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ウイングとカヤード



「脆弱なカルマの器しか持たないホムンクルスが白鳳破を殴り飛ばすとは……サンジェルマンの改造でも受けたのか?」



 セシリアは背面パーツのウイングを使い、カヤードと同じ高さまで一気に上昇する。



「部外者、もとい背信の徒に話す必要は……ありません!」



 そう言い終わる前に激しいモーター音を轟かせながら、右のストレートをカヤードに向かって繰り出すセシリア。




 ――カヤードとセシリアの攻防が続いている最中、メゾサンクチュアリの門番は異様な光景を目の当たりにする。



 門番のいる西門へ向かって、無数のヒドゥンの集団が地平線をなぞる様に、横に広く陣形を取りながら進軍しているのだ。



「大変だーっ!! ヒドゥンが、大量のヒドゥンがこちらに向かっているぞ!」



 門番のクルセイダーは門の内側に併設された物見櫓から、下で待機していたクルセイダー達に異変を知らせる。



「なんだと!? バカ言うな、ヤツらはメゾサンクチュアリの結界を恐れて近づけないんだぞ? なんで突然!?」



 下にいたクルセイダーたちも動揺し、急いで本部へ報告に向かう。



「…………もしその結界が既に破られていたのなら………!?」



 物見櫓のクルセイダーは全身に脂汗を垂らしながら双眼鏡でヒドゥンの動きを注視し続けていた……。




 ――同時間帯、教会本部教皇の間。



 カヤードとカールがアリストテレスの開けた風穴から飛び立った直後、その場に残された二十名弱のクルセイダーたちは、怪我を負った教皇と既に死亡している二人の十剣の亡骸の対応に当たっていた。



 白の絨毯は二人の血で赤く染まり、歴代の教皇像も戦闘の影響か所々欠けている。



 クルセイダーたちは直ぐ様三班に別れると、それぞれ死傷者の下へ駆け寄って行き、医務局へと搬送する為担架に彼等を乗せた。



「……マスター・アリストテレス、死亡確認です……」



「……こちら、マスター・ハインリヒも死亡確認しました……」



 端から見ても死亡しているのが分かるが、確認の為クルセイダーたちは彼等の死亡を確かめる。皆、胸に十字を刻み奥歯を噛み締め、感情を必死に抑えているのが見て取れた。



「教皇、大丈夫ですが!?」



「……う……む、私は大丈夫だ……それより、カヤードを……止めるのだ……あやつは……れている……」



 教皇は口から血を流しながら、駆け寄って来たクルセイダーに必死に『何か』を伝えようとする。



「ご心配いりません、教皇。後はマスター・アインハルトと我々が必ずやカヤードを捕らえますので」



 一番近くにいた『赤い長髪のクルセイダー』は、そう言って教皇の口を白いガーゼで強引に塞ぐと、担架に教皇を乗せる。



「私も一緒に行きますよ、『ダノンオーラ』で医療班に所属していましたから」



 不気味な笑みを浮かべながら、クルセイダーは赤い長髪をなびかせ、教皇を乗せた担架と共に部屋から消えて行った……。



「……さて、邪魔な連中には消えてもらいますか♪」



 教皇を乗せた担架を運ぶクルセイダー達の後ろを歩いていた赤毛の男は、医務局へと向かう階段を下る最中、そんな台詞を口走った。



「はっ?」



 思わずクルセイダー達が振り返った直後、赤毛は天井の高い石造りの螺旋階段を飛び上がると、足の甲で彼等の首を蹴り飛ばし、頭と胴体を切り離す!



 担架を運ぶクルセイダーが即死したせいで、担架ごと階段から転がり落ちる教皇。



「うっ……」



 教皇は頭から血を流し、階段の踊場でうつ伏せに倒れ込む。



「ロンギヌスなど『我々』には興味ないですが、アナタを殺す事には十分価値があります♪ 力も枯渇し、もはや象徴でしかない教皇でも、アナタの死は大きく教会を動揺させますからね♪」



 赤毛のクルセイダーはそう言いながら教皇の背中をブーツで踏みつける。

そして、自身の顔の皮をゆっくりとめくり上げる。



「……もうメゾサンクチュアリ内、全ての結界は解除済みです、これで『我々』の勝ちが確定しました♪」



 赤毛の男は顔の皮を全て剥ぎ終えると、その素顔を教皇に晒し出す。



「……き、きさまは!?」



 朦朧とする意識の中、教皇はその顔を見て驚愕する。



「サ・ヨ・ナ・ラ♪」



 そう別れの言葉を告げ、『修羅』は教皇の息の根を止めた……。



 ダノンオーラからやって来たクルセイダーに化け、カヤードと共にメゾサンクチュアリへ現れた修羅。



 彼の目的はメゾサンクチュアリ内の強力な結界を破り、教会にとって最も重要な人物である教皇を抹殺する事であった。



 サンジェルマンが計画した『ラグナロク』は確実に進行して行く……。




 ――再びカヤードとセシリアの攻防が続く教会本部の上空。




「やれやれ、サンジェルマンもとんだ改造を施したものだな」



 神氣状態のカヤードはメタトロンの切っ先を満身創痍のセシリアに向ける。



「まだまだ!!」



 右腕のモーターは焼き付けを起こし、左脚部は反重力システムが故障、胸部のアーマーにも亀裂が入りインカムも吹き飛ばされていたセシリア。それでも瞳には強い意志が色濃く残っていた。



