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ボーイミーツガール

 いつからかテレビの向こうに、夢を持てなくなった。0と1によって繋がった画面の先には面白みもなにもない現実しか存在しないことに気づいてしまったのだ。

 覚醒した頭は映る景色をすべて灰色に変換させた。俺はもう夢の住人ではなかった。見るべきものはあざやかな夢物語ではなく苦々しいリアル。大人になるということはこういうことなのかも知れない。

 そう、どんな物語にも終わりがある。子供の自分が主人公の話はもう終わり、ワクワクドキドキの冒険心はもう捨てなければならない。汚くて卑怯でいやらしい、そんな自分がもうそこにいる。心の底で息づいている。

 そのことを悟ったのは中学校卒業したてのことで、俺は夢から覚めた代わりに夢を決定した。どうせ夢を見られないなら、夢を与える側になりたいのだ。自分には特別なことなどなにもない。それでも誰かの夢に関わりたいのだ。夢を見ない代わりに誰かに夢を見せられるなら、それでいいのだと俺は思った。




 その日の窓の外の風景はすっかり秋だった。赤、黄、茶、と色とりどりに染まった葉々は風に吹かれるとそれが決まっていたかのように宙へと舞い、夕焼けの中へと溶けていく。

 自作小説のアイディアやプロットを書いたノートも二冊目も突破した。夢を定めてからもう一年半経った。しかし夢へは全く近づけていない。焦りはない、初めから叶うとも思ってない。夢なんてそんなものだ。

 そう思っているが、別に自分はリアリストを気取りたいわけではない。ただ、冷静に俺と言う人を評価しているだけだった。才能がない、のである。


 今日はいつも以上に寒い。こんな日は後ろ向きに考えが進む。もしかすると、今年は早く冬が来る年なのかもしれない。冬が早く来るということは春が来るのもきっと早いのだろう。

 しかし寒い日というのはやけにトイレが近くなる。それが何故なのかをよく知らない。知る必要もないのだろう。そんな人体の構造だとか神秘だとかわけのわからないことは理系に任せてしまえばいい。俺は文系だ。おとなしく筆者の気持ちを考えておくほうがマシ、というより妥当な感じと感じる。

 とにかくだ、今日はもう用を足して帰ろう。どうにも寒い日というのは手がうまく動かせないのだ。それにもうすぐぬるい温度の暖房だって切られてしまう。

 経費削減、らしい。学校としても予算はカツカツなのだろう。我が校は公立である。

 さて、家に帰ったら何をしようか、と考えてはみるが、書いていた小説の続きを書くことを忘れてはならない。あれは今月中に完成させる予定なのだ。

 机の上のノートを閉じる。自分以外誰もいない教室に椅子を引く音が響き、よりいっそう一人であることを実感した。教室を出ると廊下の向こうに誰かの姿が見えた。女の子だ。スリッパの色からみるに一つ下の下級生である。

 こんな時間、上の学年の教室近くにいることというのはどういうことなのだろうか。俺は少し首をかしげたが、とても気になるというほどのことではない。別にその下級生とは知り合いでも何でもない赤の他人だ。ただすれ違うだけだ、何事もなく。

 そう、視線を交わすこともなく俺たちはすれ違う。肩ぐらいまでのショートカットからは女子特有の甘い香りがした。

 特にこの時には何も感じなかった。運命めいたこととか、物語が始まりそうだとか、物語の中にいるみたいだとかそういった類のことは何も。だけど、思い返してみるとやはり彼女との出会いを描くとしたらここからになるのだろう。まるで物語の中のような出来事が始まったのだ、あの日あの場所で。



「何してる!?」

 トイレから戻ってきた俺の目に始めに飛び込んできたのは、先程の女が俺の原案集をやけに真剣な目で蹂躙している姿だった。そして、自分が予想したよりも大きな声で怒鳴ってしまった。それも年下の女の子にだ。

 威圧感、なんてものは自分からでてないと思うが、それでもかなり驚かせたことには違いなかった。肩ぐらいまでのショートカットの女の子がとれてしまうかと心配なぐらい早く頭をあげたのだ。

 やはりというか、手に持っていてのは俺の原案の詰まったノートだった。少女の、先程すれ違った少女の切れ長な目と視線が合う。その顔は一般的な部類分けをするならば綺麗系美少女といったところだった。

 ……が、個人的な印象としては最悪だった。勝手に人の大切なものを見るような女だ。その真っ直ぐに通った高い鼻も、血色がよくて触ると弾力のよさそうな唇も、サラサラで綺麗なその髪の毛も、すべてが気に障るぐらい最悪である。災厄であるくらいに。。

