「よろしければお撮りしますよ。」
お姉さまはそういうと、佐伯さんからカメラを受け取り、佐伯さんを私の隣に立たせて腕を組ませてくれた。
すごく恥ずかしいうえに申し訳ない。この写真、佐伯さんの彼女に見られたら…今はいないと本人は言っているけれど、そのうち彼女が出来た時見られたらまずいに違いない。後で消去してもらおう。
「こちらの形よりも先ほどの方がお似合いですね。」
お姉さまにそう言われた2着目はマーメードラインのドレスだった。
確かにあまり似合わない。
佐伯さんがカメラを構えたが、似合わないから撮らないでほしいと言うと少し残念そうだった。
3着目は佐伯さんが選んだドレスだ。
ビスチェタイプで、トレーンがものすごく長い。スカートのボリュームも程よくて、レースやラインストーン、パールがあしらわれ、とてもきれいだった。
正直、私には派手すぎて似合わないだろう、こういうのはもっときれいな人が着るものだ、そう思っていた。
ところが先ほど着たマーメードラインのドレスはおろか、1着目のドレスと比べても遥かに、佐伯さんの選んでくれたドレスの方が似合っていた。
「本当にお綺麗ですよ。大変よくお似合いです。裾の長いドレスはチャペルにとても映えますし、おすすめです!佐伯様が1番夏月さんの似合うものをご存知なんですね!とても愛されている証拠ですわ。」
そこまで言われると、偵察のためで私たちは付き合ってさえいないことが心苦しく、顔が引きつらないように笑うのに精いっぱいだった。
お姉さまに絶賛され、佐伯さんにあらゆる角度から写真を撮られ、一通り撮るとお姉さまはベールをつけてくれたり、ティアラでなく花冠をかぶせてくれたり、アクセサリーを変えたりしてくれ、その度に佐伯さんは再びあらゆる角度から写真を撮ってくれた。
そして、お姉さまにカメラを奪われ、佐伯さんといろんなポーズをさせられ写真を撮られまくった。
流石に、お姫様抱っこをしろと言われた時は丁重にお断りした。
そんな事したら申し訳ないを通り越して土下座しても謝りきれない。
残念そうな顔をした佐伯さんの演技力には脱帽だ。
「本当に美男美女で素敵なお2人ですね。お写真の撮り甲斐がありますわ。」
お姉さまにそう言われ、私は真っ赤になってしまった。
隣に立つ佐伯さんも真っ赤だった。
カメラには、凄まじい枚数の画像が保存されていた。
無事、試着を終え、私は大満足だった。
最悪結婚できなくてもドレスに関しては悔いはないと思う。
佐伯さんには申し訳ないことをしたけれど…。
「SDカード余分に持ってきてよかった…こんなに撮るとは思わなかったよ。」
「メモリ無駄にさせちゃって申し訳ない…。予備持ってきてもらって助かったよ。私、スマホで撮るつもりだったからカメラ持ってきてなかったし。それにしても途中から担当の方のテンションすごく高かったよね…。ごめんね、私の我が儘で嫌な思いさせちゃったんじゃないかな…。写真のデータUSBメモリに移してもらったら全然消去してもらって構わないから…。」
私のPCではSDが読み込めないため、USBに移してもらうようにお願いしていたのだ。カメラは2人で1台の方が本物のカップルっぽいからという理由で撮影は佐伯さんにお願いしてある。
私はメモを取る係なのだ。
「すごく面白かったし、新鮮で楽しかったよ。それに夏月ちゃんすごく可愛かったし。さすがにお姫様抱っことか言われた時はどうしようかと思ったけどね。担当さんも夏月ちゃんがあんまり綺麗だからテンションん上がりすぎたんじゃない?」
佐伯さんはすごく楽しそうに笑っていた。
「可愛いとか綺麗とか、そんな煽てないでよ?馬子にも衣装なだけだから…。」
説明会の会場はチャペルだった。
受付を済ますと簡単に流れを説明される。
まずは模擬挙式を見て、その後参加者の半数が披露宴の会場見学、引き出物や引菓子のサンプルを見たり、プランナーさんとの個別相談をしている間、残り半数が試食会を行う。終わると、交代となる。
「あのモデルさんよりさっきの夏月ちゃんの方がずっと可愛いよ?」
模擬挙式の最中、笑いながら佐伯さんにそう言われた。
いやいや、それは言いすぎですって。
今日の彼は徹底している。これなら私が多少のヘマをしても偵察だとはばれないだろう。
模擬挙式の見学をした後、私たちはまず披露宴の会場を見学して説明を受けた。
流石に平日なのでお花などで装飾はされておらず、テーブルをならべての雰囲気の確認と、写真を使っての説明だった。
そこにはウェディングケーキを集めたアルバムがあり、許可を取って写真を写真に収めていく。
「ケーキはだいぶ自由度が高いね。」
「うん、これってでもその後どうするんだろう?聞いてみよっか?」
フルーツの飾りのケーキならカットしてデザートとして振舞われるのだろうが、マジパンで表面を覆い、ゴテゴテに飾られたものはどうするのだろうか?飾りもかなり重そうだけどベースのケーキはさすがにショートケーキじゃないよね?
