セシリアの強化パーツと二人の十剣
―――メゾサンクチュアリ、技術開発局第一研究室。
「はーい! これでおっしまーい♪」
第一研究室でスパナを握った手の甲で汗を拭う赤毛のメガネ娘、レイチェル・ヴァンガードは満面の笑みを浮かべると、そのままうつ伏せの状態で冷たい研究室の床に倒れ込む。
彼女はこの数日間、ダノンオーラから単身帰還して来たセシリアの『バージョンアップ』作業の為、3日間不眠不休の突貫工事を行っていたのである。
「……ご苦労様でした、レイチェルさん。……各部異常なし、機関部良好です」
ホムンクルス専用のメンテナンスベッドに寝かされていたセシリアは、ゆっくりと上半身を起こし、確認するように各関節を動かす。
「うわぁー疲れたー、目がショボショボする……えーっと、簡単に強化した部分の説明するね?まずバージョン2.0って事で、全体の70%のパーツを新開発で作り直したんだ。パワー、スピード、耐久性、全てにおいて大幅に改善しちゃいました!ほら、セシリーって最古参の初期型じゃない? 前々から局長と相談しながらパーツ作ってたんだよねー!これなら神化ヒドゥンとだって渡り合えるよ!!」
レイチェルはうつ伏せ状態からゆっくりと体を反転させると、天井を眺めながら改造点について熱く語り始める。体が限界を超えてるせいで立ち上がれず倒れ込んだままだが、オイルで黒ずんだ顔や声色は喜びに満ち溢れていた。
「レイチェルさん、確かに大幅にパワーアップは施されていますが………神化ヒドゥン相手と言うのは流石に言い過ぎではありませんか?」
各部のチェックを終えたセシリアは、鉄面皮のまま天井を眺めるレイチェルに問い掛ける。
「ふっふっふっ! 実はまだまだ秘密兵器があるんだなぁー! コレに関しては私一人で考えたスペシャルなパーツなんだよーっ」
そう勝ち誇ってセシリアに答えるレイチェルは、顔同様オイルや鉄粉で黒ずんだツナギのポケットから小型のリモコンを取り出す。
「ぽちっと♪」
レイチェルは楽しげにリモコンのボタンを押すと、セシリアの寝ていたベッドの頭上から、様々なパーツを握り締めた機械アームが怪しい音を立てながら現れる。
「これは………?」
それにも相変わらず驚いた様子を全く見せないセシリア。
「まず両腕部に追加パーツを。このパーツはパンチを爆発的に加速する為のスーパーカルマニクスモーターを搭載したハイパワーアームよ!」
最初にセシリアに装着されたのは輝くスカイブルーの巨大な籠手。籠手といっても肩部までを覆う巨大なカウルの内部には大型モーターを搭載した為、尋常ではない重量感をセシリアに与える。
「………かなりの重量ですね……それにパンチとは? 接近戦仕様になるのですか?」
「その通り! 折角身体能力が大幅に向上したのに銃器で戦っても意味ないでしょ? セシリーには今日から接近戦のスペシャリストになってもらうのよ!……そして次は胸部! マスタークラスの白鳳破と同等の攻撃にも耐えられる追加アーマー! これで最重要部であるカルマの器の守りも完璧よ!」
「はぁ………確かに物凄い頑丈そうですが……益々重量が……」
機械アームによって胸部から下腹部までを覆う、ハイレグ形状のアーマーを装着されるセシリア。重すぎて立ち上がれずに固まったままだ。
「そう! そしてその重量問題をクリアするのが脚部パーツと背面パーツなの! 脚部パーツには肩部に積まれた物と同じモーターと試作品の反重力システムを搭載! これによって上半身の重さに耐えうる強い下半身に! そして全体の重量感の軽減と、飛行能力を付加させる反重力システム搭載のウイング状の背面パーツ! これで重量による運動性の低下は大幅に改善!」
そう言って寝っ転がったままガッツポーズを見せるレイチェルは、そのまま大きなイビキをかきながら深い眠りに着いた…………。
「えっ? レイチェルさん、そのパーツ……出てこないんですけど……私、身動きとれないんですけど……」
機械の不具合が原因なのか、肝心の脚部パーツと背面パーツは一向にセシリアのもとには装着されない。この後レイチェルが目を覚ます数時間後まで、セシリアは鉛の様に重くなった状態のまま、ベッドで半身を起こし続け彼女の起床を黙って待ち続けたのだった……。
「ミッターマイヤー卿!大変ですっ!!」
封魔庁の中枢であるラルフ・ミッターマイヤーの執務室にノックも無しに赤い長髪の若いクルセイダーが突然入って来る!
