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忙しい一日(英治視点)

『英治?俺だ。夏月ちゃん見つかったんだって?おめでとう。本当に良かったな。……食事なら和食を20:00に取ってるから。……初恋の相手だもんな。マカロンのなっちゃん。……実は俺も彼女と見合いがしたいって言った事あるんだよ。謝りたいこともあるし明日時間取ってくれ……部屋の風呂の用意をしてもらってるから今日は2人でゆっくり入って……枕の下にアレ置いといたからちゃんとつけろよ。……じゃあ素敵な夜を。』


部屋に着くなり兄からかかってきた電話の応対に、僕はあたふたしてしまい、夏月に笑われてしまった。

兄は気がきき過ぎると言うか、準備が良過ぎると言うか…。


部屋に入ると、アイスペールで冷やされたロゼのシャンパーニュとフルーツ、花束が用意されていてそれだけでも驚いたと言うのに、湯が張られバラの花びらが浮かべられたバスタブや枕の下のあんなものまで…。

聞き捨てならないことも言っていた気がするが…それは明日詳しく聞くことにして、今は2人の時間楽しむことにする。

明後日にはまた離れてしまうのだから…。

とは言え、流石に一緒に入浴するのもどうかと思う。

夏月は今日も仕事だった。立ち仕事だし疲れていることだろう。ゆっくり入って疲れを癒してもらおう、そう思って彼女を先に入浴させた。


その間に僕はコンシェルジュへ電話をかけ、翌日のエステとヘアメイクと着付けをお願いする。

夕食が和食なら、夏月の和服姿が見てみたい。

夏月の和服姿を想像してニヤけてしまう。今から楽しみだ。




あの後、ボヌールのスタッフに挨拶をして、夏月の部屋に荷物を取りに行った。


僕の前に現れた彼女はあの日と同じドレスを着ていた。

僕はあの日と同じネックレスとリングを彼女に着けた。


そして今、僕達のいるのはあの日と同じ部屋。


でも、あの日とは全く違う。

あの日よりもずっとずっと幸せだ。




なぜか僕が帰国して宿泊するたび、嫌がらせの如くこの部屋が用意されいた。

何度この部屋の枕を涙で濡らしたことだろうか…。




夏月がバスルームから戻る前、ギリギリで枕の下の物を回収した。

万が一見つかってしまっては…お互い良い大人だとはいえ恥ずかしい。


入浴後、兄からの差し入れのシャンパーニュを飲みながら、お互いの5年間のこと、あの日嘘をついてまで祖父母に紹介した理由を話した。

それを聞いた後の夏月の顔を僕は絶対に忘れないだろう。

それほどに印象的な、心の底から幸せだといっている様な笑顔だったのだから。

そして、これからも僕は夏月をこの笑顔にしてみせる。




アルコールが入ったせいか、夏月の目がトロンとしてきた。

目だけではなく、彼女の顔も、醸し出す雰囲気も、声も甘々だ。

「夏月…。」

そんな夏月の声を聴きたくて、何度もその名を呼んだ。

繰り返すたび、彼女に触れたいという欲望が募っていく。

思わず、意地の悪いことを考えてしまう。


「ねぇ、夏月?同じ部屋に泊まるって意味わかってる?」

頬を赤く染め、首を横に振る彼女が可愛くて抱きしめたくて、さらに意地の悪いことをしてしまう。

「これでも?」

引き寄せて優しく触れるようにキスをする…と見せかけて、徐々に激しく、情熱的に攻めていく。


彼女とのキスは、ロゼのシャンパーニュとフランボワーズの味がした。


「ん……ぁぁ…」


僕に応えるかのように、舌を絡ませていた彼女の口から、甘すぎる吐息が漏れる。

「まだわからない?」

抱きしめて耳元で囁くと、夏月はまだわからないという。

「そんなに怖がらないで良いんだよ?もう初めてじゃないんだから…。」

我ながら意地が悪いと思う。

その意味を正しくとらえた彼女は、耳まで真っ赤に染めて…そんな恥じらう彼女もまた可愛らしくて、愛おしくてたまらなかった。

しかし、そのことに気付いたからこそ、僕はあの日朝起きて激しく後悔した。そのことを詫びると、彼女の口から引っかかる言葉が飛び出した。


「あの時、大好きなあなたに抱いてもらえたから今日まで頑張ってこれたの…初めての人があなたで本当に良かった。幸せだったから。その思い出があったから、嫌なことされても、強い心でいられたから…落ち着いて対処することが出来たから…。」


嫌な事…落ち着いて対処…それから慌てて誤魔化す夏月。

またあんな目にあっていたのだろうか?


