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縮まりつつある距離

第1章 「偵察と打ち上げ」の、打ち上げ部分の佐伯さん視点です。

「昨日、佐伯さんと夏月さんデートしてましたよね?」

仕込中、デセールの持ち場に姿を現した北上の言葉に耳を疑った。

振り返ると夏月ちゃんも硬直している。


「昨日、駅で見ましたよ。一緒にいるとこ。二人ともいつもと雰囲気違う、っていうより夏月さん別人だし。佐伯さんが持ってた紙袋、あれって結婚式場のですよね?」

どうやら、別れ際を目撃されたらしい。よりにもよって北上に。

「別れた後も佐伯さんにやけてるし、いつからなんですか?クリスマスの時は夏月さん未練タラタラだったじゃないですか?」

夏月ちゃんの顔が引きつっている。

「ほかの誰にも言ってないだろうな?」

「もちろんっすよ!篠山さんにシメられるのはもうこりごりなんで…。」

「昨日、涼さんの頼みで結婚式場の試食会に行ってきたんだよ。偵察だ、偵察。涼さんの店、チャペルとレストランと同じ敷地に建ってて、余所の情報収集が必要なんだよ。市場調査ってやつ。でも、忙しいから、そういうのに行ってもおかしくない歳の俺らが頼まれるわけ。北上とかじゃ若すぎるから怪しいだろ?そういうわけだ。俺も夏月ちゃんもいつもと雰囲気が違ったのは…さすがにそういうとこ行くのにいつもの恰好は社会人として無しだろ?

絶対誰にも言うなよ。いろいろ面倒だぞ。最悪佐藤の耳に入ってみろ、夏月ちゃん嫌がらせされるのが目に見えてるだろ?」

北上は必死に頷いていた。

「死んでも言いません。もう篠山さんにシメられたくないんで…。」

そう言うと、そそくさと自分の持ち場に帰って行った。


「助かった…佐伯さんありがとう!北上くんに見たって言われた時は『終わった…』って思ったよ。」

「こちらこそ、ごめん。紙袋とか全然気が回ってなかったし。手つないでなくてほんと良かったよ…つないでたらこんなん信じてもらえないもんね。」

「最寄りの駅までにして良かったでしょ?ほんと佐伯さん徹底してるから尊敬したよ。私が多少ヘマしても偵察だってばれないくらい演技うまかったよ~。」

演技か…そうだよな。

演技なんて一切していなかった、俺は。

でも、昨日夏月ちゃんは俺と結婚の約束をした恋人を『演じて』いたのだ。

それを悟られないように笑ってごまかした。


辛かった。

それでも、彼女のドレス姿の写真を見ると、そんな気持ちが軽くなり、偽りでも幸せだった。


本来の目的の、ケーキや引菓子や料理の写真はもう明るさや色調の補正をしてデータを渡してある。

しかし、ドレスの写真はまだだ。

つい見惚れてしまいそういった作業が進まない。

彼女が急がないと言うので、それに甘えて、ゆっくり作業をしていた。

もちろん、データはPC本体だけでなく、外付けハードにも保存した。

その他に、彼女に渡すためのUSBと、元のSDにも残っている。

自分でも笑ってしまう。

そんなに大事なデータなのかと。




そんな俺の気持ちを知らない彼女はいつも通り仕事に打ち込んでいた。

ハードな仕事のはずなのに、試食説明会に行った報告書を数日で仕上げ、涼さんに、桃子さん経由で渡していた。

そして、休憩中、涼さんからの着信に折り返すと、お褒めの言葉をいただいた。

「グッジョブ!!佐伯も、夏月もありがとうな。ここまで詳細にもらえると思っていなかったよ。」

この言葉に、俺も彼女もテンションが上がる。

「ミッションコンプリート!だね。」

満面の笑みだ。

「もうこれは行くしかないでしょう!」

「うんうん、そうだね。私たち頑張ったもんね…ドレス着たり私は自分の欲望も満たしちゃったけどさ…。」

それは俺も同じだ。

「じゃあ、2人で打ち上げ!約束ね?」

もちろん、『2人で』というのがポイントだ。


「佐伯っち~!最近反省会全然来ないやん?今日は強制参加やでぇ?」

なぜ今日に限って…確かに、最近そんな気分じゃなくて出席率は低いが…もともとは前菜(オードブル)担当者のものだったので今は行く必要もない気がするのは気のせいだろうか…。

「篠山さん、悪いけど今日だけは勘弁してください。」

「はぁ?付き合い悪いで…仕方ないから夏月ちゃん誘うわ。」

そこでなぜ夏月ちゃんを誘うんだろうか?

