天才VS天才
締め上げていた教皇を投げ飛ばし、その場から一旦離れるカヤード。
「貴様が出て来る前に終わらせたかったが………アリストテレスめ、ワザと壁をブチ破ったのか……」
先ほどアリストテレスの放ったラグエルの轟音と衝撃は、カールたちに異変を伝えるのには十分過ぎる物であった。
異変に気がついたカールとクルセイダーたちは疾風の如く、最上階にある教皇の間まで駆け上がって来たのだ。
「カヤード、こんな形で君と再会する事になるとは………」
言葉は哀しげであるが、カールの碧眼は眼光鋭く、隙あらば今にも襲いかかって来そうな剣呑な物である。
カールは自身と同じナイトコート姿のカヤードに、昔のカヤードの姿を重ね合わせていた。
「かつての友である君に引導を渡す事が、君に対する最後の友情の証!」
カールは既に発動させていた二本の短槍、サウザント・ワン『ミカエル』を左右に握り締め、カヤードを追いかける。
―――フラン国、名も無き森。
「………なるほど、カヤードが遂にハミルトを落としたか」
森の奥深く、丸太に腰を降ろし、湿気り気味のマッチで煙草に火を灯すフィスタニア・サンジェルマンの姿がそこにあった。
「はい、本当に一人で落としてしまうとは……もはや彼は我ら神化ヒドゥンが束になってかかっても勝てる気がしませんよ♪ 今でもあんな化け物が敵に回っていたらと思うとゾッとします」
サンジェルマンの前に立つのは神化ヒドゥンの修羅である。いつもながら細目でいつもニコニコ笑っている為、腹の底で何を考えているか読み取れない。
「俺がメゾサンクチュアリを離れている今がチャンスだな……修羅よ、勿論エリザベートやカヤードは『焚き付け』済みなんだろうな?」
サンジェルマンは煙草を噛みながら、鋭い目つきで修羅に問う。
「勿論♪ 既にメゾサンクチュアリに向けて進軍中です。先行部隊としてカヤードと『私の分身』が教会本部に侵入を果たしておりますよ♪」
修羅はサンジェルマンの眼光を物ともせず、相変わらずのニコニコ顔で現状を報告する。
修羅は自身のコピー体を生み出す能力を持ち、様々な偵察を世界中で行っている。そしてその情報を本体の修羅に転送し、逐一サンジェルマンに報告していたのだ。マオが倒した修羅も数あるコピー体の一つに過ぎなかったのである。
「よし、じゃあお前もエリザベートたちに合流しろ。俺は『ラグナロク』が終わるまでここで待つ……」
「御意!」
そう言葉を残し、姿を消す修羅。
森にはサンジェルマンが一人青い空に向かって煙草の煙りを浮かべ、一人ほくそ笑む姿だけとなる…………筈であった。
「……やはりお前が全ての黒幕だったのか……『レオン』よ……」
「なにっ!?」
サンジェルマンの背後に、灰色のローブを纏う銀髪碧眼の少年、『銀狼』の姿が突如として出現した。
「銀狼!?………何故お前がこんな所にいる!?」
思わず煙草を口から落とし、後ろを振り返りながら丸太から立ち上がるサンジェルマンは、異様な動揺を見せる。
「『私』がお前を『レオン』と呼んだ事に、そんなに動揺したかい?」
銀狼は無表情のままサンジェルマンを『レオン』と呼び続ける。
「貴様! いい加減にしろよ! 飼い主に噛み付くバカ犬がっ! 消されたいのか!?」
怒りで自分の焦りを誤魔化そうとするサンジェルマン。
「……レオン、『ヴァン』だよ?……自ら手に掛けた実の兄の名前を忘れたかい?」
今度は少し哀しげな瞳でサンジェルマンを見つめる銀狼。
「………冗談はよせっ! 俺はフィスタニア・サンジェルマンだ!! レオンでもなければ、ヴァンなど知らん!!」
痺れを切らしたサンジェルマンは、『黒いロザリオ』を白衣のポケットから取り出すと、荒ぶる気持ちを抑え、明鏡止水の状態へと入る。
「ルシフェル!!」
眩しい閃光と同時にロザリオは黒光りした重厚な手甲へと姿を変え、サンジェルマンの両手に装着される。
「……サウザント・ワンか……」
銀狼はルシフェルの発動を黙って眺めると、両足を肩幅に広げ、自らの腰を落とす。
「貴様には『いい手駒』として期待していたんだがな……非常に残念だ、とんだ欠陥品だったようだ!」
そう吐き捨てると同時に、サンジェルマンは銀狼に襲いかかった。
―――再び教会本部。
カヤードはアリストテレスが空けた風穴からハタバキで飛び立つと、そのまま最高速で教会の上空へと向かう。
そして、そのカヤードを追ってカール・アインハルトもハタバキで上空へと飛び立つ。
「待て、カヤード!」
【幻影剣・鎌鼬】
追従して来るカールに対し、カヤードは高速の鎌鼬を放つ!
上空から高速落下して来る黒い刃は、重力により更に加速度を増す!
「『燕返し』!」
迫り来る鎌鼬にカールは、右手に握った短槍に『白いオーラ』を纏わせる。そしてバトンの様にエイミングさせると、目前に迫った鎌鼬をその短槍で強く弾き飛ばした!
弾き飛ばされた鎌鼬は、放たれた時とは比較にならないスピードで上空へと向う!