そんな彼女を抱きしめずにはいられなかった。

優しく唇を重ねると、夏月の甘い声が僕の名を呼ぶ。

「英治さん…大好き…。」

僕も甘い言葉を囁く。


彼女のぬくもりも、柔らかさも、甘い吐息も、ぎこちなさも、またあの日のように僕の腕の中にあった。

しかし、あの日よりも、ずっと甘くて温かで、あの日よりもずっとずっと心地よくて、あの日とは比べ物にならない程幸せだった。




翌朝、目を覚ますと僕の腕の中にはすやすや寝息を立てて眠る夏月がいた。

もう放さないと無意識に思ったのだろうか?僕は彼女を抱きしめたまま眠っていたらしい。


目が覚めても彼女がここにいる。

何て幸せな事だろうか?

思わずキスしてしまう。

すると、夏月を起こしてしまったようで、彼女の瞳の中には僕の姿が映っていた。

「夏月、おはよう。」

そういって再度キスをすると、おはようと言って夏月も僕にキスをする。

あまりの嬉しさに、抱きしめて、放してたまるものかと舌を絡ませる。

それに応えてくれるのが嬉しくて激しさを増していく口づけに、彼女は耐えられなくなったようでそれはそれは甘い声が彼女の口から漏れる。

そんな甘美な誘惑に、僕の理性はぶっ飛んでしまった。

夏月の一挙一動を些か楽しみ過ぎたと言うか、からかい過ぎた様で、顔を真っ赤にして、

「思う様に動けない…。」

そう言う彼女が最高に可愛らしくて、更にからかったら拗ねてしまった。

もちろんそんな姿も可愛くて仕方なかったのは言うまでもない。







今日は忙しい。

やっておきたい事が沢山あった。

夏月がシャワーを浴びている間に佐伯君と兄と涼に連絡しアポを取る。

佐伯君は電話に出ないのでメールをして一方的にした約束ではあるが…まぁ良しとしよう。

昨日一応声をかけてあるのだから。


10:00AM。

夏月をエステに連れて行く。

「ちょっと用事があるから、マッサージでもしてもらって待っていて。仕事で疲れているでしょ?ちゃんと迎えに来るから。」

そう言って、笑顔で彼女を送り出す。

僕が出かけることに対し、少し残念そうな顔をしたのが嬉しくて、思わず別れ際にキスしてしまったら、夏月に真っ赤な顔で怒られてしまった。

エステティシャンの生温かい視線も気にならないくらい怒った顔も可愛かった…なんて言ったらもっと怒るだろうな…そんなことを考えながら1つめの約束の場所へ向かう。



10:40AM。

インターホンを鳴らすと、シャワーを浴びたばかりなのだろうか?髪が濡れたままで仏頂面の…目を腫らした佐伯君が出てきた。


「よかったらどうぞ。」

部屋に上げてもらい、そうぶっきらぼうに渡されたのは缶ビールだった。

「いや、流石に昼前から飲むわけには…。」

「…とても飲まなけりゃ、あなたと話なんて出来そうにありません…。」

そう言って彼はプシュッと缶を開け、一気に1缶飲み干すと、僕に渡したビールまで開けて飲みだした。

気持ちもわからなくはない。


「佐伯君てさ、いつから夏月の事好きだったんだい?」

ブハッ…ゲホゲホゲホ…。

「それいきなり聞きます?」

根掘り葉掘り…聞きたかったが時間もないので大体の事についてを口を割らせた後、本題に移る。


「ところで、夏月が酷い事されたり酷い目に遭ってるとか知らない?君は夏月に随分信用されているみたいだから何か聞いてないか?」


昨日の夜の反応を見ると、何かあったに違いない。


「知ってますよ。俺も去年の夏に知ったんですけど。腹立たしいったらありゃしないっつうか。妻子&愛人持ちの俺の同期で…詳しくは涼さんに聞いてください。1度助けに行ってる筈なんで。」

誰か分かれば話は早い。

「明日会いたいんだけど協力してくれないかな?」

「そう言うことなら喜んで。」


佐伯君はそう言うと、僕に対して散々説教じみたことを繰り返して、何度も夏月を幸せにするよう僕に約束させた。

悪態をつきながらも僕を認めてくれている、祝っていてくれるのが嬉しかった。


「僕は、やっぱり君の事が大好きみたいだ。これからは友人として付き合っていきたいんだが…いつもの呼び方そろそろやめてくれないか?英治でもヒデでも好きなように呼んでくれ、誠治君。」

