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お披露目 (英治視点)

今から数ヶ月前のあの日、夏月と僕がボヌールで再会する直前、アヤメさんから夏月と彼女の両親との関係が良好では無い事について多少は聞いていた。


聞いてはいたけれど、まさかここまで酷い話だったとは…。

夏月が泣く姿を見る事は今までに何度かある。

しかし、今日のそれは今までとは違う。強いて言えば、僕が夏月と最初に出会った、あの春の日の「なっちゃん」に1番近いのではないだろうか…。

肩を震わせ、何かに怯え、泣きじゃくる姿を見ているのは辛い。僕に何が出来るだろうか?


あの日、僕は『げんきがでるまほうのおかし』で彼女の泣き顔を笑顔に変えることが出来た。しかし、そんなものは今持ち合わせていない。


だから、僕自身が彼女に魔法をかける。


「言葉」という魔法で…。

そして、僕は夏月を強く抱きしめた。






落ち着きを取り戻し、泣き止んだ夏月は穏やかな顔をしていた。そして、僕を見つめて優しく微笑んだ。

どうやら効果があったみたいだ。


その日は、手を繋いで眠った。

朝起きたら、もっと素敵な笑顔が見られますように…。そんな思いを込めて、穏やかで美しい顔で眠る夏月にそっとキスを落とした。




翌朝、彼女の笑顔は昨日の夜の出来事が嘘のように晴れやかだった。

そして、以前に増して笑顔が増えた気がする。

2度目の、僕と涼が個人的にお世話になった人を招いてのお披露目会が終わり時間が取れ次第、1度アヤメさんに夏月の父親について話を伺うつもりでいる。

アヤメさんも夏月と彼女の父親を会わせたい、そう言っていたのだから…。





***


そして迎えたホテル関係者を招いての内覧会当日。

La rune d'été と Le pêcher のお披露目会であるが、僕にとっては婚約者(夏月)をお披露目するお披露目会でもある。


数日前まで、彼女には黙っていた。僕としては、今日まで黙っているつもりだったのだが、靖が夏月の前であんな事を聞くのだから予定が狂ってしまった。


夏月が、スタッフとして裏方で働くつもりだったのは予想通りだった。夏月にお披露目会で夏月をお披露目したいと言えば断られるであろうことも想像に容易かった。

なので、周りから固めて、本人が気づいた時にはもう遅い、そんな状況を作るつもりでいた。

なんだか夏月を騙すようで嫌だったが、「あの子は頑固だし、そういう席が好きではないから前以て言っては間違いなく断る」と、アヤメさんから忠告されていたので、そうすることにしたのだ。

夏月以外のスタッフには彼女が当日僕の婚約者としてお客様をお迎えする事も周知済みであったし、衣装もアヤメさんに見立ててもらい、着付けとヘアメイクも手配済み。


しかし、靖のおかげで今までなかなか話せなかったお互いの親の話をする事が出来たのだから結果的に「良い意味で」予定が狂ったのかもしれない。






今日は朝からバタバタしている。夏月は朝から厨房と涼の店を行ったり来たりしているし、僕も指示を出しつつ自らも体を動かして店内のテーブル配置を変更したりしている。

お披露目の前に、今日は店内をパーティ用のレイアウトで数パターン、撮影をする事になっている。

ウェディングや宴会のお客様への資料やパンフレット、HPなどにつかうのだ。


20名規模のものから一般的な60〜70名規模のもの、100名規模、最大150名規模のものまで。

テーブル配置も丸テーブルの散らし、長テーブルでの流し、フロアの一部を仕切ったこじんまりしたもの、フロア全体を使った開放的なもの。


通常営業時はカウンター含めて座席数は120席ほどだが、普段はテーブル間をかなり広めに取っているため、長テーブルを使えば、いつもよりは多少狭くなるものの着席で150名まで対応可能だ。


最終的に今日のお披露目会用のレイアウトでテーブルをセッティングし、昼過ぎには会場の撮影が終了。その後はレセプション、カウンター、ワインセラー、控え室などの店内の撮影、外観、風景、チャペル、涼の店の撮影について回る。


