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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほろにがチョコレート

作者: Yucca

 街がなんとなくピンク色にラッピングされる日、バレンタイン。

 俺はちょっとむしゃくしゃしながら、夕方の街を急いでた。

 急がないと、営業始まっちまう……始まってから配達しても怒られはしないだろうけど、やっぱあんまりしたくはない。

 俺の仕事は酒屋。

 昨今の駐車違反への罰則が厳しくなってから商売あがったりだ。

 俺んとこの酒屋のお得意さんは駐車場の少ない繁華街がやっぱ多くて、おまけにいちいち駐車場に止めてたんじゃ、やっぱ不便だし利益も上がんなくて。

 最近は、繁華街近くの親戚の家の庭に停めさせて貰ってそこからは台車で一気に運んでる。

 年いってガタが来てる親父に無理はさせたくないし、ともっぱら繁華街への配送は俺の役目。郊外への車への配送は親父で、店番はお袋っつー典型的な昔ながらの下町の酒屋だ。

 それを不満に思ったことはない。

 いや、ないっつったら嘘になるかな……でも仕事はやりがいあるし、体動かすのは好きだから、別にいい。親父も頑固者だけど、折れるトコは折れてくれるし、親子だから思いっきり言い合えるから、大もうけはしてないけど店もなんとかやっていけてるし。

 ただ、なぁ……お袋や近所の口さがないばあさん連中にもよく言われるんだけど、結婚しろって。でもそれは俺にはできそうもない。

 俺がいいな、抱きたいな、付き合いたいなと思うのは、皆同性、男ばっかだから。

 女が嫌いなわけじゃない。かわいいな、いい奴だなとは思う。

 でも裸見て勃つか? って言われると自信がない……いやきっと無理だな。

 今まで商工会の温泉旅行でストリップ見に行っても、仲間に借りたエロゲーやってもエッチィ雑誌の袋とじ見ても勃ったことないし。

 女には友情とか庇護欲とかしか浮かばないな……

 その庇護欲が性欲にもなるんだ、と俺の性癖カミングアウトしてる唯一の友人は言うけど、俺の場合、女の人に感じる庇護欲は子供に感じる庇護欲と変わんなくて、性欲にはつながりそうもない。

 いっそ、男が好きなんだって言って歩けたらいいんだろうけど、店の営業に影響出るかな……とか、親に泣かれるだろうな……と思うと言えない。

 そして隠してると、なんでも筒抜けの下町じゃ大っぴらに出会いも探せなくて。

 俺は今日も、嫁の来ない三十路の酒屋のたっちゃんでいるしかないんだった。

 そんな中でも恋人がいないわけじゃないから、昨日まではそんなにあせってはいなかった。

 ただ結婚の心配とかしてくれる親とか近所の人に、嘘ついてるのが申し訳ないなーって良心が痛んでただけで。

 でも、今日俺は五年付き合ったやつと別れた……

 ゲイの世界だと五年の付き合いって長いと思う。

 いや普通の男女でも長いよな、五年って。

 こういう地方都市でもゲイの溜まり場ってあるもんで、俺は専門学校出て家継いだ二十歳の頃、その店を知ってから、ずっと月に一・二回ペースで通ってた。

 最初は若いしちやほやされて、一晩のセックスだけの付き合いとか散々やった。

 エイズが騒がれだした頃だから、セーフセックスとかは気をつけてたけど……でもそのまんま咥えちゃったりとかしてたから、うつってても不思議はなかったかも。

 数年そんな生活をして、このまんまじゃダメだなってまじめに恋人作って本気の恋愛しようって思って、エイズ検査したり、店に行くのやめたり、俺が尻軽だってばれてる店での出会いじゃなく、新しい出会いだ! とネットでこっそり買ったゲイ雑誌の文通欄に文章載せて見事玉砕かましたり、ゲイの出会い系にメアド載せたらセックスのお誘いとスパムメールばっか着てメアド変えるはめになったり……阿呆な試行錯誤を繰り返して、やっぱ店に戻ってでも大人しくしてた。