「英さん、なかなか酷い事言いますね。昨日俺の目の前であんなことしたくせに…。」

「それはいい返事だと解釈していいのか?」

「ご自由にどうぞ。俺もあなたの事嫌いにはなれないみたいですから。」


先程から、佐伯君は気にするようにちらちらとあるものを見ていた。

ノートPCだ。

「さっきから気にしてるけど、エロ動画でも見てたのかい?」

佐伯君もなんだかんだ言って男の子なのね、なんてふざけて開くと、そこには衝撃的な写真のデータが保存されていた。

エロ動画なんて比じゃない。


「えっと、これは一体どういうことかな?詳しく説明してもらおうか?」


こちらに関しては根掘り葉掘り、詳細に問い詰めた。

なぜ、彼が夏月のウェディングドレス姿の写真なんて持っているのか。

しかも、なぜ、隣に写って笑っているのか…。


「夏月ちゃんの名誉のために言いますけど…俺、彼女とは何もないですから。結婚の約束どころか寝てもいないし、キスもしてないんで安心してください。これだって、本当は彼女1人で行くつもりだったんですよ?俺がどうにか食いついて一緒に連れて行ってもらっただけです。彼女、結婚諦めてたみたいですよ。でも、ドレスは着たいからって1人で試着しようとしてたんですよ。そうなってしまったかは誰のせいかなんて言わなくてもあなたならわかりますよね?」

涼に仕向けられて2人で結婚式場の見学に行った際、そんなことがあったのだということを、彼は不本意ながら教えてくれた。

「本当のことを言うのは夏月ちゃんの為ですからね?本当だったら結婚の約束してるんだから彼女を返せと言いたいくらいですよ?」

憎まれ口をたたきながらも、彼女のために本当の事を教えてくれる彼が男前に見えて仕方がなかった。

これは俺も男らしく返すしかない。


「ええーーーーーーー!!なんてことしてくれるんですか!?」


もちろん、ゴミ箱の中まですべて消去。

この写真を撮ったであろうカメラの中のSDカードにもばっちりデータが残っていたので、こちらも容赦なく消去する。

「大丈夫、後で代わりの写真送ってあげるよ。じゃあ、明日よろしく。少し早めに夏月を送っていくから。」


よく、『orz』と表記されるが、帰り際彼はまさにそんなポーズでうなだれていた。


彼の部屋を出ると、僕はすぐさま電話をかけた。

「エステの後のヘアメイクと衣裳なんだけど変更したい。可能かな?ついでに写真も撮りたいんだが写真室は今日余裕ある?」

あんな写真見てしまったらいてもたってもいられなかった。

まさか佐伯君に先を越されているとは…悔しくて、予定を変更して、和服の前にウェディングドレスを着てもらわなければ…。

幸いにも、今日は余裕があるらしくすんなりOKが出た。

すぐさまドレスを選びたい衝動に駆られたが、その前に兄にもいろいろ聞きたい。

昨日聞き捨てならぬことを言っていたからだ。





1:50PM。

どうにか湧き上がる怒りを抑えて兄の話を聞き終える。

「というわけで、簡単に言えば、5年前2人が離れてしまう原因を作ったのは私だ。悪かったと思う。まぁ、時効っていうことで許せ。」

「許せるか!」

笑いながら許しを請う兄に言いたいことがたくさんあったが、ここで不毛な時間を過ごすよりも夏月に着せるドレスを選ぶために部屋を出た。

全く腹立たしい。

衝撃すぎてもう頭がパンクしそうだ。

キャパオーバーもいいところだ。








「以前私が結婚したい相手がいるなら付き合う前に祖父に会わせろと言ったよな?

あの直前まで付き合っていた女に私は二股かけられていた。その上彼女は向こうの子どもを妊娠していたんだよ。実は以前から祖父に彼女はやめろと再三言われていた。それでも彼女を信じて別れなかった結果がそれだ。

自分の見る目の無さに腹が立ったよ。

自暴自棄になって女遊びが激しかった頃、たまたま夏月ちゃんに会ってね。一目惚れして…祖父母の友人の孫だから見合いをさせろと祖父に頼んだら、私なんてとても恥ずかしくてそんな事お相手に失礼だと酷く怒られてしまってね。彼女も成人したばかりで若かったというのもあるし、私の態度次第で考えてもいいと言われた。

それで、祖父に認められたくて必死で5年も頑張っていたのに、あの日英治が彼女を連れてきた。

私としては祖父にその夜話を聞かさた時、横取りされたような気分で…認められずひたすらごねた。その結果、英治が夏月ちゃんに本当の事を伝えぬまま、彼女はいなくなってしまったんだろう?