「いや、夏月ちゃん誘うのも勘弁してください。」

にやり、篠山さんが嫌な笑いかたをする。

間違いなく、わかっていて彼女の名前を出したのだ。

「なんで誘ったらあかんの?」

分かっているくせに、更にニヤニヤした顔で聞いてくる。

「つまり、邪魔するなって事やろ。はいはい。ごちそーさま。ってまだ夏月ちゃんは佐伯っちのこと眼中になさそうやけど。まぁがんばりや…。」

はぁ。この人はなぜ一言多いんだろう。

悪い人ではないんだが、そういうところが苦手だ。

特に、夏月ちゃんのことに関してはずいぶんはっきり俺が傷つくようなことを言ってくる。



仕事が終わり、反省会参加者と少し時間をずらして店を出る。

どこにしようか?という話になり、先日涼さんと飲んだ店に行くことにする。

2人掛けのソファが2つ向かい合ったテーブルに案内される。

1人ずつ向かい合って座る。

辛口のスプマンテをボトルで頼む。

「お疲れ―!かんぱーい!」

「無事にハルさんにオッケーもらえて良かったよね。報告書、頑張った甲斐があったよ〜!佐伯さんが写真加工していてくれたから貼り付けるだけですごく楽だったよ。本当にありがとう!」

やはり笑った彼女が一番いい。

「偵察、結構面白かったよね。他所の事情が垣間見れる感じがあるし。また機会があったら一緒に行かない?今度は、和風のとこ。夏月ちゃんの和装が見てみたい。」

「和食もいいねぇ…でもそれって本来の目的とかなりズレちゃうよね。あ、でもケーキは入刀するし、引き菓子もあるからまぁ一応建前はできるか。

和装…あれって、試着とか出来るのかな?せいぜい羽織ってお終いじゃない?」

「そうなの?それは残念。」

たのしい雰囲気にどんどんワインが進む。

スプマンテの次に白を注文していたのに、あっという間に空だ。

「よし、次赤もいっとこう!それともロゼにする?」

どんどん気が大きくなる。

「うーん?両方?」

夏月ちゃんもすごくノリがいい。

結局、赤を注文する。

仕事の話。

涼さんの店の話。

昔聞いていた音楽の話。

学生時代の話。

同じ年というのもあるかもしれないが、話が合う。

話がはずめばワインもすすむ。あっという間に赤ワインも空になり、ロゼも注文する。

フルボトルを2人で4本。つまり、1人2本だ。少しペースも早い気がするが、無理な飲み方はしていない。

ついつい楽しくなり、変なお願いをしてしまう。

「ねぇ?ちょっと俺の事『誠治』って呼んでみて?」

いつも彼女は『佐伯さん』と俺を呼ぶ。

下の名前で一度呼ばれてみたかった。

「え?いいよ。誠治さん?」

「うわ!誠治さんっていいねぇ。。。」

てっきり、誠治か、誠治くんと言われると思っていた。

そこにまさかの『誠治さん』。そう呼ばれるのは初めてだ。新鮮だ。

しかも、酔った夏月ちゃんの少し甘い声があいまって、何とも言えない心地よさを醸し出している。

「どうしたの?急に。誠治さん?」

「堪らん…。」

「何それ?意味わからないよ?」

「もっかい『誠治さん』プリーズ!」

萌える、とはこういうことを言うのだろうか?

「誠治さん?」

「………。」

「誠治さん、どうしたの?」

「………。」

「佐伯誠治さーん?」

「いや、それはなんか違う。」

それじゃあ病院の受付で呼ばれている気分だ。

「誠治さん?誠治くん?誠治きゅん?…誠治?」

ああ、どれも堪らない。誠治きゅんとかも意外といいかも。でもやっぱり…。

「やっぱ、『誠治さん』が1番グッとくるわ。。。」

間違いない。仕事中にそう呼ばれたい気もするが、そう夏月ちゃんに呼ばれたらおそらく仕事にならないだろう。そのくらい快感だ。って俺は変態か?

