脱出
雛菊の本来の使命……
ゆっくりと『かつての記憶と使命』が鮮明に蘇って来る!
「私は……全ての人間を消す存在……私は『ラグナロク』の切り札……私の本当の名は……」
記憶と使命を覚醒させた雛菊を覆い始めるドス黒い邪気!
そして人格が豹変した雛菊の意識が現実に戻りかけた寸前!
(雛菊!アナタは雛菊でしょ!? 何やってんの!!しっかりしなさい!!)
雛菊の脳裏に『別の意識』が突然割り込んで来る!
「!?」
『聞き慣れた優しい声』に、雛菊を覆っていた邪気がかき消される!
(ウイングとセシリアを守ってあげて……雛菊、アナタなら必ず出来る!だって私の可愛い『末娘』なんだから♪……)
一瞬で割り込んで来た意識は消えてしまったが、雛菊の『心』にはしっかりと刻みこまれていた!
「……レイチェルさん! 私は『雛菊』です!! 貴女が付けてくれた『この名前』と、みんなが与えてくれた『思い出』! 決して捨てる訳にはいかないっスよね!!」
雛菊は双眸を刮目させると、全身に『神氣』を漂わせ、ゆっくりと瓦礫の山から立ち上がる。
「嵯峨こと、マルローネ・シュピーゲルの複写体として造られた私。でも本来の人格とは別に『育まれた』雛菊としての人格が有る限り、私はアナタの思い通りにならないっスよ! サンジェルマン卿!!」
強い決意に呼応し、雛菊の着物は桜の模様から名を表す『菊』へと変化し、お団子に結った髪は全て解き解かれる!
―――再びフラン某所。
「フワッハッハッハ!残念だったな銀狼!」
ズタズタの白衣姿のサンジェルマンは、高笑いを浮かべながら片膝を着いて自身を睨み付けている銀狼に言い放つ。
「…………ヒドゥンの体が裏目に出たか……」
空から止めどなく降り注ぐ黒い雪によって世界中のヒドゥンは『溶かされていた』。
銀狼も例外なく、体の半分は既に溶かされてしまっていたのだ。
「レオン! 一体何をするつもりだ!?」
「……いい加減、人の名前を覚えろよ、バカ犬! 俺の名はフィスタニア・サンジェルマンだっ!!」
銀狼がレオン、レオンとしつこくサンジェルマンを呼び続ける事に、サンジェルマンもしつこく『その名』を否定し続ける。
「……顔や名前を変えても分かる……唯一の肉親だったんだからな……カルマニクスも『あの頃のまま』だぞ、レオン?」
再び意図的にサンジェルマンをレオンと呼ぶ銀狼。
「貴様っ!!このままほっといても五分と持たないだろうが、今すぐ殺してやる!
俺もそろそろサンクチュアリに戻らないといけないからな!」
サンジェルマンはルシフェルを纏った両腕にカルマニクスと闘気を流し込むと、一気に銀狼との距離を縮める。
「ぐっ!!」
サンジェルマンの左右の手刀は銀狼の両肩をえぐり、 大量の黒い血液が吹き出す。
「俺をここまでコケにした奴は『久しぶり』だったぞ♪……まぁ、みんなあの世に逝っちまったがな!!」
満面の笑みを浮かべ、銀狼の最期を見届けようと顔を近けたその刹那!
【神王槍】
銀狼の『背中』から無数の白金の触手がサンジェルマンの全身を貫く!
「なっ!? 神王槍だと!?……ま、まさか本当に『兄さ……ん』?」
全身を襲う激痛に体を全く動かせないサンジェルマン。
神王槍は初代教皇であるヴァン特有の能力。マオのグングニルのオリジナルであり、ヒドゥンである銀狼が使える筈のない代物である。
その事に気が付いたサンジェルマンは、目前で死にかけている『兄』に恐怖戦いた。
「兄さんはっ! 兄さんはっ! 『百三十年前』に『僕』が殺した! 『僕』が殺したんだ! なんで! なんでここに……!?」
【封印術式】
銀狼、もといヴァンは神王槍でサンジェルマンをぐるぐると、繭の様に巻き付ける。
「お前は……死んだ、所で……蘇える、だろう? お前が、何故生き返ったのか……ずっと、考えたが……恐らくは……『聖柩』の技術、だろう?……もう『俺たちの時代』は……終わったんだ、兄として、教皇として、俺はお前を、この地に『封印』する!」
途切れ途切れで最期の言葉を紡ぐヴァンの表情は、どこか安堵したかの様に見えた……。
「俺も一緒だ……寂しくなんかないさ……」
次の瞬間、巨大な閃光と共にヴァンと『レオン』は『封印された』。
―――再びカヤードの精神世界…………。
(ウイング、いい加減諦めなさい。貴男がいくら頑張った所で『運命』には逆らえないのだから!)
エリザベートのドス黒い邪気は蛇の様に蠢くと、ウイングを捕縛し、彼を締め上げる。
邪気とは闇に落ちたカルマニクスが狂気へと変わり、更にその狂気が闇を喰らい続ける事で進化した、神氣に匹敵する強力なエネルギー体だ。
神氣を手にしていたウイングでさえ、彼女の強大な邪気の前では赤子同然だったのである。
(くっ!!なんだこのオーラは!?)
