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怒涛の12月

12月は忙しい。

怒涛のような毎日が続く。

休み返上で仕込みをして、来たるべきクリスマスに備えるのだ。

ハルさんも流石に12月は仕事を抜けることもなく、私と佐伯さんと3人で必死に仕込んでいたし、去年は2人だったことと比べると今年はかなり余裕があった。

とは言え、余裕が出来たら洗い場のフォローや、前菜に使うパイ生地(パート・フィユテ)なんかの仕込みを手伝っていたので仕事量には特に変わりはなかったのだけれど…。


この間佐伯さんと話して、私は自分の未練がましい恋心を嫌という程自覚させらされた。

けれど、この忙しさは気を紛らすのには最適だったし、そんな忙しいながらも充実した毎日が心地よかった。


私は、ハルさんに相談して、佐伯さんへのプレゼントを夏の終わりから準備していた。

ボヌールのデセールのルセット(レシピ)や道具や器具や型、オーブンの癖などをまとめたものだ。

私のノートと、ハルさんのノートの内容を合わせて、PCに打ち込み、プリントアウトしたものを1冊のファイルにまとめた。

可能な限り画像も使い、佐伯さんが後輩に教える時にも困らない様なものを作る。

なかなかの力作に仕上がったので、ハルさんにもデータでプレゼントした。

一応、パトロンにも許可を取ってある。

こんなの出回ったら大変だもんね。

私とハルさんが持っている分には問題ない、そう言ってくれた。



そうこうしているうちに、どんどんクリスマスが近付き、忙しさもピークに達する。

ハルさんと佐伯さんはもちろん、私もどちらかと言うと職人タイプだったので、忙しいからと手を抜くことなく、心を込めて必死に作った。

不思議なもので、そうやって作られたものは、丁寧にサーブされ、お客様も味わって食べて下さる。

「デセールの3人いい感じだな、お前らも負けんなよ!丁寧な仕事しろ!!」

パトロンもこの時ばかりはサービス要員となる。厨房を覗くたび、何処かしらに声をかけている。

「おい、夏月、ホールで挨拶しろ!ソーテルヌのソルベが気に入ったとよ!」

「え?ハルさんじゃ無いんですか?」

「作ったのお前だろ?ほら、お客様待たせんなよ!」

そう声をかけてもらい、お客様にご挨拶する機会も何度かいただいた。

ハルさんも佐伯さんも、どんなに忙しい時でも快く送り出してくれた。

私は恵まれている。

ここは最高の職場。

ハルさんと佐伯さんだけじゃない。

みんなが私のことをちゃんと評価してくれている。

その期待を裏切らない為にも、必死で働いた。

笑顔を忘れない様に…。



そして、12月25日。

その日最後のお客様を送り出すと、緊張していた皆の顔が、明るい笑顔に変わる。

「今年も、無事に乗り切りました!!皆さん、お疲れ様でした!!」

支配人の掛け声と共に、再び皆が忙しく動き始める。

大半の者が掃除や後片付けをする中、一部の者がテーブルを並べ、料理を仕上げ、料理を運び、ホールの一角が簡易のパーティ会場となる。

「みんな、ホールに来い!休憩(メシ)にするぞ!」

パトロンが声をかけ、皆が集まる。

「来たやつからグラス取りに来いよ〜!シャンパーニュは早い者勝ちな!」

ソムリエの笹木さんがそう声をかけると、みんなどっと押し寄せる。

その時、パトロンに声をかけられた。

「夏月、ソルベは人数分用意してくれたんだよな?悪りぃけど、料理が半分位になった時点で皆に配ってくれるか?」

「Oui, monsie(かしこまりました)ur!」

「宜しくな〜!」


私もグラスもらいに行こう、そう思った時だった。

「夏月ちゃん、これ。シャンパーニュ確保しといたから。」

グッジョブ!佐伯さん!