 アイツと出会ったのはそんな時。

 アイツは他所から転勤で来たサラリーマンで、俺より五つ年上だった。

 出会ったときのアイツと同じ年になった今思えば、さほど大人ってわけじゃないってわかるけど、二十四の俺には年上で頼れる男で。

 メロメロになってもうがむしゃらにアタックした。

 大学生みたいな若くて細いのが好きなアイツには、二十代半ばで筋肉ついてて身長そこそこの俺はあんまり好みと違ったみたいだし、最後は泣き落としになってた。

 俺はネコでもタチでもどっちでも良かったんだけど……アイツがタチしかしないっていうからネコやってた。

 アイツの言うがままで、できるだけ都合つけて、あわせて。

 んで結局転勤と一緒に捨てられた。

 俺は……仕事も親も捨ててアイツについてなんていけなかったし、アイツも俺がそうするなんて思ってなかったと思う。

 ちらっと考えなかったと言ったら嘘になる。でも、無理だって思ってた。

 それでもまだ好きで……だから引越しの手伝いに行った。

 ついてはいけないけど、でも……みたいな心残りというか下心もあって。

 そこで見たのは、アイツの新しい相手。

 四月から大学で、その大学はアイツの転勤先と同じなんだって。んで一緒の部屋に住むんだって。

 しどろもどろの説明。おまけに俺の事『元恋人』じゃなくて『よく行く酒屋さん』だってさ。

 それってさ、転勤もいきなりじゃなくて、前から決まってて、その子はそれに会わせて受験して受かって、んで俺はその間二股かけられてたって事だよねぇ。

 あんまりにも馬鹿にした話で、俺は何も言わず引越しの手伝いもやめて帰った。

 未成年相手だろ。淫行で捕まっちまえ!

 むしゃくしゃして、海岸まで車飛ばして一時間位泣いて。

 腫れてしまった瞼を冷やして、仕事に戻った。

んで、そのまま店にいるとやっぱお袋親父に様子おかしいのばれるかな、とさっさと配達に出て今に至る。

 あームカつくムカつくムカつくー!

 引越しの手伝いいくまでは、切ない悲しさだったのに、そんなのどっかへ吹っ飛んで、馬鹿にされた愛されてなんかなかったという憤りだけが心に渦巻いてる。

 俺の五年ってなんだったんだろ。

 俺は対等な恋人同士って思ってたのに、玩具にされてただけだったのかな。

 ひどく惨めでなんか自分が世界で一番かわいそうな奴な気分だった。


「毎度お世話になってます~高田酒店です~」

 八の字眉毛になりそうな心を押し隠して、のほほん笑顔と少し間延びした挨拶で俺はお得意さんの一つ、ホストクラブ彩に入った。

 開店する前にって思ったけど、時間ぎりぎり。

 いつもはバーテンさんしかいないのに、もうホストの人が店にいた。

 バーテンさんに促され、配達した品を運んで伝票をおいていく。

「ご苦労様」

 声をかけられ、顔を上げるとそこには見たことない位の美人さんがいた。

 スーツ着てるんだから、ここのホストなんだろうけど……なんていうのかホストっぽくない。お水の人っぽい仇っぽさはあるんだけど、安っぽくないって言うか。

 その辺でよく見る長髪チーマー崩れと違って。

 見たことないけど銀座ホステスのホスト版みたいな。

 来てるスーツもやけに高そうなオフホワイト。でもヤクザみたいな白のダブルのスーツに黒のシャツとかじゃなくて、シャツもこげ茶で、ネクタイは落ち着いた黒に地模様。

 ちらっと見えた腕時計はフランクミュラー。

 いかにも~な時計じゃないのが、なんかちと格好いいなぁ…と、福引の残念賞のスポーツメーカーのリストバンド(しかもボロボロ)をしてる自分の手がちょっと恥ずかしくなって、思わず後ろに隠してしまった。