(私が百年以上喰らい続けて来た『人の闇』。私の邪気の前では全ての存在が『跪く』のよ!!)
エリザベートは白目を充血させ、不気味な笑みをウイングに向ける。
(くっ!!……人の、闇だと?)
ウイングは首と両手両足を黒い邪気によって拘束されながらも、エリザベートを睨みつつ必死にもがいてみせる。
(カムイクックで封印されながらも、私は世界中の闇を少しずつ、少しずつ喰らって『力』を蓄えていたのよ!アナタたち『教会』と『人間』に復讐する為の『力』を!!)
段々とエリザベートの口調が顔つきと共に荒々しく変わって行く……。
(人間は愚かだっ!! 私が生まれる前からも! 私が百年封じられている間も……そして、今の世も!! 嫉妬、憎悪、憤怒、侮蔑……これらが生み出す『闇の力』がヒドゥンを造り出し、自らを苦しめている事に気が付かない愚か者!! 私はこの腐った世界を作り直す!! 今まで蓄えた闇を使って!!)
感情を爆発させたエリザベート。
それに呼応して、精神世界に広がる洞窟は激しく揺れ始め、扉の奥で蠢いていた龍の咆哮が耳をつんざく!
(ルゥ! お前は一体なにをするつもりなんだ!?)
より一層きつく締め上げてくる邪気に顔を歪ませながらも、ウイングはエリザベートに問い掛ける。
(『神々の黄昏』……全ての『神』と全ての『人』が滅ぶ……世界の終焉!!ウイング、貴男はそれを見る事も無くここで死ぬのよ!)
(神と人を滅ぼす!? そんな事させてたまるかっ!)
神気を爆発させ、必死に邪気の拘束を解こうともがき続けるウイング。
(無駄だと言っているでしょう!? いい加減、諦めな…………さ、い?)
そう言葉を結びかけたエリザベートの口から赤い鮮血が流れ落ちる。
(カ、カヤード!?)
ウイングの視界には黒いシャツにパンツ姿のカヤードが、エリザベートの左胸をメタトロンで貫く様が映し出されていた……。
(バ、馬鹿な!? カヤード、貴男の精神は既にゴルゴダの龍によって……!?)
(……まだ俺は消えてはいない! お前たちに『記憶』を操られていたとはいえ、『罪』を償うまでは…………俺はまだ『死ねない』!)
カヤードは涙を流しながらエリザベートに突き刺したメタトロンを引き抜く。
(カヤード! 正気に戻ったのか!?)
ウイングも涙を流しカヤードの一挙手一投足に注視する。
(……ああ、ツバサ、お前のお陰だ。お前が『俺の中』に入ってくれなければ、『コイツ』の陰謀を聞く事は出来なかった……。二回目にカムイクックでゴルゴダの龍と出会った時に、『幻術』をかけられていたようだ……洗礼の間での出来事も、師匠が口にした『クルセイダーのヒドゥン化』の話も、あの夜の事は全て『改竄』された物……そうだろう?エリザベート・グリムよ!!)
カヤードは自身に起きた全ての出来事を思い出し、彼の人生を操り、苦しめていたエリザベートに怒りの矛先を向けた。
(フフフ……そうよ、貴男が見た『あの夜の出来事』は全て嘘……実際はゴルゴダの龍と融合した私がクロノスを殺し、貴男を操り続けていたのよ……)
口から血を垂らしながらゆっくりとその場に倒れ込むエリザベート。
(……ツバサ、『この』エリザベートは『分身』でしかない……本体は外だ、奥で暴れている龍を倒し、直ぐに外へ出るぞ!)
カヤードは消滅して行くエリザベートの分身を眺めながら、ウイングを拘束していた邪気をメタトロンで切り裂く。
(ああ!やろうカヤード!)
二人は両目を合わせて頷くと、奥の扉を解放する!
龍は凄まじい勢いで扉から、そして精神世界から飛び出すと、カヤードの胸から苦しみ、もがきながら現実世界に出現した!
「待たせたな、ヴェルフェルム!」
それと同時に自身の体に戻るウイング。
(うまく行ったようだな)
ヴェルフェルムは空に登って行く龍を見て確信する。
「……ツバサ、行くぞ!!」
「あぁ!!」
意識を取り戻したカヤードはハタバキで大きく飛翔すると、ウイングは下からサンダルフォンを下段に構える。
カヤードの飛翔はゴルゴダよりも高い位置まで登ると、メタトロンを上段に構え、龍を挟み形で下にいるウイングと対角線上に位置する。
【四柱奥義・赤虎】
【四柱奥義・蒼餓狼】
上空からは炎の赤虎、地面からは雷の蒼餓狼。二匹の獣はゴルゴダの龍に向かって一直線に駆けて行く!
「今度こそ確実に!」
「仕留める!」
カヤードとウイングの意志を乗せた獣たちは、龍を跡形も無く粉砕した。
龍の消滅と同時に、空から降り注いでいた黒い雪は突然降り止んだ。
更に積もりかけていた雪も一瞬で消えると、聞いた事も無い『叫び』に似た『風の音』が世界中に響き渡る……。