「佐伯さん、ありがとう!もう諦めてたから嬉しい!」

「ルイ・ロデレールだって。ほんとはボトル入れたお客様が残したクリュッグがあったから狙ってたんだけど…それは羽田さん達に持って行かれちゃってさ、残念!」

ルイ・ロデレール…私にとっては大切な思い出のひとかけら。

「そう言えば…あの日もこれ飲んでたよね…。」

あの日、ギャルソンとしての最後の仕事で私とあの人にサーブしてくれたのは佐伯さんだった。

余程印象に残っていたのだろう。

私の表情で何を考えていたか理解してしまったのだから…。

小さく頷き、にっこり笑ってごまかした。

上手く笑えている自信はないけれど。



「よし、全員集まったな。今年も怒涛のクリスマスを無事に終えることが出来た。言いたいことはたくさんあるが…まぁ、みんな良くやった。お疲れ様でした。À votre santé(かんぱーい)!!」

パトロンの掛け声で、皆がグラスを高く掲げる。

料理もどんどん減っていく。

「夏月ちゃん、お疲れー!」

「桃子さん、お疲れ様です!!」

佐伯さんと私のところに、桃子さんとハルさんがやってきた。

「やっぱクリスマスはこうでなくっちゃね!こっちに呼んでもらって良かったわぁ。。。」

パティスリーはパティスリーだけでこういった…といってももっと小ぢんまりとしたものだが、ちょっとした食事会をして、この時間はもう終わって片付けをしている頃だろう。

両方に参加したことのある立場としては何倍も、何十倍もこちらの会の方が活気もあるし、雰囲気もいいし、食べ物もおいしいので桃子さんには同感である。

そうこうしているうちに、料理も残りが半分程になった。

「私、ソルベ取りに行ってきますね。」

「夏月ちゃん、手伝うよ。」

私は佐伯さんに手伝ってもらって、みんなにソーテルヌのソルベを配る。

「夏月ちゃんこっちにも持ってきてや~!」

篠山さんや宇部さん、北上くんに渡す。

あれ?なんで?

パティスリーのシェフの関さんがなぜか混じって食事している。

「ソーテルヌのソルベお持ちしました。」

パトロンと羽田さんが受け取る。

「関さんもソルベ如何ですか?ソーテルヌのソルベです。お口直しにどうぞ。」

「悪いな。数足りなくなるんじゃないの?」

そう言いつつも、受け取って食べていた。

「これお前が考えたんだってな。腕上げたなぁ。うまいよ。やっぱこっちの方が楽しいよな。来年はやっぱりうちも参加しようかな。」

そう言いながらも、でも時間合わないしなぁ、あからさまに帰りたそうな奴もいるしなあぁ、そんなことをぼやいていた。

「関さん、ありがとうございます。」

私は褒めてもらったお礼を言って、残りのソルベを配った。

「夏月さ~ん、おかわりくださいよ~、佐伯さんケチってくれないんすよ~。」

「人をケチ呼ばわりするなって!」

「おい、北上、人数分しかないんだから我慢しろ。」

「涼さんまでそんなこと言うんすか?」

「残念、もう全部配っちゃったから無いよ?」

桃子さんはそんなやり取りを見て笑っていた。


あちらこちらでワイワイガヤガヤ楽しそうな声が聞こえる。

ここで過ごすクリスマス。

去年、一昨年も楽しかったが、今年はずっとずっと楽しかった。

あの日以来、心の底から笑えたのは初めてかもしれない。

たくさん、たくさん笑った。


宴もたけなわとなり、パトロンの『そろそろお開きにするぞ~』という一言で、皆が渋々片付けを始める。

今日は最低限の片付けだけして解散となった。

「明日はゆっくり休んで、明後日はいつもより2時間早く出勤しろよ。」

明後日は2時間早く出勤して、掃除や片づけをしてからの営業だ。







「今から飲み直すぞ~!行く奴集合!!ひとり身の奴は強制参加ね!!」

スーシェフの小林さんがみんなを誘う。

「ひとり身は強制参加って…その言い方やめてくださいよ。」

「そうやでぇ、ある種のセクハラやで小林さん!」

前菜担当の篠山さんと宇部さんが反論する。

彼氏、彼女、奥様がいるスタッフがどんどん帰って行き、結局、小林さん、ハルさんと桃子さん、佐伯さん、篠山さん、宇部さん、笹木さん、北上くんと彼の同期のギャルソンの山田くん、私の10人で飲みに行くこととなった。