一通り終わったところで、厨房の様子を見に行く。出来上がった料理を1度並べてもらい料理の撮影もする。

これは宴会用の資料となる。

スイーツはスイーツだけで並べて撮影。

婚礼料理は追加料金が発生するがビュッフェスタイルへ変更可能だ。そのイメージ写真となるのだ。


そして夏月の仕上げたウェディングケーキ。

色とりどりの地元のフルーツを中心にあしらわれたそれは、見事な出来栄えだった。

今日の本場では店のロゴ入りのプレートを載せるのだが、今は撮影用に用意した飾りを添えて撮影。


パーティが始まる直前、今撮影できなかった料理を撮影して今日撮影分の資料用の写真はおしまいだ。


そろそろ僕も夏月も着替えてお客様をお迎えする準備をすべきだろう。






「キレイだねー、やっぱりキモノはステキだねー、コックコートでもナツキは美しいけど今日はもっと美人だねー!」


ヘアメイクと着付けを済ませ、現れた夏月を見て、ジャンが歓声を上げる。


「僕が褒める前に絶賛するのはやめてくれないか?それにナツキって…僕の妻を気安く呼び捨てにするなよ?」

「イデアルはケチだねー?嫉妬深いオトコは嫌われるヨ?シンデレラもタイヘンだね?こんなヘンタイが夫でさ?」

「英治さん、酷い言われようですね?名前呼ぶくらい良いじゃないですか?」

「やっぱりナツキもそう思うよねー?」


「タイヘン」だとか「ヘンタイ」って普通に「H」を発音しているくせに、未だに僕を「イデアル」と呼ぶジャン。以前から分かっていたものの夏月に対してやたらとボディタッチが多いので(彼の場合夏月に限らずなのだが…)余計腹立たしい。

まぁそれを差し引いても良き友人で良き仕事仲間なのは言うまでもない。それに嫉妬深い事くらい自覚があるので言い返せないのが悔しい…。


濃紺の単衣の百合柄の訪問着に合わせるのは、白金色の地に銀糸で刺繍が施された帯、小物も寒色系でまとめられてとても涼しげだ。

髪には百合の花があしらわれとても華やか。


「ほら、ちゃんと背筋を伸ばしなさい。もうすぐお客様をお迎えしないといけないのでしょう?」


着付けをして下さったアヤメさんからそう言われ、姿勢を正す夏月。

この店の出資者でもあるアヤメさんも勿論今日の招待客の1人だ。


僕の祖父母や両親、兄だけでなく、親戚も今日は多く集まる。

その他に親会社の重役だとか大口の株主なんかも集まるわけで…。こういった席は僕自身も久しぶりで実は緊張しているのだが、それを夏月に気付かれないようになるべく自然な笑顔を作る。

どうやらそれは功を奏したらしく、僕に返された彼女の笑顔もごく自然なものだった。




会場の最終チェックを終え、お客様をお迎えする30分前。スタッフ全員でミーティング。

今日はホテルの方からヘルプでサービスのスタッフも7名程来てもらっているので、念入りに確認をする。


「というわけで、初めての環境で慣れない部分は大きいと思いますが、それを言い訳にせずにベストを尽くして下さい。お客様に失礼がないのが1番ですが、万が一トラブルが起こってしまった時、その対処の仕方が非常に重要です。必ず上に報告する事。…それでは、気合い入れていきましょう。よろしくお願いします。」




各自持ち場へ戻る。皆が程良い緊張感を持っているようだ。

ミーティングが終わった直後、受け付け時間よりも15分早く現れたのは両親と祖父母だった。


「はるくん、久しぶりね?」


未だに子どもの時と同じように母は僕を呼ぶ。何度もやめてほしいと頼んでも一向に変える気はないらしい。会うのは数年ぶりだが、全く変わらない、相変わらず少女の様に無邪気な人だった。

一方の父はというと、大きく変わりはしないものの、少し白髪は増えただろうか?


「しばらく見ないうちに…老けたな、英治。」

「もう34ですからね…そりゃ老けますよ…。そう言う父さんも老けましたよね…。」


靖の計らいで、時間まで話をさせてもらえる事になり、祖父母と両親、アヤメさん、僕と夏月は個室へ移動した。いわば両家顔合わせの席のような雰囲気だ。

とはいえ、祖父母とアヤメさんは勿論、僕の両親ともアヤメさんは面識があったし、夏月は覚えていなかったが、両親は彼女の事を知っている。どうやら彼女がアヤメさんに育てられた事も、その経緯も以前から知っているような雰囲気だったので、簡単に挨拶を交わすとすぐ楽しそうに夏月と話し始めた。


