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とある二人の共通点

「なぁ」

 そう俺が水瀬に声をかけてのは、棚町に会った日の放課後だった。彼女は足しげく俺のところに通った。そして、ドバーッとお喋りをして去っていく。変わったやつで、いつも変わらない奴だった。多分、これからも変わらないのだろう。永久に彼女はこのままである。

「なんですか先輩。 ついに私に愛の告白をするつもりになったんですか?」

「ねぇよ。 一生ねぇよ」

「一生だなんて酷いっ! いつか、一生懸命で健気な私に惚れてしまう日が来るかもしれないんですよ」

 彼女は両手で握りこぶしを作って頬をふくらます。あざとい、とでも言って欲しいのだろうか?

 それでも、あざとくとも、そうでなくても、そういったポーズの彼女は可愛かった。一見クールそうな見た目の反面、少し可愛子ぶって見せるだけでギャップ萌えがキュンキュンである。

 ただ、そんなことを感じても、決して彼女にその意思は伝えない。言ったら調子乗りそうだし。

「……この前言ってたさ、お前が俺に絡む理由、聞いていいか?」

「なんですか、藪からスティックに」

 腕を組んだ彼女は鼻をフンと鳴らして見せた。俺は何も言わずに背もたれに全体重を預ける。木がギギギと怪しく音を立てる。ゲゲゲではない、があちらも怪しいのは変わりないが。ただ、目の前にいる彼女は俺にとってみれば妖怪のような存在だった。

 互いに無言のまま、目と目が交差する。目と目が合う瞬間、好きだと分かるわけでもなかった。

 好きになっているならとっくになっているのであろう。ただ、俺にとって水瀬零というものは、趣味が合っていて尚且つ薄気味悪い奴なだけである。そこに何かしらの特別な感情が芽生えるという確率はずいぶん低いように思えた

 しばらくどちらも口を開かなかった。何かしらの達人同士の立ち合い時、先に動いた方が負けると言われている。多分、俺たちの今の状況も似たようなものなのかもしれない。

 時計が無機質な音が耳につく。コチリ、コチリ、と決められた速度で回っていく。人という生き物は時計に似ている。なんとなくだが、そう思った

「……そうですね、先輩。 遊びに行きましょう」

 先に言葉を話したのは水瀬だった。しかし、彼女の話す言葉の意味がよくわからなかった。

「はい?」

「言っていることがわかりませんか? ……では言い方を変えましょう。 先輩、デートに行きましょう」

「いや、ますます意味がわかんねーから」

 あまりのわけのわからなさに自分の頭を掻きむしる。

「いいじゃないですか。 私、今見たい映画があるんですよ」

「知らねーよ、友達と行けよ」

 俺がそう言うと、水瀬は俯く。艶々とした黒髪がさらりと揺れ、滑らかなうなじが露わになる。

「……先輩」

 彼女が発した声は、少し震えていた。その弱気な声に喉の奥の言葉が打ち消された。

「……私に友達とかいると思うんですか?」

「……いるんじゃないのか?」

 事実、俺はトモダチもしくはクラスメイトと仲良さげに歩いている水瀬をなんどか目撃している。

 しかし、彼女の言いたいこともわかる。彼女は周囲に押し付けられたキャラクターを演じながら学園生活を送っているのだ。見たい映画がそのイメージに合っていない場合、水瀬はそれを見ることができない。

 水瀬零という人物は、かなり自分の意志が薄い。空気を読み、周りからの憧れをくみ取り、生きてきた。

 それと対照に、俺は――。

 ゆっくりと時計の針が回転する。消え入りそうな音を立てながら、時計は世界を刻む。

 顔を上げた水瀬の目がこちらを向いていた。なんとなく気まずくなって俺は目を背ける。誰も何も話さなかった。

 きっと、自分をさらけ出せる人間とどこかへ出かけるということは彼女にとって必要なプロセスなのだろう。その人間になぜ俺が選ばれたのかは教えてはくれないが、選ばれた手前、俺はその役割を果たさなければいけないのだと思う。結局は、俺と水瀬はその点で似ている。