以前ハルさんと桃子さんに連れて行ってもらったバールに電話して確認したところ、席が3か所に分かれてしまっても良ければ10人でもOKだったのでそこで飲むことにする。

店ではバタバタしていて渡せなかったプレゼントも、バールで渡すことにする。

ハルさんと桃子さん、佐伯さん、私が同じテーブルに着く。

小林さん、笹木さん、篠山さん、宇部さんが同じテーブルに着く。

北上くんと山田くんが同じテーブルに着く。

北上くんと山田くんのリクエストで、途中席を交換しながら飲むことになった。


「佐伯さん、これハルさんと私からのプレゼント。」

「纏めたのは夏月だけどな。俺はノートを提供しただけ。」

「私も見せてもらったけどすごい力作だよ、これがあれば涼と夏月ちゃんがいなくなっても大丈夫よ!」

佐伯さんはすごく喜んでくれた。

「凄げぇ!涼さん、夏月ちゃんありがとうございます!俺、お2人が辞めても頑張りますから!本当はやめてほしくないんですけど…っていうか寧ろ俺も連れて行ってほしいですよ。」

「おい、今までの苦労を無駄にする気かよ?それに佐伯まで連れてったら俺が殺されるから。」

笑いながらハルさんが言っていた。


佐伯さんと私は、プレゼントのファイルをを見ながら、佐伯さんの質問に私が答えながら飲んでいた。

いつの間にか同じテーブルには小林さんと笹木さんがいた。

「お前ら仕事熱心なのはいいけど、無理するなよ。ってこれ、すげぇなぁ。夏月が纏めたのか?俺も欲しいんだけど、ダメか?」

ファイルを見た小林さんが興味を持ったみたいだ。

「パトロンに言われて、データを店で保管することになったんですよ。支配人にお渡ししてますんで、そちらに伺っていただけますか?」

出来上がった時点で、店のデータ管理もしている支配人に渡してあるのだ。

厨房のスタッフであれば閲覧できるようにする、そう言っていた。

「わかった、じゃあ明後日聞いてみるよ。ありがとな。」




「え!?ええええええ!?夏月さん31なんすか!?てっきり俺の2個か3個上だと思ってたっすよ。」

少し離れたテーブルから絶叫が聞こえた。

「しかも、あの子いっつもすっぴんやで?」

「はぁ!?まじっすか?」

「彼氏いないとかほんまかいな、って思うやろ?」

「ですよね。何でいないんでしょうね?合コン行ったら絶対モテるでしょうし、あっという間にできそうなのに行かないっていうんですよ?」

「俺立候補しようかな…でも8個も上なのか…うーん、悩みどころだぜ。」

「それ私にケンカ売ってるん?」

ちなみに篠山さんは私の2個上だ。

「北上、聞こえてるって…。」

山田くんが私を見ながら北上くんに声をかける。

まったく…私の話をしているかと思えば、北上くん…地味に傷つくよ…。

思いっきり不機嫌な顔で北上くんを睨んでみた。

「す、すいません、30過ぎてるようにはとても見えなかったんで…大学生でも十分通用しますよ!」

「それ、逆に傷つくんだけど…そんなに幼いかな…。」

まじで凹みます。

乙女心って複雑なのよ?篠山姐さんにしっかり教えてもらってください。

「北上くん、それ全然フォローになってませんから。夏月さん凹んでます。」

「ドンマイ…。」

「乙女心は姐さんが教えたるで、しっかり勉強しいや!」

篠山の姐さん、よろしくお願いします。




『なんか佐伯さんと夏月さんてすごくいい感じですよね。付き合ってるのかな?』

『宇部ちゃん、どこ見てんの?どう見てもあれ、脈なしやで?』

『え?』

『佐伯っちは夏月ちゃんがこっち来てからずっと好きみたいやけど。夏月ちゃんは眼中にないっていうか…気づいてないで?』

『そうですよね、見てて切なくなるくらい脈なしですよね。』

『え?山田も気づいてたの?佐伯さんのこと気づかなかったの俺だけ?おい、佐伯さんのフォローしようぜ!恋のキューピッドに、俺はなる!!』

『やめとき!佐伯っちが今フラれたら夏月ちゃんが辞めるまでの3か月が地獄や…。』

『そうですよ、当事者だけじゃなくて厨房全員が気まずくなりますから…。』

『北上、やめとけ…。』

そんな会話が繰り広げられているなんて全く知らなかった私と佐伯さんは、まだずっとファイルを眺めながら話をしていたのだった。




「佐伯っち、夏月ちゃん、お邪魔するで~。」

「お邪魔しまーす!」

やってきたのは篠山姐さんと北上くんだった。

「宇部さんと山田、いい感じなんすよ。」

北上くんが指さす先には仲良く話し込む2人の姿があった。

「すごいなぁ、これ。夏月ちゃんの愛を感じるわぁ。」

ファイルをみた姐さんの感想だ。

「もちろん、ハルさんと私のボヌールへの愛がこれでもかってくらい詰まってますよ!」

めっちゃ笑顔で答える。

『だからいったやろ…。』

小声で北上くんに篠山姐さんが何か言ったようだけど、私おかしなこと言ったかな?