ウェディングケーキのアルバムを置いているだけあり、パティシエがいたので質問してみる。
どのくらいまでのオーダーなら受け付けてもらうのか、どういったケーキが人気なのか、変わったものはどんなものが出来るのか、例のマジパン細工のケーキの行く末はどうなるのか…。
1つ1つ質問に丁寧に答えてくれたパティシエさんによると、
オーダーはなるべく可能な限り叶えたいとは思っているが、ある程度の制約はあること。ショートケーキを重ねるなら3段が限界だし、大きさもプラッターにのるサイズまでという当たり前のものだった。
人気なのは季節のフルーツを使ったショートケーキであること。
変わったものだと、新郎や新婦の職業や趣味をモチーフにしたケーキ…乗り物の形のケーキとか、サッカーボールの形のケーキとか…それは写真で撮ってるので写真を見せたらわかるだろう。
マジパンケーキの土台はダミーの発泡スチロールだった。
写真ではクリームに見えたのはアイシングで、希望すれば持ち帰りできるが、いらなければ処分するそうだ。
それらをなるべく詳細にメモを取っていく。
あくまでも、ケーキにこだわる花嫁(予定)という体なので、発泡スチロールのダミーと聞いたときには、「ショートケーキ以外のケーキでもダメなんですか?」と聞いてみたところ、「難しいですね」との答えだった。
次は引き出物、引菓子コーナーだ。
ここでも担当者にいろいろ聞く。
引き出物や引菓子の相場、引き菓子はどんなものが人気なのか?など。
また、自分の好きなパティスリーの物を使いたい場合の持ち込み料や、いつまでに持ち込まなくてはいけないかも質問した。
その後はプランナーさんとの個別相談会だ。
用紙に住所、氏名、電話番号、生年月日、流石に勤務先は書かなくてよかったが、おおよその職種は書かされた。
佐伯さんは和菓子職人と書いていた。私は家事手伝いと書いた。
プランナーさんに馴れ初めを聞かれたので、2年前、佐伯さんの勤める和菓子屋さんで私がバイトをしていたのがきっかけということにした。
質問は主に披露宴のお料理に関することを聞いた。
デザートは追加料金でビュッフェにできるとの事だったので、どんなものが並ぶのか、種類などのメモを取ってゆく。
他は特に聞きたいこともなかったので、残りは主に雑談だった。
「佐伯様は本当に夏月さんのことが大好きでいらっしゃるんですね。」
「本当に美男美女でお似合いのカップルです。」
「ドレス姿もとっても素敵ですね。」
先程の試着の写真を見せて佐伯さんが選んだドレスが一番に会った話をしたら上記のような美辞麗句を並べたてられて居心地が悪かった。
「はぁ…疲れたね。」
プランナーさんとの個別相談は佐伯さんも私と同意見で非常に居心地が悪かったそうだ。
「でもよかったね。全然怪しまれてなくって。」
「そりゃそうだろ?年齢的にもリアルだし、普段一緒にいるからさ、よそよそしさだって皆無でしょ?」
「リアルな年齢か…。」
「おい、戻ってこい…」
遠い目をした私に、佐伯さんが笑ってつっこんでくれた。
と同時に、手をつながれる。
「これからまだメインイベントが残ってるんだよ?仲良くしとかなきゃ。」
さすが佐伯さん、抜かりないっす。
「うーん、フレンチか。大分和食とかイタリアンの要素多いよね?」
「そうだね。普段見慣れてるのは正統派だもんね。違和感あるのは仕方ないけど…。やっぱりいろんな世代と性別の人集まること考えるとこうやって食べやすくした方がウケがいいんだろうね。」
「まぁ、この辺りは俺らには関係ないことだけどね。一応メモしとく?」
「うん、一応メニューの組み立ては書いてみているけど…ほぼ意味はないと思う。」