 相手からの憧れや期待を勝手にくみ取り、勝手に答えようとする。

「……付き合ってやるよ、映画」

 なんとなく恥ずかしくなって、頬をポリポリと掻きながら、目を逸らしたまま、俺は言った。

 それを聞いて、彼女は華が咲くような満面の笑みを見せる。氷点下のお姫様には似つかわしい、とても優しげで、自然で、素敵だった。

自分の胸の奥の方で何かがあふれて、なにやら生温かい液体で満たされていくのがわかった。いつの間にか、俺の頬も緩んでいた。


 しかしながらよくよく考えてみると、休日に水瀬のような目立つ奴とどこかに行く、というのは自分にとってはあまり好ましくないように思える。

俺は、学園生活を静かに過ごしたい。目立ちたくない。噂や内輪もめの渦中に入りたくない。水瀬といることによって今のこの立ち位置が変わり、もっと明るくて騒々しいところに連れ出される結果になるとしたら、俺は彼女との繋がりを断つことができるのだろうか。


「うはぁ、先輩とデートかぁ……」

「あ? デートォ!?」

 もじもじと体をくねらせ始めた水瀬が変なことを言うことから、素っ頓狂な声が出てしまった。

「もう、いきなりうるさいですよ」

「……お前が変なことを言うから悪いんだ」

「だって事実じゃないですか」

 そう言ってはにかむ彼女。不覚にも可愛いと思ってしまった。いや、可愛いことは可愛いのだ。だがいつもは綺麗系と言う方が正しい。

 そういう風に思われるということが、水瀬にとってはコンプレックスなのだろう。周りの期待に流されて思うように自分を出せない。そんな自分が嫌なのだろう。

「何着ていこうかなー、何着ていこうかなー」

 水瀬は手を組みこれまた体をくねらせながら言う。訝しげな視線を送っては見たが、彼女はそれに気づいてもニコッと子供のような無邪気な笑顔を見せるばかりだった。

こっちを見ながら言わないで欲しい。服のことなどは俺に聞かれても困るのだ。

「……ゴスロリでも着て来いよ」

「うへぇ、先輩そんな趣味なんですか」

「別に適当に答えただけだっつの。 そう、言うならばジョークだ。 杉村ジョークだ」

「全然説得力がないですね……」

 水瀬はうふっと笑って見せた。

「……まぁ、着て行ってもいいんですけど、そうなったら先輩が恥ずかしみを受けることになりますよ」

 本当に冗談で言ったつもりだった。持っているのか、ゴスロリ服。

「それは置いておいてさ、いつ行くんだよ」

「お、結構ノリノリなんですね」

 水瀬がいい笑顔で言った。いい笑顔すぎて少しイラッとくる。

「で、いつにするよ」

「いやー、先輩に楽しみにしてくださっているのですね。 不肖水瀬、少し感動してきました」

「それはそうとして、いつにするんだ?」

 会話が噛み合っていない。

 ちなみに、この間、俺は笑顔を絶やさなかった。照れというものを隠すのに全力で笑顔を保つのは丁度いいのである。

「……ちょっとその笑顔が怖いですね」

「次の日曜とかどうなんだ」

 そう言うと、水瀬は鞄から真っ黒い手帳を出してペラペラとめくって見せた。

「あ、大丈夫ですよ。 全然空いてます。 ぶっちゃけ暇、ですね」

「やっぱお前友達いないのか……」

 憐れみの目で彼女を見てしまいそうになる。……いや、俺も友達少ないし、結構暇してるけどさ。

「ふっ、いつから私に友達がいると錯覚していた?」

「……水瀬、あまり強い言葉を使うなよ。 弱く見えるぞ」

 一瞬見えたんだ。ほとんど何も書かれていない予定表のページ。

「先輩、もしかして手帳の中身見えちゃいました?」

「あぁ、見えた」

 そう、と呟くと水瀬はうふふふふっと笑いはじめた。

「そうなんだ、見ちゃったんですね」

少し様子がおかしいように振る舞う彼女の口は妙に歪んではいたが、目が笑っていなかった。

「意外と綺麗な字だったな……」

 実際は字などは見てないのだが、ここは乗ってあげるのが優しさというものだ。

「そのきれいな字で書かれているものを見ちゃったんだ」

 今やっていることを説明すると、内輪ノリというものである。元のネタを知っていないと楽しめないというアレである。普段なら水瀬の振ってくるそういうアレはスルーするのだが、今日は少し乗ってあげよう、そう思ったのである。