佐伯さんもなぜか苦笑いだ。



「突然やけど、なんで夏月ちゃん、この世界に入ったん?っていうかなんでパティシエールなん?」

「今から25年くらい前の話なんですけど。両親が離婚して、祖母に預けられた私は淋しくて毎日泣いてたんです。そんなある日、私にきれいなお菓子をさし出してくれた男の子がいて。マカロンだったんですが、初めて見るすごくおいしいお菓子に癒されたっていうか…それで、お菓子に興味を持って、自分でも作るようになって今に至るって感じですかね。

その男の子、フランボワーズのマカロンが一番好きなのに、私が喜ぶからって譲ってくれるんですよ。それで自分は次に好きなショコラのマカロン食べるからって。顔とか全然覚えてないんですけどね。マカロンの味は鮮明に覚えてます。」

こういう話って恥ずかしいな。


「ところで、佐伯さんはどうしてデセールに?篠山さんと北上くんもどうしてこの世界に入ったんですか?」

皆にも聞いてみる。

「ボヌール入って5年はギャルソンやってたじゃないですか。その時からデセールにも興味を持ち始めたんですよね。デセールをサーブしたときのお客様の反応が面白くって。明らかにテンションあがってるんですよ。それで厨房に入って3年たった時、涼さんがフランスから帰ってきて夏月ちゃん連れてきたじゃないですか。2人を見てたら余計勉強したくなったんですよ。職人気質の仕事に感化されたっていうか。だから、凄く仕事が楽しいです。」

佐伯さんになら安心して任せられる、ハルさんもそう言っているが私もそう思う。

佐伯さんでよかった。

佐伯さんはちょっと恥ずかしそうにしていた。


「私は食べることが好きやねん、美味しいものいっぱい食べたいやん?それで作ってたら作るのも好きになってん。好きな事仕事にしてるだけやで?北上くんは?」

「俺は、モテたくて…カッコいいじゃないですか、料理できる男って。」

「「「おい!」」」

北上くんに3人のツッコミが入ったのは言うまでもない。




「夏月ちゃん、2月…バレンタインのコースのデセール、メニュー考えた?」

「クリスマス終わったばっかなのに大変っすね。」

「材料の仕入れとかもあるからなぁ、これでも遅いくらいやで?」

私のムースが採用されることが決まっている。

それを皿盛りにするのだが、盛り合わせにするのか、1点盛りにするのか、レイアウトなども考えなくてはいけないのだ。

「うん、考えたよ。ムースのポーション小さめにして、このハートのシリコンモールドにしようと思うの。仕上げはショコラのグラッサージュ(コーティング)にして、フランボワーズとショコラの小さ目のマカロンを添えて、半割の苺…ハート形にしたやつね、とフレッシュフランボワーズとブルーベリーあしらおうかなと思ってるんだけど。佐伯さん、ちょっといいかな?こんな感じ?」

ファイルに試作した写真を入れてあるので、それをみんなに見せる。

「わぁ、可愛いなぁ。。。」

「良いっすね。女の子に受けそうっす。」

「流石夏月ちゃん、すごくいいと思うよ!彩りもシックなのに可愛さもあるし。…Mon premier amour?このムースの名前?」

「うん、皿盛りのメニューもそうしようと思ってるの。」

メニューの名前は、クサい方がウケる、特にカップルが多いバレンタインやクリスマスは…そんなことを関さんが言っていたので参考にしたのだ。

「私の初恋かぁ…バレンタインっぽくてええやん、なぁ?」

「思いっきりさっきの話じゃないですか、マカロンくれた男の子が夏月さんの初恋っすか?」

「うーん、それも多少はあるかな。祖母は私の初恋はマカロンの子だって言うんだけどね。どちらかというと、ムースの方なんだよね。甘酸っぱいけれど、ほろ苦い大人の初恋。中のワインのジュレは色気をイメージ?なんてね。」