 今のメゾサンクチュアリにはカール、ハインリヒ、アリストテレスの三名しか十剣が滞在していない。他の十剣は皆、各地の拠点へ遠征しており、今現在カヤードと互角に渡り合える戦士はセシリア以外誰もいないのだ。



「ホムンクルスでありながら、ここまで耐えた事は褒めてやろう……だが、俺もあんまりチンタラしてられないんでな! これで終いだっ!」



 カヤードはメタトロンの切っ先に高密度の神気を集束させる。



【四柱奥義・白龍ハクリュウ



 幻影一刀流最強の突き技である白龍。牙突の構えから繰り出される『氷の龍』が錐揉みしながらセシリアの頭部目掛けて迫り来る!




「お父様! 準備完了しました!!」



 二人の死闘を尻目に、本部の庭園に展開した、巨大な幾何学模様の魔法陣の上にヘレーネ・R・ミッターマイヤーと、父であるラルフ・ミッターマイヤーが立つ。



 「よし!時間が無い、急ぐぞ、ヘレーネ!私はアジアとアメリカ、オセアニア大陸を、お前はヨーロッパにいる十剣を『呼び出す』のだ!」



「はい!」



 カヤードの教皇への襲撃、結界の崩壊、それに合わせた様に出現した大量のヒドゥン……それらの報告を全て聞いたラルフは、ミッターマイヤー家にしか扱えない蓬術を娘のヘレーネと発動させようとしていたのだ。



 転送の忠神【トリフネポーター】



 二人は複雑な印を結んだ後、両手を幾何学模様の魔法陣へと押し付ける!



 トリフネポーターは遠く離れた人や物を指定した座標へと転送する、最上位の忠神。召還には莫大なカルマニクスを必要とし、正確に扱うには並外れた技術とセンスを伴う。その為、使用出来る人間は代々蓬術に優れたミッターマイヤー家の者に限られる。



 この術は術者が一旦、転送する対象の下へ意識を飛ばし、対象者が転送に許諾した時点で初めて術が成立する。また対象者についてある程度面識がないと意識を飛ばす事さえ不可能である。



 ラルフはより遠くにいる十剣たちの下へ同時に意識を飛ばし、緊急事態を彼等に告げる。距離が遠ければ遠いほど扱いが難しく、複数の人間へ同時にアクセスするのは更に至難である。



 この術は教会にとって最も緊急を要するに時にしか使用が許されない禁呪であり、この術が使われたのは百年以上ある教会の歴史上、ただの一回だけだったと言う。



 そしてヘレーネも意識を十剣たちへと飛ばす。



(ウイング! ウイング、聞こえる!?)



 突然ウイングの頭の中に聞き慣れたヘレーネの声が聞こえて来る。



「えっ!? ヘレーネ!?」



 シン王国内にある剣の山で、ヴェルフェルムから一刀流の神髄を継承していたウイング。その修行の手を突然止め、ヘレーネの声に耳を傾ける。



「どうしたんスか?」



 全く事態が飲み込めない雛菊が、尖った剣の岩の合間を縫ってウイングの下へと駆け寄って来た。



(緊急事態なの! 突然カヤードが本部に現れて、教皇を襲撃しているの! それ

にメゾサンクチュアリ内の結界も破られて、門の外には大量のヒドゥンが迫ってるわ!! 十剣総動員で事に当たれ、とお父様からの指令よ! 今すぐ転送するけど、大丈夫よね!?)



『カヤードが教皇を襲撃』……



 ヘレーネからのこの言葉を聞いて、ウイングは頭の中が真っ白になった。



 あのカヤードが、優しかったカヤードが教皇を襲っている。



 そんな馬鹿な真似をカヤードがする筈がない!



 だが、



 五年前に白鳳破を本部に向けて放ったカヤードの姿が、ウイングの脳裏に浮かび上がる。



 あの時のカヤードはやはり何か理由があったのではないのか? とあれから毎日毎日ウイングは考えていた。



 独自に彼の消息を掴もうと旅をした事もあった。



 そのカヤードが、



 そのカヤードが、



 『今』ウイングの目の前に………いる!


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