 俺は彼女の前へと足を進めた。意識しなくとも足音は荒々しく鳴らされ、苛立ちを隠せなかった。まともな教育を受けていないのか、親の顔が見てみたい、とお決まりの台詞で罵りたくなるぐらいに最高にプッツン状態である。

「返せ」

 俺の席の椅子に腰を落とした女の子を見下ろす。じろりと一睨み、間近に彼女の顔が来る。切れ長なその瞳、形のいい眉は少しも動かなかった。ただ、何を考えているかなんてわかりそうにもない黒目が俺を見つめていた。

 ──もしかして、睨まれているのだろうか?確かにこちらも一睨みきかせたが完全に悪いのは目の前の下級生である。しかし、ただ一点の曇りもない目で俺を見てくる。その目に俺は威圧感さえも感じていた。

 しかし、俺のそんな心配は無用だった。瞬きを一瞬に何回もするのを合図にしたかのように少女は口を開いた。

「すいませんでした、勝手に見たことに対して怒っているのですよね? それに関しては本当にすいませんでした」

 彼女が差し出したノートを見る。原案集と汚い字で書かれた表紙、やはり俺のノートだ。俺は黙ったままノートを受け取る。パラパラとページをめくり何も変わってないことを確認する。

「考えてみたら私が軽率でした。 普通、人が大事にしているものを黙って見たら怒るのも当然ですよねー。 私だって両親に日記帳見られたら嫌ですもの」

 あっけからんとした様子で喋りだす下級生、その舌はよく回った。

「まぁ、そうですね……。 一つ言い訳をするのなら先輩のそのノートがすごい魅力的だったということですかね。 原案集、だなんて素敵タイトルは、学校でほとんど見かけませんからね。 こんなのは猫の前にマタタビを置いて待て、とやっているようなものですよ」

 と、彼女はニコッとしながら言った。馬鹿にしているのだろうか。自分が小説を書いていることを知ってからかっているのだろうか。しかしその様子は全く馬鹿にしているような感じではなかった。

「ちらっとしか見てないですけどあれです。 三つ目の話が私的には一押しですね。 宇宙人と人間の恋愛! 私、宇宙とか未知の生物が結構好きなんですよ。 浪漫を感じません!?」

 どことなくクールな印象を感じていたがどうやら中身はお喋りな性質らしい。話している最中も一瞬のうちに何回も瞬きを繰り返している。どうやら彼女のくせらしい。

「すいません、ちょっと喋りすぎてしまいましたね。 ……先輩、先輩の──」

「悪い、もう帰るんだ。そこどいてくれ、俺の席なんだ」

 言葉をさえぎって俺は言った。お喋りなクール系美少女に絡まれるのは悪くはないがもっと別のシチュエーションがいい。第一、人のものを勝手に見る奴なんかと絡むのは御免だった。

「……わかりました」

 少し唇を尖らせる女の子。どこか不服そうな様子だったがすぐに椅子から立ち退いてくれた。すぐに中から必要な分の教材を取り出す。隣で下級生が何か言いたそうにしているが無視である、触らぬ神に祟りなしである。

「先輩、先輩って小説書いてるんですよね?」

 純粋な目をした女の子が俺を見て言った。俺は教材を入れ終えた鞄を持ち、立ち上がった。

「だったらなんだよ」

 素っ気なく無表情に答える。ここで変に話に乗ってしまったらまた言葉によるお喋り攻撃をくらってしまうと思ったのもあるが、ただ単に不機嫌だったから、というのもある。

「……先輩ってノリ悪いとか言われません?」

 期待した答えじゃなかったのか、女の子は眉をひそめて俺を見る。俗に言うジト目というやつだった。今この状況としての目標はこの目の前の下級生女子を振り切ってさっさと逃げることである。さっきの俺の対応はよかったものだろう。

「じゃ、帰るから」

 話にも乗らずに俺は彼女に背を向けた。そのまま秋の夕陽がさす教室から出ていく。完璧だ、これで彼女から逃げられる──はずだった。

「先輩!!」

 廊下に出た俺を後ろから呼ぶ声がする。振り向かなくてもわかる。さっきの女の子だった。

「先輩! さっき私が言っていた話のこですけど! もし、書き終えたら私を読者一号にしてください!」

 後ろから駆けてくる音と一緒に声が聞こえた。

「私の、私の名前はミズセレイです! ミズセレイと言います! だから、約束です!」

 何がどう約束なのかはわからない。彼女の言っていることもわからない。だから、俺は何も言わず、振り返らず、そのまま帰ったのだった。


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