終始和やかな雰囲気で過ごし、時間になったので会場に戻る。


「思っていた以上に素敵なお嬢さんね?」

「今まで辛い思いをしてきた分、幸せにしてあげなさい。」


両親は僕にそっと告げると笑顔で会場の奥へ行ってしまった。






「本日はお忙しい中お越し下さいまして誠にありがとうございます。」


何度もそんな挨拶を繰り返し、お客様をお迎えした後も、会場へ移動して再びご挨拶を繰り返す。

やはり夏月に興味を示した方も多く、その度に僕の婚約者として紹介する。どうやら概ね好意的に受け入れられていたようだった。

中には嫌味など言う輩がいるのではと懸念していたものの、それは杞憂に終わり、ほっと胸を撫で下ろす。

夏月の応対は完璧だった。にこやかに微笑み、話しかけられれば、当たり障りのない、それでいて気の利いた返事をする。


それに、彼女が名乗るだけで親族の何人かは文句を言おうにも言えない、そんな表情をしていた。何しろ彼女自身も親会社の、かなり重要な株主なのだ。本人は興味も自覚もなさそうだけれど…。

文句を付けるのが趣味な彼らに馴れ初めを聞かれれば、「実は初恋の(ひと)で…」だとか「子どもの頃一目惚れした彼女がずっと忘れられなくて…」だとか事実を大袈裟に言ってみたり。すると相手はとりあえず笑うしかない、そんな様子だったので、適当に話を切り上げて移動する。もっと重要なお客様もたくさんいらっしゃるのに、厄介な身内ばかりには正直付き合ってなどいられない。




時間はあっという間に過ぎ去り、料理もワインもデザートも好評。特にオリジナルのワインは大好評だった。買って帰りたいと仰る方もいらっしゃったが、申し訳ないがサンプルしかないので…と、今日はお断りさせてもらった。

実はワインは届いているものの、ボトルにエチケットが貼られていない。印刷が間に合わなかった為、止むを得ず、エチケット無しで送ってもらったのだ…。

そのエチケットも数日後には届く予定なのでなんとかオープンには間に合うだろう。


特に大きなトラブルもなく、初めてのお披露目会を無事終えることが出来たのだった。






お客様をお見送りした後、30分程両親と僕は話をさせてもらった。

夏月は着替えて、厨房の片付けを手伝っている。


両親は、祖父母からある程度夏月の話は聞いていたそうだが、実際に今日顔を合わせて、すっかり気に入ってしまったらしい。

母は可愛い娘が出来ると大喜びだった。一緒に旅行がしたいだの、買い物に行きたいだの、結婚式のドレスを一緒に選びたいだの、自分の誕生日には夏月からケーキを作ってもらいたいだの好き放題楽しそうに言っている。




「式は来年か再来年、ということだそうだが…彼女のご両親にはお知らせするつもりなのか?」


父が言いにくそうに僕に尋ねた。


「それは…近々アヤメさんに相談しようと思っているんだ。夏月としては、父親には来てもらいたいし、関係を修復したいそうなんだが…母親には知らせる気も、今度会う気もないらしい…。」

「そうか…。彼女の望むようにしてあげなさい。…もし、彼女が母親に会いたいと思っていたならどうしたものかと思っていたんだが…。」


両親は夏月の母と最近会ったらしい。なんでも、仕事の関係で彼女の今の夫と付き合いがあるとか…。それ以上の事は言わず、あからさまにホッとした表情の両親を見ると、決していい話なのではないのだろう。

そう思っていると、父は夏月にこの事は黙っておいてくれ、そう念を押すので、僕は黙って頷いた。






***


「緊張しすぎて…昨日のお披露目会の記憶がほぼありません…。失礼がなければ良いんデスケド…。」


指輪を受け取りに向かう車の中、助手席で夏月がぼやく。ここ数日の寝不足のせいか、気疲れしたせいか、昨日は風呂から上がるとリビングで倒れこむように眠っていた夏月。

結局片付けの後、翌々日の仕込みも1人残ってしていたのだから無理もないだろう。


「それは心配に及ばないよ?両親も夏月がすっかり気に入ったようだし、祖父母も褒めていたからね。それよりも、明後日の事で話していない事があるんだ…。」

「話していない事ですか?」

「明後日、ボヌールのみんなと僕と涼が世話になった人を招いてのお披露目会っていうことになっているけど…。」

「披露宴の料理の提供と料理写真の撮影、サービスの練習なんですよね?」

「もちろんそうなんだけど…というか、練習じゃなくて、実際に結婚式と披露宴をするんだよ…涼と桃子さんの。とはいえ、彼女には当日まで内緒。知っているのは僕と涼と靖だけ。」