カールのカルマニクスによって『白い燕』へと姿を変えながらカヤードに向って上昇する鎌鼬。
「『完全なる反撃手』は健在か……」
カヤードは自らに迫り来る白燕を眺めながら、かつての親友が付けられた通り名を口にする。
近距離、遠距離問わず、様々な技を使い手に弾き返すカール。天剣と呼ばれていたカヤードが十剣を含めたクルセイダーの中で、『唯一勝利出来なかった相手』であった。
「破っ!!」
カヤードは上段の構えから、全力を込めた白鳳破を放ち迎え撃つ!
二羽の鳥は勢い良く正面から衝突し、互いのエネルギーを爆発させる!
激しい爆音が教会本部の上空で炸裂し、周囲には鼓膜を破る程の振動が発する。
その影響によって、教皇の間のステンドグラスも全て砕け散った。
「今日の勝負に『引き分け』は無い……カヤード、大人しく投降するんだ!」
カールは相殺しあった二羽の鳥が残したカルマニクスの粒子の雨の中から、カヤードに向かって一直線に突貫して来る!
「カール……お前がどこまで『教会の闇』について知っているのかは知らんが、俺の邪魔をするというならその首を跳ねる事に、俺は何の躊躇もない!」
全身に神氣を放ち、カールを正面から迎え撃つカヤードは、ミスリル銀製の刀を八相に構え、刀身に神氣を漲らせる。
【天尊龍激双】
左右の短槍をドリルの様に高速回転させながら、カヤードの胸部を狙うカール!
【四柱奥義・赤虎】
八相から繰り出される炎の猛虎は、咆哮を上げながらカールを強襲する!
カヤードが教皇の間から退き、カールを上空へと誘ったのには理由があった。
今現在最強のクルセイダーと呼ぶに値するカール・アインハルト。
彼と戦うからには神気や四柱奥義を使うのは避けられない。それによって教皇やカールと共に現れたであろう、多くのクルセイダーたちが巻き添えになろうとカヤードには知った事ではなかったが、彼が求める『ロンギヌス』の所在が掴めない限り、教皇の命と教皇の間を傷付けなるのは得策では無いと察したからである。
赤虎の爪がカールの頭上を狙い、カールのミカエルがカヤードの胸を貫こうと手首の高速回転に拍車がかかる!
2つの膨大なエネルギーが真っ正面からぶつかり合い、教会本部の上空を激しく『歪ませる』。
天尊龍激双はミカエルの持つ『浄化』の能力を増幅させるカール最強の必殺技である。
ミカエルの浄化能力とは貫いた者の『カルマニクスを強制的に排除し、クルセイダーとしての能力を永久に失わせる』という、カルマの器を授けるロンギヌスとは真逆の能力。貫く対象のカルマニクスが膨大なほど、ミカエルの浄化能力もそれに見合った『出力』が必要なのである。その為、カルマニクス量が尋常ではないカヤードには天尊龍激双が必要不可欠なのだった。
何故、対ヒドゥン兵器にこの様なクルセイダーにとってスポイルになる能力が与えられたのか?
まるでカヤードの様な人間が出現する事を見越して造られたのだと、赤虎越しに刀を振り下ろしたカヤードの姿を見て哀しげに、そう確信したカールであった。
ミカエルの浄化能力により、神氣の塊である赤虎はカールを切り裂く前に『無』に帰される!
「最もロンギヌスに近い存在、ミカエル……とんだ代物だな」
これには流石のカヤードも成す術が無い。
「ハインリヒ、アリストテレス、師であったクロノス殿、ハミルトで君が斬った多くの人々……彼等の命を断った罪を、今ここで償うがいい……」
カールはそう別れの言葉を告げると、ミカエルをカヤードの左右の胸へと突き立てた……
「……馬鹿な……っ、こんな時に!?」
突如、好勢を極めていたカールがカヤードの目前でゆっくりと地面に向かって落下して行く!
「……カールよ、まだ俺にも運があったようだな」
カヤードはそれを機に、瞬速の白鳳破を無防備に上空から落下して行くカールに容赦無く放つ!
カールは突然襲って来た左胸からの激しい痛みに悶絶し、ハタバキも解除されてしまっている。
「その『心臓病』さえなければ、お前は俺よりも強く……俺よりも長生き出来ただろう……運が無かったな、カールよ!!」
カヤードは勝利を確信すると高笑いを浮かべ、散り行くかつての友の最後を見届けようとする。
カールが生まれつき患っていた心臓病。不定期に発作を起こし、全身を痙攣させてしまう難病である。この病の影響でカールは医療技術の高いメゾサンクチュアリから離れられなかったのだ。他の十剣が頻繁に遠征するのに対して、常々「情けない」と嘆いていたカール。
苦しみながら落下している今も、カールは自身の不甲斐なさに強く「情けない」と嘆くのだった。
「!?」
カヤードの白鳳破がカールに直撃する寸前、スカイブルーの強化パーツを装着したセシリアが、カールをキャッチしながら白鳳破を左のアームで『殴り飛ばす』!
「……マスター・アインハルトの救助に成功。マスターは医療班に預け、このままカヤード・ワインズマンとの戦闘に突入します」
セシリアはインカムに向かって淡々と呟くと、ハタバキで遅れてやって来たクルセイダーたちにカールを任せ、カヤードに向き直る。