「寒い中いつもすみませんね」

「仕事ですから。運んでるとあったかいし」

 どきまぎしながら答える。

「酒瓶って重いですよね、僕も仕事終わると腕だるいんですよ」

 ふらふらと振って見せられる手。

 な、なんだろこの世間話は。

 今までこの店来てもバーテンさんとマネージャーさん以外と話なんてした事ないぞ、俺。

 そうと惑いつつも、客商売の悲しさ、愛想良く返事してしまう。

「はは、俺も仕事終わると腰痛いです」

「あーですよね。あ、これあげます。意外と効きますよ。ただし匂いがすごいんで、出かける前は気をつけて」

 そう言って手渡されるチョコレート色の小さな入れ物。

「え、なんですかこれ……」

「タイガーバームです。知りません?メンソレータムみたいなの」

「メンソレータムは知ってますけど」

「そんな感じ。ほんとに効きます。ま、バレンタインチョコ代わりにどうぞ。って男からもらってもって感じですけど」

 いたずらっ子のようにウィンクされると、どぎまぎした。

 きっと俺、今どうしていいかわかんない子供みたいな顔してるんだろうな。

「オーナー! いい加減ミーティング始めますよ」

「はいはい、今行くね」

 俺と同い年位なのにオーナーなのか。なんかすごい。

 やっぱオーナーになる人ってなんか違うんだなぁ……

 俺のそばを離れていくあの人の後姿に俺は慌ててお礼を言った。

「あ、ありがとうござます」

「どうしたしまして~」

 にっこりと返された笑顔が心に残った。

 俺の心はほんの少し、軽くなって次の配達先へ向かう足も少し前向きになった。

 バレンタインに浮かれた街が少しきつくなくなって、単純な自分の思考回路に苦笑した。



「オーナー……純朴そうな青年ひっかけないでくださいよ。かわいそうだし、店の利益にもならないし」

「だってね、捨てられた犬みたいな顔してたんだもん。思わず撫でたくなるだろう?」

 客が入ってにぎやかになりだした店の奥、警備用監視カメラでホスト達の仕事振りを見ながら、マネージャーと先ほどの青年オーナーは事務所でこそこそ語り合っていた。

「だからってねぇ……一般市民を毒牙にかけないでください。貴方がバイでも向こうがそうだとは限らないんだから」

「あ、それは大丈夫。あの子ミサキに入るの見たことあるから。ゲイだよ」

「わかってたから声かけたんですか……」

 呆れた、とマネージャーが小さく呟く。

 オーナーとマネージャーは元は同僚ホストだった。

 彼が店を出すとなった時、引き抜かれ元サラリーマンで経理していた経験をかわれマネージャーになったが、やんちゃだったホスト成り立ての頃のオーナーも知っている。

 そんなわけで気心が知れている。

「そう。だってさ僕がゲイバーのミサキに行くわけいかないもんね。噂が広まったりしたら、商売上がったりになっちゃう。だからさっきあの子見かけてラッキーこれは出会いのチャンスって思って。好みのかわいい男の子と鉢合わせする可能性って中々ないしさ。と、言うわけで次の酒屋の配達はいつ?」

「また早出して待ち伏せる気ですか」

「出会いは大切にしないと。どうしよう、次はどんな風に声かけようかな。映画のチケットあるんだけどって誘ってみようかなぁ。でも毎回物で吊るみたいなのもちょっとね。あーはやく仲良くなってベットに誘いたいなぁ。あんなたくましい感じの子とって思うとちょっと興奮しちゃうよねっ」

「私はヘテロなんで同意しかねます」

 女には百戦錬磨、でも男相手だとまるでホストに貢ぐ女性かアイドルに騒ぐ女子高生のようになってしまうオーナーに、マネージャーはこの地方都市に男相手の男のホストの店がなくてよかったとしみじみ思う。

 あったならば、この人はきっと貢ぎまくって身上つぶしていたに違いない。

 うきうきと楽しげに次の計画を練るオーナーを、マネージャーは呆れた視線で横目で見つめつつ、打ち合わせしなければいけない書類を眺めて溜息をついた。



END


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― 新着の感想 ―
[一言] BLものってあんまり読まないんですけど、描写が丁寧だったし何より実体験かと思うくらい詳しいので入り込んでしまいました。
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