ボヌールの料理に慣れている私たちにとってフレンチと呼ぶには少し躊躇われるものだった。
ハルさんが、料理の評価が高い式場だからと此処に私たちが派遣されたわけだが、評価が高い、イコール万人受けする味、ということだったらしい。
フレンチ、と言われてなければ素直に美味しいと思う。
そしていよいよデセールがやってきた。
「うーん、残念。クリームはコンパウンドだね…。」
「扱いが面倒なのはわかるけど、乳脂100%の方が断然美味しいもんね。」
「う…スポンジ乾いてる…。」
「やっぱりさぁ…」
デセールに関してはもうこの一言に尽きる。
「「俺たち(私たち)の方が絶対うまい(おいしい)!!」」
もちろんこれらの会話は、あくまで周りに聞かれることがないように、耳元で囁き合いながら繰り広げられていた会話で、傍から見たら仲睦まじいを通り越してバカップルと認識されたに違いないだろう。
なぜか帰りも式場の最寄駅まで手をつないで歩いていた。
「家に帰るまでが偵察です。」
と、小学校の先生のようなことを言う佐伯さんを、
「流石に知り合いに見られたらまずいでしょ?」
とたしなめ、式場の最寄駅までということで折り合いがついた。
万が一、北上くんに見られたら災難だ。そんなことを言うと、笑って同意してくれた。
偵察に行った翌日、佐伯さんから試食会の本来の目的である写真のデータを受け取った。
「預かってたUSBにはとりあえず本来の目的のデータ入ってるから。明るさの補正とかしてるからこのまま報告書に使えると思うよ。ドレスの方は…枚数多すぎてそういう加工しきれてないんだよね。ぶれてるやつも多いから、整理してから渡すよ。」
どうやら、担当のお姉さまの撮影した写真の3分の1ほどがぶれたりボケたりしているらしい。あのテンションで撮っていたので納得できた。
「急がないからいつでもいいよ。ただの自己満足だしね。わざわざ整理してもらっちゃって申し訳ないわ。」
「気にしないで。そういうの嫌いじゃないし。」
割と画像加工はお好きとのことで、お言葉に甘えて整理してもらうことにした。
「昨日、佐伯さんと夏月さんデートしてましたよね?」
昨日冗談で言ってたのに、まさか北上くんに見られていたとは…。
前回、私の初恋の話で篠山姐さんに絞られたのが余程懲りたのだろう、厨房内に仕切られた部屋…デセールの作業スペースにわざわざやってきて控えめに話を切り出した。
デセールの作業スペースは、いい状態で仕上げられるよう、別室となっている。
メインの厨房よりも室内の温度がかなり低く設定されている。
「昨日、駅で見ましたよ。一緒にいるとこ。二人ともいつもと雰囲気違うし、っていうより夏月さん別人だし。佐伯さんが持ってた紙袋、あれって結婚式場のですよね?」
あぁ…詰めが甘かった。。。
「別れた後も佐伯さんにやけてるし、いつからなんですか?クリスマスの時は夏月さん未練タラタラだったじゃないですか?」
佐伯さんも、若干青ざめている気がする。
「ほかの誰にも言ってないだろうな?」
「もちろんっすよ!篠山さんにシメられるのはもうこりごりなんで…。」
やっぱり相当効果があったようだ。
「昨日、涼さんの頼みで結婚式場の試食会に行ってきたんだよ。偵察だ、偵察。涼さんの店、チャペルとレストランと同じ敷地に建ってて、余所の情報収集が必要なんだよ。市場調査ってやつ。でも、忙しいから、そういうのに行ってもおかしくない歳の俺らが頼まれるわけ。北上とかじゃ若すぎるから怪しいだろ?そういうわけだ。俺も夏月ちゃんもいつもと雰囲気が違ったのは…さすがにそういうとこ行くのにいつもの恰好は社会人として無しだろ?