本当に申し訳なかったと思っている。

後から、彼女がマカロンの「なっちゃん」で、英治がまともになったきっかけが彼女だと聞いた。

横取りされるも何も、英治の方が僕より先に彼女に惚れていて、彼女も英治が好きだったんだから私が反対するのは筋違いだったわけだよ。

というわけで、簡単に言えば、5年前2人が離れてしまう原因を作ったのは私だ。悪かったと思う。まぁ、時効っていうことで許せ。」


兄の話を思い返すと5年前の見送りの態度も納得できた。

あんな不貞腐れた兄は衝撃だったが、その理由は更に衝撃だった。

とはいえ、兄も兄なりに辛かったのだろう。

今、夏月は僕を愛してくれている。

それだけでいいじゃないか。

そんな風に言い聞かせながら衣装室へ行き、自分の衣裳と夏月のドレスを選ぶ。




きっと真っ白よりも少し色があった方が夏月には似合うはずだ。

悩みに悩んで、シャンパンゴールドと呼ばれる色の、悔しいが佐伯君が選んだというドレスと似たような形の、しかし彼が選んだものよりも更に華やかで上品なドレスを選ぶ。

ヘアメイクは良くわからないのでお任せだ。


ドレスを決めた僕はそのまま今夜の食事に着ていく着物も選んだ。

こちらは即決だった。

1着の訪問着を見た瞬間、これしかない、そう思わざるを得なかった。


袖から肩のあたりにかけてが水縹色で、裾へ向かうほど濃くなって裾は瑠璃紺。

そこへたくさんの桜の花が描かれている。

まるで、あの日の風景を切り取ったようなそんな着物。




「なっちゃんの名前の色ってきれいな色なんだよ。ほら、あんな色。」


マカロンをあげて笑顔になったはずのなっちゃんが翌日また泣いていた。

そんな時に彼女にかけた言葉。

あの日の空はこんな美しい色で、桜の花が咲いていた。




ドレスと着物を選んだ後、僕自身も着替えを済ませて夏月を待っていた。

10分ほど待った頃、重たそうな扉が開き、僕が選んだドレスを身にまっとた夏月が現れた。


「夏月…綺麗だ…。」

「英治さんも素敵です。」

頬をほんのり赤く染めた夏月に見つめられ、緊張感のない顔になってしまう。


夏月はそれはそれは美しかった。

友人や仕事関係の人の結婚式には結構出席した方だと思うし、仕事で披露宴に携わったことも何度もある。しかし、彼女は今まで目にしたどんな花嫁よりも美しいのだ。

午前中、佐伯君の家で見た液晶画面の向こうの夏月よりもずっとずっと美しかった。


「さぁ、行こうか。」

「あの、状況が飲み込めないんですけど…。」

「夏月のドレス姿を見てみたかっただけ。僕の我が儘。せっかくだから写真撮ろう?」

僕の我が儘…それは佐伯君への対抗心。

彼女は僕のモノ。それを見せつけたかった。そんな幼稚な対抗心。


戸惑う夏月を連れてチャペルへ向かう。

ドレス姿の夏月が隣にいるだけで、佐伯君の写真の事も、兄の話もどうでもよくなってしまった。


「まぁ、あんまり深く考えても仕方ない。今が幸せならそれでいいじゃないか。」

僕の独り言に、夏月も「そうですね。」と微笑んでいた。

それで緊張がほぐれたのか、夏月の表情は柔らかくなり笑顔が増えた。


昨日の夜のあの笑顔よりも更に幸せそうな笑顔。

まさかこんなに早く昨日以上の笑顔が見られるとは思わなかった。







「夏月、和装も良く似合うよ…この色、何色か知ってる?」

彼女は覚えているのだろうか?出会った翌日の事を。

「水色?」

「まぁ、そうとも言うけれど…水縹(みずはなだ)だよ。夏月の苗字と一緒。もうすぐ変わっちゃうけどね。」

そう言うと、夏月ははっとしたような顔をした。

「嫌いだった名字が好きになったのは『はるくん』のお陰だった…。」

そして、思い出したようにつぶやいた。

「忘れていたの?って、僕もさっき思い出したんだけど。この着物見てさ。」

気持ちが通じたような気がして、更に心が温かくなった。

「兄との約束は7時半からだよ。和食だし、せっかくだから和服をね。それに、夏月の事見せびらかす為に写真撮っておこうと思って。フランス人には和服の方がウケそうだろう?」