「よくわからない。」

「男のロマン。」

「うーん、余計わからない。」

理解されても困るかもしれない。この俺の妄想を…。とりあえず、誤魔化そう。

「もし、彼氏とか旦那さんになる人が現れたらどう呼ばれたい?」

「ああ、そういうことね。佐伯さんは『誠治さん』が良いんだね?私は…好きな人の呼びたい様に呼んでもらえたらいいや。」

「夏月さん?夏月ちゃん?夏月たん?なっちゃん?…夏月?」

調子に乗っていろいろな呼び方を提案する。

誠治きゅんに対抗して夏月たんを提案してみた。

「夏月たんとなっちゃんはナシ。夏月さんはなんか違うなぁ?…夏月ちゃんか夏月かぁ…。どちらかと言えば『夏月』かな?」

ドンマイ、夏月たん。確かに人前でそんな呼び方は30過ぎてなしだろう。

「夏月?」

「…そう言えば、あの人もあの日は『夏月』って呼んでくれた…。」

「実はそれ、スゲー覚えてる。」

嫌でも思い出す。

あの人はあんなに愛しそうに、その名を呼んでいたのだから。

そしてそれに応える幸せそうな夏月ちゃんの笑顔。

「誠治…さん?マジっすか?」

「あの時の夏月ちゃん、マジで可愛かったし…。すごく幸せそうだった。」

「煽てても何も出ませんよ?…って涙が出た…。」

ああ、また俺は彼女を泣かせてしまった。

わかっているのに、なぜ繰り返すのだろうか。

涙と一緒に、あの人への思いも流れてなくなってしまえばいいのに。


「ねぇ、もっかい『誠治さん』って呼んで?」

あの人を思い出すのではなく、俺を見てほしい。

「誠治さん?」

「夏月。もうそろそろ忘れて楽になったら?」

また泣かせてしまうかもしれない。それは分かっている。

「誠治さん、どうしたら忘れられますか?」

「そんなの新しい恋でしょ?」

「やっぱりそうなるよね…。誠治さん、そこに進めない時はどうしたら良いんでしょうか?」

「忘れられなくても、とりあえず次行っちゃえば?」

「誠治さん、それはいくらなんでも、相手の方に対して失礼ではないでしょうか…?」

「夏月、そういった恋の始まりがあっても良いと思うよ。」

身体から始まる恋があってもいいんだ。それで忘れられるなら、それで構わない。

そうは思っても、とても彼女には言えなかった。

それでは佐藤と大差なくなってしまう。

「でも、もう31だよ?誕生日が来たら32だよ?次行くならどうしても…結婚が絡んでくるんだよ?」

「夏月。だからこそ、なんだよ。」

だからこそ、俺を見てほしい。

「誠治さん…。」

彼女の瞳からどんどん涙が溢れてくる。

「夏月、あの人はもう結婚しているかもしれないよ?夏月だって言ってたじゃないか。気持ちは分かるけど、待っていても仕方ないよ。」

自分でも酷いことを言っていると思う。でも、間違ってはいない。

「でも、結婚していないかもしれない…。」

「それでも、夏月の事を思っていてくれる保証は無いよ…。」

「わかってる…わかってるけれど、どうにもならない時はどうしたらいいの?」

俺が幸せにするから。ずっと夏月のことが好きだった。今も大好きだ。

すぐに忘れなくたっていい。俺を男として見てほしい。

つい、そう言ってしまいそうだった。

しかし、それを彼女が遮った。


「ごめん。取り乱して。一回顔洗ってリセットするから。お手洗い行ってくる。」


なんとか気持ちを落ち着かせる。

戻ってきた彼女におどけて声をかける。

「今日は、俺の事『誠治さん』って呼んで。新鮮ですごく良いから。」

良かった。笑ってくれた。

「今までの彼女、皆『セージ』だったからさ、俺、実は『セージ』ってあんまり嬉しくなかったんだよね。なんかテキトーな感じがして。」

特に、「せぇじぃ」みたいな言い方をされるのが嫌だった。

生理的に受け付けない、というのがしっくりくる。

後輩と浮気している間も、元彼女(ミキ)がそう言って甘えてきていたのだと思い返すだけでも虫唾が走る。


「誠治さん、結構モテたでしょ?」

ウフフと笑いながら夏月が言う。

「まぁ、それなりには。サッカー部だったからね。学生の頃ってサッカー部ってだけでモテる風潮無い?野球とかだと坊主じゃん?