絶対誰にも言うなよ。いろいろ面倒だぞ。最悪佐藤の耳に入ってみろ、夏月ちゃん嫌がらせされるのが目に見えてるだろ?」
北上くんは無言でコクコク頷くと「死んでも言いません」と珍しく真面目な顔で部屋を出て行った。
「助かった…佐伯さんありがとう!北上くんに見たって言われた時は『終わった…』って思ったよ。」
「こちらこそ、ごめん。紙袋とか全然気が回ってなかったし。手つないでなくてほんと良かったよ…つないでたらこんなん信じてもらえないもんね。」
「最寄りの駅までにして良かったでしょ?ほんと佐伯さん徹底してるから尊敬したよ。私が多少ヘマしても偵察だってばれないくらい演技うまかったよ~。」
佐伯さんは苦笑いのような照れ笑いのような微妙な笑顔だった。
その後、悲しそうな顔をしていたなんて私は全く気付かなかった。
数日のうちに報告書を仕上げ、桃子さんに渡した。
もちろん佐伯さん撮影の料理写真は報告書にも使ったけれど、データもそのままお渡しした。
ハルさんからは先程、電話でグッジョブとのお言葉をいただけたので、気分的にはようやくミッションコンプリートだ。
そして明日は定休日。
せっかくハルさんにお褒めの言葉をいただいたので、仕事終わりに佐伯さんと任務完了を祝して飲みに出かける。
どこにしようか迷って結局例のバールへ行く事にした。
とりあえず、お祝いと言うことで、スプマンテで乾杯!もちろん辛口。
口当たりが良いせいもあってあっという間にフルボトルが空になる。
あっさりしたものをつまみながら、今度は白をボトルで注文。
「無事にハルさんにオッケーもらえて良かったよね。報告書、頑張った甲斐があったよ〜!佐伯さんが写真加工していてくれたから貼り付けるだけですごく楽だったよ。本当にありがとう!」
佐伯さんもニコニコ喜んでくれている。
「偵察、結構面白かったよね。他所の事情が垣間見れる感じがあるし。また機会があったら一緒に行かない?今度は、和風のとこ。夏月ちゃんの和装が見てみたい。」
「和食もいいねぇ…でもそれって本来の目的とかなりズレちゃうよね。あ、でもケーキは入刀するし、引き菓子もあるからまぁ一応建前はできるか。
和装…あれって、試着とか出来るのかな?せいぜい羽織ってお終いじゃない?」
気づいたら2本目のフルボトルも空いていた。
「よし、次赤もいっとこう!それともロゼにする?」
「うーん?両方?」
すっかり酔って楽しくなってしまった。
ボトル2人で4本注文とか終わってる…。
明日は1日寝て過ごす事が確定した瞬間だった。
「ねぇ?ちょっと俺の事誠治って呼んでみて?」
「え?いいよ。誠治さん?」
「うわ!誠治さんっていいねぇ。。。」
「どうしたの?急に。誠治さん?」
「堪らん…。」
「何それ?意味わからないよ?」
「もっかい『誠治さん』プリーズ!」
「誠治さん。」
「………。」
「誠治さん、どうしたの?」
「………。」
「佐伯誠治さーん?」
「いや、それはなんか違う。」
「誠治さん?誠治くん?誠治きゅん?…誠治?」
やたらと佐伯さんの反応が面白かったので、私は面白がって色々呼んでみた。
「やっぱ、『誠治さん』が1番グッとくるわ。。。」
「よくわからない。」
「男のロマン。」
「うーん、余計わからない。」
「もし、彼氏とか旦那さんになる人が現れたらどう呼ばれたい?」
「ああ、そういうことね。佐伯さんは『誠治さん』が良いんだね?私は…好きな人の呼びたい様に呼んでもらえたらいいや。」
「夏月さん?夏月ちゃん?夏月たん?なっちゃん?…夏月?」
「夏月たんとなっちゃんはナシ。夏月さんはなんか違うなぁ?…夏月ちゃんか夏月かぁ…。どちらかと言えば『夏月』かな?」
「夏月?」
「…そう言えば、あの人もあの日は『夏月』って呼んでくれた…。」
「実はそれ、スゲー覚えてる。」
「誠治…さん?マジっすか?」
「あの時の夏月ちゃん、マジで可愛かったし…。すごく幸せそうだった。」
「煽てても何も出ませんよ?…って涙が出た…。」
笑って誤魔化した。
「ねぇ、もっかい『誠治さん』って呼んで?」
涙を拭いて答える。
「誠治さん?」
「夏月。もうそろそろ忘れて楽になったら?」
「誠治さん、どうしたら忘れられますか?」
「そんなの新しい恋でしょ?」