きっとジャンは大絶賛だ。

そして、佐伯君にも見せびらかす。

もちろん僕とのツーショット。

佐伯君がトリミングする気が失せるくらい密着して写真を撮る。

うん、なかなかいい写真が撮れた。





5:30PM。

「さて、涼君、詳しく話してもらおうか?」

夏月とあの日飲んだラウンジで、春日野夫妻に会う。

夏月は小林さん…涼の妻の桃子さんと楽しく過ごしてもらい、僕は涼に聞きたいことと言いたいことが山ほどあったので、少し離れた席で涼を問い詰めていた。


「涼君?なんで君が連れてくるのが夏月だって教えてくれなかったんだい?僕と夏月が一緒に写った写真だって何度も見せたはずだろう?」

「いや…ヒデのその話、嫌というほど聞いていたから…自然と…記憶から…消し去っていて…。」

「しかも、いろいろ余計な事してくれたらしいじゃないか?彼、随分その気になっちゃって…。」

「佐伯も本気だったようだからな…プロポーズまがいの事してたけど、清々しいほど見事に玉砕してたし…。」

涼の声が急に小さくなる。

「は?どういうことだ?プロポーズだって!?」

叫びたいのを我慢して僕も小声で聞き返す。

僕の眉間には間違いなく深い皺が入っているだろう。

「35になってお互い結婚してなかったら結婚してくれって。冗談めかして言ってたが佐伯の目がマジだった。そんな佐伯に対して、佐伯はモテるだろうからその前に結婚してるはずだ、夏月が笑いながらそう返してあっさり玉砕。」

夏月らしいというか…佐伯君、ドンマイ。


「大体、涼が後輩を連れてくるって言った時、『変わり者で、負けず嫌いで、努力家で、打たれ強くて、神経図太くて、体力もそこそこある。』って言ったよな?どう考えても夏月の事を言っているとは思えないんだが?」

「逆に、『しとやかで、優しくて、儚くて、美しいお姫様』ってイメージの方が夏月とはかけ離れすぎて分かるわけがないと思うんだが…。」

「これを見ろ…美しいだろう?」

僕が先程タブレットで撮った夏月のドレス姿の写真を涼に見せる。

「まぁ…美人だって言うのは認めるが…あいつは間違いなく変わりものだ。ヒデみたいな変態の事5年以上思ってるんだからな。」

涼に変態扱いされるのには慣れている。

否定もしない。自分にだってその自覚はあるからな…。


「ところで、僕の夏月が佐藤という男に酷い事をされていたと聞いたんだが?」

そう切り出すと、僕の想像通りの答えが返ってくる。

あの時の夏月を思い出して胸が苦しくなる。

もうあんな思いをさせてたまるものか。

「打たれ強いとか神経図太いっていうのはその時思ったんだよ。俺が殴って奴が逃げた直後顔色一つ変えず飛んだシャツのボタン集めていたからな…。」

「涼君、君は本当に無神経だね…。



「桃子、これ見てみろよ。」

そんな僕から逃げるように、涼が桃子さんに僕のタブレットを渡した。

それをきっかけに、僕も夏月のもとへ戻った。

夏月は恥ずかしそうに、昨日のプロポーズのいきさつを説明していた。






7:55PM。

涼夫婦と別れて兄との会食へ向かう。

店に着くと既に兄が待っていた。

「兄さん、こちらが『僕の』婚約者の夏月です。」

子どもっぽいが、昼間あんな話を聞いた後なので、『僕の』というところを主張せずにはいられない。

「初めまして。水縹 夏月です。」

少し緊張気味に挨拶した夏月に対して、満面の笑みで兄はとんでもないことを言い出した。


「初めまして、じゃ無いんだけど覚えていないかな?」

夏月は覚えていなかったようで、一生懸命思い出そうとしていた。が、やはり覚えていないようだった。

「そうだよね。10年以上前の話だし。何度か、旅館でお会いして話をしているんだよ。」

「申し訳ありません…。」

「いやぁ、覚えているいられても困る様な話の内容だし、気にしないで。実はね、夏月ちゃんのことナンパしたんだよね。少なくとも2~3回は声かけてると思うよ。全然相手にしてもらえなかったんけど…祖父母にバレてもの凄く怒られたし、あの頃から可愛いかったから印象深くて私は覚えているけれど。」