…だけど本命からは全然。俺なりにアピールしてはいるけど全く気付いてもらえない。残念ながら現在もその傾向は否めない。」

だって、俺がこんなにアピールしているのに、きみは、夏月は全然気づいていないのだろう?

「ごめん、野球部とかサッカー部とか周りにいなかったから良くわからないや。」

ちょっと意外な答えに驚く。

「そうなんだ…気付いてもらえると良いね。誠治さん、優しいし真面目だし、いい旦那さんになれそうだよね。」

彼女の評価が嬉しい。夏月にとってもきっといい旦那だよ?

「うん、結構それは自信あるよ。優しくするし、真面目に働くし、子どもも好きだし、家事も結構得意だし。まぁこういう仕事だからね。幸せにする自信あるんだけどなぁ…。彼氏としても旦那としても結構オススメだよ?」

「好きな人に気付いてもらえるといいね。」

夏月はそんな可愛い過ぎる笑顔でそれを言うのかい?

彼女が俺の気持ちに気付いていないのはわかっていたことだが残酷すぎる。頑張れ…俺。めげるな。


「…………夏月は?…夏月だってモテたでしょ?」

どうにか、立ち直って彼女にも聞く。

「私は全然。小中高とずっと女子校だったからそもそも男子と触れ合う機会が無かったし。製菓学校行って初めて出来た彼氏は…私が恋に恋して付き合ったというか…エッチを拒んだらあっという間に浮気されてた。それ以来彼氏というものとは無縁。」