「先輩、実は私、猫かぶっているの!」

「ナ、ナンダッテー」

 自分でもひどいと思うほどの棒読み加減である。その点についてはかなり熱の入った演技をしてる水瀬がすごいと素直に思った。こういうことをするのが恥ずかしくないのなら、普段も素でいればいいのに、とさえも思う。

「先輩。だからこのことは秘密にしてくださいよ」

「このことは誰にも言いません、水瀬さんは裏表のない素敵な人です」

 一連の流れに満足したのか、水瀬はうふっと嬉しそうに笑った。台詞を先回りしていったことについては許容範囲らしい。

「先輩、ご褒美として胸でも触ってくださいよ」

「お前へのご褒美になってるじゃねぇか……」

 いや、俺にとってもご褒美ではあるけれども、文脈的に何かおかしい。


「あ、そういえば知ってます? 学校の裏山に神社があるじゃないですか」

 そう、俺たちの学校の裏には山がある。小さいものだが列記とした山らしい。どちらかと言えば丘と言う方が近いのだが。

 そして、そこにはこれまた小さい神社がある。俺自身としては一度も足を踏み入れたことはないが、生徒の間ではそれなりに有名らしい。なにやら、恋愛の神様を祀っていて縁結びにいいらしいとか。

「そこでですね、なんと初恋の味がする飲み物が買えるらしいのですよ」

「ほぉ、初恋の味……」

 頭の中に浮かび上がるのは甘酸っぱくて刺激的な味、多分CCレモンみたいな感じではないのだろうか。というよりどこかの作品でみたような……。

「㏄レモンじゃないですよ」

「なんで俺の頭の中がわかったんだ!?」

 素直に怖い、あと怖い。

「いやー、先輩の考えていることなんてお見通しですよ」

 そう言いながら頭をガシガシと掻く水瀬、禿げればいいのにと思う。

「でね、先輩。 今日暇ですよね?」

 人差し指をこちらに向ける彼女。そのポーズは差し詰め名探偵のように見える。

「指を人に向けるな、指を」

 指を手で包み込み、横へと逸らす。

「あっ、先輩の指……。 温かい」

「キモい」

 水瀬はぷくーっと頬を膨らせる。なんとなくそれを突きたくなった。

「釣れない人ですね、先輩は。 女子に空気読めないとか言われませんか?」

「それ前も言ってたぞ」

「デジャヴですね」

 そう言うと、彼女は首をかしげてニコーっと笑った。

 本当、笑いのツボがわからない人である。この年頃の少女は何をしても笑うと何かで読んだ気がするが、もしかしたら本当なのかもしれない。

「で、先輩今日は暇ですよね?」

「……特に予定はないけど」

 話を逸らしては見たがどうにも誤魔化すことはできなかったらしい。

「じゃあ、その神社に行きましょう!」

 それきた。ただ単純な話、俺は彼女と一緒にこの時間帯の神社に行きたくないのだ。今の時間帯、同じ学校の奴がうようよいることなのだろう。その事は俺にとって都合が悪い。あの神社が有名になったのは最近のことであろう。俺は意外とクラスの話を聞いている。俺が覚えている限りでは神社の話題はでてないのだ。

「別にいいよ」

 断れない。いや、断ってもよかったのだが、なんとなく断れなかった。今日は、もう少しだけ、水瀬と馴れ合っていたいと思った。

そして、俺は彼女との馴れ合いを失いたくないと思っていることに気づいた。

「え?」

キョトンとした顔で水瀬は俺の方を向く。この返しは予想外、と言ったところらしい。自分でも、少し間違えたと思った。もうちょっと渋らないと水瀬はきっと調子に乗る。

「先輩、やっぱり今日行くのは止めましょう」

 顎に指をあて、むーっと唸ってから彼女は言った。

「あ? なんでだよ」

「いやー、先輩が何もなしにデレるなんて絶対今から雨が降りますよ」

 うんうんと頷きながら水瀬は言った。

「嫌な奴、行ってやんねぇぞ」

「そのまま、嫌な奴嫌な奴って連呼しながら帰りますか?」

 にやりと笑って彼女は言う。

「まぁな、でもうちは麦茶じゃなくてほうじ茶なんだ」

 俺もにやりと笑った。

「それは残念ですね」

 俺は鞄を持つと、立ち上がった。

「ほら、行くんだろ?」

 彼女はうーん、と唸りながら首を捻った。

「……そこで悩むなよ」


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