「やっぱりそうなるよね…。誠治さん、そこに進めない時はどうしたら良いんでしょうか?」
「忘れられなくても、とりあえず次行っちゃえば?」
「誠治さん、それはいくらなんでも、相手の方に対して失礼ではないでしょうか…?」
「夏月、そういった恋の始まりがあっても良いと思うよ。」
「でも、もう31だよ?誕生日が来たら32だよ?次行くならどうしても…結婚が絡んでくるんだよ?」
「夏月。だからこそ、なんだよ。」
「誠治さん…。」
もう涙が止められなかった。
どんどん涙が溢れてきた。
「夏月、あの人はもう結婚しているかもしれないよ?夏月だって言ってたじゃないか。気持ちは分かるけど、待っていても仕方ないよ。」
「でも、結婚していないかもしれない…。」
「それでも、夏月の事を思っていてくれる保証は無いよ…。」
「わかってる…わかってるけれど、どうにもならない時はどうしたらいいの?」
落ち着け、私。
そんな事を泣いて訴えても、佐伯さんを困らせるだけだ。
「ごめん。取り乱して。一回顔洗ってリセットするから。お手洗い行ってくる。」
涙を拭いて、どうにかトイレへ向かった。
佐伯さんも困ってしまったのだろう。
彼も泣きそうな顔をしていた。
顔を洗ってお手洗いから戻ると、そこには笑顔の佐伯さんがいた。
その笑顔を見たら、私も自然と笑顔になった。
「今日は、俺の事『誠治さん』って呼んで。新鮮ですごく良いから。」
戻って第一声がこれだったので、笑ってしまった。
「今までの彼女、皆『セージ』だったからさ、俺、実は『セージ』ってあんまり嬉しくなかったんだよね。なんかテキトーな感じがして。」
何と無くわかる気がした。
彼は真面目だ。セージだとちょっとだらしない感じがしなくも無い。
「誠治さん、結構モテたでしょ?」
「まぁ、それなりには。サッカー部だったからね。学生の頃ってサッカー部ってだけでモテる風潮無い?野球とかだと坊主じゃん?
だけど本命からは全然。俺なりにアピールしてはいるけど全く気付いてもらえない。残念ながら現在もその傾向は否めない。」
「そうなんだ…気付いてもらえると良いね。誠治さん、優しいし真面目だし、いい旦那さんになれそうだよね。」
「うん、結構それは自信あるよ。優しくするし、真面目に働くし、子どもも好きだし、家事も結構得意だし。まぁこういう仕事だからね。幸せにする自信あるんだけどなぁ…。彼氏としても旦那としても結構オススメだよ?」
「好きな人に気付いてもらえるといいね。」
「…………夏月は?…夏月だってモテたでしょ?」
「私は全然。小中高とずっと女子校だったからそもそも男子と触れ合う機会が無かったし。製菓学校行って初めて出来た彼氏は…私が恋に恋して付き合ったというか…エッチを拒んだらあっという間に浮気されてた。それ以来彼氏というものとは無縁。」
「…初めての彼氏がそれはキツイね…。」
やっぱりそうだよね。笑ってしまう。
「でしょ?それで次好きになった人はさぁ…泣いちゃうからこれ以上は言わないよ。」
「夏月、もういっそ俺が幸せにしてあげようか?」
「…うん、それもありなのかな…。ってダメダメ。絶対そんな事言っちゃダメ。誠治さん、いい男なんだから、自信持って。私じゃなくて、好きな人を幸せにしてあげて下さい。」
優しいなぁ…。冗談でも嬉しいよ。
でも、それじゃあ佐伯さんの気持ちは…佐伯さんには好きな人がいるんだから私が甘えたらいけない。
なんか変な空気だ…。
「すみません、ラストオーダーの時間なんですがご注文はよろしいですか?」
店員さんに声をかけられ、せっかくなのでグラスでロゼのスプマンテをお願いした。
スプマンテを飲み、まったりしていたらあっという間に閉店の時間になってしまった。
「2人で4本…1人2本は流石に飲み過ぎだよな…。」
「誠治さん、私結構フラフラする…。」
「夏月、俺もだ…。」
酔っ払っている自覚が出たら急に可笑しくなった。
「あはは…よくわからないけど楽しいね。誠治さんは楽しい?」
「夏月に『誠治さん』って呼ばれるのが楽しい。」
「あはは…何それ…っひゃ!」
私は何も無いところで躓いてバランスを崩してしまった。
すかさず、誠治さん…佐伯さんに引き寄せられ、どうにか転ばずに…って私、抱きしめられてる?