サッカー部も野球部も周りにいないわけだ。

小中高と女子校というと、どこだか大方特定できてしまう。

思っていた以上に彼女は『お嬢様』と呼ばれる部類なのだと少し落ち込む。

本来ならあの人の隣が相応しいのかもしれない。

それでも…俺は諦めない。

「…初めての彼氏がそれはキツイね…。」

しょっぱい。しょっぱすぎる。

でも、そんな最低男に抱かれていなくて良かった…とも思ってしまった。

「でしょ?しかもその2人、結婚してさ、あっという間に離婚して…私をまた口説いてくるわけ。あり得ないでしょ?笑っちゃうよね。」

なんか、そんな事俺にもあったぞ…。しかも割と最近。

共感出来すぎて逆に笑えねぇ…。


「それで次好きになった人はさぁ…泣いちゃうからこれ以上は言わないよ。」

それは分かっている。もう言わなくてもいい。もう泣かないでほしい。

泣いている夏月を見ると、俺だって辛いのだから。


「夏月、もういっそ俺が幸せにしてあげようか?」

「…うん、それもありなのかな…。」

思わず目を見開いてしまった。

しかし、夏月の口からは…。

「ってダメダメ。絶対そんな事言っちゃダメ。誠治さん、いい男なんだから、自信持って。私じゃなくて、好きな人を幸せにしてあげて下さい。」

自信を持つのは俺じゃなくて夏月なんだ。

俺が好きなのも夏月なんだ。早く気付いてほしい。

もう、今言ってしまおう、そう思った時だった。


「すみません、ラストオーダーの時間なんですがご注文はよろしいですか?」

言うタイミングを完全に失ってしまった。

変な空気だ。

とりあえずグラスでロゼのスプマンテを注文した。


スプマンテはあっという間にやってきた。

会話の無いまま、でももう気まずさはなくなってまったり過ごした。

閉店の時間になったので店を出る。

「2人で4本…1人2本は流石に飲み過ぎだよな…。」

「誠治さん、私結構フラフラする…。」

先程よりも更に甘さを増した彼女の声を、夏月が『誠治さん』と呼ぶ声を聞くだけで蕩けそうだった。

「夏月、俺もだ…。」

酒だけでなく、彼女の声に酔っていた。

「あはは…よくわからないけど楽しいね。誠治さんは楽しい?」

「夏月に『誠治さん』って呼ばれるのが楽しい。」

思わずこぼれてしまう本音にも笑ってくれている。

「あはは…何それ…っひゃ!」

躓いてバランスを崩してしまった夏月ちゃんを引き寄せ、無意識に抱きしめてしまった。

鼓動が早くなる。このままずっとこうしていたい。

「誠治…さん?」

先程よりも更に甘い。甘すぎる。可愛い。どんな顔で俺の名を呼んでいるのだろうか。

見たい気もするが、このまま放したくない。自然と腕に力が入る。

彼女の腕も…俺に回される…

こんなことは初めてだ。彼女が俺を受け入れてくれようとしている。

今日はこのまま1日一緒に過ごしたい。

「夏月。一緒に…。」

一緒にいてくれないか?そう言いかけた時、彼女が急に俺の腕の中からいなくなってしまった。

同時に、声を掛けられていたことに気付く。

「セージ?」

まさか…よりにもよって…。

「セージ…何してるの?」

見ればわかるはずだ。なのになぜ話しかける。それ以前になぜここに…お前がいるんだ。

夏月ちゃんは、俺と目を合わさず、気まずそうにしている。


「ごめんなさい。私が躓いて転ばないように助けてもらっただけです。もう1人で大丈夫だから、じゃあまた!バイバイ!」

無理に笑って、走って行ってしまう。

追いかけようとするが腕をつかまれる。

「夏月!」

おぼつかない足取りなのに、あっという間に姿が小さくなっていく。

振りほどこうとするが、両手でがっちりつかまれなかなか放れない。

どうにか振りほどいた時にはもう遅く、夏月はいなくなっていた。


「あれ?あの子、勘違いしちゃった?それとも、誰かに見られたら困るような関係なの?」

クスクス笑いながらそう俺に尋ねるミキに対して、怒りしか沸いてこなかった。

「なんでそんなに怖い顔してるの?あの子をお持ち帰りするつもりだったわけ?」

腹が立つ。

「でもなんか意外。セージってああゆう飾りっ気のない子が好きだったっけ?」

「黙れ。」

もう耐えられない。

「淋しいならあたしが代わりに相手してあげる。」

「黙れ!」

「冷たいなぁ…。」

もう相手をするのも、嫌だった。

「ねぇ、眠たいからセージのとこ泊めて?いいでしょ?」

彼女は、夏月は無事に家に帰ったのだろうか?

心配だった。

「ねぇ、聞いてる?」

「帰れよ。もうすぐ始発だろ。」

「えぇ?いいじゃない?慰めてあげるからさ。」

それ以上ふざけたことを言うな。もう限界だった。

絡めてきた腕を振りほどいて、冷たく言い放つ。

「無理…。」

舌打ちが聞こえる。


そこからどうやって帰ったのか覚えていない。

いなくなってしまった彼女が心配で、何度も電話を掛けるが彼女は出ない。

それでも、心配で、不安で、いてもたってもいられなくて電話をかけ続けると、充電が切れてしまったようで繋がらなくなる。

彼女だって大人だ。

きっと帰って眠っているのだろう。

そう、自分に言い聞かせて電話をかけるのをやめた。


もしかしたら、電話がかかってくるのではないか?

そんな期待で眠ってしまうのが嫌で、とりあえずシャワーを浴びて彼女の写真の色調の補正をすることにする。


もし、あの時元彼女(あいつ)が現れなかったら、今頃俺はどうしていただろうか。

夏月はここにいたのだろうか。


いつの間にか眠ってしまっていた。





ピンポーン。

ピンポーン。。。ピンポーン。


インターホンが鳴る。

宅配業者だろうか?