「それって体験談っすか?元彼の話なんすか~?」

にやけ顔の北上くん。

「夏月ちゃんの恋バナ気になるなぁ…教えて~!」

って篠山さんまで…。


「まったくつまらない話ですよ?パティスリーに来る前働いてた店で…私を指名してアントルメ注文してくださるお客様がいたんですよ。たまたま友人の結婚式の2次会であちらは新郎の友人として参加していていろいろ話して、自分の気持ちに気付いた直後に失恋したんですよ。好きな人がいるからお見合いを断りたい、家族を納得させるのに恋人のフリしてくれって。失恋の記念に引き受けたんです。それだけですよ。それ以来会ってません。」

笑顔で答えられた。

ほっとする。

「それ、苦いっすね~。」

北上くん、そんなに笑われると傷つくよ…。

「甘くて酸っぱくて苦いかぁ…そんな感じやなぁ。」

「それもあるんですけどね、フランボワーズとショコラのマリア―ジュが彼、好きだったんですよ。」

「今そういうの作っちゃうってことはまだ忘れられないんすか?その人のこと。」

「え…。」

何か話さなくちゃ。

否定も肯定も出来なかった。

ただ、涙がこぼれないようにするのに精一杯だった。

精一杯だったのに…涙はこぼれてしまった。

「やだ、ちょっと飲みすぎちゃったかも…。何でもない、大丈夫だから。」

必死で笑顔を作る。

「なんで佐伯さんまで泣きそうになってるんすか?」

そう北上くんが言ったのも聞こえなかった。






その時だった。

「おい、お前涼について店辞めるらしいじゃねぇか?いつから奴の女になったんだよ?」

酔っぱらった佐藤だった。

「俺は不満で涼はいいのかよ?んで、今は佐伯とイチャついてんのか?」

まったく不快なやつだ。

佐藤は佐伯さんと同期入店だ。

歳は2つ上らしい。割と最近知ったのだが、私はてっきり5歳以上年上だと思っていたよ…。

「嫌な酔い方してますねぇ。。。」

北上くん、ストレートに言いすぎじゃないか?

「佐藤、自分が相手にされないからってそれはないやろ?第一、奥さんと子どもが待ってるんやからクリスマスくらいさっさと家に帰ったりや?」

「佐伯、夏月連れて店出てろ。とりあえずどっか行け。あとで合流するから。」

ハルさんと篠山さんのフォローで私は佐伯さんに手を引かれ店を出た。

「おい、逃げんのか?まてよ、オイ!」

「まだ飲み足りないんなら私が相手してやるからな、ほらこっちに座りや。お店に迷惑かけたらあかんで?同業者ならわかるやろ?」

佐藤が追いかけてこようとしたが、篠山さんがなだめてくれたらしい。




「佐伯さん、本当にありがとう。手、離してもいいかな?」

「あ、ごめん。」

「すごく楽しかったのに、嫌な気分にさせてごめんね。」

「全然、気にしないで。…あの時、なんかあったの?俺がデセールに異動する2日前の夜。あの時、俺も篠山さんといたんだよ。」

「あ…うん。佐藤の愛人になれって押し倒された。そしたらあっちのスーシェフにしてやるって。断って殴って逃げようと思ったらハルさんが助けてくれて、ハルさんの店に誘ってもらった。」

「殴って逃げるって…無謀じゃない?」

「護身術は多少身に着けてるし、そういう時は殴っていいってパトロンの許可とってるから。何回かそうやって逃げてるし。」

「え…!?…大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。でもそんな理由で店辞めるの嫌だし。女で30過ぎたら仕事も探すの大変だし。ハルさんに誘ってもらった時は泣いちゃうくらい嬉しかったよ。嫌な奴と顔合わせ無くて済むし…思い出の…大切な思い出の場所で働けるから。」

「まだ好きなんだね…。」

「バカみたいでしょ?もう諦めたと思ってたのに全然そうじゃなかったんだよ。あの人は私が…身代わりになった…好きな人と結婚してるはずなのにね。自分でも笑っちゃうくらい…未練がましいよね。」

バカみたいに泣いていた。

「早く忘れなよ…そんな奴。」





桃子さんから、当分帰れそうにない、そんなメールがあったので、私たちは帰ることにする。

「今日は本当にありがとう。いろいろひどい姿見せちゃってごめんね。じゃあまた明後日…じゃなくてまた明日、だね。」

「気にしなくていいから。こちらこそこんなすごいものありがとう。大切にするよ。」

佐伯さんが送ってくれると言ったけれど家の方向が違うので、タクシーを拾うところまでついてきてもらって別れた。

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