「何事だ!?」
息を切らせながら侵入して来たクルセイダーの様子を察し、『ただ事ではない何か』が起きたのだと認識したミッターマイヤー卿はすぐ様椅子から立ち上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ、……ハミルトが、ハミルトが壊滅しました!……カヤード・ワインズマンただ一人にクルセイダー部隊はほぼ全滅、ハミルトの民間人も絶望的な状態との事ですっ!」
クルセイダーはそうミッターマイヤーに伝え終えるとその場に倒れ込んでしまった。
彼はハミルトに近いダノンオーラの警備を担当していたクルセイダーだ。不眠不休でハタバキを使い、この事実を伝えに来たのだった。
「なんだと!? あのハミルトが! 西ヨーロッパ最大の拠点がか!? 鉄壁と言われたヴィヴァルディ率いるハミルトをカヤード一人に落とされたとは……クロエ、直ぐに彼を医務室へ、そして世界中に散らばっている『十剣』を今すぐ召集する! 魔法陣の準備を!」
ミッターマイヤーはこめかみを右手で押さえながらクロエに指示を出す。必死に怒りを鎮めようと、自慢のシルクハットを目深に被ると彼はそれ以上何も言わなくなる……。
「了解致しました!」
クールビューティーなクロエも今回ばかりは少し焦った様子でクロエの指示に深く頷いた。
(カヤードめ! まさかハミルトにいたとは……しかも一人で落としただと!? マズいな、ハミルトを落としたとなると次はメゾサンクチュアリだぞ!)
ミッターマイヤーはシルクハットに手を当てながら、メゾサンクチュアリでの戦闘が回避出来ない事実に今までに無い怒りと悔しさを滲ませていた。
(クロノスよ、我々はとんだ悪魔を育ててしまったようだな……)
教会本部の最上階にそれはあった。
教皇が世界の平和を願い祈り続ける神聖な場所、
『教皇の間』
天井は高く、窓には煌びやかなステンドグラスが無数に貼られているが、部屋全体は純潔を表す白一色で覆われていた。
部屋の奥には巨大な大理石で作られた椅子が置かれ、その椅子には絹と羽毛で作られた、これまた白い座布団が敷かれている。
そしてその座布団に鎮座するのは第六代ラピスリア教会教皇、ミド・シェスター三世その人である。
一番奥にある教皇の椅子に向かって、歴代の教皇たちの石像が左右それぞれ連なり一本の道を作っている。その道には大理石で作られた床の上に同色でわかりにくい白い絨毯が敷き詰められていた。
そして教皇の椅子の両側に立つ二人の男。
彼等は教皇警備の任を任せられた王守十剣の手練れである。
向かって右手に立つのがアリストテレス。癖のある金髪を無造作に伸ばした色白の大柄な男。終始顰めっ面で、年の頃は三十代後半、クルセイダーの証である白いナイトコートを纏う。
そして左手に立つのがハインリヒ。こちらも金髪で長髪だがアリストテレスとは違い、きっちり手入れされた女のような艶のある髪。ややツリ目だが整った顔立ちの男で年の頃は二十代後半。彼も当然ながらナイトコートをその身に纏う。
「……今日は良くない知らせが届くようだ……二人とも、何か聞いていないか?」
椅子に鎮座していた剃髪の教皇は、両目を閉じたまま両隣にいる二人に、何の前触れも無く突然問い掛けて来る。
「はっ?」
アリストテレスもハインリヒも頭に?マークを浮かべつつ教皇の顔を覗き込もうとした。
「何も聞いていないならそれで良い……」
教皇は全く気にも止めず再び口を閉じ、長い長い沈黙が続いた。
(これだから教皇の護衛なんて嫌なんだよ……ずーっと黙ってるし、何か話始めたと思ったら一人で勝手に納得しちまうしよー。もしかして歳も歳だし、そろそろボケ始めちゃってんじゃねーのかー?)
ハインリヒはそう心の中でボヤキながら、口をモゴモゴさせている教皇の顔と自分と反対側に立つアリストテレスの顔を比べながら覗き込む。
(大体、アリストテレスの旦那も無口で何考えてるか分からんし。今回の警備は1ヶ月……こんなの毎日続くかと思うと今にも寝込んじまいそうだぜ……)
ハインリヒの心の呟き、もといボヤキが一時間ほど続いたその後、この部屋に『最悪の客人』が訪れる事になろうとはハインリヒは勿論、教皇でさえ察知は出来なかったであろう……。