飲みすぎたせいか頭が痛い。どうにか立ち上がり荷物を受け取ろうとドアを開ける。

「お兄ちゃん?うわっ…酒臭っ。」

そう言って、部屋に入ってきた2つ年下の妹、あおいは部屋の窓を開け始めた。

「引っ越したっていうから、お母さんが様子見て来いって。それにちょっと気になる話聞いちゃってさぁ。確かめたくて…え!?嘘!?本当だったんだ…。」

あおいにPCを見られてしまう。

そこに開かれているのは、よりにもよって俺と夏月ちゃんが2人で、もちろんドレスを着た姿で写っている写真だった。

彼女の困ったような表情が引っかかっている写真。

もう、ファイルを閉じることすら面倒だった。

「友達がさ、お兄ちゃんを結婚式場で見かけたって言ってたの。すごく綺麗な人と一緒で幸せそうだって。彼女いる話聞いてなかったし、人違いだと思ってたんだけど…。まさかここまでの美人だとは…。」

勝手にほかの写真も見ていた。

「綺麗だね…可愛いねぇ…お兄ちゃんにはもったいないよ…。でもなんで教えてくれなかったの?見学するなら私の職場とこに来ればいいのに。お正月も帰ってこなかったしさぁ?あ、一緒に旅行にでも行ってたの?うちに連れてきてお母さんに紹介してあげたらよかったのに…っていうか、親に紹介する前に式場の見学って、お兄ちゃん正気?」

あおいはウェディングプランナーの仕事をしている。あおい自身は彼氏はいるが予定がないそうだ。

「…彼女、付き合ってるわけじゃないから。」

「は?なにこの写真。意味わかんないんだけど?」

だよな…これを見られたのが親じゃなくて良かった。

「先輩に頼まれて…試食に行った。彼女は同僚。市場調査。」

「ああ、私も何度かそれしたわ。でもそれならドレス着る必要ないじゃん?」

「彼女、結婚する気ないらしい。仕事に生きるって。でも、ドレスは着たいからって俺に内緒で予約して1人で行こうとしてた。」

「こんなに綺麗なのに?もったいない。男がほっとかないでしょ?」

「だから、どうしても見たくてついて行ったんだって。」

「!?お兄ちゃん、この人好きなんだぁ…。だよね、この写真のこの顔は間違いないよね。」

うっかり口が滑る。

「すごくいい感じじゃん?なんで付き合ってないの?」

「彼女、俺なんて眼中にないから。他に好きな奴がいるんだよ。」

「なのになんで結婚諦めるの?相手が既婚者とか?」

「…5年前、お互い好きなまま離れてしまったんだよ。詳しいことは知らないけど。」

「そんな前の話ならどんどん押したらいいじゃん?なんでぶつからないわけ?」

「頑張ってはいるよ。でも、眼中にないんだって。もし、あの人が現れたら俺はとても敵わない。」

「なに?相手も知り合い?」

「ああ。まず基本のスペックからして天と地ほどの差があるしな…。」

「ふーん。それで彼女、この写真は困った顔してるんだね。でも、押したら行けそうな気がするよ?お兄ちゃんと写るの嫌そうじゃないし。」

「だから今じわじわ攻めてるの。少し前と比べても結構手ごたえがあるんだけど…未だに彼を思い出して泣いてるからね…って、思い出させて泣かせてるのは俺なんだけど。」

「うわぁ。切ないねぇ。思い出させてって…まったく何やってるの?」

はぁ…あおいが呆れてため息をつく。


「このまま、あの人が現れなければ…時間かければどうにか…って、俺はあおいになんて話をしてるんだ!?」

「そっか。頑張ってね。お母さんたちには内緒にしとく。友達にも口止めしとくから心配しないでね。その相手の人、現れないといいねぇ。もしうまくいったら絶対紹介してよ?」

「分かった。でも期待するな。」

「うん、お兄ちゃんが結婚なんて言ったらこっちにとばっちりがくるから期待はしないよ。最近、お父さんもお母さんも私に人の世話ばかりせず自分のこともどうにかしろってうるさいの。お兄ちゃんがそういう人連れてきたら余計うるさそうだから…まさか私より年下じゃないよね?」