あれ…すごく温かい…このまま眠ってしまいそう…。
心地よかった。この人に甘えられたらどんなにいいだろう…。それが出来たら、あの人を忘れられるのではないか…あの人を思って泣かずに済むのではないか…。
そんな失礼なことまで考えてしまった。
あまりの心地良さにウトウト…と意識が遠のきかけた時だった。
一瞬にして、眠気と酔いが覚めた。
「セージ?」
女の人の声。
誰だろう?
佐伯さんの好きな人だったらどうしよう?
慌てて、佐伯さんから離れる。
佐伯さんの表情が暗い。
ああ、やってしまった。
「ごめんなさい。私が躓いて転ばないように助けてもらっただけです。もう1人で大丈夫だから、じゃあまた!バイバイ!」
「夏月!」
とりあえず作った笑顔でそう声をかけ、フラつきながらも必死で走った。
どうにか、2人から見えないところまで走って…気づいたら自宅に着いていた。
途中の記憶がない。
かなり酔っているらしい。
もう限界…とりあえず寝よう。
目が覚めたのは夕方だった。
スマホは電源が落ちていた。
佐伯さんに悪いことしちゃったな…罪悪感と嫌悪感に苛まれる。
スマホの充電をすると、着信履歴が大変なことになっていた。
慌てて電話をかける。
佐伯さんはすぐに電話に出てくれた。
私が1人で走って帰ってしまったので心配してくれていたらしい。
あれだけ飲んだ後だったし、すぐに電源が落ちて繋がらなくなるし、家に帰っていなかったらどうしようとすごく心配したと怒られた。
素直に謝る。
そして、気になった事を尋ねようか迷っていたら佐伯さんの方から教えてくれた。
「昔の彼女。あんまり会いたい相手じゃ無かったから夏月ちゃんには一緒にいて欲しかった…。」
これに関しても謝った。
佐伯さんの好きな人じゃ無くて本当に良かった。
佐伯さんは『誠治さん』と呼べば許してくれると言うので、そこから10分ほど『誠治さん』と呼びながら会話をして許してもらった。
相当気に入っている様だ。
男の人ってよくわからない。
翌日出勤して、もう1度、先に勘違いして帰ってしまったことや連絡が着かなくて心配させてしまったことを謝った。
「夏月ちゃんが無事だったらそれで良いから。」
と笑ってくれた。
佐伯さんの笑顔には癒される。
仕事中、1度だけ冗談で『誠治さん』と呼んだらものすごく恥ずかしがって、北上くんに聞かれたらまた色々面倒だからと言われ、私もそれに同意する。
勘違いした情報を拡散されてしまうから…佐伯さんは好きな人がいるみたいだし。
だから私との変な噂を流されては困るはずだ。
なぜかちょっぴりさみしい自分がいた。
あと1週間で2月も終わる。
すごく中途半端ですが、これで第1章はおしまいです。
次話からは第2章、佐伯さん視点のお話しです。
夏月の話とだいぶかぶります、しつこいかもしれません。
それでもよろしければお付き合いくださいませ。