「でもなんで内緒にするんですか?」


夏月の疑問はもっともだと思う。


「桃子さんが突然、式は挙げなくていいって言い出したらしい。当初は店が軌道に乗ったら式を挙げようって話で、2人でかなり具体的な希望まで話していたらしい。すごく楽しそうにああしたい、こうしたいって話していた彼女だったのにある日突然やっぱりやめたい、写真だけ残せたら良いって。涼も理由がわからなくて随分悩んでいて…未だにはっきりした理由がわからないらしいけれど、それならせっかくだからって話になって。」


涼が理由を尋ねる度、「店が軌道に乗るって忙しくなるって事でしょ?そんな時に挙げるのもね?」とか、「いつになるかわからないなら諦めた方が気が楽じゃない?もう今更って感じもあるし。」とか、いまいち説得力のない理由しか上げないらしい。

だったらオープン前の休日…忙しければ半日、親を呼んで式だけでも挙げたらどうか?同じ敷地内にチャペルもあることだし…と涼が提案したところ、もし、お客様よりも先に挙げるのであれば、自分たちが先に挙げるのは申し訳ない、僕と夏月さえ挙げていないのに…と良くわからない持論を展開して断られたという。


涼には彼女が無理をしているようにしか見えないらしい。本当は挙げたいけれど、涼や彼の仕事の負担になりたくないんじゃないか?そう思ったそうだ。


そこで、ボヌールのスタッフをご招待する日に挙式披露宴を挙げてしまえ!という話が浮上。もともと、料理は披露宴と同じ流れでお出しする予定だったし、挙式の様子の写真も出来れば欲しかったので好都合なのだ。


そんな話が決まったのが5月の頭。

そこから、涼が桃子さんに内緒で両家の親、親族、桃子さんの友人を訪ね、彼女に内緒で式を挙げたいとお願いして回り、皆が喜んで協力を申し出てくれたそうだ。


「というわけで、夏月には悪いんだけど…招待客の人数が当初の倍以上になっちゃったんだよね…。夏月以外は知っているからそのように準備を進めてもらってるし…ケーキも余裕をもって用意をしてもらっていたはずなんだけど…昨日、予定以上にケーキが出てしまって足りそうにないんだよね…だから、追加で明日仕込んでもらいたいんだけど…本当にごめん。でも、優秀な助っ人呼んでるから…頼む、このとおりだ!それで、明後日は僕と夏月は裏方には回れないから…明日中にどうにかして…明後日は朝イチでウェディングケーキの仕上げしてもらったら三田くんに任せることになるから…。」

「そ…そういう事は早めに教えて頂きたかったデス…。」

「そ…そうだよね…申し訳ない…。」


ちらり、横目で夏月を見ると、真剣に何かを考えているようだった。


「ウェディングケーキのサイズアップと数種類追加で仕込んで…あとはカットフルーツで見栄え良く誤魔化すくらいが限界ですけど、それでいいですか?」

「それで十分。涼もそのつもりだったみたいだし…ちなみに、桃子さんには明日僕と夏月が式を挙げるってことにしてる。今日のうちに、ドレスやらタキシードを運んでもらって、チャペルの用意もしてもらってるからね。」


実は、本当に式だけ挙げるつもりだったりする。サプライズだ。

僕と夏月があのチャペルで式を挙げてしまえさえすれば、彼女が何と言おうと断る理由がなくなるのだ。涼曰く、桃子さんは結構頑固だから断られる理由は極力なくしておきたいらしい。

そんなことなどつゆ知らず、ニコニコ楽しそうに「桃子さん喜んでくれるといいですね!私も明日は頑張らなくちゃ!」なんて話す夏月を見ているとつい顔が緩んでしまう。

そのために、もっとできあがりまでに時間がかかる予定だった指輪の納期を早めてもらったのだ。

本当に間に合ってよかったと思う。僕は間に合わなかったらどうするつもりだったのだろうか?

そんなこと、ちっとも頭になかった自分に思ず笑ってしまった。


「英治さん?どうしたんです?」

「あ、ごめん。何でもないよ…ほら、じゃあ受け取りに行こうか?」

「はい。楽しみですね!…でも手荒れが…もっとちゃんと手入れしてから寝るべきでした…。」


自分の手を眺めて少し落ち込む夏月。


「大丈夫、働く手には独特の美しさがあるんだから…。」

「…じゃあそう言うことにしておきます。」


ちょっぴり不服そうな夏月の手を取り、僕は指輪の受け取りに向かった。


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