どうやら兄は結構本気だったようで、祖父母に隠れて夏月が手伝っていたという彼女の祖母の旅館へ何度か一人で宿泊して声をかけていたらしい。

夏月の手前、本気で怒るわけにもいかず、しかし我慢しきれずに不機嫌な顔で睨んでいたら夏月に宥められた。

必死で僕の目を見て、まったく覚えてないから機嫌を直して欲しいという夏月の願いを受け入れないわけにもいかず、これ見よがしに夏月の唇にチュッとしてさっきの話は忘れることにした。

兄の前でそんなことをされて、あたふたする夏月を見ていたらどうでもよくなった。

僕は夏月に甘いのか?


そんな僕が気に入らなかったであろう兄は、僕はもちろん、夏月さえも知らなかった夏月の家の事をいらっとする様な顔で話し始めた。

「お祖母様は勿論、夏月ちゃん自身もうちの大口株主なんだけど?知らなかったの?だってもともと、ここもそうだし、うちの所有するホテルのほとんどは夏月ちゃんのお祖父様が経営されていたんだよ?…聞いてない?」

間違いなく、夏月が知らないということを知っていて、戸惑う彼女を楽しむかのように話していた。

ん?その前に『夏月ちゃん』だと?馴れ馴れしくて腹立たしい。

「ごめんね。混乱させちゃって。てっきり知っているものだとばかり…。あれ?英治も聞いていなかったのか?自分の親会社の話なんだからきちんと勉強しておけよ。」

ああ、まったく嫌な感じだ。


着物を返さないといけないからと言って早めに店を出ようと試みるも、

「部屋に置いておいてくれたら明日返してもらうから。」

そう言ってなかなか解放してくれなかった兄だが、僕を見かねた夏月が、

「明日も仕事なのでそろそろ失礼します。」

そう言ってくれたためどうにかお開きにすることが出来た。






10:30PM。

着物を返した後、部屋へ戻る。

「夏月、ごめんね。混乱させてしまって。僕にとって、夏月は夏月だからね?今まで通りで良いんだよ。

大好きな事とか理由に変わりは無いからね。

さっきの話を知っている第三者から見たら、政略結婚みたいだけど…はぁ…。僕としては純愛なんだけどなぁ…。」

何しろ、夏月は僕の初恋のなっちゃんだ。

高校生の頃、電車で見かけてからひたすら彼女を思ってきた。

5年前、彼女をあのような形で傷つけてしまってからも忘れられず、そして今彼女は僕の腕の中にいる。

これを純愛と言わずして何と言うのだろうか?

毎度のことながら顔を真っ赤にして恥ずかしがる夏月が可愛い。

こういうことにはまったく免疫がないらしい。

免疫が出来るまで、この反応を目いっぱい楽しんでやる…そんなことをひそかに僕は決意するのだった。


「あれ?これ何かしら?」

恥ずかしさに耐えきれず僕の腕をすり抜けた夏月が見つけたのは昼間撮った写真のデータだった。

PCを立ち上げてデータを開く。

「夏月、すごく綺麗だったよ…今も可愛いけれど…着物も良かったなぁ…。」

何度夏月に可愛いだとか綺麗だとか美しいだとか言っただろうか?

その度照れながら笑ってごまかす夏月がやっぱり可愛くて仕方なかった。

途中、一瞬だけ真顔になって慌て始めたのはおそらく佐伯君と撮った写真の事を思い出したのだろう。

何も言わないところを見ると、僕には見られたくないのだろう。

言ってからかいたい気もしたが、流石に可愛そうなので何も知らないことにする。

一応佐伯君にも口止めしておこう。

口止め料はもちろん、僕と夏月の写真だ。

佐伯君にこれでもかというくらい僕と夏月が密着した写真を送る。

中には夏月にキスをしている写真もさりげなく混ぜておいた。


ついでに、SNSにもUPしておく。

今まで僕に協力してくれた友人や僕を慰めてくれたジャンや鈴木君への報告だ。

個別でのお礼はまた後日。





11:45PM。

夏月に愛の言葉を囁きながら彼女を心ゆくまで堪能した後就寝。




こうして僕の忙しい1日が幕を閉じた。

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