「あおいも頑張れよ。彼女、夏月ちゃんは俺と一緒。そこんとこは安心しろ。」

「良かったぁ。年下だったら大変なことになってたよ。夏月さんかぁ…。」

それじゃあ、友達との約束があるから、そう言ってあおいは帰って行った。






気付けば夕方。夏月ちゃんはどうしているだろう。

電話をかけようか迷っていたところに彼女からの着信。

もちろんすぐに取る。

『もしもし…何度も連絡もらってたのにごめんね…寝ていて気付かなかったよ…。』

「ちゃんと家で寝てた?すごく心配したんだよ?」

『ごめんなさい…。もちろんちゃんと家で寝てたから。急に帰ってごめんなさい。』

「フルボトルで1人2本空けた後だよ?足取りもおぼつかなかったし、ふらふらしてるのに…しかもまだ暗い時間にそんな状態で1人で帰るのは危ないでしょ?家に帰れてるかどうかも不安だったし。追いかけようにもあっという間にいなくなっちゃうし、電話も全然出ないし、充電切れて繋がらくなっちゃうし。本当に心配したんだからね?もう勝手に帰らないでくれる?約束してよ?」

『そんなに心配してくれてたんだね…私なんかの為に…。』


なんで、そんなに自分に自信がないんだろう。夏月ちゃんだからこんなに心配している事に、なんで気付いてくれないんだろう。


少しの沈黙の後、彼女がおそらく勘違いしていたことを思い出す。

「あれ、昔の彼女。あんまり会いたい相手じゃ無かったから夏月ちゃんには一緒にいて欲しかった…。」

彼女の声が少しだけ明るくなる。

『そうだったんだ…なのに、勝手に勘違いして帰っちゃってごめんなさい。』

「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ?」

声が少し明るくなっただけで嬉しくなり、つい意地悪を言ってからかってしまう。

『ごめんなさい。次から気を付けるから許して~。』

「じゃあ、また『誠治さん』って呼んでくれたら許してあげる。」

『うふふ…そんなに気に入っちゃったの?もちろんいいよ。誠治さん。』

「まだまだ。簡単には許さないよ?」

『えぇ?誠治さんの意地悪。』

「そういうこと言うわけ?」

『ごめん。誠治さん。』

「………。」

『誠治さん?』

「………。」

『誠治…さん?』

「………。」

『佐伯誠治さーん?聞いてますか?』

「いやいや、それは違うって。」

『誠治さん、どう違うんでしょう?』

そんなくだらない会話を10分ほど繰り返しただろうか。

「もういいよ。ごめんね。おかしなこと言って。」

『ううん、良くわからないけど楽しかったからいいよ。また明日ね。』

「うん、また明日。」





翌日、出勤して顔を合わせた途端、夏月ちゃんに謝られた。

「あの…昨日は本当にごめんなさい。私の勘違いで…勝手に帰っちゃって、それですごく心配してもらったこと。」

なんだかすっきりした顔をしている。元気そうで何よりだ。

「いいんだよ。もう謝らないで。夏月ちゃんが無事だったらそれで良いから。」

自然とこぼれた俺の笑顔に、彼女もにっこり笑って返してくれる。

その笑顔のせいで、やる気も出て、仕事もずいぶんはかどる。


「ねぇ、誠治さん。」

思わず動揺してしまう。ドキドキする。

悪戯っぽい笑顔を浮かべた彼女が俺を見つめている。

「な…夏月ちゃん?ここでは…ちょっと。恥ずかしい。」

すごく嬉しいけど。ドキドキしすぎて仕事どころじゃない。顔が熱い。

「って呼んでみただけ。なんでそんなに恥ずかしがるの?」

「だ…だってさ、ほら、また北上に聞かれたらさ、面倒じゃない?」

どうにか誤魔化すが、そうだね、そういう彼女の顔が少し残念そうだった。


それから2人でいつも通り、真面目に仕事をこなす。

調子がいい。順調に仕事を勧めていく。来週からは俺たちだけは無く、ギャルソンの山田が入ってくる。夏月ちゃんと2人で仕事をするのも次の休みまで。仕事の合間に指導方針を相談しながら、時々なぜかパティスリーから関さんまでやってきて、いろいろ確認している。

そうして、どんどん時間が過ぎていく。

そして、明日は2月28日。

最後の2人きりでの仕事を楽しもう。

相変わらず中途半端ですが、第2章はこれで終わりです。

次回より、第3章となります。

佐伯君のギャルソン時代、彼を必ず指名していた、夏月の忘れられない「あの人」こと蘇芳さん視点のお話をお送りする予定です。

若干のかぶりはあるものの、佐伯君程は話がかぶらない予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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